空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い
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   第8章 VS.魔術師

 ゴーレムを先頭にレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)は、魔法協会の魔術師たちを訪ね歩いていた。
 レキは【護国の聖域】と【イナンナの加護】で身を守り、ミアは【ギャザリングヘクス】で魔力を上げている。
 幸いにしてこれまでのところ、瘴気の影響を受けた魔術師たちに会うことはなかった。思ったより、仮想世界の人間は少ないのかもしれない、とレキは思い始めていた。
「ここも見てみようか」
 図書館を見上げて、レキは言った。
 元来、図書館とは静かな場所であるが、殊更に人影がなくがらんとしている。司書がいるはずだが、姿は見えない。既に逃げたか、或いは。
「レキ!」
 外に出た途端、【ディテクトエビル】で敵意を察知し、ミアは叫んだ。
 炎の塊が飛んでくる。ゴーレムが壁になり、レキには当たらない。
「させるか!」
 ミアの【ブリザード】が敵に襲い掛かる。が、魔術師たちはそれをたちまち融かしてしまった。
「ぬう……やるの」
 五〜六人はいるだろうか。見知った顔もあった。魔法協会の魔術師と、混ざっている少女は魔法学校の生徒だろう。
「そんな……あんな女の子まで」
「同情していては、こちらがやられるぞ!」
 そうは言っても、ミアも顔見知りを殺す気にはなれず、【アシッドミスト】を展開した。
 さあ……と周囲に霧が広がった。レキはゴーレムを盾に進んだ。ゴーレムに足をかけ、レキへ飛び掛かる魔術師がいた。
「【バニッシュ】!!」
 懐に飛び込み、その魔術師の額に手を当て唱える。光と衝撃で、魔術師は気を失った。正気に戻ったかどうか分からないが、これで一人、戦闘力を削った。
 しかし、酸の霧を物ともせず、魔術師たちは飛び込んでくる。それに対する、決定的な攻撃を二人は欠いていた。
 そこに雷撃を伴った槍が突き刺さった。次いでユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)がその場に飛び込み、引き抜いた「黄昏の大鎌」を魔術師たちに突き付ける。
「大丈夫ですか?」
 レキとミアは頷いた。
「ニコさん、やれますか?」
「もちろん。言っておくけど、その人たちと違って僕は遠慮なんてしないよ」
 アンデッドと共に現れたのは、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)だ。ニコは気絶した魔術師を見下ろした。
「ふぅん。この人が現実世界の人で、瘴気にやられているんだとしたら……広がり始めた時間を考えると、濃度は……」
 ぶつぶつ呟くニコに、少女が氷の塊を投げつける。
「うるさいな」
 ユーノがそれを弾き返し、アンデッドが盾となって残りを引き受ける。
「話をする気もないみたいだね」
「それは……無理でしょう」
「もしかして、この世界の住人は『大いなるもの』の一部なのかもしれないよ。互いに影響し合っている、そんな気がする」
「ニコさん……そんな呑気なことを」
「僕は魔術師として、探究心を忘れずにいたいだけさ。ぜひ、結果を持ち帰りたいね」
 ニコは【ブリザード】で少女を集中的に攻撃した。叫び声を上げ、少女の体が凍っていく。
 別の魔術師が、邪魔するように炎を撃ち出してきた。
 ニコの【痛みを知らぬ我が躯】は、物理攻撃には有効だが、炎熱属性には弱い。それを知るユーノは、【オートバリア】で庇った後、すぐに【ヒール】で治療を施した。
「いかんの……。敵が多すぎる」
 ミアが呟いた。
「同感です。撤退しましょう」
 ユーノが頷くと、ミアは【アシッドミスト】の濃度を増やした。気絶した魔術師と凍った少女はゴーレムが担ぎ上げる。
「冗談でしょ。まだ、ほとんど何も分かっていないじゃないか」
