空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

リアクション公開中!

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い
【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い 【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い 【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

リアクション


第一世界・第2章「避難誘導」


「獣達、こっちだ!」
 パラミタとの――今は第二世界との――接点となっている『扉』から、神殿のある聖域とは別方向に存在する村。そこに攻め込んでいる瘴気の幻獣達の前に姿を現したセルマ・アリス(せるま・ありす)は、相手を自分の方へと誘導しながら走り続けていた。
「数が多くなってきてる……急がないと」
 セルマの役目、それは他の者達が村人達を集めている間、幻獣の相手をする事だった。その目論見は今の所順調で、同じ役割を持つ泉 椿(いずみ・つばき)ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)の二人が待つ広場へと幻獣を引き連れながら戻る事に成功していた。
「来たな。ミリィ、タイミングは任せるぜ」
「オッケー。もう少し引き付けて……行くよ!」
 ミリィのライフルから放たれた弾が敵の中盤を射抜く。そうして分断された所目掛け、椿が炎を纏った拳を前衛へと振るった。
「一つ、二つ……セルマ!」
「うん! 舞い降りる死の翼よ……闇の獣を切り裂け!」
 続けてセルマの薙刀から突風が発生し、風の刃となって幻獣を切り裂く。
「ごめんね。こんな不幸な形じゃなくて、仲良くなる為に会いたかったな……」
「ルーマ、黙祷してる場合じゃないから!」
 思わずミリィが突っ込みを入れる。セルマとしては本心からの黙祷だったが、そもそも相手は仮初めの存在。本物の幻獣では無いのだ。
「ワタシ達は平原にいる子達が安心出来るように頑張ろう。その為にも今は全力だよ!」

「翡翠さん、どうですか?」
「こちらの方で最後のようです」
 別の場所で救助活動を行っている竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は一人の村人を保護していた。
「ここは現実世界の末裔が多いみたいですね」
「えぇ。皆さん正気なのが救いですか。さすがに全ての方がそうではありませんでしたけど」
「そうですね……とにかく、一度戻りましょう」
 翡翠と二人掛かりで村人をサイドカーへと乗せる。その時、魔鎧として纏われている藍華 信(あいか・しん)が新たな幻獣の存在に気が付いた。
「ハイコド、一匹、来てるぞ」
「正面か……翡翠さん、この人を頼みます」
 村人を翡翠に任せ、走り出すハイコド。オブスタクル・ブレイカーと呼ばれる可変武器を操り、素早く電流付きの鉄甲で殴り倒した。
「ゆっくりしている暇はなさそうですね。ハイコドさん、急いで戻りましょう」
「はい。しっかり掴まってて下さいね」
 次の幻獣が現れる前にバイクへと戻り、発進する。目指す場所は避難民を集めている場所――村長の家だった。

