空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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第一世界・第3章(2)


 倒れた四条 輪廻(しじょう・りんね)崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の持っていた龍玉の癒しで正気に戻る事が出来た。すぐに引っ張り出した為、浸食が軽かった事が幸いしたらしい。
「うむ、中々に貴重な体験だった」
「満足そうに頷かないで下され、四条殿」
 大神 白矢(おおかみ・びゃくや)は呆れるばかりだが、輪廻は気にも留めていない。
「そうは言うがな、あれは興味深い感覚だったぞ。説明するのが難しいが……心を浸食されるとでも言うべきか。恐らく浸食のされ方によって『原典』に映っていたという戦士達のように廃人と化すか、あるいはファフナーや幻獣のように心を奪われてしまうか分かれるのだろうな」
「真面目に分析するのは良いでござるが、その恰好で言っても説得力は無いでござるよ」
 ちなみに今、輪廻は横になったままの姿だ。
「起き上がりたいのは山々だ。しかし、身体がまだ言う事を聞かないのだ。いやはや、『大いなるもの』本体の力は強力だな、はっはっは」
「笑い事では無いでござるよ……」
 ともあれ、これ以上戦力にならないのは事実。結局輪廻は白矢の背に乗せられて後方へと下がって行くのだった。

「さて、今の結果から見ても、直接『核』と戦うのは得策ではありませんわね。クリスタルを使用するべきではなくて?」
 亜璃珠がクリスタルの持ち主である巽を見た。
「それは良いとして、我らの手でどうやってクリスタルの力を解き放つか、だな」
「貴方達の純粋な力を与えれば良いんじゃないかしら。頑張って、応援してますわ」
「ん? 崩城さん、貴公はやらないのか?」
「あら、私が清らかな心を持ってるように見える? もしそう見えるのなら……皆、相当なひねくれ者ね」
 ふふ、と優しく微笑んで幻獣の相手へと戻る亜璃珠。それを見送った巽がクリスタルを使用する為、懐から取り出した。
「! 敵が来るよ、下!」
 その時、殺気を感知したライカが大きく叫んだ。近くの者達が跳躍すると同時、丁度巽がいた辺りから砂鯱が姿を現した。
「けっ、勘のいい奴がいやがったか」
 砂鯱の口が開き、中から二人の男が飛び出て来た。羽皇 冴王(うおう・さおう)、そして――
三道 六黒(みどう・むくろ)か。この闇の空間を潜って来るとは。我の真下から現れたという事はやはり……」
「希望の光を手にした者達よ。ぬしらの希望も、絶望も、全てわしが喰らってやろう……力の下にな!」
 六黒がレーザーキャノンを放つ。狙いは巽だ。
「くっ、やはりクリスタル狙いか。だが!」
 必死に回避を行う巽。対するは六黒と冴王の二人掛かり。当然ながら巽を支援するべく、他の者達も行動を起こしていた。
「俺様に任せろ! パース!」
「えっ? パ、パス!」
 シリアスな状況に反した声に、思わず巽がクリスタルを放り投げる。そこには変態――もとい、変熊 仮面(へんくま・かめん)がいた。
「ナイスキャッチ俺様! さぁ、俺様達から奪う事が出来るかな?」
 クリスタルを受け取るや否や軽快に駆け出す変熊 仮面。赤いマントと仮面を付けてはいるものの、他には何も無い。ほぼ全裸。正直追う立場としてはあまり相手にしたくない。
「ヘイヘイ! 師匠パース!」
「それ、にゃんくま。パース!」

 増えた。

 変熊 仮面と似た格好をした獣人、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)がクリスタルを受け取り走り出す。
「『核』に向かってトライッ! ……と見せかけて、もういっちょ師匠にパース!」
「キャーッチ。あぁ、なんか花園の幻影が見えてきた……」

 駄目だこいつら、早く何とかしないと。

「ふははは! どうだ、余りの美しさに追う事すら出来まい! このまま『大いなるもの』に叩きつけて、あの街を復活してくれる!」
 変熊 仮面は第四世界で起きた火災による街の半焼失事件に関わっていた。その根本的な原因が『大いなるもの』の生み出す瘴気にあると判断し、こうして封印と、それによる街の復活の為に働いているのである。
 ――もっとも、『大いなるもの』を封印したとして、街が復活するとは限らないのだが。あと、本当に原因が瘴気にあるかについては、敢えてこの場では語るまい。

