|
|
リアクション
第9章 噴水にて
森崎 駿真(もりさき・しゅんま)とセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)は、正気の人間を見つけては【禁猟区】で保護しながら噴水へ送り届ける、という作業を黙々と行っていた。
「もっと、ぱっとできないもんかな。大勢をさ」
「それが出来れば、みんな苦労はしてないだろう。見てごらん、駿真」
セイニーは噴水を指差した。その周囲には、続々と住民が集まっている。中には手傷を負っている者もいた。
いつ襲われるか分からない恐怖から怯えている者もあり、それを励ますように、吉永 竜司と上永吉 蓮子は、他の契約者と共に見回りをしていた。竜司の容貌は、この際、頼りになるような気がした。
「みんな、自分に出来ることを淡々と行っている。それが、勝利への一番の早道なんだ」
「文句を言っているわけじゃないさ、セイ兄。オレはただ……」
セイニーにも、駿真の気持ちは分かっていた。一人でも多くの人間を助けたい。
だが、敵か味方を区別する明確な術すらない状態では、遅々として進まない。
あまりにも、もどかしかった。
茅野 茉莉(ちの・まつり)とダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)は、魔法協会の前会長バリンの日記を持ち出し、【サイコメトリ】で調べていた。
封印が解けたらどうすればよいか――知りたいのはその一点だったが、生憎、バリンもその辺については知らないらしかった。無論、彼はこの世界が仮想世界であることにも気づいていなかった。
「残念だな。この日記はもう、役には立たないということか」
「まあ、念のため、持ち帰ってみる?」
茉莉は日記をしまいこんだ。
【サイコメトリ】中に事態は逼迫してきたようで、茉莉たちも途中で出会った正気の住民を連れて噴水へとやってきた。
本来の出入り口である遺跡が使えない以上、ここから第四世界へ飛び、更に第三世界へと遡り、現実世界へ戻るしかない。だが、果たして何の影響も出ないものだろうか、という疑問の声が上がった。
「だったら、試しにあたしたちが行こうか」
「え?」
と八神 九十九が尋ね返す。
「あたしたちが行って、大丈夫ならもう一度戻ってくる。それなら、安心でしょ。まあ、第三世界まで戻れるかどうかは分からないけど……」
「第四世界に残った契約者が、第三世界への道を確保しているだろう。それだけ確認すればいい」
「ああ、それはいいかもね」
茉莉も頷いた。二人の提案は、他に適当なものがないことからも採用された。
噴水の上に落ちてきたのだから、そこに上ればいいのだろうということになった。九十九とウルキ ソルが、茉莉とダミアンを持ち上げる。
不安定な格好のまま、ふと茉莉は考えた。
バリンは現実世界の人間の末裔だったのか、それとも仮想世界の住人だったのだろうか、と。
噴水の上の空間に飲み込まれた瞬間、荷物の中のバリンの日記は消滅した。
「なんか気持ち悪いネ」
下半身だけ残して、上半身が消えている――そんな光景を眺めながら、ディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)は呟いた。
「無事に第四世界に着けばいいのですが……」
トゥーラ・イチバ(とぅーら・いちば)が続ける間に、残っていた下半身も空中に消えた。
二人は噴水の周囲で、怪我人の手当てに当たっていた。
「強ければケガをしない。でも今ここで強いのは、オカシクなった人か、ホントの猛者。だったら、ケガをしてる弱い人は正気なんじゃナイ?」
と、ディンスは考えていた。
つまり、瘴気の影響がない人間は魔力の底上げもされないため、敗北・負傷するだろうというのだ。イコール、その人物らは現実世界出身者の末裔である可能性が高い。
「その推測は強引すぎます」
トゥーラは否定した。契約者たちが、仮想世界の住人に勝つパターンもあるからだ。
しかし、自分たちが治療に専念することで他の契約者が戦いに専念できるだろう、という点でトゥーラはディンスの話に賛同した。
最初の内は手持無沙汰だった二人だが、時間が経つにつれ患者が増えてきて、戦闘の激化を思い知らされた。動けない怪我人がいると聞いたトゥーラは、小型飛空艇で迎えに行き、フィーア・四条を連れ帰った。
その頃になると、第四世界は無事通れるらしいとの情報が入ってきた。
「動けるようになったら、第四世界へ移動してください。大丈夫、我々がちゃんと護衛します」
トゥーラが住民たちに語りかける。
ここは仮想世界です、危険です、違う世界へどうぞと言われても、ハイ分かりましたと返事できる者は少ないだろう。住民たちが尻込みするのが分かった。長々と説得する時間もない。
どうしたものかと困っていると、黒いローブを着た男が立ちあがった。闇黒饗団の者だと一目で分かった。ステイルだ。
「私が行こう」
疑いの眼差しが注がれる。ステイルはフッと笑った。
「今更、饗団も協会もあるまい。私が無事なら――大丈夫だという証明にはなろう」
「勇気あるネ!」
ディンスがステイルの肩を軽く叩く。
「勇気……? そんな物ではない。役目も目的も失った魔術師に、他に何が出来る?」
自嘲気味に微笑みながら、ステイルは噴水へと向かう。皆、固唾を飲んでそれを見守った。
「行こうヨ、トゥーラ」
「え?」
「まだ、残ってる人たちがいるかもヨ?」
「しかし、危険です」
「でも、私たちができるのは、それぐらいだからネ」
トゥーラは見えなくなるステイルを振り返った。
彼は花妖精の村が好きだった。あの村を守るため、何とかここで食い止めたいと考えていた。そのために出来ることは、決して多くない――。
「分かりました。ただし、危なくなったら逃げること。これを忘れないでください」
「オーケーオーケー。もちろんヨ!」
ディンスとトゥーラは軍用バイクに乗って、逃げ遅れた住民がいないか、声をかけて回ることにした。