空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

リアクション

第二章 校舎1階〜外形、成る(1)〜

 建設中の校舎内。今日はその一階食堂に多くの契約者たちが集まっていた。
 開設の決まった学部・学科についての検討会とでも言おうか、契約者たちは意見や提案のある学部・学科に分かれた上で、学習内容や方針、またカリキュラムなどについての討論を行う。校長であるラクシュミはその集まりに順に顔を出しては論議に加わっていたのだが、
「「終わったー」」
 喜び爆発。月音 詩歌(つきね・しいか)と一緒に、両手を広げて飛び跳ねた。
 学部と学科が多いために、全ての論場を回り終えるのに5時間もの時間を要した。その全てを今し方回り終えた所だった。
「お疲れさまー、やっと終わったねー、ラクシュミちゃん」
「はいっ! あっ……そ、そうですね」
 ハシャぎすぎたと思ったのか、ラクシュミはすぐに両手を揃えて姿勢を正す。
「そんな堅くならないでー、やることさえやってれば誰も文句言わないと思うよ」
「あ、はい。でも……」
「もー、またぁ」
 どうやら彼女の抱く校長先生のイメージはカッチカチに堅い人物像のようだ。しかしシャンバラ各校の校長たちを見れば……それはもう一目瞭然、良くも悪くも我が道を行く者ばかりではないか。
「ラクシュミちゃんは、今まで悲しいことや辛いことをいっぱい体験したからこれからは
きっと楽しいことや嬉しいことが待ってる気がするんだよ」
詩歌さん……」
 嬉しいときは喜ぶ、楽しいときは弾けたって良いじゃないか。それを無理矢理抑え込むなんて、そんな事は間違っている。
「ありがとう、詩歌さん」
「感激したときは、素直に泣いて良いんだよ?」
「な、泣いてなんていませんよっ! 泣くわけないじゃないですか」
 そっぽを向かれてしまった。真っ赤に赤面するラクシュミちゃんも可愛いなー、なんて詩歌はひとりニヤニヤと目を細めていたのだが、
「………………」
「どうかした?」
 パートナーのセリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)も同じに目を細めていたのだが、その目はどこか鋭く、また空の先に向いていて。頬も強く引き締まっていた。
「…………いや、なんでもない」
 本人にも分からない。得体の知れない不安感、そして胸騒ぎ―――
 嫌な予感がする。
 長い時を生きてきたことで培った勘のようなものが彼女にそう感じさせていた。
「今は休憩中、なのかな?」
 赤坂 優衣(あかさか・ゆい)が顔を覗かせて食堂の中を見回した。今はまだ部屋の扉は取り付けられていないが、それでも優衣はそっと中を窺い、そして小さく頭を下げて室内へと入った。
 部屋の奥に契約者たちが集まっている。20個程だろうか、4人掛けのテーブルが置かれていて、そこに契約者たちが腰掛けている。ひと段落したとはいえ「学部・学科」ごとの論議は今も継続して行われているようだ。
「ここで待ってて。見学して良いか聞いてくるから」
 部屋の奥にラクシュミを見つけて、優衣は小走りで訊きに向かった。「学校作り見学ツアー」の先導者として食堂と論議の見学許可を取ろうというのだが―――
「あ……えぇと」
 先導者がその場を離れてしまっては、参加者たちがほったらかしだ。
「……お菓子、食べよっか。あっ、そういえば自己紹介がまだだったよね? 食べながらしよっか、あ、でもその前に優衣さんが戻ってきちゃうかも」
 優衣の相棒である下川 忍(しもかわ・しのぶ)が必死に場を取り繕っていた。不慣れな感じがまた可愛らしい。
 そんなに促されて、参加者たちは自己紹介をすることになった。
「そぅいぅ事なら、わたくしから」
 ツアー参加者の一人、真蛹 縁(まさなぎ・ゆかり)が目尻を下げながら、
「わたくし、真蛹 縁と申します♪ あぁ、ついでに、」
 妖艶な声で場の注目を集めたと所で、花柳 雛(はなやぎ・ひな)の手をグッと掴んで、
「ついでにこの子もよ・ろ・し・くね♪」
「って、ま、真蛹さん!?」
 強引に皆の眼前にを突き出した。
「え、ええと……」
 舞台に放られた若手芸人……と言ってはが可哀想か。完全に舞い上がり、しどろもどろになっていたのだが―――突然に「キッ」とした顔をして、
「蒼空学園の花柳 雛よ。皆さん、宜しくお願いしますね」
 と言って深々と頭を下げた。
 腹を括った様は正に見事。「女は強し」ということか…………、いや違う。
 彼女は自分を嫌っていた、意気地なしな自分を、弱い自分を、そんな自分を変えたいと心から思っていた、今も思っている、だからこそこの地へやってきたそれが、彼女を開き直らせたのだろう。
「辛気くさい子だけど、皆さん仲良くしてあげてね♪」
「よ、余計なこと言わないで下さいよっ!!」
 背中の押し方は強引だったが、の自己紹介は成功したと言えるだろう。自分から一歩を踏み出せたようだ。
「私は……ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)って……言うの。学校は……蒼空学園……だよ」
 同じ蒼空学園という事で真蛹と「よろしく」を言い交わしてから、
「こっちは……カッパのがーちゃん。きゅうりをあげるとね? 凄く喜んで……くれるんだよ」
 と鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)を紹介した。さすがにキュウリを持参している者はいなかった。
「かかか、かっぱー!」
 画太郎が鳴いた。キュウリが無い事に怒っているのではない、彼は基本的には喋る事ができないのだ。鳴き声は「かっぱ!」、意思伝達の方法といえば、
「かっぱ!」
 そう鳴いて、巻物状の紙面を「でんっ!」と掲げることだった。
『初めまして。先ほどご紹介に預かりましたネーブル・スノーレイン嬢の専属執事、鬼龍院 画太郎と申します。名前は長いですので、親しみを込めて【がーちゃん】と呼んで頂けると嬉しいです。ちなみに、このきゅうりは偽物……本物があると俺は喜びいさんでそちらに向かわせて頂きますので宜しくお願いします。』
 長いのは名前だけですかぃ? いや、言うべきはそこではない。「何と達筆なことか!」これならば紙面を介した会話もさほど苦にならない。
「あのね、ここに居る皆と……お友達になれたらって……思ってて……。」
 ネーブルが最後にそう締めくくると、「こちらこそよろしく」の声が2人に優しく返された。
「お待たせ! 見学して良いって!」
 優衣が戻ってきた所で自己紹介は一時中断。一行はラクシュミの仕事ぶりを見学するべく、部屋の反対側へと歩んでいった。
 検討会への出席を終えたラクシュミは次に「学部・学科」の提案会と「施設に関する討論」が行われている一角へと足を運んだ。



