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リアクション
●3.“バースト”・1/捜査開始2日目の昼
「“バースト”発生。環七北四丁目ショッピングモール『セブンスリング』中庭内にて、〈ファイアーストーム〉乱発者との通報有り。近隣の巡回者は至急現場に急行してください」
無線機からの通報を受け、樹月 刀真(きづき・とうま)、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は乗っていた小型飛空艇に取り付けていたパトライトのスイッチを入れた。
赤いライトが回りだし、やかましいサイレンを鳴らし始めた。
ビルや街路の上を突っ切ると、ちょっとした城塞にも見える建物の奥から、天に向けて火柱が伸びているのが見えた。
「セブンスリング」は大きなビルが長方形の四辺を作り、中庭というのはビルに囲まれた真ん中の空間を指す。その中心で炎が渦を巻き、炎の中に仁王立ちしているシルエットが見えた。
周囲では、買い物客達が悲鳴を上げて少しでも遠くに逃げ出そうと、半ばパニックになっている。
幸いな点がひとつあった。“本人”以外、炎に巻き込まれている人の姿はない。
炎の中心めがけて飛び込みながら、月夜が叫んだ。
「刀真! 炎を止めて!」
「任せろ」
スキル「神子の波動」を発動する。天に伸びていた火柱がピタリとおさまる。
炎の防壁を失ったシルエットに向けて、月夜が「怯懦のカーマイン」を構えた。「スナイプ」を用い、狙いを定める。撃つ。装填されたゴム弾が、シルエットの脚に叩き込まれる。仁王立ちしていたシルエットが、態勢を崩した。
「運転頼む」
刀真がそう言って小型飛空挺から飛び降り、身に乗った勢いのままシルエットにタックルをかける。シルエットを地面に倒し、そのまま寝技に持ち込んだ。
腕を首に回し、締める。わめき声を上げながらじたばたと暴れていたが、しばらくするとそれもおさまった。
殺してはいない。息もあるし、頸動脈も動いている。“落とした”だけだ。
(お前は運が良かったな)
刀真は心中で語りかけた。
(お前が誰かを巻き込んでいたとしたら、“うっかり”やりすぎていた所だぜ)
――炎が消えてもシルエット=「影」に見えていた理由を刀真は把握した。
この“バースト”発現者は、着ている服や髪の毛は炎で焼けて灰となったのみならず、肌まで焦げて真っ黒になっていたのだ。
小型飛空挺を止めた月夜が走ってきた。
「大丈夫!?」
「大丈夫だ。俺もコイツも」
刀真が身をどけると、月夜が“焦げの塊”と貸した“発現者”をまさぐった。ついでに「ヒール」もかける。
「……所持品の類はみんな焼けちゃったわね」
「すぐに応援も来るだろう。その中に『サイコメトリ』を使えるヤツもいるだろうさ」
その時、月夜の指先が何かを捉えた。
「……? これは?」
指先に触れた「何か」をつまみ出してみると、焦げめのついたザラついた小さな玉――いや、丸められたアルミホイルだった。
「? 何かしら、これは?」
そう言っている傍から、サイレンが聞こえてきた。こちらを遠巻きにしている群衆から、、
「警察の者です!」
「すみません! ちょっと通して下さい!」
と声がした。月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)、ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が飛び出してくる。
「お疲れさん。状況を教えてくれ」
挙手敬礼をして訊ねて来たのはマイトだった。「警察」「刑事」にこだわっているだけあって妙に様になっている。
「通報を受けて現地に到着直後、『ファイアーストーム』による“バースト”発現者を発見。『神子の波動』でスキルを封じ、絞め技で鎮静化させた。ケガ人等の被害状況の確認はまだだ」
刀真が答えると、
「それじゃあ、そっちのふたりのうちどっちかはこの施設の責任者の所に行って、『今から捜査をする』旨の話を通してきてくれ。
月美はこの“発現者”の“メトリ”、俺は聞き込みに……ん?」
マイトが、月夜の手にある丸まったアルミホイルに眼を止めた。
「それは?」
「何って、見ての通りの銀紙よ? “発現者”の身につけていたものだけど……」
マイトは月夜からそれを受け取り、しばらく見つめた後、
「……すまん! 俺はこのショッピングモールのコインロッカーを押さえて来る!」
そういってアルミホイル玉を月夜に渡した。
「“発現者”はドラッグ使用者である可能性が高い! そんなのが来ていた場所は、ドラッグの密売スポットだったかも知れない! そうなると、クスリの在庫はコインロッカーに保管されていたはずだ!」
血相の変わったマイトに、月夜と刀真が少し圧倒された。
「……どうしてそこまで言い切れるんだ?」
「“常用者”が出歩くとしたら、“薬”の補充の可能性があるだろう?
