空京

校長室

創世の絆 第二回

リアクション公開中!

創世の絆 第二回

リアクション


クジラ型ギフト 1

 ギフト内部へと侵入することに成功した探索チームは、深手を負った牙竜を尋人やクリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)に託して入口に残し、未知の機晶生物の中を先に進むことを選択していた。
 リファニーは終始、心苦しそうに後ろを振り返っていたが、前へと進むことを選択したのは他ならぬ牙竜の「先へ行け」の一言だったことを思い出す。そうする内に彼女は少しずつ後ろを振り返ることは少なくなっていった。
「大丈夫ですよ」
「……レイカさん」
 リファニーに柔らかく、そして優しげな声をかけたのはクリスチャンの契約者であるレイカ・スオウ(れいか・すおう)だった。
「クリスチャンはあれでも、医者の英霊ですから。きっと、何とかしてくれるはずです」
 それは長き信頼のなせる確信に満ちた言葉だった。
「大切なのは、信じることでもあると思います。その上で、願いましょう。牙竜さんが無事であることを」
「信じる……こと……?」
 戸惑うように声を漏らしたリファニーに、レイカは底抜けに明るく笑ってみせた。
「なーに、牙竜さんなら死んでもきっと死にきれませんよ! それに、気楽にいったほうが案外、良いことがあるかもしれませんよ。あの人のことです……地上にあがったら、『よう』とか言って、元気でいると思いますよ」
 それは、確証もなにもない、ただ他人が気遣ってくれた一言。それだけのことなのに、その言葉を聞いていると、なぜかリファニーはすっと心の重しが取れていくような気がした。
「そう、あの人は強いわ。だから、リファニーは無理しないで」
 そんな会話に加わったのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
「この前無事に済んだのは貴女に護られたようなものだし、今回は私たちが貴女を護る番。……今回の戦闘は任せてね」
 彼女はさらさらと流れる黒髪をかき上げて握り締めた剣を構えると、頼もしい笑みを浮かべた。それは決して、単なる励ましではない。自分に課せた、彼女自身の意志がそこにはある。剣にその心を乗せて、祥子はリファニーを守るべく彼女の前のほうへと移動した。
「やってやるわ。祥子だけだと、不安だからね」
 そんな彼女の傍で追随するように移動したのは、パートナーの那須 朱美(なす・あけみ)だった。彼女はからかうような笑みを浮かべていた。
「なによ? その言い方」
「気にしない気にしない。見せつけてやろうじゃない、私たちの力ってやつを」
 口を尖らせた祥子を受け流して、彼女は武器の鎌を肩に担いだ。鋭利な刃物が、二人の心を映すようにうっすらと輝いていた。
 と――
「祥子さんたちの言う通り!」
 二人の会話の後で底抜けに明るい声を発したのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。
 彼女はその笑みだけでも心が晴れるような輝かんばかりの顔で、リファニーを見つめた。
「詩穂たちはみんな仲間だよ、リファニーさん。だから、一人で何もかも抱え込まないで。一緒にいる。……詩穂たちは、助け合えるんだから」
 そう言って、彼女はリファニーの手をつかみ、両手でぎゅっと包み込む。その温かな感触に、リファニーは少し戸惑っていた。
 そんな二人へ向けて、詩穂を隣で見守っていたパートナーのセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が言った。
「皆様の力があれば少しずつですが、貴女の記憶も眠りから目覚めることがあるはずです。大丈夫……私たちが、約束します」
 それは嘘偽りのない彼女たちの思いだった。そうしていると、じんわりと詩穂の手から温かさが滲み込んでくるような気がした。
「そうそう、あまり無理はするなよ?」
 と、そんな彼女たちと一緒にリファニーを気遣ったのは蔵部 食人(くらべ・はみと)だった。彼はニパッとした笑顔で、続けて付け加えた。
「噂じゃ、寝つきが悪いそうじゃないか。しっかり眠らないと疲れも抜けないぞ? そうだ、今度、俺が添い寝しながら子守歌でも歌ってあげようか? 君は安眠できるし、俺の欲求も満たされて一鳥にちょふぶあぁっ!?」
「何を馬鹿なこと言ってんのよあんたは!」
 あまりにもデリカシーのない発言に、女性陣が怒り大爆発。右ストレートの一撃のもとにほお骨を粉砕されて、食人はそのまま吹き飛ばされた。
「ま、まて、俺は純粋に知的好奇心と心配をふぐぼべぇ!?」
 さらに追撃として、食人はゲシゲシと踏みつけられる。
「えぅ……ダーリンは言葉を選んでほしいんだよ〜」
 それを呆れたように見やりながら、パートナーの魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)はため息を漏らしていた。一見すれば女の子に見えるシャインヴェイダーだが、これでも立派な男の子である。
「ごめんねー、リファニーさん。うちのダ−リンが馬鹿なことばっかり……」
「い、いえ……」
 彼の言葉に、リファニーは蹴りつけられる食人を見ながら呆然と答えた。
 しかし――その表情がやがてほほ笑みに変わる。食人の愚行があまりにおかしかったのか、彼女はクスクスと笑った。
 それを見ていると、食人も嬉しくなる。きっと彼も、その笑みが見たかったのだろう。
「皆さん……ありがとうございます」
 ギフトの内部に入って初めて、リファニーは優しげな笑みで皆にお礼を言った。



