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リアクション
●5.“バースト”発現者への取り調べ/捜査開始2日目の昼
「まず確認しますね?」
机を挟み、“発現者”の対面に座ったオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)はそう切り出した。
「あなたの名前は、ジョージ・ガルバック。暴走族“闇黒巣斧射亜(ダークスフィア)”のメンバーで……」
「“元”」
「はい?」
「“元メンバー”だよ。前に追い出されている。“クスリ”やってるからってな」
“発現者”──ジョージは、眼をそらしながら答えた。
「……で?」
「『で』、って言いますと?」
「他に聞きたいことあるんだろ?」
「えぇ、はい。ええとですね……」
警察病院内にある取調室、そのマジックミラーの壁を隔てた所で、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は額に手をあてがい、溜息をついた。
「……尋問する側がペース握られてどうする……」
「でも、トップバッターに彼女を出したのは正解だったようねぇ?」
師王 アスカ(しおう・あすか)は腕組みをして目前で展開される会話の場面──これは「尋問」ではなく「会話」の次元だ──を見守った。
ジョージの口調やしぐさには、嘘をついている気配はない。
直前に窮地を救われ、さらに話しかけてきている相手が邪気のなさそうな女の子となれば、心理的ガードは大分解かれている事だろう。むしろオルフェリアの方が無防備な感じがして危なっかしいぐらいだ。
(ええと、やってらっしゃった“クスリ”ってのはこの場合“お砂糖”……じゃなくて何て言いましたっけ……)
(“ザラメ”と“アズキ”だ)
(はい、それです。あのモールに出かけたのは、その、おクスリの補充……)
(そうだ。“アズキ”の補充だ)
(“アズキ”ですか? “ザラメ”じゃなくて?)
(“ザラメ”は品薄でな。相当足元見られるから“アズキ”しか買えない)
(“ザラメ”の方が……その、高級品なんですか?)
(最初は“ザラメ”だけだったんだがな……)
──その後もジョージは色々と話した。が、「いつ頃から始めた?」とか、「最初は誰からクスリを渡された?」の質問には答えなかった。
それでも、口が重くなるまで色々と分かった情報は、以下のようなものになる。
・自分は“ザラメ”“アズキ”の常用者
・“環七”北のショッピングモールが密売スポットだったのでクスリを買いに来た
・最初は“ザラメ”、その後は“アズキ”に手を出すようになった。
・“ザラメ”“アズキ”はアッパー系。
・本当は“ザラメ”の方が上質で効き目も長いが、最近は品薄。
・効き目が切れると、強い倦怠感、気分の落ち込み、苛立ちの他、体の中を虫が這いずり回る等の症状が出る
・自分が“バースト”をやったのは、体の中の虫を一度に焼き殺す為
「……“ペイント娘”。そろそろ出番だぞ」
ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)の台詞に、椅子に座っていたアスカが立ち上がった。
「サポートしっかり頼むわよぉ、“ひよコック”」
ルーツはマイクに「交代だ」と告げた。マイクは、オルフェリアの耳にあてがわれてある無線機につながっている。
オルフェリアも椅子から立ち上がり、尋問室から出た。
尋問者が師王 アスカ(しおう・あすか)へ替わった。
「気分はどう?」
「……別に」
「ねぇ、落ち着いてものを考えられるようになったのは、久しぶりなんじゃないの?」
「……だったらどうした?」
「頭のてっぺんまでクスリにつかってなくて良かったわ。常用者・依存者の末路なんて、悲惨だから」
「知った事か。どうせ俺はノーフューチャーさ。檻の中で『ヤクをくれぇ』とか動物みてぇに吼えまくるようになったって、もうどうでもいい」
「……それがあなたの望みなの?」
「……ああ、そうさ。面倒くさいんだ」
アスカは間を置いた。
上体のを引き、背もたれに寄りかかるようにして、無言でジョージを見つめる。
「……?」
今まで眼をそらしていたジョージが、横目でアスカを見た。
(いいぞ、アスカ。相手がこっちに興味を向けた)
耳元の無線機から、ルーツの声が聞こえる。
(今度はこっちから目線をそらせ)
アスカは机に頬杖をつき、体と顔を斜めに向けた。物憂げな表情とあらぬ方向に向けた顔が無防備さを醸し出し、媚態となって鑑賞者の眼を引きつける──絵画ではごくありふれた構図だ。
「そんな投げやりな事を言うものじゃないわ」
多少の芝居は演じているものの、そう感じているのも嘘ではない。
「自分が自分だって分からなくなるまで、どれだけ時間がかかるのかしらね?」
「……どんだけかかるんだ?」
「さぁ? クスリの正体がつかめてないから私達にも分からない。明日かもしれないし、一ヵ月後かも知れない。ひょっとしたら、1年、2年……その間、ずっとあなたはあの悪夢や幻覚、イヤな苛立ちの中で生きていくつもり?」
「……俺の人生だ。好きにするさ」
「終わりが見えない苦しみの中を? 今だってそうなのに? 『契約者』として鍛えられていれば、その苦しみはかえって長引くだけよ?」
「てめぇには関係ないだろう!」
ばん! と机を叩き、ジョージは立ち上がった。
構図だけ見れば、どっちが尋問者か分からない。
(関係ない、か)
ルーツは小さく笑った。
