空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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第一世界・第5章「浄化」


「朝斗、伏せて!」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の声で榊 朝斗(さかき・あさと)が身を屈める。その上をルシェンの如意棒が通り、瘴気に支配されている白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)へと当たった。
「フフ……いつもながら良いコンビネーションですねぇ」
 その隣ではエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)三道 六黒(みどう・むくろ)の攻撃を受け止めていた。三人は『核』の瘴気が竜造と六黒に収束した事を受け、生み出される幻獣を他に任せて二人の足止めを行う為に動いていた。
「しかし、さすがの瘴気ですねぇ。私も結構な闇を抱えているつもりですが、このお二方の身に渦巻く闇はそれ以上ですよ」
「でも、それで身体を奪われてちゃ意味が無い。この二人、本来ならもっと手の込んだ戦い方をしてくるはずだよ」
「身体を、ですか。フフフ……今のあなたが言うと説得力がありますねぇ」
 朝斗は自身の内に潜む『闇』という名のもう一つの人格を有していた。かつてはその『闇』に身体のコントロールを奪われて暴走する事があったが、様々な事件を経て今では二つの人格が共存、そして同調するまでになっていた。ちなみにその『闇』の発現に関してはエッツェルが大きく関わっている。
「『負の感情』は決して切り離す事は出来はしないさ。だけど『僕達』の様に共に歩んで行けるって事……それが一つの道だって事を証明してみせる」
 朝斗の黒髪の一部に銀が混じり、片方の瞳も色を変える。『闇』の人格と同調し、二人で一人の状態になった証だ。
「サァ……殺シ合オウゼェ!!」
 剣を横薙ぎに一閃する竜造の攻撃を跳んでかわす。そしてそのまま、降下の勢いを利用した強力な突きをお見舞いした。反動で飛び降りてくる朝斗にルシェンが駆け寄る。
「やったの……?」
「いや、余り聞いてないみたいだ。新たな依り代になったせいで頑丈になったみたいだな」
 見ると、確かに竜造は傷一つ負っていないようだった。正確に言うなら、朝斗の攻撃で散った瘴気がすぐに集まってしまうというべきか」
「主公……こちらも同じ……ようです……よ……?」
 魔鎧のネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)がエッツェルへと報告する。こちら側はエッツェルの蛇尾刃と六黒の大剣が互いの身体を傷付けているのだが、双方共にそれが傷とは呼べないほどにあっさりと修復してしまっていた。
「なるほど。まぁこのくらいは予想の内でしたから、あまり驚く事はありませんねぇ」
「予想の内、ですか?」
 飄々とした風のエッツェルにルシェンが思わず尋ねる。
「えぇ。言ったでしょう? 私も結構な闇を抱えていると。その私が闇の塊とも言える『大いなるもの』に効果的な攻撃が出来るとは思ってもいませんよ。皆さんが戦っている幻獣の紛い物ならともかく、ね」
「なら何故この二人の相手をしようと思ったのですか?」
「時間稼ぎですよ。ほら、いい感じに準備が出来たようです。おっと、私はこの辺りで失礼しますよ。性質上、ここに残っていたら巻き添えを喰いそうですからね。フフフ……」
 翼を広げ、一気に飛んで去って行くエッツェル。
「準備か……確かにあいつが残っていたら痛い目に遭いそうだな」
 朝斗が後ろを振り返る。そこには全ての歌を歌い終えた聖歌隊の姿があった。


「はい、お兄ちゃん。クリスタルです!」
 ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が強い輝きを放っている光のクリスタルをエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)へと手渡した。エヴァルトはそれを受け取りながらも、躊躇いがちに周囲へと尋ねる。
「ありがとう、ミュリエル。だが皆……俺でいいのか? もっと相応しい人がいそうなものだが」
 エヴァルトは各世界に散った調査団のうち、第三世界のグループに参加していた。第一世界に関わって来た者がこの場に大勢いる以上、そういった者達がこの役目を務める方が自然なはずだった。
「いや、俺は少し考えている事がある。その為にも身軽でいたいんだ」
「俺も同じだね。それに、『大いなるもの』は全ての世界に関わってきたんだ。どの世界に関わって来たなんていうのは気にしなくて良いんじゃないかな」
 これまで第一世界の調査に参加した事のある樹月 刀真(きづき・とうま)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の二人が揃って役目を辞退する。結局他の者からも異存は無かった為、エヴァルトがクリスタルを持つ事になった。
「分かった。信頼に応えて、必ず『核』までクリスタルを運んで見せる」
「よし、皆下がってくれ……まずは、俺が行く」
 そして、最初に動いたのは刀真だった。これまでに四人の者達が放った禁断の一撃、『ヴァンダリズム』の力を解放する。
「悪いな……自業自得という事で大人しくしててくれ……!」
 白刃の剣を振り回して瘴気の幻獣、そして竜造と六黒へと襲い掛かった。本人の資質、そして瘴気による強化の影響で倒すまでは至らないものの、竜造と六黒の二人を大きく押しとどめる事に成功した。
「さて、突破口を開かないとね」
 続いてメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が刀真の後を追った。手にしている杖からブリザードを放ち、僅かに残った幻獣の足を止める。
「もちろんこの世界の特徴は忘れていないよ。存分に有効活用させてもらうさ」
 さらに魔法を撃つと見せかけ、今度は杖で直接殴り掛かった。『直接攻撃の方が魔法よりも効果が高い』という世界の法則を利用し、そのまま瘴気を真っ二つにしてしまう。
「朝斗、ここが正念場ですね」
「あぁ。邪魔するなよ、あいつがお前達に光を見せてくれるんだからさ」
 メシエが倒した先にいる幻獣目掛けて朝斗が真空波を放つ。これでエヴァルトを遮る者は誰もいない。後はただ、竜造と六黒の体勢が整う前にクリスタルを叩きこむだけだった。