 ギフト内部はどうやら潜水艦の中のような、人が生活することすら出来そうな人工的な構造になっていた。そして、探索チームはその薄暗い通路を歩いて行く。
 そんな中――
「冒険! そして、そのまた冒険! 調査していくぞー!」
 率先してチームの先頭を歩き、通路の薄暗ささえも吹き飛ばすような明るい声をあげていたのは飛鳥 桜(あすか・さくら)だった。
「……マスター……これは任務……はしゃぎすぎ……よくない」
 そんな彼女に注意を呼びかけたのは、か細い声で話すパートナーのミスティア・ジルウェ(みすてぃあ・じるうぇ)である。およそ感情というものが表情からは読み取れない機晶姫のミスティアは、呆れすらない無感動の目で桜を見つめていた。
 しかし、そんなことは桜には大した問題ではないようだ。彼女はミスティアに向けてすねたように唇を尖らせた。
「えー! だってヒーローには冒険がつきものだよー! ミスティは分かってないなぁ」
「…………理解不能」
「のんのん。つまり、こういうときには迫り来る敵たちをバッタバッタと倒して突き進んでいくってことだよ。それが僕たちヒーローの役目――」
 桜がミスティアに偉そうに胸を張った。
 その瞬間、ウォン――と空気を薙ぐような音が鳴って、数体の球体の影が宙に現れた。
「馬鹿ッ! マジで出てきたじゃねーか!」
 仲間たちの慌てる声。
「ひぇっ!? ぼ、僕のせいじゃないよ! ……多分」
 襲いかかってきたのは、真っ赤に光る機晶レンズでこちらを捕捉する機晶ロボットたちだった。どうやら、このクジラ型ギフトの内部を守るセキュリティロボットのようだ。
「皆、下がれ!」
 後ろにいた仲間たちに一声発し、地を蹴ったのは綺雲 菜織(あやくも・なおり)だった。彼女は一瞬のうちに敵陣の懐に潜り込み、腰に提げていた刀を抜刀する。
 剣線が宙を走ったと思ったその刹那、常人の視界が捉えることの出来ない速さで、刃はロボットたちの体躯を両断していた。アクセルギアによるパワーアシストはあるが、彼女が剣術の達人だからこそ出来る抜刀術である。
 しかし、そんな彼女と言えどもそれだけで敵を一掃することは出来ない。
 そこに――
「菜織さん、跳んでください!」
 背中から呼びかけられたのは、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)の弾くような声だった。菜織はそれに応じ、半ば無意識的に跳躍して敵を飛び越える。
 瞬間、ルースの構えていた機晶ライフル――レーヴェンアウゲン・イェーガーの銃口から放たれた弾丸がロボットの機晶石をぶち抜いていった。
 次いで、ルースが前に蹴り飛ばしたのは一人の人影だった。
「いたぁっ!? な、何するんですか!」
 前線に押し出されたのは、ルースのパートナーのソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)だった。一見ではおしとやかなお嬢様のようにも見える機晶姫の娘は、驚きの表情でルースを見返す。
「そりゃあ、囮に決まってるじゃないですか。ほら、さっさと敵をおびき寄せてください。どんどん撃っていきますんで」
 彼から返ってきたきたのは、そんな平然とした返事だった。
「はぁ…………今までうちでお留守番で急に呼び出されたと思ったらこれですか。あれですか? 私をていのいい家政婦だと思ってます? 思ってます? ……思ってますよね!?」
 ソフィアは己の不幸を嘆きながらルースに詰め寄るが、敵は待ってはくれない。前線に出されたことで、自然とソフィアを狙って機晶ロボットたちが集まってきた。
 撃ち込まれる無数のレーザー砲。ソフィアは慌てふためいて逃げ回った。
「私はこんなことするためにパートナーになったんじゃないのに〜!」
「ナイス囮ですよ、ソフィア!」
 その間に、ルースたちは機晶ロボットを次々と倒していく。
 もちろん、その間に隙を見て後方の仲間へと接近する敵も存在したが――菜織のパートナー、有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)月島 悠(つきしま・ゆう)が、その侵入を許さなかった。
「――鋼鉄の獅子の力、甘く見るなよ」
 教導団軍人の制服帽を被った悠は、可愛らしい顔立ちをしていながらも冷徹な声色を発する。着込んだパワードスーツの腕からレーザーを放射した。
「悠くん、頭下げて!」
 さらに、悠のパートナー麻上 翼(まがみ・つばさ)が、そのすぐ後ろからガトリングを撃ち込んでいく。剣の花嫁のみが有することを許されている能力――光条兵器のラスターガトリングは、無数の弾丸を散らして機晶ロボットを無残に破砕させていった。