本当に関係ないなら、そのまま会話を打ち切ってしまえばいい。それをせずに感情的になっているのは、「本当は関係を維持」あるいは「強化したい」のだ。
他者とつながりを持ちたいのは、相手の方だ。
(相手の方を向いて、話をするよう持ちかけろ)
尋問対象の剣幕に動じることなく、アスカは態勢を換えた。再びジョージに向き直り、わずかに身を乗り出す。
「……話を聞かせて」
「……何の話だ」
「ジョージ・ガルバックの話」
アスカは静かに答えた。
「あなたが望んで破滅するというのなら、見ず知らずの私達が止められる事はできないでしょう。でもその前に、遺言くらいは残しておいてくれないかしら」
「……遺言だと?」
「ええ」
アスカは頷く。遺言というキーワードを出すことで、本人がさんざん望んでいる「破滅=死」のイメージを本人に突きつける。
「クスリの正体がまだ見えない以上、あなたとこうして普通に口をきけるのもあとどれくらいまで続くのか分からない。今は『解毒』や『サイコダイブ』がうまくいっているけれど、いつまた禁断症状が始まって、飢えた動物みたいになるか分からない。
けど、それをあなたが望んでるのなら仕方ないわね」
それは拒絶のメッセージ。だが、完全に拒絶しているわけではない。
「でも、その前に、あなたが何者だったのかを教えてちょうだい。
どんな人間でも、人間は残していく人に残せるものがあるの」
「それは何だ? 死体か?」
「いいえ」
アスカは首を横に振り、答えた。
「生涯」
「……生涯?」
「おそらく、あなたと同じ生涯を送ろうとしている人が、この“環七”にはいっぱいいる。私達はその人達を助けたい。
その為にはあなたに何があったのかを知らなければならない。
もちろん仮にあなた以外の人を全員助けたとしても、あなたを救えなかった事が帳消しになるわけじゃない。その事は、私達が生涯背負っていく十字架になるわね。
それが、ジョージ・ガルバックという人物が残すものだというのなら、私達はそれを背負って生きていくわ。あなたの事は、決して忘れない。
──さぁ、話してくれないかしら? あなたがあなたでいるうちに」
拒絶の後の、共感──それは、天から地獄に向けて垂らされた蜘蛛の糸のようでもある。
その蜘蛛の糸に──
「……俺は……俺がここに、パラミタに来たきっかけは……」
「ええ。あなたがここに来たきっかけは?」
「……“声”が聞こえたんだ。パラミタの女の子から……俺は、そいつと『契約』して……」
ジョージ・ガルバックは縋りついた。
(……チェックメイト)
マジックミラーの向こう側で、ルーツはニヤリと口元をゆがめた。
師王アスカの尋問により、以下の情報が出て来た。
・自分がクスリに手を出したのは先々月頃
・密売スポットは他には“環七”中央部の繁華街等。あと、携帯メールで連絡来る事もある
・最初にクスリを勧めてきたのは、友好関係にある暴走族のメンバー
・クスリを勧めて来たメンバーがいる暴走族は、“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”の傘下に入ったらしい。名前は“邪師団(デビルレギオン)”だった。
話の切れ目を見つけると、夢野 久(ゆめの・ひさし)はマイクに向かって告げた。
「……次、俺が出てもいいか?」
机を挟み、ジョージと向かい合う久。
「……もう何も話すことなんて残ってねぇよ……」
「そいつは俺が決める。何、すぐに済む」
久は身を乗り出した。
「なあ、どうしてクスリを止めない?」
「止めようとして止められるものじゃねぇんだよ」
物憂げにジョージは答えた。
「効いてる間の昂揚や充実感はハンパねぇ。自分にできない事は何もないと思える。
……それだけに、効き目が切れた後の脱力や自己嫌悪は凄まじい。悪い事だって分かってるさ。だから、その度に本気で死にたくなる。
それから逃れるためにまたクスリを使う。もう、どうしようもねぇんだよ」
「根性出せよ……死にたくなるってんなら、死ぬ覚悟を決めろ。クスリなんてショボいものとの“喧嘩(ゴロ)”に負けてもいいのか?」
「どうしようもねぇんだよ、気合や根性じゃあな」
逸らされていた眼が、ちらり、と久の方を見た。
「聞いてるぜ、あんたの事。
“取り締まり”の時には、“環七”東の“暴走族(ゾク)”が束になってかかってってもあんたひとりには全然かなわなかったっていうじゃねぇか?
……あんたみたいに強いヤツには分からない」
(すっかり心が折れてやがる)
腹が立ってきた。
今すぐこいつの襟首掴んで引っ立たせて、力の限りぶん殴りたい。
「お前はそんなヤツじゃないだろう」、と──
「“ワル”ってのは、気合と根性だけはいつでも満タンなはずだろう」、と──
久はその衝動を必死に抑えていた。
(何でこんなヤツが、“不良(ワル)”をやろうと思ったんだ?)
「お前は何故暴走族をやっている?」
「焦ってたのさ。サマになるような活躍や結果を出せなくてな。“ワル”の方面で名前を売ろうとして、暴走族に飛び込んだ。
今から思えば、本当にバカだったぜ……おかげでパートナーは愛想をつかして離れていった。
ここ数ヶ月は全然連絡とってない」
「お前は、何をしにパラミタ大陸にやってきた? 野心野望信念の類はあったろう?」
「それ、さっきの姉ちゃんに言わなかったっけ? まあいいか──
俺が“パラミタ大陸(ここ)”に来た野望はな……」
ジョージは自嘲した。
「……忘れちまった。思い出せねえよ、もう」
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