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リアクション
西の遺跡にて・6
「この程度の攻撃、正面から踏みにじる! 進めぇ!」
ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の号令には、幾分かの怒りも混じっていた。今日まで、何度と無く現れては戦いというにはあまりにも温い接触を繰り返してきたのだ。元より、相手にするつもり無しと思っていても、周囲をぶんぶんうるさく飛び回られもしたら叩き潰したくなるのが人情である。
「敵は全部で七人、こちらの半分にも達していませんわ」
そう時間はかからないだろう、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が付け加える。
人の列が壁となり、また敵を噛み砕く牙となって殺到する。敵が決戦にしようと選んだ場所が、中途半端に広さがある場所だったため傭兵集団もその戦闘力を遺憾なく発揮する。
「我慢比べは私達の勝利……本当にそうなのかしら?」
戦闘は圧倒的優位に進む。そもそも、組織的な抵抗ができる余地が向こうにはない。数の利が全てを塗りつぶす。殺さぬように気をつけろ、というのは捕虜にして情報を得るためで、別に相手の事を気遣っているわけでもない。生きていれば、手足は繋がってなくてもいい、そんな勢いだ。
「なんだよ、気になることでもあるってのか?」
魔鎧であるグラハム・エイブラムス(ぐらはむ・えいぶらむす)が、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)の呟きを聞き漏らすことはない。戦況は圧倒的に優位、時間を待つ必要もなく黒いパワードスーツの小隊は捻り潰されるだろう。喜びこそすれ、納得いかないといった態度は意味がわからない。
「今まで散々いらいらさせられましたわよね? 時間稼ぎでも、付き合ってあげないと余計な被害がでると」
「ああ、そうだな。ちょっかい出してくるくせに、こっちが動くとすぐ逃げる。俺だってムカムカしたぜ」
「それがいきなり、正面戦闘を仕掛けるなんて、おかしいですわ」
そのおかしいものが何かについては、セシルには全くわからない。考えて違和感を持ったというより、そう感じたというものなのだから説明できるわけもないのである。
ただ、一つ。待ち伏せをしていた彼らがたった七人しかいないというのを聞いて、ああやっぱり、と納得したのだ。誰もかれも黒いパワードスーツ姿で個人を判別できないが、彼らのちょっかいにいちいち対応していれば、パワードスーツごとに若干の差異があることや、傷の位置が違うなどの差異を見つけることがあった。
それでなんとなく毎回相手する度に、相手を少し観察してきた。大体五人ぐらい、装備で別人だと判別できる。それがローテを組んで、セシルの前に何度も現れていたのだ。
彼らの人数は、何度も繰り返された戦闘の回数よりも圧倒的に少ない。全部で七人と言う数は、予想した敵の総数からあまり離れていない、納得できる人数だ。
「どうしたんだよ、気になる事があるんだろ?」
「いえ、いいですわ。とにかくこれで、今後の調査活動は安泰ですわね」
「何でそんな事がわかるんだよ? 敵はたったあれだけだってのか?」
七人は、パラ実分校からギフト調査に参加している人数より圧倒的に少ない。これまでのストレスの原因が、そんなに少ないとはグラハムにわかに納得できる話ではなかった。
「うーん、何が気になるのかしら……ここのところ、らしくない事ばかりしてるますから、変な気分になってるだけかもしれませんわね」
同じ作業でも何度も繰り返すと、その作業に対する感情は変わるものだ。
もう何度目かになる治療が、リオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)にもたらした感情は敬意だ。ここまで死にかけても治療を受けてたら立ち上がり、意気揚々と戦場に戻ることができるのか。呆れを通り越して、尊敬に値するといってもいいだろう。
「よし、復活。コンテニュー用のコインはまだありますね?」
「……次で打ち止めですわよ」
むしろ、疲労を背負っているのはリオの方だった。たった今治療を受けて、元気に立ち上がった志方 綾乃(しかた・あやの)の方が元気に見える。いや、元気するために治療したのだから当然な話である。
「えー、もう終りですか。やっとゲームの楽しみ方がわかってきた気がするんですよ。自販機とかに百円玉とか残ってないですか?」
「そんな浅ましい真似できませんわ!」
ゲームセンターにあるシューティングゲームのようだ。とは誰が零した言葉だったか。
インテグラルという敵に果敢に挑んで撃墜されると、治療部隊が即座に回復スキルを使って立たせ、コンテニューしていく。飛び回る剣が厄介ではあるが敵は一人、対応できる人数に限りがあるため、治療を施す隙というのは多い。
ゲームセンターの、とわざわざいれるのは、コインが有限であることと、コインを回収するために難易度が意地悪くも高く設定されていることを暗に含んでいるのだろう。
「次でラストですか。これは気を引き締めないとですね」
治療できるといっても、限度はある。綾乃が気にしている回数ではなく、死人は蘇らないとかそういう話だ。即死されては治療もできません。
残念なことに、既にもうどうしようもなくなってしまった人も居ないわけではない。ただ、惨敗し崩れた部隊も死人はそこまで多くない。治療班が頑張ったのだろう、その為の万全の準備は整えてあった。
「では、行って参ります。次こそ奴の外装を引っぺがして、第二形態にしてやりますよ」
シューティングのボスがダメージによって形態を変化させるのはお約束みたいなものだが、もしそんな機能がインテグラルにあったとしたら、もう手がつけられないだろう。理由はわからないが、砲塔や装甲が外れた方が、ボスというのは火力があがるものなのだ。
「もう戻ってきた……タフだな」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の視界に、先ほど半死半生でそれでも自力で撤退していった綾乃が映った。人事だと笑えない状況なのではあるが、よくあそこまでやられて心が折れないかと思う。それだけ、治療担当に信頼を置いているということか。死ななければ、戦えるところまで戻してもらえるという安心感―――それって本当に安心なことだったっけ?
