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リアクション
第一世界・第1章「瘴気の幻獣」
第三世界、第四世界、そして第二世界を越えた契約者達――
その中の大半の者達は今、最後の世界である第一世界。そのシンボルとも言える神殿へと足を踏み入れていた。
「樹さん、この先にファフナーが?」
これまでの調査で神殿を訪れた事のある水神 樹(みなかみ・いつき)の後ろを歩きながら、加岳里 志成(かがくり・しせい)が尋ねた。
「えぇ。私達がファフナーと出会ったあの地下の広場……そこで待っていると思います。幸い造りが変化しているようには見えませんから、迷う事は無いでしょう。ただ……」
樹が前を見据える。
「……この瘴気。最初に来た時と比べてより濃い気配を感じます。地下に行くまでの間も油断しない方が良いでしょうね」
その予感は現実の物となった。結城 奈津(ゆうき・なつ)が前方のある一点を指差すと、その辺りが徐々に黒くなり始める。
「皆気を付けな! あそこに何か出てくる!」
「あれは……幻獣?」
ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)の呟きどおり、黒い影は幻獣の姿を取り出した。その姿は一匹、二匹と徐々に数を増やして行く。
「姿こそ幻獣ですが、瘴気の塊のようですね……ここで時間を取られる訳にはいきません。珂月、ここは私達で相手しましょう」
「うん、樹お姉ちゃん!」
「俺達も戦うぞ。セス、背中は任せた!」
「分かりました、アイリ。思いっきり行って下さい!」
樹とアイリが走り出す。それと同時に東雲 珂月(しののめ・かづき)とセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)が二人を援護する為に弓を構えた。
「戦の女神イナンナよ、我らを護りたまえ……珂月さん、参りましょう」
「セスお兄ちゃんに合わせるよ! 怖いけど、負けない。ボクの故郷とお姉ちゃんと皆の為に……勝つんだもん!」
二つの軌跡がアイリ達を追い抜いた。セスの炎の矢と珂月の氷の矢、それぞれが瘴気の幻獣を射抜いてその身を削り取る。
「瘴気だろうと幻獣は幻獣、自然の一部だ。敬意と誠意を忘れずに……自然に還す!」
「戦いのカギになるクリスタルを受け取るまで、足止めされる訳には行かない。瘴気なんて、そんなものに負けないわよ!」
セス達の作ったチャンスを逃す事無く、アイリの拳と樹の剣が光の線を描いて通り抜けた。矢によって身体の一部を散らされていた幻獣はそのまま霧散し、跡形も無く消えて行った。
「どうやら強さ自体は普通の幻獣よりも劣るようですね。アイリさん、このまま行きましょう」
「あぁ。俺の拳に宿る百獣の王……止められるものなら止めてみな!」
「志成様、あちらから参りましたわ」
次の通路の先で、新たなる幻獣が生み出されているのを左文字 小夜(さもんじ・さよ)が発見した。志成がそれを受け、剣を持って立ちはだかる。
「ここを抑えるくらいなら私にも出来るはず……皆さんが追い付くまで時間稼ぎをしましょう」
「はい。この世界の魔力がわたくし達の世界と同じくらいになったのなら、これで……」
小夜が炎を飛ばし、それを志成が剣で受け止める。その炎を種火とするかのように、剣が強く燃え上がった。
「炎を恐れは……しないみたいですね。それなら威嚇では無く、狙わせてもらいます!」
志成が一閃し、幻獣を斬ると共に炎で覆い尽くした。一匹倒された事で警戒したのか、残りの幻獣は志成を囲むようにゆっくりと距離を取りながら動き始めた。
「慎重になってくれるのはこちらとしても好都合ですね。もっとも、このまま一気に来られると厳しいですが……」
「その心配は無さそうですわ、志成様。皆様がいらっしゃいました」
