空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

リアクション


西の遺跡にて・4

 ニルヴァーナ探検隊に身を預けてから、アルベリッヒは常に監視がついている。
 監視される事には不満はない。当然だと思うし、むしろいきなり信用なんかされたら気持ち悪い。何事にも距離感というのはあるし、今の自分にはそう扱われる方が納得できるし安心もするというものである。
 その気持ちは事実なのだが、
「まだ記憶は戻りませんか?」
「大丈夫、すぐに思い出せるよ」
 こんな感じで、あからさまに素直な態度を取られると、どう対応していいかわからなくなったりする。先ほど、結局何かが決まるわけでもなく情報を整理するので終わった会議から、ディアーナ・フォルモーント(でぃあーな・ふぉるもーんと)ルーナ・リェーナ(るーな・りぇーな)が次の監視兼護衛としてついているのだが、先ほどまで同席していたリア達が巧妙に隠していた警戒心というのが、二人からは感じられないでいた。
「記憶が無いといっても、ここ最近の僅かなものですから」
 むしろ、困っているのは自分を保護している探検隊の方だろう。何か重要な情報が得られるかも、と期待していたはずだ。何度も、嘘を見抜くのが得意な人間に同じような質問をされた。一部の記憶が欠落している、というのはその反復によって今は彼らも理解してくれている。
「会議大変だったのかな? 少し疲れてるみたい。あ、そだ。ドロップ食べる? 甘くてだるさも取れるからどうぞだよ!」
 差し出される苺ドロップ。とっさに湧き上がる警戒心は隠して、笑顔で受け取った。口にいれると確かに甘い。
(月面で消えたと思ったら、一体何してんだか)
 その声は音を介さずに直接頭に届いた。
「移動中も思いましたが、随分と多くの人がここの調査に参加しているようですね」
 二人に怪しまれないように、どうでもいい事を口にしながら周囲を見渡す。いた、見覚えのある顔を見つけた。金さえ貰えればなんでもするという男、山田 太郎(やまだ・たろう)と名乗っていたはずだ。
「ブラッディ・ディバインの目撃もありますから……」
「ああ、構いませんよ。それにしたって羨ましい限りですね。敵がいるとわかっているから、それに対応できる人数を用意する。あちらさんが耳にしたら、きっと羨ましがるでしょうね」
「そんなに人が少なかったの?」
「人材に恵まれていた、とは言えないでしょうね。今はもっと厳しいはずですよ、恐らくですが」
「そっかー」
 人員や物資の輸送の方法は恐らくあるはずだ。そうでなくては、活動などできるわけがない。それでも、探検隊と比べてブラッディ・ディバインの基盤は貧弱だ。今日までの彼らが輝かしい戦績を収めていたわけではなく、その求心力は名乗りを上げた時点よりも落ちている。もはや残党ともいえる状況のはずだが、今回の作戦で聞く限りはしっかりとした方針のようなものがあり、好き勝手に動いているようには思えない。
 せっかくだし、聞いてみることにしよう。
(お久しぶりですね。わざわざ声をかけたという事は、用件があるのでしょう?)
(まあな。それに俺の事も覚えていたのか。記憶喪失って話を聞いたが)
(そういう事にしていますが、少し違います。正確に言えば、一部の誰かにとって不都合な情報を消されている、と言ったところでしょうか。全く、人の記憶をデータみたいに書いたり消したりできる技術があるのなら、譲って欲しいものですよ)
(よくわからんが、俺の事を覚えていてくれてるのなら話は早い。それで、お前さんはこれからどうするつもりだ?)
 頭の中での太郎との会話で、違和感を覚えた。
(私が、ですか? てっきり、そちらから何かやれとでも言われるのかと。それでなくては、私を消したりするのかと思っていましたが)
(あいにくだが、俺はあくまであんたと契約したんであって、組織と契約したわけじゃないさ。いきなり消えられるもんだから、こっちとしては中途半端で気持ち悪い。死亡が確認でもされてれば、諦めもつくがそうじゃなかったしな)
(それはお手数をかけてしまいましたね。なるほど、そういう話であれば私もこれから何を成すべきか、考えることもできそうですね。待てば海路の日和ありと何をするでもなくのんびりしていましたが、こうも早く日和がくるとはありがたい。私も、盤上に立てということなんでしょうね)
(そうしてくれると、俺も暇を持て余さないで済むな。それで、俺は何をすればいい? 古巣に帰るんなら、手を貸すが)
 今も決して新しい巣を見つけたつもりはないが、その言葉は少し気に入った。
(いえ、それには及びません。もうしばらくは、こちらに腰を落ち着けて様子を探ろうかと。彼らに何をしてもらいたいのか、ここの皆さんに何をされたくないのか、先方の考えが読めるまでは動く予定はありません)
(先方って、誰だ?)
(私と彼らをここに連れてきてくださった恩人ですよ。そして、ここの皆さんの敵でしょうね。あいにく名前も年齢も、そもそも人間なのかもわかりませんがね)
(その恩人とやらにお礼をするのが当面の目的ってわけか)
(そんなところですね。というわけで、さっそくお願いがあるんですが―――)
「どうしたの、難しい顔してるよ」
「ああ、ちょっと考え事をしておりました」
「考え事ですか?」
「ええ。私は、そうですねみなさんにならって少佐とお呼びしましょうか。少佐の技術者としては少しは知っているのですが、指揮官をしている姿は初見ですので、どうなのかな、と」
「それはどういう事でしょうか?」
「そのまんまですよ。有能なのか凡庸なのか、はたまた見るものが無いのか。あまり失望はしたくないですからね、今のところ彼の手腕が発揮されるような場面もないですし。どうなのかなぁ、とそういうことです」