 「勇気を以て奇跡を必然と成し、慈愛を以て総てを癒やし、希望を以て障害を突き崩し進む……その俺達を止められると思うな、『大いなるもの』め!!」

「グッ、ウォアァァァ!!」
「ヌゥゥ……!」
 光が辺りを包み込んだ。
 勇気、慈愛、そして希望。全ての要素を備えた温かい光が闇を照らし、瘴気を浄化して行く。それは新たな依り代となった竜造と六黒に宿る『核』すらも例外では無く、二人の身体から抜け出た瘴気がまるで昇天するかのように空へと上って行くのだった。


「……これで、終わったのか? 全てが……」
 光を失い、抜け殻となったクリスタルを手にエヴァルトがつぶやいた。辺りはまだ光を保ち、同じ異空間でも先ほどとは違い、天国のような白一色の光景が広がっている。
「いや、まだだ」
「刀真?」
 エヴァルトが振り向くと、いつの間にか剣を納めた刀真が立っていた。隣には封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)、そしてエースがいる。
「まだ全てが終わった訳じゃない。後一人、救わないと」
「身体は破壊されてしまいましたけど、きっと魂は残っているはずです。出て来て下さいませんか? ……依り代として、今まで『大いなるもの』に囚われていた方」
 白花が刀真と繋いでいる方とは逆の手を前へと出す。そしてゆっくり、ゆっくりと探りながら歩いて行く。そうして――見つけ出した。
『私……は……』
「あなたが依り代の魂ですね? ご自身の事は分かりますか?」
『はい……永い夢を……醒める事の無い悪夢を見続けていた気がします。それから……そう、私が私であった頃の事……』
「色々あっただろうね。大丈夫、ゆっくり、落ち着いてから教えてくれればいいから」
 エースが花を一輪手渡して彼女をなだめ、彼女自身がこれまでの事を整理するまで静かに待つ。やがて落ち着いた彼女の口から、自身の事が語られた。

 ――かつて、ハイ・ブラゼルに住む巫女だった事
 ――過去の戦いの際、ファフナーや他の賢者、契約者達と共に戦った事
 ――そして『核』までたどり着いたものの『大いなるもの』を消滅させる事が出来ず――依り代として囚われた事

「そうか……今まで苦しかったね。ごめんね……」
 話を聞き終わり、エースが彼女を優しく抱きしめる。その温もりが嬉しかったのだろうか。彼女はエースの胸の中で涙を流していた。
『私はもう、楽になって良いのでしょうか? あの暗闇から……解放されても』
「うん。良いんだよ。俺達と同じ時の流れは歩めなくても、それでも絶対に、もう一人じゃ無いから」
 彼女の魂が浄化されるのであれば、きっと辿り着く先はナラカだろう。それならまたいつか、きっと逢えるから――

『皆さん、本当にありがとうございました。どうかファフナー様にもお伝え下さい。ハイ・ブラゼルを、お願い致しますと』
 彼女が立ち上がると、空間の光がより一層強くなった。どうやら彼女が浄化され、それと共にこの空間も消滅して現実世界へと帰る事になりそうだ。
「確かに伝えておこう。ところで、君の名前を教えてくれないか?」
 刀真が根本的な事を尋ねる。何しろ先ほどの話では巫女である事は分かったものの、肝心な彼女の名前は出てこなかったからだ。
『それが……思い出す事が出来なかったのです。永い刻を過ごす間に何が現実で何が夢か、分からなくなってしまった部分もありますから』
「そうか……なら本当の名前を思い出すまではこう名乗ると良い。『陽華(はるか)』って」
『陽華……ですか?』
「あぁ。遥かな距離で分かれていても、俺達は繋がっている。光が繋いでくれたんだ、皆と」
『……陽華。陽華……』
 胸に手を当て、その名を繰り返し口にする彼女――いや、陽華。
『ありがとうございます。私は……陽華は行って参ります。皆さん、また――お逢いしましょう』
 陽華の魂が天へと浮かび上がり、少しずつその姿が薄れて行く。そんな彼女を見送る者達の中から、静かに声が聞こえた。

 『また逢おう』と――