空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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   第7章 魔法協会の終焉

 少し時間を遡る。
 エレインが闇黒饗団本部へ向かってすぐ、アルテッツァ・ゾディアックはヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)と共に魔法協会の建物を見て回った。
 既に協会所属の魔術師たちへの避難勧告は、ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)トリア・クーシア(とりあ・くーしあ)が行っている。アルテッツァは、残された人間がいないか、また逆に忍び込んだ人間がいないかを確認していた。
 一番の懸念は、会長室の抜け穴だ。当然、既に塞がれているが、通路そのものはそのままなので、その気になれば出入り口を開けて使うことは出来る。
 会長室を覗き込んだアルテッツァは、そこに誰もいないことを確認した。
「会長さんの手当て、してあげたかったわぁ」
 アルテッツァの後ろでヴェルがため息をついた。実は【命のうねり】を試したのだが、ほとんど効果はなかった。エレインの体内にある「鍵」は、この世界でも一、二を争う魔術師ですら抱えきれないようだった。
「もう、誰もいないようですね……」
「敵がいなくてよかったわ」
「瘴気の影響を受けた者は、わざわざ本部には出ず、暴れ回っているらしいですからね」
「そろそろ、会長さんたちの後を追う?」
「そうですね……もう一回りしたら」
と、アルテッツァが言いかけたその時、ヴェルの表情が一変した。
「ゾディ!!」
 ヴェルの指差した隣の部屋へ、アルテッツァは飛び込んだ。そこに、男が一人いた。蹲り、小さくなっている。丸い体と丸い頭、後姿だけでも分かる。魔法協会で雑務を担当しているキルツだ。
「何だ、キルツさん……」
 ほっと、アルテッツァはその名を口にした。が、この部屋に彼以外の姿がないのに気が付いた。
「ゾディ!!」
 ヴェルの叫び声と、アルテッツァが【奈落の鉄鎖】を使うのが同時だった。
 しかしキルツは、その身に似合わぬ敏捷さで部屋の隅に飛びのいた。ドン、と音がして、床が窪む。キルツは壁を蹴り、アルテッツァに飛び掛かった。
「ゾディ!」
 キルツの重みで倒れたアルテッツァは驚いた。そこにあるのは、あの人のいい笑みではなかった。白い歯を覗かせ、ニタリ、と楽しげでゾッとするような笑顔は、殺人を快楽と捉える者のそれだった。
 押さえつけられたアルテッツァの指先が動いた。サバイバルナイフが【朱の飛沫】を伴って、キルツに襲い掛かる。しかしナイフは弾かれ、炎はキルツの後ろへ逸れた。その一瞬に、アルテッツァはプレートブーツでキルツの下半身を蹴り上げた。
 無論、キルツにダメージはない。だが、ひょいと飛びのいたキルツに、今度はヴェルが【凍てつく炎】を食らわせる。
 キルツは窓を破った。炎と氷が後を追う。
 庭へ飛び降りたキルツの前に、ユーリとトリアがいた。中にはもう誰もいないことを確認し、周囲を見回っていたのだ。
「しまった!!」
 窓枠に手をかけ、アルテッツァは舌打ちした。
 ぽかんとしているユーリの前にトリアが飛び出し、エンシャントワンドを向けた。【ファイアストーム】が杖の先端から発射される。
「ち、ちょっと、トリア、キルツさんだよ!?」
「ユーリ、目を見て! あれは敵!」
 言われて、ユーリも気が付いた。キルツが自分たちに悪意を向けていることに。慌てて【氷術】を使い、そのせいで【ファイアストーム】の勢いが弱まった。
「ユーリ!」
「ご、ごめん!」
 ユーリは魔法使いになりたてで、今一つ魔法を使った戦いに慣れていない。
 キルツは炎を避け、さっと手を振り下ろした。雷が二人に降り注ぐ。
「わあ!」
「キャア!」
 アルテッツァは窓から飛び降りた。ヴェルが【驚きの歌】を高らかに歌い上げると、キルツがさっと見上げた。そこへ再び【奈落の鉄鎖】を落とす。
 今度はキルツも避けられなかった。地面に這いつくばりながら、アルテッツァを睨む。
 ユーリとトリアは、【歴戦の防衛術】で辛うじて致命傷を免れたが、その場から動けない。それでもトリアは、ユーリを庇うように抱き締める。
「キルツさんが……どうして……」
「仮想世界の住人か、それとも――」
 トリアは次の言葉を飲み込んだ。
 キルツが現実世界の住人の末裔だったなら、その方がいい。だが、既に瘴気がそこまで影響を及ぼしているということでもある。
 もしかしたら、自分たちも――。
「試してみる価値はあるわね」
 アルテッツァに続いて飛び降りたヴェルが、【清浄化】を使った。
 キルツは、全身を痙攣させ、ばたりと倒れる。【奈落の鉄鎖】を解き、
「後は気づいたときにどうなるか、ですね」
とアルテッツァは呟いた。
「さあさ、あなたたちの体力を回復させるわよ」
 ヴェルが【命のうねり】をユーリとトリアに使う。と、ユーリが声を上げた。
「火事!」
 パリンッ、と音がして、上の階の窓が割れた。続いて隣の部屋、更に別の部屋も割れ、炎が飛び出している。もはや手が付けられないほどだった。
「まさか、そんな!」
 アルテッツァは愕然とした。【朱の飛沫】や【凍てつく炎】が燃え移ったのだろうか?
 いや、とかぶりを振る。
 仮にそうだとしても、広がるのが速すぎる。別の原因があると考えるべきだろう。
 おそらく、と見下ろす。
 ユーリとトリア、そしてヴェルもそれで気づく。
「キルツさんが……?」
「何てこと……」
「正気に返ったら、驚くでしょうねえ……」
 正気に返れば、ですがね、とアルテッツァは内心呟く。
 四人は建物が燃え、崩れていくのを最後まで見届けた。それが自分たちに出来る唯一のことだと悟った。
 魔法協会は、その役目を終えたのだ――。