空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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   第13章 再会

 瓜生 コウら契約者たちが道を切り開いたおかげで、エレイン、大岡 永谷、博季・アシュリング、西宮 幽綺子たちは無事に闇黒饗団本部へと辿り着いていた。
 既にメイザースを探し、あちらこちらで饗団の魔術師との戦闘が繰り広げられているという。しかし、多くの契約者が撤退しているとの報告も入っていた。
【光学迷彩】で偵察をしていた熊猫 福が戻ってきた。
「人が来るよ!」
 永谷、博季、幽綺子はエレインを守るように囲んだ。
 奥の方から、十人近い人数の静かな足音が聞こえてくる。やがて小さな炎と、人々の影が視界に入ってきた。
「――イブリス」
 真っ先に認めたのは、エレインだった。
 高月 玄秀、ティアン・メイ、永倉 八重、高峰 結和、エメリヤン・ロッソー、そしてレイカ・スオウ、カガミ・ツヅリらと共に現れたのは、紛れもなくイブリスだった。
「悠久の時の果てに逢うた気がするわ」
 あれから、左程時間は経っていない。だが、まるで何十年ぶりかのようだと二人は思った。
 いや、実際、このイブリスを見るのは随分と久しぶりだった。
「イブリス……あなたはもしや、この世界が仮想世界であると、知っていたのですか?」
 ちらり、とイブリスはエレインを見た。だがすぐに視線を逸らす。
「……うむ」
 驚いたのは玄秀とティアンだ。二人は闇黒饗団の客分として働いていたが、そんな話は聞いたことがなかった。
「貴様との争いに敗れて後、我輩は屋敷に引き籠った」
 今は幽霊が出ると噂されるその屋敷は、山深い場所にあった。先祖代々がひっそりと住まい、イブリスの代になって初めてスプリブルーネに出てきたのだった。
 ちなみに玄秀はそこで怪我をしたイブリスを見つけたのだが、ネイラが向かっていたのも同じ場所である。
「そして我輩は、始祖アルケーの遺せし記録を見つけた」
 やはり、という思いが契約者たちの間に広がる。イブリスは「聡明なる賢者」の子孫だったのだ。
 アルケーの記録は、見たこともない字で綴られていた。時間をかけて解読したイブリスは、そこに聞いたこともない魔法や、機晶姫という生きた人形――おそらく、ドロシー・リデル(どろしー・りでる)のことだろう――についての記述を見つけ、愕然とした。
「我輩は気づいた。我が始祖アルケーは、こことは違う世界より舞い降りたのだと」
 異世界の存在自体は前々より魔術師たちの間で取り沙汰されてきたことだった。元々「聡明なる賢者」の子孫であることに大いなる自負を抱いていたイブリスは、自分が異世界の人間であると知って更に高揚した。
 しかし読み進むにつれ、その気持ちは小さくなっていった。
「大いなるもの」「封印」「鍵」「遺跡」「古の大魔法」――こういった単語に続いて「作った世界」という言葉が出てきたのだ。最初は訳し間違えたのかと思ったが、何度読み返しても同じ内容になる。
 異世界というだけではない。今、自分が生きているこの世界は、作られた世界なのか? 人々は、本当に存在するのか? そもそもアルケーは実在したのか?
 何もかも、目の前にある木や空や月すら信じられなくなった。
 手の平を見つめ、そこにあることを確かめるように刃物で傷つけた。
 ただ、恐ろしかった。
「……そこに『大いなるもの』は付け込んだ。我輩は『古の大魔法』で『大いなるもの』を封じ直そうと考えたが、いつしかそれは、彼奴を自在に出来るという確信に変わった」
「『大いなるもの』がそう仕向けたと?」
「左様。彼奴が人の負の心を操ることは、既に知っておろう?」
 エレインは頷いた。メイザース、彼女も同じように操られているとしたら……。
 ぞくり、とエレインの身体が震えた。
「貴様は、ここから帰れ」
「――!? 何を!」
「その瞳、その貌、貴様は今、『大いなるもの』への恐怖に支配されていよう。我輩の二の舞になるのは、目に見えている」
「あなたは大丈夫だと言うのか?」
と永谷。
「既に一度操られている。二度はない」
「あなたの言い分は分かります。しかし、私はメイを連れ帰ります!」
「貴様には不可能だ」
「私の歌で、正気に戻せませんか?」
と、幽綺子は尋ねた。
「無理だ」
「何で?」
と福が可愛らしく首を傾げた。あ、と永谷が小さく声を上げた。
「メイザースは仮想世界の住人なのか?」
 ヒュッ、と誰かが息を飲んだ。そしてそのまま崩れ落ちる。
「会長!!」
 博季が慌ててエレインの両脇に手を入れ、支えた。エレインは目を閉じ、微動だにしない。
「ふむ……まあ、うまくいったか」
 イブリスは己の手の平を見つめ、満足げに呟いた。どうやら眠りの術の一種らしい。エレインの恐怖に付け入ったようだ。
「連れていけ」
 イブリスは顎をしゃくった。
 なぜ、と永谷は問う。
「なぜ、会長を助けるのだ? もう憎しみはないのか?」
「容易き計算よ。我輩は“エレメンタル・クイーン”が憎い。だがそれ以上に、『大いなるもの』が憎い」
「その憎しみが利用されるのではないか?」
 イブリスは答えなかった。彼はそれを持たなかった。
「やってみなければ分かるまい」
 そう呟くだけだった。