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リアクション
西の遺跡にて・3
熱風は暴飲暴食を好む生き物のように、黒いパワードスーツの二人を飲み込んだ。
ファイアストームは、狭い洞窟の中で扱うには危険な魔法だ。自分の技量に相当の自信があるか、考えなしでないと使おうなんて思えないだろう。土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は前者であり、制御された炎の渦は味方を巻き込むような事はなかった。
「また逃げられましたか……」
遺跡が普段通りの静けさを取り戻した時には、そこには先ほどまで争っていた相手は跡形も無く消えてしまっていた。炎の渦の中を突破して撤退したのだろう。
「やれやれ、これじゃ疲れるばっかりだよ。せめてもう一歩か二歩、踏み込んでくれればやりようってもんがあるんだろうけどね」
エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)は目を凝らして暗闇を見通す。踏み込むというのは比喩で、実際に一歩か二歩進まれた程度では彼らの撤退を押し留めたりはできないだろう。
先日の遭遇戦から、ブラッディ・ディバインとの戦闘回数は数えるのも億劫になるほどに、とはいえ現実的な数字で増えていっていた。各部隊の護衛を請負ったり、近くの戦闘に援護したり、なんだか妙な親近感が湧く程度には顔なじみになったように思う。
今のところ、かすり傷やレーザーを受けた負傷者は出ているが、深刻な被害というのは出ていない。著しい戦闘回数の増加による士気の低下がもっぱら最大の被害となっている。
「あちらも、ギフトを探す為にこちらに構ってはいられないという事でありますか」
何度も戦っているからだろう、彼らにこちらを倒すという気概が無いと二人は断言できた。遭遇してしまったので、けん制程度に攻撃を仕掛け、タイミングを見て撤退する。恐らく、今のところまともに戦闘になったのは、桜探検団の報告が最初であって最後でもある。
「最初に戦った時は四人組だったんだけど、あれから二人組みばっかりだねぇ」
報告も兼ねて、前線基地とでもいう状態の遺跡の入り口の空洞に戻る。そこで、桜探検団の一人、サズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)の話を聞いてみた。
「ちょっと小突くとすぐに逃げやがる」
不満そうに言うのはフクシアン・マイラニックス(ふくしあん・まいらにっくす)だ。初戦で随分と苦労させられたお礼をしたいようだが、まともにやりあえていないのはどこの部隊も一緒らしい。
「かといって、追撃戦をやって迷子になるわけにもいかないし、難しいところだね」
入り口付近でブラッディ・ディバインとの遭遇は皆無だ。自分たちが見つけた入り口の他に、パラ実側が調査している入り口もあるのだから、さらに別の入り口があると見ていいだろう。探索地域の重なっている部分で戦闘がおきていて、その内側は互いに互いのテリトリーであるのなら、追いかけるなら罠を警戒する必要もある。
「今日の会議で何か方針が決まるといいんだけどねぇ」
「こちらが確保している地点にはほとんど攻撃がありませんわね。接触するのは、常に最前線で調査している組だけですわ」
「特に尾行をされているような様子もないですわね。まだ調査範囲がこちらまで及んでいない可能性もありますので、しばらく警戒行為は続けますわ」
パラ実分校から出向しているキュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)と金死蝶 死海(きんしちょう・しかい)がそう報告する。二人が指揮する小規模な囮部隊は、今のところ敵の尻尾を捕まえてはいないという。
今回の調査にはパラ実分校も協力的で、逐一とまではいかないが、こうして人を出して遺跡の地図情報などの受け渡しを行っている。キュベリエはその専門というわけではなく持ち回りだ。通信を使わないのは、無線による音声程度なら問題ないが、大容量のデータをやり取りするには通信設備が整っていないからだ。
「そちらの被害はどうなってる?」
「そちらと同じようなものだと思いますわ。まともに戦ってというより、互いに少しけん制しておしまいですもの」
長曽禰少佐は返答を聞いて、気難しい表情を浮かべながら腕を組んだ。
「思っていた以上に消極的だな……、戦力に余裕がないのか、ギフトの価値を正しく理解しているのか」
「元関係者としてはどう思う?」