であれば、ここが“密売”の現場である可能性が高い。
とは言え、“売人”が“商品”を直接所持するのは危険だから、“近場で安全な所”に保管してあると考えるのが自然だ。その候補のひとつがコインロッカーだ」
口早にマイトは話した。
「“客”から金を受け取ったら、“売人”は代わりにコインロッカーの鍵を渡す。
“客”は鍵でロッカーを開き、“商品”を受け取る。もちろん“売人”は、あらかじめ空いているコインロッカーを幾つも確保して、そのひとつひとつに“商品”を入れておく――そんなフローが考えられるッ!」
マイトは走り出し、肩越しに叫んだ。
「すまんが、聞き込み要員の応援を呼んでくれ! それと、月美は後でコインロッカーの『メトリ』も頼む!」
取り残された形の月夜と刀真、あゆみとヒルデガルトは、再び「警察です! 通してください!」と言いながら遠ざかるマイトの背中をあっけに取られながら見送った。
「月夜」
「何、刀真?」
「責任者には、月夜が話を通してきてくれ。聞き込み要員の手配と引継ぎ、この“お焦げ”(と、発現者を示す)を見るのはやっておく」
「分かったわ」
深呼吸の後、あゆみは焦げた体の傍らに片膝をついた。
「よし、いくよヒルデ。手、握ってて。なにかあったらひっぱたいてもいいから戻してね」
手を伸ばし、触れる。
精神集中──
(──!)
全身に怖気。鳥肌が立つ。
記憶(銀紙を広げて赤味のついた粉を敷き、下から火で炙る。立ち上る湯気をストローで鼻に吸い込む)。
感情(昂揚。充実。万能感「自分にできない事はない」。その裏の後ろめたさ。自己嫌悪)
記憶(脱力。疲労。倦怠。皮膚の下で蠢く虫。「火術」で自分の腕や脚、腹、胸を焼く)
感情(俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ俺はもう駄目だ死んじまえ)
(……!?)
絶望の奔流から、何とか逃れる。
記憶(「おい。これやってみろよ。スッキリするぞ」「クスリか?」「ああ。ちょっと頑丈な『契約者』でも“ぶっとぶ”ぜ?」 渡される、ビニールの小さな袋に入った白い透明な粉「こいつは“ザラメ”ってんだ」)
その記憶に、精神の焦点を合わせる。
(「おい。これやってみろよ。スッキリするぞ」「こいつは“ザラメ”ってんだ」)
(「おい。これやってみろよ。スッキリするぞ」「こいつは“ザラメ”ってんだ」)
(「おい。これやってみろよ。スッキリするぞ」「こいつは“ザラメ”ってんだ」)
(「おい。これやってみろよ。スッキリするぞ」「こいつは“ザラメ”ってんだ」)
そう言いながら「白い透明な粉」を差し出してきた相手の顔を心に刻み込む。
──解除。
「……ぷはっ!」
あゆみは意識して無理やり口から息を吐き、現実に戻った。
全身に嫌な汗が流れていた。
「大丈夫ですか、あゆみ?」
「心配無用……私は、愛のピンク・レンズマン 月美あゆみよ」
訊ねてくるヒルデガルドに頷きながら、あゆみは携帯電話を取り出し、内部メモリに向けて、“ザラメ”を渡してきた人物の顔を「ソートグラフィー」で焼き付けた。
そして、ヒルデガルドを支えとしながら立ち上がった。
「さてと……次、コインロッカー行こうか」
これ以上の「サイコメトリ」は危険だ、とヒルデガルドは思ったが、口には出さなかった。言ったって聞きはしないだろう。
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