というニコの不満は、レキの【バニッシュ】と同時にかき消されたのだった。


 一方、水路を通って闇黒饗団本部へ向かう瓜生 コウたちは、度々、饗団の魔術師に襲われていた。その度に仲間が敵を引きつけ、コウたちが先へ進む、ということを繰り返した。
「みんな『瘴気』のせいで『正気』を失ってしまったというわけだな。はっはっは!」
などと親父ギャグをかましたのは、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)だ。名前通り、どこからどう見てもクマである。
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は魔砲ステッキを構えた。
「待て!」
 水路内を滑るように箒に乗って現れたのは、于禁 文則(うきん・ぶんそく)だ。その後ろを、青銅の聖甲冑を身に纏ったフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)がのたのたと飛んでくる。
「この前の雪辱を晴らさせてもらうぜ」
 文則が、魔獣の皮手袋で包んだ両の拳を握り締めながら言った。文則は饗団に囚われていたのだ。ちなみに腹いせとして本部を破壊し尽くした一人でもある。
「ちょっと待ってください! できるだけ傷つけずにすませたいんですっ」
 ソアのセリフに文則は目を丸くした。ソアは本気だった。
【ブリザード】が二人の魔術師を襲う。足元の水が凍り、魔術師たちは動けなくなる。が、すぐに炎でそれを融かし、一人が両腕を広げた。たちまち視界が悪くなる。
「【アシッドミスト】……!!」
 ベアが舌打ちする。なるほど、狭い空間の方が有効に使える術ではある。
 魔術師が杖を振ると、霧を通して電が一直線に突き進んできた。
 ソアは【雷術】で操り、攻撃を逸らそうとしたが、ほんの少し、スピードを緩めただけだった。その隙にベアがソアを庇い、全身に電を浴びた。
「ベア!」
「だ、大丈夫だ、ご主人。俺様の肉体は、こんなことではびくともしない……!」
 もちろん強がりだ。だが、ソアの青い顔を見て、ベアはぐっと親指を立てて見せた。
「仕方ない。できればこいつだけは使いたくはなかった」
と、フィーアが甲冑を外し始めた。がちゃん、がちゃんと足元にパーツが一つ一つ落ちていく。兜、ゴルゲット、ポールドロン、コーター、ガントレット、ヴァンブレイス、キュイラス、フォールド、タセット、キュレット、チェインメイルスカート、、キュイッス、ポレイン、グリーブ、ソールレット、フローラルスカート、パンツ……。
「待て。パンツは脱がんでいい、パンツは」
 文則に止められたので、フローラルスカートでやめておいた。
 そして包帯の巻かれた左腕を顔の前に持って行き、おもむろにそれを解き始めた。
「長いな」
と文則がツッコむ。
「甲冑って結構大変なんだよ」
 しゅるり、と白いそれが落ちていく。代わりに現れたのは、黒く彩られた腕だった。
 フィーアの魔力を餌にして、龍たちの暗き想念が大きな力を爆発させる。
「燃え上がれ、僕の小宇宙的な何か!」
 フィーアは霧へと突っ込んでいく。酸がフィーアの服を溶かし、髪を、皮膚を焼く。それでもフィーアは足を止めない。
「食らえ、煉殺闇黒波!!
 魔術師の一人に腕を突きつける。魔術師は勢いよく吹き飛ばされた。そのまま立ち上がれない。どうやら麻痺したようだ。
 しかしフィーアもまた、水の中に倒れた。
「よくやった、相棒……」
 その後ろから、文則が【奈落の鉄鎖】を残った魔術師へ向けた。
 しかし魔術師はするすると後退し、あっという間に姿を消してしまった。
「待て!!」
 文則は追いかけようとしたが、ソアに呼び止められて振り返った。
「フィーアさんが!!」
 息はしているが、ぴくりとも動かない。火傷の跡が痛々しいほどだ。
「噴水へ行きましょう! 治療してくれる人がいますっ」
「しかし……」
 文則は躊躇った。だが、敵ならともかく、相棒に地獄を見せるわけにはいかない。
 どうにか動けるようになったベアがフィーアを抱え、三人は水を弾きながら元来た道をひた走った。