「準備は万端、整ってるよ」
 ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が笑顔でラクシュミを迎える。
 テーブルの配置やお茶の用意など、会場作りから休憩施設の設置など準備は既に完璧。ラクシュミが「学部・学科」の提案を聞く体制は十分に整えられていた。
 会議の司会進行と補佐をするのは本郷 翔(ほんごう・かける)である。
「会議の形式は前回と同じでよろしいですか?」
 ラクシュミはこれに『はい』と応えて背筋を伸ばした。
「それでは早速始めましょう。提案者の方は順に発表を行って下さい。施設に関する論会も続けて行いますので、よろしくお願いします」
 の挨拶が終わると同時に本日の会議が始まった。


飛鳥 菊(あすか・きく)だ。今回で二回目なんだがな、聞いてくれるか?」
『もちろんです。よろしくお願いします』
 ちなみにパートナーのマリア・テレジア(まりあ・てれじあ)初等部のカリキュラム検討会に出席しているため不在である。
「提案するのは商業科だ。地球の歴史的にも商業で発展した国もあるだろ? ニルヴァーナにしかねえ物も文化も、国を発展させるのに上手く利用するべきなんじゃねーかなと思うわけよ」
『なるほど。シャンバラとの貿易、それに国交の為にも必要かもしれませんね』
「だろう? それから実習なんかは車輌学部探索学部と連携できるんじゃねーかな」
『そうですね。前向きに検討していきます。所属学部は都市計画学部とでもしておきましょうか』