「師匠、このままじゃ張り合いが無いのにゃ。もっと素早くパス回しをするのにゃ〜」
「了解だにゃんくま。目指せ秒間16連……む、何だこの煙は?」
「あ、師匠。多分そこ危な――」
 にゃんくま 仮面の指摘よりやや早く、変熊 仮面のすぐそばの地面が爆発した。その衝撃で変熊 仮面は大きく吹き飛ばされる。
「ぬぉぉっ!? 誰だこんな美しくない手を使ってくるのは! 大体この煙では俺様の肉体が隠れてしまうではな――」
 煙の中で抗議する変熊 仮面の声が突然消える。原因は煙に紛れてしびれ粉が撒かれていたからだった。その前の爆発も含め、一連のトラップは松岡 徹雄(まつおか・てつお)の仕業だ。
(さて、図らずもあっちの二人を援護する形になったねぇ。ま、向こうが暴れてくれた方が竜造の目的も果たしやすい訳だし、この辺はギブアンドテイクって所かな)
 空飛ぶ箒ミランによって空中に潜んでいる徹雄が、混乱し出している地上を見下ろす。下では冴王が痺れて倒れている変熊 仮面の手からクリスタルを奪っている所だった。
「それを利用される訳には参りません……」
 マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が手からエネルギー弾を放って弾幕を張る。だが、それより一足早く冴王の手からクリスタルが六黒へと投げられていた。
「おっと、残念だったな。旦那、今のうちに行っちまいな!」
「うむ」
 冴王がマリカへと向き直り、六黒への攻撃を阻む。その間にも六黒はクリスタルを握りしめたまま、『核』に向けて走り出していた。
「おっさん! 待ちやがれ!」
 その六黒に向け、猛スピードで接近する小型飛空艇の姿があった。その飛空艇でマリカや冴王達の上を駆け抜けた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は六黒の上まで来た所で飛び降り、彼と並走する。
「ぬしか。何を求めここまで来た?」
「決まってんだろうが。あのでっけぇ憎悪を失くそうって奴らより先に、力を奪いに来たのよ! どうせおっさんも似たようなもんなんだろ?」
 確かに六黒の目的も『大いなるもの』が抱える負の感情を自らが取り込み、その力を支配しようというものだった。それらを手に入れた先に違いはあれど、今やるべき事は二人共同じらしい。
「ふ……そうであればどうするつもりだ?」
「別に同じだろうが違おうが知ったこっちゃねぇがな、これだけは言っとくぜ……あの憎悪は全て俺が頂くってなぁ!」
「よかろう。あ奴の力、手にするに相応しいか……ぬしの気概を見せてみよ!」
「! 亜璃珠様、お下がりください!」
 マリカの声と同時に竜造と六黒、二人の大剣から強烈な一撃が放たれた。異空間であるこの地に激震が起き、衝撃が遠くまで伝搬する。もしこの場所が壁に囲まれていたなら、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)酒杜 陽一(さかもり・よういち)の放った一撃のように『ヴァンダリズム』と呼ばれるほどの被害を与えていた事だろう。
「亜璃珠様、お怪我は?」
「無いわ、あなたのお陰でね。それよりあの二人はどうなったのかしら?」
 皆が『核』のある方を見る。衝撃による粉塵が徐々に飛散して視界が晴れて来ると、そこには竜造と六黒、そして――僅かな残骸しか残らぬ、『核』の姿があった。
「まさか、あのお二人の手で『大いなるもの』が倒されたのでしょうか……?」
「いえ、それは無いわ。殺意や敵意によって依り代を倒しても、今度はその相手を依り代に復活してしまうという話ですもの」
「では……?」
 マリカが頭に浮かべたとおり、破壊された『核』から噴き出した『大いなるもの』の力が竜造と六黒を覆う。二人はその力に逆らい自身の制御下に置こうとするものの、次第にその表情は苦悶へと変わって行った。
「ぐっ……! くそっ、この程度の憎悪、俺が……ぐぁっ!?」
「負の心が、わしの力を越えるだと……? むぅっ……!」
(あらら、一筋縄じゃ行かないとは思ってたけど、やっぱりあの力は強力過ぎるみたいだねぇ。こうなったらおじさんも下手に動けないし、どうしたもんかねぇ)
 気配を消しつつも状況を見守り続ける徹雄。それに対し、冴王はこの状況に舌打ちしていた。
「ちっ、旦那が呑まれてやがるだと? それにしたって、あのクリスタルがありゃあもう少しは――まさか!?」
 振り返り、巽の方を見る。彼の手には先ほど六黒が手にした物よりも光の無い、本物のクリスタルがあった。
「こんな事もあろうかと、という奴だよ。あれはただの光条石さ」
 巽はクリスタルを狙う妨害者が出て来るのではと予測し、受け取ったクリスタルをベルトに隠して、あらかじめ用意していた光条石をあたかも本物のクリスタルのように見せかけていたのだった。冴王が変熊 仮面から奪ったのはその光条石だったという訳だ。
「はーっはっは! 騙された騙された!」
「ボク達の鮮やかな手に引っかかったのにゃ〜!」
「いや、すり替えたのは我なんだけどね?」
 いつの間にか復活してふんぞり返っている仮面二人。ウザい。
「小賢しい手を使ってくれるじゃねぇか。だったらそいつを頂くまでだぜ!」
「そうはさせん。我がいるからにはな!」
 クリスタルを後方の仲間に託し、冴王と対峙する巽。
「いつもより光量多めだ。舞台が舞台だからなっ! 変身っ!!」
 掛け声と共に腰のベルトから光が放たれる。強力な光が収まった時、そこには一人のヒーローが立っていた。
「蒼い空からやって来て、仲間の未来を護る者! 仮面ツァンダーソークー1! 希望の光をもたらす為に、ここに参上!」
 冴王とソークー1がにらみ合う。その奥で、瘴気に囚われた二人にも変化が訪れようとしていた――