リア・レオニス(りあ・れおにす)が、会議に出席というか、監視のためにその場に座らされているアルベリッヒに質問を投げてみた。
「そうですね、どちらも正しいんじゃないでしょうか?」
「どちらもって?」
「どちらもですよ。彼らが何者かの情報提供を受けているのであれば、我々よりギフトというものの価値を知っているでしょうし、それにどれだけ彼らに痛手を与えたかは、皆さんのよく知るところでしょう。文字通り、私達に構っている暇などない、というところでしょうね」
アルベリッヒは淀むことなく、この状況から推測したことを口にした。だが、知りたいところはもう少し奥にある部分である。
「その推測に至る理由を聞きたいですね」
「そうだな……今現在のブラッディ・ディバインは誰が指揮してるかわかるか? 推測になるだろうけど、できれば人となりもわかれば教えてほしい」
レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)の言葉に重ねるようにして、リアは尋ねた。
アルベリッヒからの情報提供に関して、探検隊は常に懐疑的だ。それは当然だろう。一時協力してくれたとはいえ、彼は危険人物であり、さらに重要な事は覚えてないと語るのだ。そのため話半分、記録はするが決定的な情報としては扱えない。
「それでしたら、推測するまでもありませんね。ルバート・バロン・キャラハンという御仁が、恐らく今のリーダーでしょう。彼らの動きからしても、間違いないでしょうね」
「その方はどのような方なんでしょう?」
「なんと言えばいいか……そうですね、剛毅な人間とでもいいましょうか。一度決めた事はやり遂げないと気がすまないような面倒な人で、しかし思考そのものは柔軟なところがある、んー、こう評すのも妙ですが立派な人格者ですよ、少なくとも普段は」
「立派な人格者か。確かに、妙な評価だな」
「私の騎士称号は一代限りのものですが、男爵とはいえ家柄を守ってきたお人ですからね。人の目というものを気にして生きているのでしょう。それだけに、彼の本音というのは見え辛いですが、兵器の開発でなくそれの売買にを取り仕切っていた人ですのであまり接点は少なくて」
「研究が専門だったんじゃないのか?」
「まぁ、そうなんですが、研究するだけではお金は入ってきませんからね。我々が好き勝手とまではいかなくとも、資金に困ることがないよう電卓を叩いていたのが、ルバート氏なのですよ」
「ってことは少なくともかなり卓越した金銭感覚があるわけだ。それに、売買担当ってことは交渉なんかもできる。話を聞く限りでは裏方の人っぽいけど、それが今のリーダーで間違いないのか?」
「ええ、実質的には私は彼に指揮権を借りていたようなものですよ。彼の威を借りなければ、ついてきてくれない部下もいたでしょうね。まぁ、私が若輩者というのもその原因の一つでしょうが」
アルベリッヒの人物評は、主観が多くその人物について深く洞察するには少し難しいものがあった。ただ、今のリーダーは部下に信頼されているだろう、少なくともただ突撃を連呼するような人間ではない、というのは確かなようだった。
「その話はあとで詳しく聞こう。それで、まだ連絡は無いのか?」
少佐の視線が、ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)に向けられる。
「ええ。便りがないのは元気な証拠とは言いますが、さすがに不安になってきましたね」
静かに答えるガイの様子は、あまり不安や焦りのようなものは見えない。先行した彼のパートナー、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)から連絡が途絶えてまる一日が経過していた。
粘っこい闇を、手持ちのライトで追い払いながら遺跡の探索は続けられている。ブラッディ・ディバインとの戦闘は確かに問題だったが、彼らと遭遇しているのは全体から見たら僅かなもので、個々の問題はもっと別の、しけって淀んだ空気だったり、崩落して通れなくなった道であったりの方が深刻であったかもしれない。
付け加えるならば、この遺跡はほぼ自然の洞窟に近いものであるのも、全体の探索を足踏みさせる理由になっていた。ニルヴァーナ人の生活していた形跡はいくつか発見されており、その建築そのものはシャンバラからやってきた人達に意味がわからないものではなかった。施設の目的がわかれば、その構造も自ずと説明できるのである。対して、自然の洞窟に手を加えたらしい、あるいは地下遺跡だったものが年月によって自然に飲み込まれたらしきこの遺跡は、推測で全体を把握しきれていない。自分たちが足を踏み入れた地点が果たして入り口なのか、それとも事故か何かで偶然できた横穴であったのかも誰にもわからないのである。