小夜の声と同時に一つの影が二人を跳び越えて行った。その影、奈津は跳躍した勢いそのままに炎を纏った拳を幻獣目掛けて振り下ろし、燃やし尽くしながら着地した。
「待たせたな! あたし達も加勢するぜ!」
幻獣達が突然現れた奈津を包囲する形へと動き出す。それらをゆっくりと眺めながら、奈津は面白そうに両の拳を打ち付けた。
「随分数だけはいやがるな……ま、変則マッチは上等だ。師匠、ここらでいっちょ派手に行くぜ!」
「ふ……時には若さに任せて無茶をするのも良かろう。この戦い、我を纏い舞う事を許可する。思うがままに魅せるがよい」
奈津の気合に魔鎧のミスター バロン(みすたー・ばろん)が応える。
「よしっ。プロレスラー結城 奈津……師匠には及ばずとも、華麗な空中殺法を見せてやるぜ!」
再び跳躍する奈津。多くの幻獣を相手に地上空中問わず暴れまわり、炎の拳と蹴りをお見舞いする。代わりに襲い掛かる幻獣の攻撃は――基本防御だ。
「……奈津、無茶をとは言ったが、攻撃をそのまま受けに行ってどうする。貴様の身体はまだレスラーとしては未熟なのだぞ」
バロンが苦言を呈しながらも魔鎧としての自身の力を発揮する。彼に護られた奈津は幸い致命傷を負う事は無く、また、この場には小夜という回復役と志成という援護役がいる事も力となっていた。
「奈津様、受けた傷はわたくしが癒しますわ」
「ありがとな。よし、志成、次はあそこをブチ破る! ついてきな!」
「分かりました!」
音速の剣と炎の拳、二つの力が道を切り拓く。彼女達が戦線を押し上げ、皆は次の階へと歩を進めて行った。
「これは……」
階段を降り切った一同を待っていたのは、長い直線を埋め尽くす瘴気の幻獣の群れだった。その異様な数を見て、志成が軽く息を呑んだ。
「この数相手では打ち破るにしても時間を取られるであろうな……奈津よ、くれぐれも先ほどのような突撃は控えるようにな」
「分かってるって師匠。けど、チマチマやるのもな。どうすっか……」
前方へと視線を向けながらしばし考える奈津達。そこに、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)と酒杜 陽一(さかもり・よういち)が追い付いてきた。
「……おや、ここは随分と多くの幻獣がいるようですね」
「瘴気から作られてる分、数は豊富って事か。けど、本物の幻獣じゃないなら本気でやれそうかな」
「お、良い所に来てくれたな。あんた達も手伝ってくれ」
「『助力』ですか。むしろここは私達に任せて頂きましょう」
「へ?」
疑問を抱く奈津をよそに、それぞれの武器を取り出す二人。そして彼らの横につく形でフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)と『旅人の書』 シルスール(たびびとのしょ・しるすーる)が杖を構えた。
「この世界は魔力が弱まっていると聞いていたが、どうやらそれは解消されているようだな。これならば私もやり易いというもの。陽一、思う存分腕を揮うが良い」
「お二人に祝福を。そして幻獣を、在るべき処へ」
シルスールの祈りによって、二人の力が高まるのを感じる。その高まりを更に強くする為、ウィングは剣を掲げて皆を鼓舞した。
「我、烈風鬼神となりて戦場を駆けん。さぁ、クリスタルを求めし仲間の為に、ファフナーの元への道を作ろうではないか!」
「あぁ。未知の奥義、ここに解放する。幻獣よ、威力の程は……その身で知れ!」
ウィングと陽一、二人が武器を大きく振り回しながら走り出した。彼らに迫ろうとする幻獣を抑えるように、フリーレが炎の聖霊を呼び出しながら二人を追いかける。
「貴様らが陽一に牙を突き立てる事は叶わぬよ。待っているのは――消滅のみ」
炎のカーテンが消えたと同時に敵陣へと襲い掛かるウィング達。その攻撃は幻獣を跡形も無く消し去り、壁に大きな破壊の痕跡を――まさに『ヴァンダリズム』の名のとおりに――残すほどであった。