ベネティア・ヴィルトコーゲル(べねてぃあ・びるとこーげる)、そして伯 慶(はく・けい)です。どうぞよろしく」
『よろしくお願いします』
「提案する学科は応用機晶工学科です。主にイコンスーツの研究と開発を行います」
『イコンスーツ?』
「次世代のパワードスーツです」
「学科のメインは機晶リアクターの研究にあります。具体的に申せば、機晶石を動力源とする動力炉の開発ということになるか。正直イコンスーツは実益に乏しいが、動力炉なら既存パワードスーツの底上げが可能。とりわけ教導団への売り込みも可能だと考えている」
『方向性も明確ですし、実に助かります。そうですね、パワードスーツを研究する施設は建設中ですし、他にも「志は同じ」という方がいるかもしれません。イコン学部を新しく設けて、イコン科応用機晶工学科を設置するとしましょう』
「ありがとうございます」


ジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)です。こっちはマーク(マーク・モルガン(まーく・もるがん))。よろしくどうぞ」
『はい。建設施設に関する意見がある、との事でしたね』
「はい。入星管理局の設立を待って頂きたいと。少なくとも今の構想のままでは設立は危険だと考えます」
入星管理局……。確かに以前に建設を許可しましたね』
 ここで会議の進行役である青葉 旭(あおば・あきら)を紹介した。入星管理局の提案者に設立の意図について話してもらおうというのだ。
「ご紹介に預かりました青葉 旭(あおば・あきら)です。今のところ何に反対されているのか分からないが、運営体制についても意見を述べて良いと聞いているので、ここで話したいと思う」
 パートナーの山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)も並んで立ち上がったが、どうやら説明は一人で行うようだ。
「入管を設置して運用するならその役目を負うのは、外向的主義としてのニルヴァーナ人が適している。入管に勤める者は帰化申請を行っても良いくらいだ」
 もちろん自身その用意はある。
「また、現状パラミタから来る者もまた事前に申請してもらう。契約者の遺伝子はデータバンクに登録されているようだから、それを利用させて貰っても良いだろう。治安に悪影響を及ぼすと判断できる者に関しては入星を認めるべきじゃない」
「そこよ、そこに反対なの。ラクシュミさんが入星管理を担うにしても、学校がそれを担う必要はないでしょう? 組織の系統としても全く異質の存在になります。ここは学校なのですよ? あくまで生徒がそれらの任につくわけですよね?」
「だから事前に帰化申請を行ってもらえば―――」
「そのために帰化しろというのは少し乱暴ではないでしょうか。また入星管理局は入星審査の為の権利と同時に、入星管理を維持するための武力も必要になると思います。その武力も生徒が担うとしたら、教導団のような学校でないと無理だと思います」
「その負担を軽減するために事前申告と審査を行う。当然、執行にあたり入管に逮捕権は必要になる」
「それを認めるにしても、一部の生徒や組織に権力が偏ることになるでしょう。それはもはや学校の区分をはみ出ているでしょう?」
 一通り論議がなされた所でラクシュミに意見を求めた。ラクシュミはしばらく難しい顔をして唸っていたが、「要は権力と武力が偏る危険性……いえ、可能性があるという事ですよね?」と前置いた。
「でしたら入星管理局にはシャンバラの各校から同数の生徒を所属させて運営するとしましょう。事前審査や武力については発足した後に検討する、としてはいかがでしょうか。私も多くの意見を聞きたいですし、みなさんで作ってゆく学校にしたいですから」
 人員の募集と組織の発足は出来るだけ迅速に行うとして、当面は「事前審査と査定は無し、入星時に所属校と名前を申請することを決まりとする」として運営してゆく。ラクシュミはそう結論付けて論会を閉めた。