敵の襲来もありうる未知の空間での行動は、自然と慎重になる。そんな中を、ジャンヌ・ドートリッシュ(じゃんぬ・どーとりっしゅ)のペンギンアヴァターラ・ヘルムは我が物顔でぺたぺたと進んでいく。
この場合彼と呼ぶべきなのかはわからないが、そのペンギンがこの場所について理解を持っているかというとそうでもなく、自ら壁に頭から突っ込んだりして危なっかしいことこの上なかった。
「見えてないというより、見ていないのでしょうね」
シャルル・ダルタニャン(しゃるる・だるたにゃん)の言うように、恐らくは好奇心のようなものによってその足を進めているのだろう。最初はギフト同士呼び合っているのかもしれない、なんて心躍ったりもしたが、小さな水溜りを見つけてはしゃぐ姿を見てそんな考えはすぐに無くなった。
せっかくの遺跡の調査であり、探検である。びくびくおどおどしているよりは、楽しめているだけマシなのだろう。ジャンヌはあまりペンギンが先行し過ぎないように注意しつつ、洞窟の様子をつぶさに観察していた。
遺跡は決して暗黒の死の世界ではなく、小さな虫やコケのような植物か菌が生息している。時折、妙に空気が湿っていたり、ごく僅かな水が湧き出している場所などを見つけた。
「疲れてはいませんか? そろそろ休憩しましょうか」
シャルルは時間を確認してジャンヌに声をかけた。ジャンヌは持病があってあまり無理をさせるわけにはいかない。しかしそういうものを指摘し過ぎるのも好ましくないので、見た目に何か変調が無い限りは、あくまで時間経過で声をかけることにしていた。暗闇に飲まれている遺跡の中で、定期的に行われるシャルルの休憩の提案は律儀さよりも時計としての役割に重きが置かれ始めている。
誰も反対することなく、通路が広くなっている地点で休憩を取った。それぞれに、飲み物や食べ物を口にしたり、探検とあまり関係ない話をしたりするなか、
「きゃっ」
沢渡 真言(さわたり・まこと)の小さな悲鳴と、『ごっ』という鈍くてかなり痛そうな音がみんなの注目を集めた。
「何をしていらっしゃるのですか?」
周囲の警戒に気を張っていた沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が、呆れ顔になっていた。傍から見る限り、真言は自ら背後に倒れていって、それで後頭部を壁に強打したのである。誰だって、呆れ顔になるし突っ込みたくもなるだろう。
「ち、違います。そこの石に腰をおろそ……あれ?」
何に対して違うのか、それについては誰もわからなかったが、彼女が呆けた声を出した理由は共有できた。彼女の少し後ろで、とてもすわり心地のよさそうな手ごろな石が、もそもそと動いているのである。
「あ」
次の声は、ジャンヌ。彼女のペンギンが、その石に興味もって近づいて、何を思ったかその石に体当たりを仕掛けたのだ。石とぺんぎんは一緒になってごろんと転がって、ぺんぎんはすぐに立ち上がったが、石は数えるのも億劫になるような沢山の足をばたばたと動かしてもがいていた。
「石ではありませんでしたね。虫でしょうか」
隆寛は観察するその足の生えた石は、まだじたばたと足を動かしているが、石全体の大きさに比べて小さい足では、当然起き上がることなどできない。亀をひっくり返しても、なんだかんだ頑張って体勢を直すが、この石には不可能なようだ。仕方なく人の手で直してやると、たぶん全速力で逃げているのだろうがのろのろとこの場から遠ざかっていく。
「災難でしたね」
「うう、こぶになったらどうしよう」
「次からは、腰を下ろす前にそれが石か虫かを確認するべきでありましょう」
「冷やすものがあったと思うので、少々お待ちください」
一つの班が小さな発見をしている最中、別の半ではそれよりももっと小さいものの、危険な発見に心臓を跳ねさせていた。息を乱しながら走るフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)らの背後には、蠢く闇とでもいうようなおぞましいものが追いかけてきていた。
「誰でもいいから! あれ! なんとかできないの!」
一番先頭をひた走るフィーアは、悲鳴にも似た声をあげる。その背後、彼らに襲い掛かってきているのは無数のコオロギだ。いや、見た目が誰もが知るコウロギによく似ているだけで、同じような生き物かはわからない。とりあえず、あの特徴的な鳴き声は一度も聞いていない。
「できたら逃げてねぇ!」
セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が叫ぶ。もはや何かの塊となって進軍してくる小さな黒い群れは、仲間の背中を足場にして飛び、天井にまで届く黒い塊となっている。
