空京

校長室

創世の絆 第二回

リアクション公開中!

創世の絆 第二回

リアクション


戦いの役目 3

 さながらそれは、騎馬に乗る兵士のような姿だったかもしれない。水を割って泳ぐフタバスズキリュウの背中に乗って、氷室 カイ(ひむろ・かい)はイレイザーの横へと回り込んでいった。
 イレイザーはその無数の触手を使い、真人やフィアナなど、多くの仲間たちと戦いを繰り広げている。カイの妖刀――雲蒸龍変は、その闘気に反応しているかのように共鳴の音を鳴らしていた。
「強いね、イレイザー……」
 そんな彼の横で、2本のロングハンドを構える源 鉄心(みなもと・てっしん)が緊張の面持ちでつぶやく。彼はカイに視線を動かした。
「勝てそうかな?」
「……さあ、分からん」
 カイの答えは実に簡素なものだった。
「だが――やらなければいけないということは確実だ。だから、俺はここにいる」
 その瞳は力強い意思と凄みに満ちている。迷いのない人間の目。鉄心は、そんな彼を見て、少し驚いたような顔をした。
「そうか……」
 なんというか、新鮮だったのかもしれない。恐ろしいとも感じるほど、純粋で真っ直ぐなその意思は、彼にとっては、あまり触れることのないものだったから。
「……そうだね」
 鉄心は少し緊張のほぐれた顔で頷いた。
 そんな彼を一瞥し、カイは神経を集中する。一閃、そして一撃。決して外すことなく、敵に叩き込む。彼はそれを自らの魂に誓い、気合いへと刻み込んでいくようだった。
「カイ! 私たちも……」
 声をかけてきたのは、隣でパラミタイルカに乗って体勢を取っているパートナーの雨宮 渚(あまみや・なぎさ)だった。
 彼女に一度振り向き、それからカイは鉄心へと視線を配った。
「くじらさん……まもる……」
 鉄心の傍には、彼を守るパートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)がいる。彼女がぽつりと呟くのは、クジラ型ギフトへの情愛か。儚げな少女が漏らした言葉に、鉄心たちはなぜか、改めて心が熱を帯びたような気がした。
(守る……か)
 渚は心でティーの言葉を反芻する。
「…………」
 カイと鉄心はうなずき合った。
 タイミングは任せる。そう鉄心の瞳が伝えてくる。
「――ッ!」
 わずか数秒の間を置いて、カイがフタバスズキリュウの上から跳躍、頭上からイレイザーのもとへと飛び込んだ。それぞれに意思を持つような動きをする触手は、カイに気づいて蠢いた。
 しかし、それに合わせて、鉄心がロングハンドで機晶爆弾を投擲した。
 テクノパシーが自由な場所で爆弾を誘爆させる。触手は吹き飛び、カイの刃はその隙を縫ってイレイザーの身に斬り込んだ。むろん、それでイレイザーを倒せるとは思っていない。彼はすぐに回り込んできたフタバスズキリュウの背中に乗ると、その場から離脱した。
「カイ! どいて!」
「……了解、だ!」
 イレイザーは離脱した彼に細い足を伸ばしてくるが、渚がそれを許さなかった。イルカに乗りながら、彼女が放ったのは水ごと相手を切り刻む真空波。無数の空気の刃が、イレイザーを襲った。
 追いすがるように伸びてきた触手。だが――それはティーが放った疾風突きによってその進路を阻まれる。
 イレイザーの力とスピードは驚異的だが、やってやれないことはないと、誰もが思い始めるようになっていた。



