空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

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第一章 校舎1階〜土台、成る(1)〜

 ニルヴァーナへの回廊から目と鼻の先。新校舎建設予定地では校舎および関連施設の建設工事が今日も行われている。
 新校舎の工事に当たっている新谷 衛(しんたに・まもる)は、今日もブルドーザーを運転して余分な土を避けていた。
「なぁ〜、いっち〜」
 声だけを後方に向けて林田 樹(はやしだ・いつき)に呼びかける。
「建築計画は順調に進んでるのか?」
「んー、まぁー、そうだな」
 珍しく気のない返事だ。手を止めて振り向くと、は操縦ポッドの縁に腰掛けたままに手元に視線を落としていた。
「図面? 完成したんじゃないの?」
「あぁ。まぁ、一応は、な」
 新校の校長に就任するラクシュミ空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん))の希望により新校舎のコンセプトは「2つの世界の融合」になるという。
 先日完成したばかりの「外観のデザイン図」と「校舎の建築図面」も手元にある。後は図面の通りに工事と整備を進めれば良いのだが……。
「なに? 不満なの?」
「そうじゃない。ただ、防衛面が弱い気がしてな」
「防衛面?」
 ニルヴァーナの都市開発は新校の校舎を中心に行われるそうだが、今のところ校舎の図面しか完成していないという。今もラクシュミを中心に検討が行われている最中だ。
「良い環境も大切だが、守りも強固でないといかんだろう。周辺都市や建築物の配置も含めて、攻め入れづらい構造を提案したいんだが」
「敵はいつ攻めてくるか分からないもんね〜、敵が誰かは知らないけど」
「まして校舎の隣に温泉を作るみたいだからな。風情を考えると露天風呂にするべきなんだろうが……」
「露天風呂?!! 良いね〜、露天風呂。露天風呂は浪漫! 覗きも浪漫!!」
「…………やはりそうか。何者の進入も視姦も許さない強固な壁と索敵システムも必要だな」
「そうそう、それも防衛計画の一つ……って、そんな設備要らないよっ! いっちー!」
 時すでに遅し。温泉施設に関する論議にまた一つ、防衛策が盛り込まれる事になりそうだ。
「本格的な校舎の建設はまだムリだと思っていたが……」
 校舎建設予定地を見つめてハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が呟く。
「この調子なら意外と早く形にできるかもな」
 ブルドーザーやショベルカーなどの重機や建築資材等が次々に目の前を過ぎてゆく。それらはシャンバラ政府や各校に要請したものだが、予想していたよりも早く、そしてより多くの資材がここニルヴァーナへと運び込まれていた。
「重機や資材の管理を徹底するんだ! 手の空いた者は校舎の建設に当たれ!」
 シャンバラ教導団の工兵隊員たちが少尉の言葉に規律よく応える。補給環境が劇的に改善されたわけではないが、人員の配置と政府・各校の協力がそれを大いに補っていた。
「結果が出たわ」
 パートナーの鶴 陽子(つる・ようこ)が歩み寄りて笑顔を見せた。先日発見された機晶石の鉱脈を試掘するべく、探索隊と共に校舎建設予定地の一角へと向かっていたのだが、どうやら良い結果を土産を持ち帰ったようだ。
「その様子だと、悪くないようだな」
「えぇ、量も質も問題なし。エネルギー源として十分活用できるそうよ」
「そうか。それは頼もしい」
「早速発電施設の建設に取り掛かるわ。あぁ、まずはラクシュミに確認する必要があるわね」
「そうだな。頼んでも良いか?」
「もちろん。すぐに行ってくるわ」
 校舎の建設やその後の各種施設を運営するには電力の確保は必須条件。彼女らの調査結果と提案を受けて、校舎の建設と同時に発電施設の建設も取り急ぎ行われる事となった。
「そろそろ募集するべきではないか?」
 雹針 氷苺(ひょうじん・ひめ)木本 和輝(きもと・ともき)に問いた。
建築学科の設置は決まったのじゃろう? だったら講師陣も含めて受講者の募集を行うべきじゃろう? そうじゃろう?」
「まぁ、そうかな」
 建築学科都市計画学部に属している。すなわち校舎および周辺都市の建設や整備を執り行う事が主となるのだろう。ならば建築学科こそ、他の学部学科に先駆けて運営、また開講する事が求められるのではないだろうか。
建築学科が発達すれば、他の施設などを作る時間を短縮する事もできるか。…………うん、悪くないな」
 相互に協力し合える学校をつくりたい! という和輝の思想からは少しばかり逸れるが、技術者の育成が早急になされれば都市計画も実際の建築もスムーズに行える事だろう。
「でもそうなると、より多くの人数が集まることになる。居住区やら学科の拠点にするにしても簡単な小屋は必要になるかもな」
「人を運ぶなら、わらわに任せよ。龍に化身すれば一度に大量に運ぶことが可能じゃぞ」
「化身て……『雹針 氷苺【龍型・弐式】(小型飛空艇アルバトロス)』を使うんだろ?」
「嘘は言っておらん。龍になって皆を運ぶのじゃ」
「そうだな、氷苺さんは龍だったな」
「なんじゃ? チクリとするのう。空を飛べぬ牛鬼の嫉妬か?」
「そんなんじゃないよ。羨ましい限りさ」
「くぅぅ、白々しいのう」
 和輝鬼神力を発動すると、3mの牛頭鬼へと姿を変えた。資材を運ぶのならこの姿の方が都合がよい。はしごが必要になる事も想定して『魔法のはしご』も持参している。
 数名の応援を借りただけで、この後わずか3日で簡単な小屋が完成に至るのだった。
 校舎建設の現場で働いているのは教導団員だけではない。新風 燕馬(にいかぜ・えんま)ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)の2人も校舎の足場作りに加わっていた。
 2人はあくまでバイト感覚で作業を行っていたのだが、地道な作業のおかげと言えよう、配管等も含めて校舎の下地はほぼ完成間近の段階にまで到達していた。ここから先は、いよいよ柱を立ててゆく事になる。
「ところで、燕馬ちゃん」
 ローザがクローラークレーンを停止させて訊いた。
 先日、新校に設立する施設や建築物の提案を受け付けるという機会があったのだが、燕馬は迷わず保健室を推していた。学校の基本設備ゆえに当然のように採用されたが、その熱意はいささか過剰にも見えたようで―――
「ホントに居眠りしたいだけの理由で保健室を提案したの?」
「ふっ、もちろんだ。絶対拘束の講義、体力強化と銘打たれた実技授業、清掃活動とは名ばかりの強制労働。さほど地獄と変わらない学校という空間の中にポツリと存在する保健室こそ正にオアシス! 現代のユートピア! ふかふかのベッドの無い学校など、どうして通う必要があるだろう」
「あ〜〜〜、そう。やっぱりそうなんだ」
「本気にするな、冗談に決まってるだろ」
「……そーよねー、さすがの燕馬ちゃんもそれだけの事では動かないわよねー」
「ああ、内訳で言うと全体の2割くらいだ」
「……結構あるわね」
 真面目な話をすれば、ただ保健室を設置するだけでは弱い。普通の学校ではせいぜい応急処置レベルだろうが、インテグラルなどの外敵の事を考えると、いざとなれば野戦病院に早変わりできるような、そんな設備であるべきだと燕馬は考えている。設計担当に話をつける必要があるが、この場合はラクシュミに言えば良いのだろうか。
 彼女は今、校舎周辺建物の配置と建設許可の是非を検討しているはずだ。後で直接話をするとして、今はバイトに勤しもうと燕馬は手を動かし続けるのだった。