校長室
リアクション
● 「もし記憶を取り戻すことがあったら、傍にいたいと思うよ」 神山 葉(かみやま・よう)は恥ずかしげもなくそう言った。嘘くさいとでも思っているのか、香菜は疑わしそうな目つきで彼を見返す。 「なんでよ」 「きっと……思い出したら恐いと思うから」 問いかけた香菜に答えた葉の顔は、優しげなほほ笑みで満ちていた。 「……!?」 その笑みと真っ直ぐな瞳に、思わず顔を真っ赤にする香菜。彼女は慌てて言い放った。 「そ、そんなことないわよ! 私は恐くなんて……!」 「大丈夫。オレも一緒についてる。キミに恐い思いなんて、させやしない」 葉は香菜の言葉はさほど気にしていない様子で、ただひたすらに自分の気持ちをストレートにぶつけてくる。それがあまりにも恥ずかしくて、香菜はそれ以上、言い返すことも出来なくなり、プイッと顔を背けてスタスタと先に行ってしまった。 ただ――その表情は、決して嫌そうなものではなかった。 『まったく……歯の浮くような台詞ですね、葉』 香菜の背中を見つめる葉に声をかけたのは、彼の魔鎧として装備されていた、パートナーの神山 楓(かみやま・かえで)だった。 「……? 何が?」 『……本人に自覚がないのが余計に厄介、といったところですか』 きょとんとする葉に彼女は呆れるように言う。 しかし――彼女とて別に全く違う気持ちというわけではなかった。 (まあ……私も香菜さんに対する気持ちは一緒ですね。彼女がメルヴィアさんのことで責任を感じていなければいいんですが) そう思って、静かにその意識を閉じる。 と―― 「そうそう、夏來香菜。君には無事でいてもらわなくては困るのだよ」 葉たちの会話に加わって、偉そうに言ったのは雪姫・マルガリートゥム(ゆきひめ・まるがりーとぅむ)だった。 「……どうしてよ?」 訝しげな表情で香菜が聞き返す。 「どうして?」 だが逆に、雪姫はそれこそ分からないといったように首を傾げた。 「決まっているではないか。どうして人によって胸の大きさが違うのかや、女性の顔のほくろにはどれだけの性的欲求を満たす効果があるのかなど、いろいろ研究させてもらいたいからな」 しごく当然というよう、大真面目に答える雪姫。 香菜が唖然としているにも関わらず、彼女はマイペースに傍にいるパートナーを見やった。 「だからというわけではないが、私の助手一号が君を守ってくれる。なあ、フウヤ?」 「もう……姫はいつも勝手なんだから。……まあ、言われなくても守るつもりだけどさ」 呆れていたのは雪姫のパートナー、望月 フウヤ(もちづき・ふうや)だった。見るからに気の弱そうな青年は、しかし、それでも彼なりに気丈に胸を張ってみせた。 「安心して、香菜さん。僕たちが必ずあなたを守ってみせますから」 「うむ。頼んだぞ助手一号。君の働きに期待している」 「もー…………」 雪姫の不遜な物言いにため息を漏らすが、それが彼らにとっては当たり前のことなのだろう。心なしか、フウヤの表情は微笑を滲ませているように見えた。 そして、 「……ありがとう」 ぽつりと漏らしたのは香菜の一言。それは誰の耳にも届かなかったが、仲間たちの気遣いに対する彼女なりの精一杯が押し出した、静かな心の底の声だった。 ● その内、探索チームはついにギフトの奥深くまでたどり着き、各々が各部屋を調べることになった。特に魔術的・機晶技術的な見解から研究を主に行う専門家たちが、懸命に調査に当たる。 「うーん……なんか、小難しい機械だなぁ」 悩ましげな声を漏らしながら部屋を見回す涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)も、その内の一人だった。 さらにそこに、同じく室内を調べていた十七夜 リオ(かなき・りお)が言葉を付け加えた。 「これがギフトの中ねぇ……ま、この内部構造からすると、戦艦か移動要塞の代わりってとこか? なら、どこかに制御室とかがあってもおかしくないけどな……」 彼女は室内の装甲版を外して、機晶機構を調べている。機械的な仕組みを見ると弄りたくなるのは、整備科学生であるがゆえの性だった。 「近遠、近遠! 見てくださいですわ! 他の部屋にも、たくさんの乗員が乗っていたような跡があるんですの!」 同時に、やかましくはしゃぐ声も聞こえてくる。それは調査チームの中でもムードメーカーになりつつあるユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)のものだった。 「水中探査とか……やっぱり潜水艦の、役目を持ってたのでしょうか?」 ユーリカの契約者、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はそんなユーリカに冷静に応じながら、内装から推測されることを口にした。いずれにしても、居住区も用意されていることから、クジラ型ギフトが多くの乗員を有する巨大な船の役割を持っていたことは間違いないようである。 先へ進めば、それは判別出来るのかもしれないが、あいにくと通路は途中から閉ざされている。開かない扉を開くためには、なんとかして扉を動かす機晶回路を見つけ、動かさないといけないようだった。 リオが内部機構にアクセスして回路情報を手に入れるそれまでの間、彼らは残されている物を念入りに調べていく。 作業室、居住区、そしてロッカールーム。そのうち、涼介のパートナー、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)がふと思い出したように言った。 「ねーねー、これって、もしかして『サイコメトリ』とかしてみたら何か分かるんじゃないかな?」 「グッドアイデアですわね! ギフトだって物には違いありませんもの! なにか思いが込められてるんじゃないかしら!」 賛同するユーリカは、楽しい試みを前にしたように嬉しげだ。 「そうなると……出来るのはフェルクレールトさん……?」 彼女たちの提案を聞いて近遠が視線を投げかけた先にいたのは、リオのパートナー、フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)だった。 「…………」 無機質だが可愛らしい顔の機晶姫は、黙ったままこくっとうなずいた。 そしてゆっくりと、触れたのは作業室の今は動かぬ制御卓。 瞬間――リオの脳裏に飛び込んできたのは忘却の彼方へと消えていた数多の場面だった。それは恐らく、かつては存在していたもの。この作業室をせわしなく動き回る人々の姿。笑い合う姿。ペンギンが走り回る姿。機晶ロボットも、この世界においては人の親しき友のように見えた。 「これは……このギフト自体の記憶……ううん、思い出……なのかな?」 フェルクレールトは仲間たちにこの光景を伝えながら、そうぼんやりと呟いた。 「なにか見える?」 「うん……これは……司令室……?」 と、フェルクレールトがそんなことを口にしたそのときだった。 「おーい、回路情報が集まったぞ!」 リオの声が別室から聞こえてくる。 「ほとんどの機晶回路はこの先の一箇所に制御が集中してるみたいだ。こっちからアクセスして扉を開くから、先に向かってくれ」 その先に何があるのか。それはきっと、フェルクレールトの言葉が伝えた何かだと、誰もが予感していた。 |
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