「そうか。アルベリッヒの奴は拘束されてるか。警備も厳重で接触はまだできてない、か。報告はそれだけだな」
 無表情にロサ・アエテルヌム(ろさ・あえてるぬむ)は頷いた。探検隊に潜入した山田太郎からの報告は、アルベリッヒを見つけたが未だ接触できず、というものだった。もしかしたら、ルバートは嘘を見抜くことができるかもしれない為、太郎はそう報告したのである。
「死んではいなかった、という事か。さて、あの若造は何を考えているのやら」
 ルバートはその報告をひとまず額面どおりに受け取っていた。何をするにしても、こちらに残っているのは小娘が一人である。せいぜい、情報を流すのが関の山で、なら重要な情報は彼女に触れさせなければいい。もしも自ら何かを探ろうとすれば、それを理由に排除することもできる。
 アルベリッヒが太郎に頼んだのは、自分が生存している事を報告しておいて欲しい。という一点だった。それが劇薬になって状況を変えることはないが、これによってルバートは貴重なリソースを余計な事にも向けなければならなくなる。実際にはまだ舞台の端にも足を乗っけていないのにだ。
「まあいい。何かまた連絡があれば、言える範囲で言うといい」
 露骨な態度だったが、ロサとしては伝え聞いた話は全て教えている。大した情報ではないが、隠し事は何一つしていない。普通ならそんな言葉を投げつけられたら、反感なり苛立ちなり覚えるものだが、ロサはわかりましたとすっと身を引いていく。
 そうだからこそ信用できないというものだが、ルバートはわざわざこの小娘に丁寧に指導してやろうという気は起きなかった。むしろ、あちらとの足がかりになるから泳がせる。それは恐らく、アルベリッヒも同じ事を考えているだろうと考えていた。
「順調だっていうのに、不機嫌そうね。何か悪いニュースでもあったのかしら?」
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)はわざわざそう聞いた。先ほどの話はちゃんと聞こえている。アルベリッヒの生存と、その所在が割れたというそれだけの報告だ。
「これは産まれ付きの顔でな、それよりそちらの首尾を聞こうか」
「順調って言ったじゃない。あの厄介者に噛み付かれた件以外は、予定通り。予定変更も問題も、なんにも無いわ。順調すぎて怖いぐらい」
 メニエスの報告は、ほんお僅かだが虚偽が混じっている。問題は無いわけではなく、細かい些事がいくつもあった。とはいえ些事であり、前線の人間が頭を絞れば解決できるものであって、トップを悩ませるほどでもない。
「けどさ、何でまたあいつらにちょっかい出すの? 別にもう放っといてもいいんじゃない?」
 探検隊の連中は、今日までの細かい戦闘を遭遇戦と考えているだろう。実際、こちらは僅かな時間を彼らと遊べば、被害が出る前に撤退している。見通せないうえに、崩落も珍しくない遺跡だ。追撃をするには危険が大きすぎて、向こうも追うという博打に移れないでいる。こちらが入念に準備して、姑息なちょっかいを出しているとは思わないだろう。
「あちらには、嫌でも我々を意識してもらわぬと困るからな」
 一足先に調査を進めていた事と、パワードスーツの性能という恩恵、地の利と装備あっての優位がある現在が、時と場合が最高に揃っている。今だからこそ、少しでも探検隊の連中に傷をつけておきたかった。数字の上での傷ではなく、全体で共有する意識としての傷だ。
 互いの戦力を出し切って遣り合えば、どちらが勝つかなんてのは明白だ。装備の優位で覆せるほど、生易しい差があるわけではない。だからこそ、できれば相手にしたくない、という意識を持ってもらうのは重要だ。決戦が先延ばしになればなるほど、状況そのものはこちらに傾いてくる。そういう確信が、ルバートにはあった。
「ふーん。それで、アルベリッヒの方はどうするの?」
 露骨に表情が変わるのを、メニエスは見逃さなかった。一応関係者同士ではあるのだが、下部組織の事務屋の人間を詳しく理解している道理はなく、メニエスにとって彼は見知らぬ相手だ。もしかしたら、どこかで名前ぐらいは見たことがあるかもしれない、そんな程度である。
「どうもこうもするわけがなかろう。もっとも、こちらの邪魔をするのであればそれなりの対処をするだけだ」
「そう。方針が決まっているのはいいことね」
 ルバートが不快に感じているのは、アルベリッヒが生存している事か、それとも探検隊に捕まったという事実か、もしくは自分たちを頼ってくれなかったことか。あるとすればこの三つで、一番可能性が高いのは最後の案に思えた。
 メニエスの目には、ルバートはそつの無い人間に見えた。今回の作戦だって、大筋としては同意できるものだ。何より探検隊の顔に正面から泥を塗りつけることができる部分が高評価である。
 それがこうして目に見えて感情を出すのは、とても珍しい事だ。好意は覚えないが、ルバートという人間を考察する材料が増えるのはとても好ましい。
「メニエス様。準備が整いましたわ」
 人手が足りないというのは、困り者だ。探検隊の連中とちょっと火遊びするのは構わないが、こうも何度も出番が回ってくれば嫌でも疲労を自覚せねばならない。
 呼びに来たミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)には全く非は無いので、この怒りには及ばない感情は、遊び相手にぶつけるとしよう。