 村長の家に戻ると、山南 桂(やまなみ・けい)ミナ・エロマ(みな・えろま)が待っていた。二人は村人に温かい飲み物と簡単な料理を振る舞い、気を落ち着けるようにさせながら現在村人達が置かれた状況について説明を行っている。
「戻ったぜ! お、ハイコド達もいたか」
「お疲れ様です、椿さん。セルマさんとミリィさんは?」
「外を見てもらってる。それよりこっちはどうなってんのかな。ミナ、状況は?」
「万事抜かりはありませんわ。私特製のお雑煮で身も心も温まってますわよ」
 ミナと桂は料理の腕に覚えがある二人だ。どうやらその言葉に偽りは無いらしい。
「翡翠もお疲れ様です。体調の方は大丈夫ですか?」
「心配ありませんよ。今は大変な時なのですから、弱音を吐いてはいられません」
「なら良いのですが……終わった途端に倒れるなどという事は無いようにして下さいね」
「ははは……気を付けます」
 連れて来た村人の世話を桂に任せ、椅子に座る翡翠。それと同時に椿が再び口を開いた。
「それで、説得の方はどうなってるんだ? あたし達の世界に来るって事、受け入れてくれたのか?」
「えぇ。それについても皆さん信じて下さいましたわ」
 ミナの言葉に応じるように、奥に座っていた村長がゆっくりと立ち上がる。落ち着きはらったその姿には動揺は見られない。
「伝承が現実になり始めた時から覚悟はしておりましたよ。それに、伝承を抜きにしてもあの黒き幻獣達に村が襲われているのは事実。であれば私としては村人を救う為、出来うる限りの手は取らせて頂くというものです」
「分かった、話が早くて助かるぜ。ゲートまではあたし達が責任を持って護ってみせる。だから今は苦しくても、また笑える日が来るように、行こうぜ!」
 元気の良い椿の言葉に、少し表情が明るくなる村人達。彼らを見て村長が一度頷き、再び口を開いた。
「では皆さん、彼らの事はよろしくお願い致します」
「……ちょっと待って下さい。あなたはどうされるのですか?」
 村長の言葉に違和感を覚えた翡翠が尋ねる。が、村長はごく当たり前という態度でいた。
「私はここに残らせて頂きますよ」
「何言ってんだ! 外には瘴気で出来た幻獣達がいるんだぞ! あたし達がいなくなったらすぐ襲われるに決まってる!」
「椿さんの言うとおりです。自分達と一緒に――」
「私の身体では足手まといですよ。黒き幻獣がいるならなおさら……ね」
 確かに、ここにいる村長以外の子供や老人を背負って行くとなると、今の人数でギリギリだった。いざという時に戦える者がいないとどうしようも無いので、外にいるセルマとミリィにまで背負わせる事は出来ない。
「大変だよ、幻獣の数が増えてる! 避難させるなら急いで!」
 そのミリィが扉を開け、中へと叫んだ。どうやら二人だけでは手が足りないほどの幻獣が現れたらしい。
「くっ……ハイコド、ワタシも迎撃に回る。こちらは頼んだぞ!」
 たまらず信が魔鎧から人型へと戻り、武器を手に外へと飛び出して行く。
 時間が無い。そして――手が足りないのは明らかだった。ここにいる彼らには全く責任は無いが、大多数の者が神殿へと向かってしまい、避難誘導を行おうとしたのがここにいる八人しかいなかった事が、全てを救うという手を消してしまったと言える。
「くそっ! だったらあたしがもう一人分くらい抱えてやるよ。だから――」
「私一人の為に生き残れる村人全員を危険に晒す事は出来ません。それに……私には彼らを置いて逃げる事など出来ませんよ」
「!」
 椿の言葉を遮り、村長が奥の部屋を振り返る。そこには正気を失って暴れていた村人達がロープに縛られて寝かされていた。
 仮想世界の住人。現実世界に行く事は出来ず、いずれにせよ消えてしまう存在。だが、そんな彼らでも村長にとっては大切な村人である事に変わりは無かった。この場この時では村長も村人も、この世界に生きる住人である事に違いは無いのだから。
「……分かりました。村長さんの代わりに、絶対に皆さんを僕達の世界まで護り抜いてみせます」
「ハイコド!?」
「椿さん。救えない10よりも救える4です。それが、救えるのが9ならなおさらです。たとえどんな十字架を背負ったとしても……」
 この場で迷い続けていては救える数が8にも7にも減って行ってしまう。それが伝わったのだろう。翡翠達もこれ以上の説得は止め、行動を開始した。
「今はただ、こちらの方々を救う事だけを考えましょう。ミナさん、先導をお願いします」
「分かりましたわ。さぁ、この吉兆の鷹の導く方へ!」
 ミナが一羽の鷹を飛ばし、それに従って村人達が次々と走って行く。
「……村長、あたしも誓うよ。この子達は絶対に護って見せるから」
「お願いしますよ。その子達に新しい世界を……平和な世界を見せてあげて下さい」
 背に一人、両の腕に一人ずつ。三人の子供を抱えながら、椿も皆の後を追いかけて走って行った。

 大勢の人が旅立ち、今や村長と正気を失った僅かな者だけが残る村。その全てが瘴気に飲み込まれたのは――椿達が村人を連れて無事にゲートへと辿り着いたのと、ほぼ同じ頃だった――