空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

リアクション


戦いの役目 4

 『カタクリズム』に『デバステーション』――レン・オズワルドの放つ念力の嵐は、イレイザーの生み出す大渦とぶつかりあっていた。やがてそれは、徐々に相手の力、すなわち水流を制御することに繋がっていく。
「ジェンナ!」
「言われなくても!」
 そして、レンが叫んだその後から軽快な声で応じて飛び出したのは一人の契約者だった。名をジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)という。美形といって差し支えない美しい顔立ちをした男だが、その表情はイタリア人特有の陽気な性格によって楽しげに破顔している。
 彼はパートナーの獣人ルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)が変化したシャチの背に掴まって、水流に乗ったままイレイザーの目の前を邪魔くさくグルグルと泳ぎ回った。
 普段はおとなしい性格のルレツィアも、獣化の際にはその獣の本能がむき出しになる。
「さすがにやるな、ルクレツィア。それでこそオレのパートナーだ!」
『クアアアアアァァ!』
 荒れ狂う波に負けず劣らずの雄叫びを発しながら、彼女はぐんぐんと水を駆るように動き回った。
「これで敵の隙を作れるといいんだがな」
 そんなジェンナーロたちを見やりながら、声を漏らしたのは緋山 政敏(ひやま・まさとし)である。彼はレンの横でタイミングを見計らうように待機し、己の武器である剣を構えて、いつでも戦闘に出られるような体勢を取っていた。
「ああ……陸で待機してる神代が準備を整えてる。出来るか?」
 試すようなレンの声。
「ま……やるだけやってみるさ。出来なかった時は怨まないでくれよ?」
 彼は日常の頼み事でもされたような気楽さで、軽く笑いながら言った。
 それが逆に、レンの心になぜか頼もしさを生む。剣の腕は確か。それでいて、その身から自然と滲み出る経験の深さも確かなように思える。
「……あー、でも失敗したら美幸ちゃんに怒られっかな」
 軽薄な口振りで軽い言葉を発するが、彼の微笑はそれを決して軽んじるものではないような気がした。
「ノルニル、魔法は問題なさそうか?」
「問題ないです! おもいっきりぶち込んじゃいますから、巻き込まれないようにしてくださいね!」
 さらに確認を取れば、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が力強く頷いて答えた。
 彼女は見た目だけなら幼子の成りをしているが、その実、有している力は想像を絶するものだ。さすがに魔導書なだけあって、生きてきた年月も人間のそれとは比べものにならないからだろう。彼女の力なくしては、イレイザーと対抗することは不可能に近かった。
 そして――ついに時が来る。レンの念力が相手を押し返し、水流の流れが変わったのだ
「ッ!」
 瞬間、政敏は飛び出していた。
 猛烈な勢いでイレイザーの身に近づき、水流の流れに乗ったまま勢いを消さず疾風突きの一撃を加える。えぐり取られるイレイザーの身。
 さらに止まることなく、彼は機晶爆弾を握った片手で手刀を繰り出した。それはイレイザーの身体へとめり込み、無理やりにねじ込まれる。
「政敏!」
 そのとき、彼を呼ぶ声がした。
 次いで、政敏の身を掴んだのは女性の柔らかな手の感触。『ゴットスピード』を発動し、神速の勢いで政敏へと追いついたパートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、彼の身体を捉えた証拠だった。
「行きます! 舌噛まないでくださいよ!」
「りょーかい」
 乗っている空飛ぶ箒エンテが、ヴァルキリーの力によってその速度を飛躍的に上昇させた。水流から飛び出して、戦域から離脱する二人。
 イレイザーをそれを追おうとする。
 が――
「いっけえええぇぇ!」
 幼い少女の舌足らずな声が張り上げられた。
 それはノルニルの気合いをぶつける声である。瞬間、彼女の杖から放たれた無数の魔法が、レンの念力と水流によってイレイザーに集中砲火を浴びせた。
 徐々に勢いを増していき、イレイザーはどんどん押し込まれていく。
 そう――水面へと。



「来る!」
 陸上にいたのは、火村加夜のパートナーであるノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)だった。探索チームのサポートとして地上に残っていた彼女は、隣にいた少女に呼びかけたところだった。
「だ、大丈夫かな……上手くいくといいけど……」
 少し弱気になって声を漏らした彼女に、隣の少女は満面の笑みで答えた。
「大丈夫ですよ。大切なのは信じること。それが、なによりの秘訣です」
 少女の名は――神代 明日香(かみしろ・あすか)
 一見すれば、平凡で何の特徴もない少女のようにも思えるが、彼女から滲み出るのは躍動する強大な魔力であった。足下に広がり、光を放っているのは巨大な魔法陣。その上に立つ少女は、今となっては伝説の大魔法使い見紛うほどの禍々しくも輝かしい光芒に包み込まれていた。
「それじゃ、お仕事開始といきましょう!」
 これまでこの場所で彼女が練り上げていたのは、ひとつの大魔法である。
 それは――メテオスウォーム。最強の名を欲しいままにする至高のシーアルジスト(召喚師)のみが使用を可能とされている奥義。3日間の準備期間を必要とする実に手間のかかる魔法だが、それだけに威力は絶大だ。
 これさえあれば、イレイザーと言えどもただで済むはずはなかった。
 そしていま、湖中の仲間たちの手によって、イレイザーが水面に打ち上がろうとしている。狙いはその一瞬。振動する水面を見つめながら、明日香はタイミングを見計らった。
 そして――
「くらえええええぇぇぇ!」
 ノルニルの魔法によって水面にたたき上げられたイレイザーめがけて、明日香は怒声のような叫びを放った。
 天は青く澄み渡り、夜のごとき闇に閉ざされる。魔法が天候さえも変えたことが、その波動と大気を震わす力によって実感させられて、ノアは思わず身震いした。
 空から隕石が降り注ぐ。それは打ち上がったイレイザーの身にぶつかると、今度はそのまま相手を水中へと叩き伏せた。熱と水がぶつかり合う波動。轟音が鳴り響き、天高く水が弾きあがった。
 衝撃波と熱風が、その場を――いや、世界を震わせる。吹き飛ばされないように傍にあった木に掴まっておくことが、今のノアの出来る精一杯だった。