ともあれ、現在交戦中の第六防衛ラインは致命的損失無し。悪い傾向だ、そもそも、防衛ラインに六なんて数字は無かった。あまり執着心のないインテグラルが、撤退していく連中を追うよりも、向かってくる敵を相手にするため、治療を施されて心の折れてない奴をかき集めて撤退の援護と打撃を与える為に立ちはだかるのが三回目になったというわけである。
向こうからしてみれば、不死の騎兵隊とでもいおうか。実際にはじわじわと戦力は目減りしているので状況は着実に悪くなっている。が、それが致命傷になるのはまだまだ先だ。アンデットなんて揶揄するぐらいだ、未だに士気は悪くないし、現在も精力的に次のゾンビが製造されている。
「あの剣、オレのものにしたら同じように扱えるかな」
「まだ諦めて無かったの?」
飛来してきた剣を避けて、柄に手をかけたまではうまくいったが、そのまま振り回されて壁に叩きつけられてエヴァルトは一回退場していった。一部始終を見ていたロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)としては、オススメはできない。
「力では対抗できなかったが、可能性が無いわけではないさ。アイリスと遣り合っていた時は明らかに動きが悪くなってたしな」
どういう原理であの剣が飛び回っているかはわからないが、全自動というわけではない。アイリスが前線に立っている時には、剣の動きは精彩を欠いていた。あの剣は、強敵との戦いに使う切り札ではなく、必殺の武器は両手に持った剣であり、空飛ぶ剣はあくまでオプションというわけだ。
「で、どうするの?」
「あれとの戦い方は見て学んだつもりだ。少しは学んだことを生かしてみるさ」
「具体的な作戦はないんだね……ボクだとあの攻撃は受けきれないから、囮もしっかりできる自信ないよ」
「それはこっちだって同じだ。どうせ、もう出し惜しみをしていられる状況でもないさ。もう一度アイリスさんが出てくるまで、そう時間はかからないだろ」
「そうなのかなぁ」
インテグラルに対して、アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)が切り札になるだろうというのは誰しもが考えていたことだ。最強の二文字を背負う責任みたいなものだろう。
だからこそ、アイリスが敵わないとなればこちらには打つ手が無くなるに等しい。事実はどうあれ、勝ち目がないと多くが認識するだろう。勝利することを疑った集団が辿る運命なんて、想像するのは難しいものではない。
出し惜しみというと司令部は怒るだろうが、あまりアイリスを使いたくないという気持ちがあるのは透けて見える。彼女という神輿で士気の低下を防ぎたいのだ。浅はかとは言いがたい、実際効果はあった。だが、用意した防衛ラインを食い破られ、現在は想定していない抵抗を行う現状ではそろそろ神輿を飾るだけでは文句も出る頃合だ。
「インテグラルから強烈な威圧感は感じるけれど、殺気は感じる?」
後鬼宮 火車(ごきみや・かしゃ)は険しい表情のアイリスに声をかけた。
「どうだろうね……難しいな、これはちょっと違うようにも思えるけど。たぶん、通じてないんだと思うよ。お互いに」
「お互いに通じていない?」
「うん。殺気とかそういうのって、世界共通ってわけじゃないのかもね」
言葉にしつつも、本人はあまり納得していない様子である。感覚というのは、言葉にして共有するのは難しい。まして、世界を見渡しても頂上クラスにいる彼女の鋭敏な感覚が感じ取ったものだ。それを、誰もが扱える言葉にするなんてのは詩人ですら辟易するに違いない。
「あいつは殺すつもりで戦ってなんかいないと?」
鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)には、考えがあった。インテグラルはギフトと同様に自分たちを試しているのではないかと。今は誰も残っていないこの地で、彷徨うインテグラルが敵であるという確証もまたないのである。
「今はまだ、無いんじゃないかな」
「まるで、殺すにも値しないみたいに言っているように聞こえるぜ」
「殺そうとは思ってると思うけど、それを殺気にしてまではないってところかな。そうでなくっちゃ、あんなにつまらなそうにはしないと思うよ」
「つまらなそうって、あれでかよ」
雄たけびをあげ、向かい来る契約者を打ち払う。インテグラルの動きは鬼神か何かで、戦うためにあるとしか見えない。それを、つまらなそうなんて表現するアイリスには一体何が見えているのだろうか。
「剣を合わせれば通じ合えるものもあるかと思ったけど、これだと期待は薄いな。敵だとしても、もっと何か理由があると思ったんだけど……順序が逆なのかな、理由があって戦うんじゃなくて、戦うのが先にあって理由はオマケなのかも」