「うーん、たぶんですけど、これはブラッディ・ディバインの仕業ではないと思いますよ」
 思わぬ足止めを食らうことになった、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は目に見えるだけでは暗がりの洞窟を見つめて、そう口にした。視線先、光をあてても見通せない通路の先は現在立ち入り禁止になっていた。
「毒ガスなんて便利な道具あったら、とっくに使ってるだろうしな。それに、自然現象としてこういう事がないわけじゃない」
 紫翠の判断に、神崎 優(かんざき・ゆう)神崎 零(かんざき・れい)も同意する。風通しの悪い遺跡の中で、毒ガスは有効な手段だ。パワードスーツがその毒を弾けるのなら、完璧な手段かもしれない。であれば、未だに行われるちょっとした銃撃戦をする必要はないはずだろう。というのが大まかな考えだった。
「偶然、悪いガスか何かが溜まってしまったってことね」
 道はゆるやかに下っている。一度、少し進んで気分が悪くなって引き返した道だ。
 毒ガスなどと口にはしているが、少し吸引したら命に関わるという危険なものではなく、仄かに香る腐臭に混じって何かよくない成分がほんのり配合されているようだ。とはいえ、契約者が程度の差はあれど気分を害すものではある。奥に進んで濃度があがればどうなるかはわからない。
「さて、どうするか。可燃性だったらと思うと、一刻も早く逃げ出したくなるわけだが」
 シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が危惧しているのは、ここでブラッディ・ディバインと出会ってしまわないかだ。あれが可燃性のガスで、敵の扱う高温のレーザーで発火したら目も当てられない被害がでるだろう。魔法と違って、制御ができない爆発と高熱は、この距離では逃げることは無理だろう。
「サイコキネシスでうまくどかせたりはできるか?」
 クィンシィ・パッセ(くぃんしぃ・ぱっせ)無名祭祀書 『黒の書』(むめいさいししょ・くろのしょ)に視線を向ける。
「んー、難しいわね。動かせない事はないと思うけど、見えないから取りこぼすかもしれないし、取りこぼしたら」
「自ら進んでガスの中心地、となるわけじゃな」
「可燃だったら、いっそ火をつけて処理するとかどうだ?」
「保有量がわからいんだ。最悪、遺跡ごと吹っ飛んで調査隊全員が丸焼きの蒸し焼きの酸欠だ」
「息を止めたり、なんてのはどう?」
「素晴らしい案だと思うが、誰が行くんだよ。俺は嫌だぞ」
「自分も遠慮します」「我も遠慮するのじゃ」「我も嫌よ」「オレだって無理」
 この先に道があるのが、崩落して行き止まりとなっている地点よりも厄介だった。相手は目には見えない敵だ。装備の乏しい現状、相手にするには無理が多い。無理をすればいけなくもない、といった辺りがむしろ厄介だったのかもしれない。
「偵察だけはしてみるべきじゃな」
 クィンシィの提案で、ペンギンアヴァターラ・ヘルムに毒ガスの向こうを見てきてもらうことにした。ギフトセンサーとしては役立たずだが、呼吸を必要としない機械のペンギンなら、毒ガスだろうと敵ではない。
「いーい、何か見つけたらすぐに戻って報告するのよ。わかったわね?」
 無名祭祀書 『黒の書』がよくよく言い聞かせて、送り出した。
 ぺたぺたのろのろ、そうして暗闇にペンギンが飲み込まれていく。
 周囲の警戒を持ち回りでしつつ、ため息と欠伸を何度も繰り返した頃、行きとはうってかわって駆け足でペンギンが戻ってきた。
 手足をバタバタさせて、奥を指し示す。その様子はコミカルで、必死さはあまり伝わらなかった。とはいえ、何かを見つけたら知らせろと厳命したペンギンがこうして戻ってきたのである。この先に何かがある、というのは間違いない。
 だが、危険なガス地帯を突破する手段が無かった彼らは、本隊に戻りこの件を報告した。とはいえ、実を言えばあまり期待しているわけでもなかった。なにせこのペンギンは、ちょっとした水溜りや、小さな虫を見つけるたびに大はしゃぎするのだ。
「これで何も見つからなかったら、笑いものじゃな」