空京

校長室

【重層世界のフェアリーテイル】重層世界、最後の戦い

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真のハイ・ブラゼル


 第一から第四、各世界から帰還してきた人々が足を運んだのは、村外れにある遺跡――四つの世界との接点となっていたゲートのあった場所だ。
 元々こちらの世界の人間で、仮想世界の中から戻ってきたのは千人といったところだろうか。
「ここは……?」
「そうだ、我々は――」
 閉ざされていた仮想世界が、現実と同じ時間の流れ方であったとは限らない。自分達の故郷の姿を見たことで、自分が何者であるか思い出す者たちが現れた。
 長い夢の世界から、覚めたのである。
「あの世界が幻なら、そこでの姿も仮初のものに過ぎなかった……ということね」
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が、帰還した人々の姿を眺めて、声を漏らした。
「妖精は、基本的に同じ種族同士で集落を形成して生活している。しかし、皆が皆ずっと同じ種族の共同体だけで暮らし続けるわけではない。ここハイ・ブラゼルには、故郷を離れたエルフやドワーフを始めとした多種にわたる妖精達が集まり始めた。それだけではなく、稀にやってくる外の国からの移住者も。そうして、自然と多様な種族が共存する村となっていったのだ」
 声の主は、ローブを纏った初老の男性だった。
「この声は……」
 高円寺 海(こうえんじ・かい)は、その声に聞き覚えがあった。自分達に、『大いなるもの』を倒す術を伝えてきた――ファフナーのものだ。その姿は、報告により竜であると聞いていたが、
「どちらも我の姿であることに変わりはない。あの世界では『大いなるもの』を抑えるだけの力を出さなければならかったため、幻獣としての姿を取っていたのだ」
 と説明してきた。
「そして、これが――本当のハイ・ブラゼルの地だ」
 男の指した先には、一本の道が拓かれていた。
 その先に広がっていたのは、山に囲まれて生い茂る緑――草原だ。
「『大いなるもの』を封じたこの場所は、ハイ・ブラゼルの外れに位置している。我らが仮想世界へ入った後、復興の拠点としたのが、今の花妖精の村なのだろう。そして、いつか我らが還った時のために、結界を張って誰も入れぬようにした。あの機械少女にも知られぬように」
 それは、あくまでファフナーの推測に過ぎない。しかし、そこには長い年月を経て蘇った自然が広がっている。
「だが、まだ我らにはやるべきことがある。今度は我々が、力を貸す番だ」
 ファフナーが踵を返し、花妖精の村の方へと視線を送った。
 今回の『大いなるもの』との戦いによって荒らされた、その場所を。
 そして、帰還したハイ・ブラゼルの民へと告げる。
「皆の者、我々は還ってきた。だが、この地をずっと守ってきた者がいることを忘れてはならない。かつての戦いで荒れたこの地を、再生してくれたからこそ、還るべき場所があるのだ。
 この村の復興。それが今、我々がやるべきことだ」
 異を唱える者はいない。
 それを通し、ここは本当の意味でかつてのハイ・ブラゼルとしての姿を取り戻していくのだろう。
「しかし、幻とはいえ、自分の世界がなくなったという割に皆やけに落ち着いているな……」
 海にはそれが不思議だった。
「彼らにとって、あの世界は仮初――『夢』のようなものだ。夢から醒めれば、夢の中での経験はおぼろげなものとなる。各世界独自の知識や技術は、彼らの中からも次第に薄れていくだろう」
 そのため、第二世界の魔法技術や第三世界の高度な科学の産物は、それを扱っていた者にも、もはや思い出すことは出来なくなるという。
 全ては、夢幻。それはまるで、おとぎ話で語られるような――。
 ファフナーが改めて、海、雅羅と顔を合わせた。
「異国の戦士達よ、改めて礼を言う。彼女の魂も、『大いなるもの』の呪縛から解放されたことだろう」
 
 異国の戦士達によって、長い戦いがようやく終わりを告げた。
 そしてこれから、ハイ・ブラゼルの民達の本当の生活が始まるのである。