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リアクション
●4.女王器運搬のシークエンス/捜査開始2日目の昼
警察病院。
「お……あ……ぐ……っ! ぐあぁああッ!」
「大人しくして下さい! もう大丈夫! あなたをいじめる人はもういないんですから!
」
寝台の上で、手足をバタつかせる“発現者”をリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が必死に押さえつけていた。
横に立つ九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が精神を集中し、「ヒプノシス」をかける。
振り上げられていた手足が、ぼすっ、と寝台のマットの上に落ちた。
ジェライザ・ローズとリリィは揃って息を吐いた。
「……埒があかないな」
ジェライザ・ローズがつぶやく。
「リリィさん、大丈夫? 何度も腕や脚が当たってたけど」
「平気ですわ。この程度、この人が落ちている苦しみに比べれば……」
「……顔が腫れてるじゃないか。ちょっと待って、今『ヒール』かけるから」
「いえ、それは無用に願います」
リリィは丁重に頭を下げ、固辞した。
「あなたの回復系スキルは、今はこちらの方に使うべきです」
「……そうだね」
“環七”北部のショッピングモールでの“バースト”発現者を警察病院に運び込んだ後、気絶から覚めた“発現者”はすぐに暴れ始めた。ジェライザ・ローズが「ヒプノシス」をかけて鎮めたが、しばらくするとまた眼を覚まして暴れだす、という状況だ。
今のところはリリィとジェライザ・ローズがつきっきりで対応し、何度かジェライザ・ローズが「ヒプノシス」をかける事でどうにかなっている。が、また“バースト”発現者や、あるいは“ザラメ”なり“アズキ”なりの中毒者が担ぎこまれ、その度にこの騒ぎになるのだとしたら、すぐにこっちはパンクする。
(根本的な処置が必要なんだ、けど……)
この“発現者”は同時に“ザラメ”や“アズキ”の常用者でもあるらしい。眼が覚める度に暴れるのは、ドラッグの影響で悪い夢でも見てる──見させられてるのだろうか?
その悪夢をどうにかできれば少しは落ち着くのだろうけど、現在「テレパシー」要員の余裕はなかった。
(だったらその夢の中に飛び込みでもすればいいのか──)
半ば自棄的にそんな事を思いついた瞬間、ジェライザ・ローズの脳裏で何かが閃いた。
夢に、飛び込む──これには前例がある。
「リリィさん、ちょっと離れるよ。すぐ戻るから」
ジェライザ・ローズは警察病院の廊下にある公衆電話のひとつに飛びつくと、捜査本部につないだ。
「はい、こちら環七中央署」
「警察病院の九条です。八街修史警部に代わってください」
「(保留音)……八街だが?」
「女王器の使用を提案します」
空京大学。
「なるほど。事件調査の補助として、サイコダイブの女王器が必要なのだな」
(またアレを使うのか……)
夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は、うんざりした気持ちを口に出さないように気をつけていた。
「そうです」と電話口の向こうの声は答えた。空京警察環七中央署の八街修史だとか。
「状況は一分一秒を争います。どうか、ご協力いただきたい」
「モノがモノなので、容易く持ち運ぶ事はできない。すぐ折り返すので、連絡先をうかがってよろしいか?」
「分かりました。こっちの直通電話は……携帯は……」
「了解した。ひとまず失礼する」
綾香は一度通話を切ると、webで空京警察環七中央署の電話番号を確認し、そこに電話をかけた。
「環七中央署です」
「空京大学の夜薙綾香という。八街修史氏に繋いでくれ。女王器の件、と言えば分かるはずだ」
「分かりました。少々お待ち下さい……」
保留音。
「電話代わりました。八街です。こちらの連絡先は教えましたよね?」
「回りくどい事をして申し訳ない。この女王器だが、以前に強奪されかけたことがあって、そちらの身分や立場を私なりに確認しなければならなかった。不快に思われたならお詫びする」
「いえ、そういう事情があるのならば仕方ありません……それで、モノの持ち出しは可能ですか?」
「モノを持ち運ぶ事そのものは簡単だ。ただ、いくつか条件や手続きがある。そちらは警察の方でしてもらえるか?」
「何でしょう?」
「ツァンダ家、あるいは蒼空学園校長もしくはその代行への使用許可が必要だ。この手続きはそちらでとってくれ」
「分かりました」
「また、輸送、及び使用にかかる費用も其方持ち」
「はい」
「それと、事が終わるまでは、この件は秘密情報として絶対に公表しない」
「無論です」
「この件の全ての責任は、警察側で負う。
よろしいか?」
「了解しました。事務手続き等はこちらの方で行います。
至急、輸送用の人を回しますので準備をお願いいたします」
「使用場所は、警察病院だな? そちらでも受け入れ態勢を整えてくれ。
相当かさばるモノなので広い場所と、広さの確保できる搬入ルート、あと、アルコール飲料を確保。最低限、瓶ビール1ケースを準備」
「広い場所と搬入路と……すみません、最後のをもう一度」
「お酒を山ほど用意してくれ。女王器を使うのに必要なのだ」
少しだけ、間があった。
「もしもし?」
「……お酒ですね。了解しました」
「以上。よろしく頼む」
通話が切れてから、綾香は魂までも抜けていきそうな溜息をついた。
(──まぁ、必要とあれば仕方ない)
凶悪犯罪の解決と収束に役立つというのであれば、綾香としても助力協力にやぶさかではない。
綾香は再び電話をかけた。相手はパートナーのフィレ・スティーク(ふぃれ・すてぃーく)。そしてそれに憑依している奈落人アスト・ウィザートゥ(あすと・うぃざーとぅ)だ。
「私だ。ちょっと力を貸して欲しい」
環七中央署。
「武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)……いや、“田中太郎”くんだったかな?」
近くのデスクで受話器を置いた八街警部が、こちらを呼ぼうとして戸惑っていた。。
パートナーの龍ヶ崎灯のまとめている資料を見ていた牙竜は「牙竜の方で呼んで下さい」と答えた。
「……で、緊急ですか?」
「緊急だ。
空京大学にある女王器を警察病院にまで運ぶ事になった」
(女王器?)
