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紅葉が散る前に……

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紅葉が散る前に……

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「みんなそれぞれの想い人と一緒に来てるんだな……」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)はみんなの様子を見て、そうボソッと呟いた。
 尋人のそばには西条 霧神(さいじょう・きりがみ)がいたが、尋人の想う人は別にいた。
 それは、同じ薔薇の学舎の先輩だ。
「オレがまさか上級生に……なんてね」
 支配されるのが大嫌いな尋人は、そもそもは上級生に対して反発的だった。
 しかも、優秀な他の生徒には敏感で、劣等感を抱く方なのだが、彼には強い憧れを抱いた。
 でも、憧れると同時に、自分の弱さに落ち込んだ。
「あの人に認められたい……」
 同じ空を見ているであろう先輩に、尋人は思いを馳せる。
 大人の社会の現実ばかり見て育った自分は、どんなことに対しても一歩踏み込めないと思っていた。
 でも、今はいつでもあの人の事を思っている。
 学校での活動でも、いつも彼の姿を追っている。
 常に微笑を浮かべた彼の表情を思い出し、尋人の心に、ある言葉が思い浮かぶ。
(いつか片腕として、あの人に信頼されるようになりたい……)
 気持ちを言葉にするのが苦手だから、いつ言えるか分からないけれど。
 自分はまだまだ未熟で、そんなことを言える資格はないかもしれないけれど。
「尋人?」
 霧神に声をかけられて、尋人はハッとする。
 気づくと、尋人の乗った白馬も、不満げな声をあげていた。
「ああ、そうだな、行こうか」
 今日は足りない鍛錬を補うために、山に乗馬テクニックを磨きに来たのだ。
 だからノンビリなどしていられない。
(憧れる気持ちを抱く事は悪い事じゃないんだ)
 彼に憧れるから、頑張ろうと思える。
 自分を磨こうと思える。
 それならば、きっと憧れる思いにも意味があるのだ。
「自分のペースで、『あの人』に相応しい本当の意味での強さを身につけましょう。私もお付き合いしますよ」
 尋人の心を察し、霧神がそう励ます。
 もっとも、尋人の相手は、尋人の気持ちに気づきながら、気づかないふりをして翻弄しているようにも見えるが……。
 それはそれで、見るのも面白いと霧神は思っていた。
「さ、行きましょう」
「行きましょうって、そっちは……」
「乗馬をしながら、紅葉を楽しむくらいの精神的余裕がなければ、強くはなれませんよ」
 そう促され、尋人はなんとなく納得し、一緒に馬を走らせていった。
 

「いい、前を歩いていろ……」
 天 黒龍(てぃえん・へいろん)は振り返る紫煙 葛葉(しえん・くずは)にそう告げ、前を歩かせ続けた。
「…………」
 葛葉は何か言いたげだったが、しかし、それを隠して歩き続ける。
 普段の黒龍とは一変した態度に、葛葉は戸惑っていたが、黒龍自身も戸惑っていた。
(……葛葉の視線を、受けたくない)
 いつもとは逆に葛葉の背を見つめる。
 黒龍には唯一心を許した『先生』がいた。
 葛葉はその先生に似ているのだ。
 でも。
(それだけだ……)
 面影も、視線も、声も視線も、何もかもが同じだ。
 だけど、違う
 先生と過ごした時間が何よりも満たされていて、幸せだったと今でも思う。
 尊敬すべき人で憧れであった。
 黒龍はペンダントに触れた。
 いつだったか。
 葛葉に「いつかお前も自分の傍からいなくなる」と口走ったことがあった。
 そのときに葛葉は「決して傍を離れない」と誓ってくれた。
 このペンダントと共に……。
 そうやってペンダントを弄る黒龍を葛葉はちらちらを見ながら、思った以上に誓いの証しに渡したペンダントを大事にしてるんだなと思っていた。
 あの頃の泣きそうな顔ばかりしていた、人間不信の黒龍を思い出す。
「葛葉……」
 回想仕掛けた葛葉は黒龍の声に止められる。
「…………?」
「葛葉、お前は私の、何なのだ? 私は、お前の何なのだ」
 その問いかけに静かに葛葉は答える。
「剣の、花嫁……として……の」
 言いかけて、葛葉は口ごもる。
 先天的に話すのが苦手な葛葉は、いつも持っているメモを出して、書いた。
『理解者としての、お前が、俺には、必要』
『お前には剣の花嫁としての、俺が、必要』
『先生の、面影を、求めたのであっても……』
 そこまで書きかけて、葛葉はハッとする。
 そんなこと言うつもりはなかったのにと。
「…………」
 2人の間に沈黙が流れる。
「……もう先生の面影を求めてはいない」
 黒龍の口からそんな言葉が漏れる。
「ただ、……傍にいてほしい」
 ざあっと2人の間に紅葉が散った。