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リアクション
第15章 第一世界へ
ザカコたちがメニエスらを引きつけている間、フレデリカは「ニーベルングリング」に魔力を集中した。メイザースは誇り高い人間だ。それ故に道を誤ったのだろう、とフレデリカは思っていた。
だからこそ、彼女がこんな結末を望んでいるとは考えられない。誇り高い人間は最後までそうあろうとするもの。だったら、せめて――。
そのフレデリカに、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は【剣の結界】を張る。
クラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)は、イリスの前に立った。キマク鋼のチェインメイルと魔法使いのマントを身に纏い、メイザースへ向け前進する。
メイザースが指を弾いた。炎の塊が飛んでくる。それは【ファイアプロテクト】で堪えた。次に氷の槍が飛んできた。それは【アイスプロテクト】で耐えた。
そして次に雷がクラウンを直撃した。チェインメイルを伝って、クラウンの全身にそれが伝わった。
ガシャン。
一歩前に出る。
ガシャン。
もう一歩。――そこで足音は止まった。
その後ろからイリスが飛び出す。メイザースはどの術を使うか、逡巡した。その隙を見逃すイリスではない。
「貴女は言っていたわね。どこまで行っても、どれだけ努力をしても勝つことができなかったと……。そしてこんなことまでして貴女は本当に満足したの? 貴方はただ諦めただけ、逃げ出した臆病者よ! 私は絶対に諦めない! 私たちの世界のためにも諦めるわけにはいかない! 全力で貴女を倒す!」
イルミンスールの杖から炎の嵐が飛び出し、メイザースを襲った。
メイザースのローブが燃え上がる。メイザースは眉一つ動かさず、炎を氷で消していく。
その時だ。
「貫け神槍! グリューエント・ランツェ!」
フレデリカの全魔力を込めた【天の炎】が、メイザースを鋭く、貫く。
「!?」
もはや炎の勢いは止めようがない。メイザースは――いや、彼女の形をした炎は、ようやく玉座から立ち上がった。
ゆらり。
その目がゆっくりと契約者たちを見渡す。
そしてしゃがみこんだ彼女は、両手を地面に押し当てた。
「……何?」
へたり込んだイリスが眉を顰めた。
手と尻に、鈍い振動が伝わってきた。
次第にそれが大きくなってくる。
「地震……まさか!」
メイザースの顔に、初めて表情らしきものが現れた。にやあり、と。
「逃げ――いえ、止めなければ!」
しかし、方法が分からない。
遺跡全体が揺れている。おそらく、スプリブルーネの街も大きな地震に襲われているだろう。
契約者も、この世界の住人も、丸ごと潰してしまおうというのか。
「それはたまらぬ漆黒を纏いし考えだ」
もはや歩けぬほどの地響きの中、その足取りは迷いがない。
「だが、愚者でもある」
メイザースは声の主を見た。
「……まったく、な」
イブリスの顔に、苦笑めいたものが浮かぶ。フッ、と彼の姿が消え、気が付くとメイザースの後ろに立っていた。
「……どういうこと?」
フレデリカは気が付いた。立っていられないほどの揺れであるにも関わらず、壁も地面も崩れていない。石一つ落ちてこない。
イブリスはにやりとした。
「スタニスタスめも、上手くやっておろう」
イブリスもまた、魔法協会で学んだ身であった。
そして。
イブリスはメイザースの肩――らしき場所――に手を置いた。もはや彼女は人の体をなしていない。炎がイブリスの腕を、肩を伝わる。
「……何てこと!」
イリスは、息を飲んだ。見届けねばならないと思った。
だがイブリスは笑う。
「猫とても、最期はその姿を消すと言うではないか?」
――そして、消えた。
高月 玄秀、ティアン・メイ、永倉 八重、レイカ・スオウ、カガミ・ツヅリがやってきたのは、揺れが収まってしばらくしてからだった。
高峰 結和とエメリヤン・ロッソーは怪我人の治療を終えたところだった。
「うまく、いったんですね?」
イブリスは玄秀ら五人をそれぞれ別の場所に配置した。そして「事あらば、魔力を注ぎ込め」と命じた。
遺跡が揺れ始めたとき、五人は「その時」であると判断し、目の前の一点に向け、魔力を解放した。
それぞれ、遺跡の要となる場所だった。五人は間接的にだが、「防衛結界」を張ったのだ。
「イブリスさんは?」
八重の問いに、結和は静かにかぶりを振る。
どこへ消えたのか。おそらくは転移の術で外へ出たのだろうが、あの炎で助かるとは思えない。
『無垢なる魂よ』
メイザースと対峙する前に、イブリスは言った。
『貴様は全てを見届けよ。決して手出しはならぬ。そして、エレインに伝えるのだ。それが、貴様の役目よ』
結和は約束を守った。次はエレインに話をしなければならない。何の想像もいらない。イブリスの行動と、言葉だけを。
「おい、見ろよ!」
メイザースの玉座を覗き込んでいたカガミが呼んだ。玉座は壊れ、そこにぽっかりと穴が開いていた。真っ黒な深い穴のその奥に、光が見える。
「まだ、やることがありましたね」
と、レイカ。
第一世界へ向かう人々のために、この道を守り抜くという仕事が。
そして契約者たちは、次の世界へと旅立った。