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リアクション
第12章 路地裏の攻防
ほとんどの住民の避難は完了した。
残るはスプリブルーネの陰、犯罪者たちの巣窟、路地裏である。
土方 伊織(ひじかた・いおり)、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の前に現れたのは、だらしない恰好の男たち、六人だ。
全員、目に殺気が宿っている。
「……これ、元々かいな? それとも、操られとるんかな?」
泰輔がレイチェルに尋ねた。レイチェルはかぶりを振り、
「どちらにせよ、助けなければなりません」
「せやな」
この路地裏で唯一メリットがあるとすれば、この悪党どもが魔術師たちよりその能力に劣るということだ。しかし、物理攻撃が通用しない点は変わりない。
「参ります」
ベディヴィエールが「霊妙の槍」を構え、【シーリングランス】を発動する。攻撃そのものは全く効かなかったが、笑いながら手を掲げた悪党の顔が、怪訝そうに歪んだ。三人の術を封じることに成功したらしい。
「いきますよー」
伊織は【歴戦の防衛術】で守りを固め、突っ込んだ。残る三人が手をかざす。させじとベディヴィエールが槍を突き出した。これも防衛術式に躱されるが、その隙に伊織は三人の額に浄化の札を貼った。
二人の動きが、唐突に止まる。
「やったーですよ!」
ぐっとガッツポーズをして見せた伊織に、残る一人が腕を突き出した。炎が伊織の髪を焼く。
「はう!」
「お嬢様!!」
「任せとき!」
泰輔が光条兵器を、レイチェルが【アルティマ・トゥーレ】を放つ。伊織を更に焼こうとした男は、吹き飛ばされて意識を失った。
残る三人は、術を封じられたままではどうしようもないと判断したのか、逃げ出した。
「あ、待ってくださいですよー!」
「お嬢様、危険です!」
伊織が慌てて後を追い、ベディヴィエールも続いた。
「ま、あいつら魔法も使えんし、大丈夫やろ」
泰輔は呆けている二人のお札を剥がした。ハッと、二人は我に返り、
「なななな、何だ、てめえらは!」
と身構えた。
「どうやらこの二人は、現実世界出身者の末裔、ということのようですね」
「せやな。さて、どう説明するか」
「それはお任せください」
そう言って現れたのは、朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)だ。
「相変わらず、かび臭い場所ですね……」
「どっかで見た姉ちゃんだな……」
二人が眉を寄せる。
「こういうところにいる連中は、記憶力もアレなのかな。それとも、操られてたから、ボケてるのかな?」
ゆうこの後ろにいたラウラ・フゼア(らうら・ふぜあ)が言った。小さすぎて、男たちの視界には入っていなかったようだ。
「思い出した! 変なこと抜かす姉ちゃんだ!」
片方の男がぽんっと拳で手の平を叩いた。
「思い出してくれて何より」
「ひょっとして、思い直して俺とベッドへ直行! とか考えてるのか?」
もう一人の男がうひゃひゃと下卑た声で笑う。
「あなた方を助けに来ました」
ぴたっ、と笑いが止まる。
「あぁ〜ん? そら、どういう意味だ?」
「助けが必要なのは、アッチの方よ〜ん」
ラウラはそっとゆうこに囁いた。
「こいつら、状況が分かってないんじゃないかな?」
「仕方がありません。きちっと説明しましょう」
男たちの前に仁王立ちになり、懇々と説明をするゆうこの背中を見ながら、変わったもんだなあとラウラは思った。
頭が痛むと言っていたし、コブもあったので、恐らく頭を斜め四十五度ぐらいの角度で打って、まともになったのだろう。
十五分ほどかけてどうにか状況を理解させたが、
「分かったなら、早く行こう」
とラウラが促しても、
「い、いや、ちょっと待ってくれ」
「心の準備が……」
と、どうも及び腰だ。ゆうこは「心が定まるまで待ちます」と言うが、そんな時間はないと、ラウラは持ってきた日本酒を男たちの前に並べた。
「何だこりゃあ、……酒か?」
「へっへ。美人な姉ちゃんに酌されるなんざ、いい気分だな!」
ゆうこが二人の傍らで、せっせと酒を勧める。酔い潰れたら小型飛空艇で運ぶ、という計画だ。
一方、泰輔は気を失ったままの男を担ぎ上げた。
「どうする気?」
泰輔は男を担いだまま、ラウラを見下ろした。
「仮想世界の住人ゆうてもな、苦しみ妬み傷つき悲しみしている、その『痛み』は現実に『ある』もんや。だからその痛みを感じる、こいつらが助かるためにも、この世界の法則に基づく魔法を活かして貸して欲しかったんや。夢と現実の違いは、目が覚めてみなわからん。これが悪夢なら『夢』から醒める手段やと思て。ひょっとしたらな、僕らの方が仮想、夢の存在かも知れへんで? そう分の悪い話でもないと思たんやけどな」
「残念ながら、説得する暇もありませんでしたが、せめて避難を。先程逃げた三人も、追いかけて何とか」
レイチェルは、伊織たちが走って行った方へ目をやった。
「――でもこの人たち、連れていけるの?」
幼い風貌に似合わぬ目つきで、ラウラは尋ねた。
「は?」
「さっき、ここに来る前に、第四世界の偵察をしてきた人の話を聞いたけど、第二世界から持ち出したものが、消えちゃったそうだけど?」
「何やて?」
「消えた……?」
「仮想世界の物が持ち出せないってことは、もしかして、その人も」
泰輔は担いだ男の顔を見た。まだあどけなさの残る、若い男だった。急に彼の重さが倍以上に感じられた。
どうすればいいか分からない。
下ろすことも、連れて行くことも。
考える時間は、後僅かしかない。