灯が手元のノートパソコンを捜査し、画面を牙竜に見せた。
眠っている相手へのサイコダイブを可能とする「夢門の鍵杖」、他人の見ている夢を器に湛えた酒の水面に映し出す「遊夢酔鏡盤」が画面にあった。
「何やら大層なものらしい。
持ち運びの際に必要な書類や事務上の手続きはこちらで行うので、現場レベルの段取りはそちらで頼む」
「分かりました……運搬にはトラックが必要なようですが、警察には“四輪”はありますか?」
「今なら駐車場にあるのが一台使える。管理担当の人間がいるから、この書類を渡してくれれば鍵を貸してくれる」
言いながら八街警部は書類を取り出し、手早くボールペンを走らせてハンコを押し、牙竜に渡した。
無線機のマイクを手に取りながら灯も牙竜に言う。
「巡回メンバーのうち、セルマ・アリス(せるま・ありす)、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)、赤羽 美央(あかばね・みお)と着装された魔鎧の魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)を空京大学に向かわせます」
「巡回人員を回すのか? それは避けた方が……」
「病院に到着直後、すぐにサイコダイブが必要になると思われます。今挙げたメンバーは、以前に空京美術館でのサイコダイブがらみの事件の解決に加わった経験があります」
「……なるほど。では段取りを頼む」
「警察病院待機のメンバーとの連携も私の方でやっておきます。牙竜は安心してお使いに行ってきて下さい」
人員が空京大学に集合すると、慌ただしく荷物が荷台に積み込まれた。
女王器運送の人員体制は以下の形になった。
トラック運転/セルマ・アリス(せるま・ありす)
トラック同乗/夜薙 綾香(やなぎ・あやか)
フィレ・スティーク(ふぃれ・すてぃーく)
アスト・ウィザートゥ(あすと・うぃざーとぅ)奈落人、フィレに憑依
護衛/武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)軍用バイク搭乗
ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)「軍用バイク」に搭乗※バイクは往路でトラックに積載
赤羽 美央(あかばね・みお)「聖騎士の駿馬」に騎乗
魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)赤羽美央に魔鎧として着装
「……またこいつの運搬につきあう事になるなんてな」
荷台に積まれ、ロープで固定された「遊夢酔鏡盤」入り木箱を見て、セルマは嘆息した。
「今度は襲撃はないでしょ? コトは表沙汰になってないし、警察が護衛につくんだもの。何だったらまたアメ食べる?」
ミリィの台詞にセルマは苦笑し、首を横に振った。
「……いや、気持ちだけ受け取っておく」
準備が整うと、運搬用トラックと護衛メンバー各員の“乗物(アシ)”でパトライトが回り、サイレンが鳴り始めた。
「さすがは『聖騎士の駿馬』。近くでサイレンが鳴った程度では取り乱しませんね。訓練が行き届いています」
赤羽美央が感心した。
「パトライトを馬に取り付けても、訓練された馬なら運用に支障はありますまい。
今後は馬の警察用装備の開発、というのを進言してもいいかも知れませんね」
『サイレントスノー』の台詞に「実に同感です」と美央は頷いた。
「聖騎士の駿馬」にはパトライトを取り付ける場所がないので、騎手である美央の頭の上にパトライトをくくりつけるという形を取っている。
当初は馬の頭の上に載せるべきかとも思ったが、そうすると騎手の視界が阻害されてしまうのである。
「出発ッ!」
牙竜の号令で、彼らは進み出した。
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