このおぞましい相手と出会ったのは、ほんの少し前だ。またしても、崩落したらしい行き止まりにぶつかり、ため息をついている最中に孫 策(そん・さく)がその壁が思っていよりずっと薄いものであると発見した。
崩して進むか迂回するか、崩落の危険もあるしどうしよう。会議とするなら、井戸端会議のような気軽なもので、先に進みたい孫策の意思が通ってその壁を崩すことになった。フィーアは、別にいいけど崩すのは君がやってね、と気軽に芋ケンピなんかをつまみながらその様子を眺めていたのである。
「あれ、なんだ……虫か?」
虫なんてこの洞窟では珍しくない。今は調査の中心がギフトだから、一つ一つ捕まえてないが、子供向けの昆虫図鑑が作れそうなほどに色々な虫はこの洞窟に住んでいる。
「そんな驚くような虫でも見つけたのか?」
セオボルトは立ち上がりながら、洞窟に穴を空ける作業を中断していた孫策に声をかけた。彼の運命の女神は、この点においてとてもいい働きをした。
「やべぇ! みんな逃げろっ!」
それが何かを判断した時には一歩遅く、孫策は飛び出してきた大量の黒い塊に一瞬で飲み込まれた。蛇口を捻ったかのように再現なく飛び出してくる、手のひらに乗るぐらいの虫の群れは、その場にいた全員に生理的嫌悪を感じさせるには十分だった。
「このっ、離れろっ!」
黒い塊に飲み込まれた孫策は、武器と取って振り回す。その抵抗は、が果たしてどういう結果になったか、まだまだ出てくる虫の群れから逃げるしかなかった他のメンバーにはわからない。無事であって欲しいが、後ろで彼の獲物が地面に落ちる音を聞いた気がする。それをそれぞれ確認しなかったのは、気のせいだと思いたかったからだろう。
「しつこいのじゃ!」
戸次 道雪(べつき・どうせつ)が稲妻の札を虫の群れに使う。暗闇になれきった目で直視できない閃光が走るが、それも間もなく黒に飲み込まれていった。
「あ、馬鹿っ!」
フィーアは自分でも地図を書いていたし、暗闇を見通すこともできたし、何より次の道はわかりにくい細道に入らないと行き止まりにぶつかることをわかっていた。だが、残りの二人はそれを覚えていなかったか、あるいは窮地に陥って失念したか揃って行き止まりに向かってしまった。
「ぎゃあああああああ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
断末魔の悲鳴が耳に残る。二人を襲っても、あの大軍はまだ満足しないのか、貪欲にフィーアの後を追う。もはや一個の生命体としか思えない虫の群れは、予想以上に狡猾で恐ろしい敵だった。
「回り込まれた、嘘だろ」
巨大な化け物に見えても、それ一つ一つは小さな虫である。人では通れない隙間や穴を通って、人の身よりもずっと自由にこの洞窟を行き来することができる。
「立ち往生するぐらいなら、突っ切るしかない!」
見るからに、正面に回ってでてきた群れは少ない。正直近づきたくはないのだが、挟み撃ちでみんなと仲良くパーティするよりは、正面を無理にでも突破する方が現実的のはずだ。
「うおりゃああああ!」
手に持っていた芋ケンピの袋と、邪魔そうな荷物を全部投げ捨て、突貫。とにかく目や口に入ってこないように、堅く閉じて手で守って、群れの只中をとにかく突っ切った。
「……あれ? 助かった?」
拍子抜けしたのは、思っていた噛付かれる痛みだったりするようなものがなく、あっさりと向こう側に飛び出せてしまったからだ。自分の体を見下ろせば、虫の体液やらなんやらで大変なことになってはいたが、血がでているようなことはなかった。
振り返ってみると、黒い塊は先ほどフィーアが立っていた地点に群がっていた。
「えーっと、ああ、そういう事か」
あの虫は、生きている獲物を襲って食べる生態をもっていないのだ。彼らの巣を騒がして興奮した一団は、しかし人を襲うよりも、甘い香りを放つ芋ケンピに心は夢中だったのである。
芋ケンピという強力な誘蛾灯は、それから間もなく食べつくされて彼らは満足したのか散っていった。しばらく様子を見たが再び現れることはなかったので、意を決して来た道を戻る。
それぞれ襲われた地点で倒れているのが発見できた。幸いにも、誰も大きな怪我をしていなかった。心には追ったかもしれないが、さすがに目では判別できない。ついでに荷物を確認すると、見事に食べ物が壊滅していたが、それ以外は虫の体液やらなにやらで汚れている事を無視すれば無事だ。
「あー、まさか僕一人で全員運んで帰らないとダメかな」
三人は、しばらくは目を覚ましそうに無い。