「オレは戦うために産まれた殺戮マシーンだ。というわけですの? それだともう、自然災害もいいところですわね……」
周囲に威圧をばら撒き、目に入るものは切る。そういう自然災害で、人の形をしているので接近を確認するのは容易なのが救いどころだろう。
「うん、決めた。考えてもわかるタイプじゃないね。あまりみんなにばっかり負担をかけてたら、ここに来た意味もない……よし」
一度大きく伸びをすると、アイリスは崖の上から飛び出した。
「んー、覚悟一本でなんとかなる相手ではないですね。これは、腕の一本や二本や六本はないと難しいかったかもしれないですねぇ」
気軽な様子で、セリヌンティウスは戦場でぐるぐる回る。
両腕を自ら外し、戦場にやってきたセリヌンティウスはたった二本の足と体捌きと、不可思議珍妙な動きによって他の面々が撤退とコンテニューを繰り返す中、一人延々と戦場を支えている。
剣戟をぬらぬらと避け、間合いに入り込んでは蹴り飛ばす。傍から見ている十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)には真似したいと思っても、どう見ても人間の動きではない。
「すごいな」
(簡単なことだ。ちょっとしたコツがあれば、ここに集まった誰でも再現できる)
一撃を当てて、一旦距離を取ったセリヌンティウスが宵一の呟きに答える。
「腕を取り外すとかは、俺には無理だぞ」
(あれは覚悟であって、技ではない。まずは心を落ち着けて、戦おうというつもりでなく友達に声でもかけるように近づくことだ。あれは、敵意をよく見ている。殺気とまでいってないものでも、律儀に反応してくれるんだからたまったものではない)
テレパシーで答えながらも、実践をしてみせてくれる。またしても、ある程度の距離まではすんなり入り込み、振り払おうという一撃をぬらりと避けて、強烈なキックを叩き込む。
毎回攻撃の少し前から見てたから気付かなかったが、大事な部分はそれより少し前にあった。インテグラルの迎撃の範囲に入り込むスムーズな動きに必要なのは、多間接でも気持ち悪い動きでもない。
(とはいえ、これでは不意打ち一発。動きは止めれても、それだけだ。いい鎧と反応だと関心するしかないな。参考になったかな?)
「なんとなく。それなら俺でもあるいは」
常に四方八方から攻撃を受けているインテグラルは、本来なら隙がもっとあっていいはずだ。それが、背後や側面から死角をついても見事に対応されてしまう。その理由の一端を宵一は今見せてくれたもので把握した。インテグラルは何かしらのセンサーを持っていて、それで攻撃に反応しているのだ。
「意識を向けずに、あれに近づくのか……怖いな」
できるだろうか。敵意に反応するセンサーは一番外側にあるもので、それを掻い潜ってもすぐに反応される。セリヌンティウスはその反応に対処しているが、自分はどうか。
「迷ってても仕方ないな」
どうせちまちました削りあいでの結末は見えている。振り返った先にいるヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)の意識はぼんやりとしている。回復のために精神力をどんどんと削っているのだ。
これ以上は撤退しなくてはならないだろう。なら、最後に試してみる価値もある。
先ほど見せてもらったように、できる限り自分の意識を殺してインテグラルの間合いにもぐりこむ。先ほど迎撃された地点よりに二歩、多く間合いに踏み込めた。
あと半歩で手が届く距離で、インテグラルが反応する。
「多少無理でも!」
受けたらそれごと潰される。それでも、ここは受けるしかない。セリヌンティウスの動きは真似できないし、避けようと無様な動きをすればむしろ危険だ。その判断は正しく、相手の懐の内側もあって威力も最大ではなく何とか凌いだ。
「食らいやがれ!」
疾風突きによるお返し。代理人の大剣による強力な突きを、大柄なインテグラルには回避しきることはできない。刃は心臓の辺りに向かい、すんでのところで横に身を切ったインテグラルの鎧を抉る。
(欲張るな、一撃目はただの反射だが、二撃目は別物だ)
セリヌンティウスの声がして、地面を思いっきり蹴る。自分居た場所の空間が、インテグラルによって抉り取られるのを眺めながら少し肝を冷やした。
「ギフトが弱点というのは、本当でしたのね」
驚くヨルディア、その光景は彼女のぼんやりとした頭を覚醒させるには十分だった。今まで、銃弾や爆弾や魔法や電気が、さしたる傷を与えてこなかったインテグラルの鎧に、真横に一文字の大きな傷を残していたからだ。
「手ごたえが、全然違った」
宵一はてっきり、自分の一撃は空を切ったものだと思っていた。それぐらいに、手ごたえを感じていなかったのだ。それほど脆い鎧ではないのは今までに実証済みで、つまりこれはギフトの力ほかならない。
「そりゃ、嫌がるわけだ。次はうまくいくかな」