 水中に潜るのに慣れているわけでもなければ、こんな巨大な敵と戦うのも初めてのことだった。
 それでも、それに弱音を吐こうという気は毛頭なかった。
 いや――あるいは、それすらも彼女の意識にはなかったのだろうか。水の中でゆらゆらと揺れる長く白い髪の下で、朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)の興味に満ちた瞳はじっとイレイザーを見つめていた。
「ゆうこちゃん……? どうしたの?」
 そんな彼女に声をかけたのは、榊 朝斗(さかき・あさと)である。身長的には彼女と変わらないぐらいの短身の身でありながらも、どこか頼もしい背中を持つ彼は、年下の幼き少女を優しげに見やった。
「いえ、実は私、アレのことは詳しく存じ上げませんのですけど……」
「アレっていうと……イレイザーのこと?」
 ゆうこが指を指した対象を見て、朝斗の傍にいたパートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が小首を傾げた。
「はい、それです」
「ま、まあ……確かにそりゃあ詳しくはないだろうけど……」
 朝斗はどう答えればよく分からず、苦笑する。
「えっと……要するにあれをどうにかすればよろしいのですか?」
「そういうことになるね」
「例えば、イカ漁をしてみせて気を誘うとか……?」
「その隙に、僕たちが攻撃?」
 朝斗が聞き返すと、ゆうこはこくっと頷いた。
 と――
「ゆうこ……おまえな、自分でなんとかするとかいう選択肢はないのかよ?」
 そんな彼女に呆れるような声を発したのは、彼女のパートナーである白山 イチコ(しらやま・いちこ)だった。ボサボサの白髪に鬼のお面という、いかにも普通ではない厳つい出で立ちの英霊だが、言ってることはどちらかというと常識人のそれだった。
「えぇ!? だって私、攻撃しろと言われても早く走れたり歌ったり踊ったりくらいしか出来ません!」
 だとしたらなぜここに来た? という突っ込みは、今更しても遅いと悟る。イチコは深くため息をついて、朝斗たちに頭を下げた。
「すみません。うちの連れがバカなばっかりに……」
「あ、ははは…………別に気にしてないよ」
 朝斗は本当に気にしていないようで、涼しげに笑っていた。なぜなら、言い方は悪いが、契約者にバカは付きものだ。逆に言えばだからこそ、それが彼らの特性を光らせる要因になることもある。
 ――まあ、個性的というわけだ。ゆうこのそれだって、彼女の契約者としての個性だと考えれば、別におかしくない。
 それに――と、朝斗は思った。
「気を誘うってのは悪くない。テレジアさんのあの戦法も、使えるかもね」
「あー……あれか。……おまえもなかなか賭けに出るタイプだな」
 朝斗に声をかけられたのは、乳白金のボブカットの下で悪人じみた笑みを浮かべる少女だった。名はテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)という契約者である。
 その見た目からも分かるように、普段の彼女はどちらかと言えば実に丁寧で献身的な態度だ。だが、今は明らかに違っていた。
 奈落人のパートナー、マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)が、彼女の身に乗り移っているのだった。
「あいつは一瞬のタイミングが命取りだ。オレが潜ったタイミングで、出来るだけ敵の動きを遅くしてくれないと困るぜ」
 お嬢様風のテレジアの顔で、マーツェカが不敵に笑う。それに少しぞくりとしながらも、朝斗は力強く頷いた。
「――任しといてよ」
「へへ……ま、やるだけやってみっかぁ……! ド派手な水中花火、上げるぜぇ!」
 声を張り上げたその直後、マーツェカはイレイザーの下方に向かって潜っていった。
「ゆうこちゃん!」
「わ、分かりました! 役立たずなりに役立たずっぽく頑張ります!」
 何を言っているのかよく分からない自嘲だが、ともかくゆうこは、朝斗の視線が送ったタイミングに応じて、ごそごそとポケットから取り出した糸をふさぁっと水中に投げ出した。
 同時に、イチカがバニッシュの光を糸の先端に焼きつける。
 それがゆらゆらと揺れると――イレイザーはそれを敵の反応だと誤認し、勢いよく迫ってきた。
「朝斗!」
 フタバスズキリュウに乗ったルシェンが、我は射す光の閃刃――光の刃を敵の身に放って、距離を取る。朝斗はそれに追撃を加えるべく、むしろイレイザーに向けて接近していった。
 むろん、単に近づくだけではない。水中でも稼働可能な空飛ぶ箒エンテに乗り、水を切って右往左往にぐるぐると回りながら近づく。そして、触手を切り刻みながら、ついに相手の身体に接触する寸前――疾風突きの一撃を叩き込んだのだ。
「テレジアさん!」
「おうよ!」
 光学迷彩とブラックコートで姿を消し、いつの間にかイレイザーの真下に潜り込んでいたマーツェカは、朝斗の言葉についに行動を起こした。朝斗やルシェンの攻撃を受けて、狙い通り相手の動きは鈍っている。これが、絶好のチャンスだった。
 機晶爆弾の束をその場に投下。それから、彼は距離を離して湖底に張りつく。機晶爆弾の束がイレイザーの下1メートル付近に近づいたその瞬間。
「……!?」
 機晶爆弾の束は耳を打つような爆音とともに爆発した。
 真上に向かって叩き込まれる水中爆発の強力な衝撃波と気泡圧力。
 すさまじい爆発に身をえぐられて、イレイザーの身体は見事に吹き飛ばされた。