「闇の獣よ、正と負の力にてその存在を滅せよ」
辛くも二人の攻撃から生き延びた幻獣へはシルスールとフリーレが凍てつく炎を放ち、追い打ちをかける。四人が突き当りまで駆け抜けた後に残った幻獣は、最早一匹たりとも存在しなかった。
「す……すげぇな……」
「えぇ……でも、これはチャンスです。今のうちに進みましょう!」
奈津と志成がウィング達の力に驚きながらも先へと進む。やがて追い付いた他の者達も壁の傷跡に驚きを見せつつ、走り抜けて行くのだった。
「切、後ろを見ろ」
最後尾を走っていた七刀 切(しちとう・きり)が纏う、魔鎧の黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が切へと呼びかけた。
「後ろ? ……って、幻獣が復活してる……!?」
ウィングと陽一が倒したはずの幻獣。それら霧散した瘴気が時間をおいて再び収束し、また新たな幻獣の姿となって出現していた。
「こいつは厄介だねぇ。ま、数は減ってるみたいだし、ワイ達で殿を務めようか」
「うむ。我らの力を見せてやろう」
「七刃、天下五剣の名を刻め……『童子切』!」
2m近くある大太刀を抜きざまに幻獣の一匹を斬り伏せる。七刀の名に相応しい、様々な太刀筋を魅せる得物を手に、切は大きく見えを切った。
「たった二人の防衛線だからって、抜けると思うなよ!」
再び刀を一閃。襲い掛かる幻獣達を次々と倒して行く。一見、その戦い方は危なげなく見えた。だが――
「……くっ」
「音隠さん!?」
(やはり、この瘴気の中では我の浸食も早まるか……)
使い手を攻撃的な思考へと染めてしまう音隠の『呪い』。その影響を必死に抑えようとしている音隠だが、周囲の状況がそれを許そうとはしていなかった。
「案ずるな。我の事よりも、今は敵を――」
「……そうは参りませんね。こちらを」
その時、後方へと戻って来たサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)が自身の持つ虹のタリスマンを切へと放り投げた。状態への変化に耐性を持つ宝石が、音隠にかかる瘴気の影響を軽減する。
「遅くなった。俺達も殿となろう」
「カイさんか。色々と有り難いねぇ」
「俺達だけでは無いがな」
援軍として戻って来たのはベディヴィアと氷室 カイ(ひむろ・かい)だけでは無かった。マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)、そして曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)の二人も同様に姿を現している。
「『大いなるもの』を浄化する皆さんの為に、ここは通せませんからね!」
「そういう事。大変な事になる前に皆に何とかしてもらわないといけないからなぁ。恨みは無いけどねぇ」
「おやおや、ワイ達以外にも物好きが多いねぇ。ま、嫌いじゃないけど」
切、カイ、マティエ、瑠樹。四人がそれぞれの愛刀を構えて幻獣と対峙する。再び集まって来た幻獣を前に、戦線を開いたのは音隠の奈落の鉄鎖だった。
「さぁ行け! 我も力の全てで護って見せよう!」
「はいよ。いっちょやりますか」
「瘴気の獣よ。その負の力、俺達を越えさせはしない」
「よーし、りゅーき、私達も!」
「本物の幻獣じゃないなら、頑張ろうかねぇ」
刀と短刀の二刀流で素早く敵陣を駆け回るマティエと瑠樹。二人が攪乱した所を更にカイの二刀が、そして切の大太刀が襲い掛かる。それらを運良く抜けたとしても、待っているのはベティヴィアの槍だった。
「申し訳ありませんが、これより先にお通しする事は致しかねます。たとえ……何度来ようとも」
霧散した瘴気へと告げる。それらが再び形を作って襲い掛かろうとも、皆は幾度でも護り抜こうという想いをしっかりと抱いていた――