空京

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創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

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西の遺跡にて・1


 人を罵る言葉に、クソったれという言葉がある。意味については、解説や説明の必要性はないだろう。実際に、この言葉を投げかけられてしまった人が、言葉どおりであった試しは恐らくかなり少ない。居ない、とまでは言い切れないが。
 この言葉が今にも喉の奥から飛び出しそうになるのを、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)は結構我慢していた。
 洞窟の中というのは、そうそう風が吹く場所ではない。空気の流れはあるにはあるのだが、送風よりも弱々しい空気の流れは彼らの鼻を曲げるような悪臭を吹き飛ばすことはできなかった。むしろゆっくりと確実に、この空間を占拠していっていた。
「……だめだ、何も見つからないよ」
 首を振りながら、グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)が宣言する。
「無駄に動かないでくれるかな、匂いが飛び散る」
 ブルタの言葉に、ステンノーラも深く頷いた。
「この匂いのおかげで俺達は何も襲われてないんだ。感謝こそされても、そんな風に言われる筋合いはない」
 むっとした様子でグンツが反論した。
 恐竜の糞を体に塗りたくれば、弱いモンスターは逃げるんじゃないか、という提案に二人は強くは反対しなかった。冗談だと思って笑ったぐらいだ。まさか本当にそんな事をやってのけるとは、当然思っていなかったのである。
 確かにグンツが言うように、遺跡の中をうろうろとあてどなく彷徨ってはいるが、何者かに襲われてはいない。だが、果たして恐竜の糞のおかげだろうか。そもそも、ニルヴァーナという土地に今のところ、恐竜は見つかっていないわけで、見つかっていないのならここに住む生物にとって恐竜は脅威でもなんでもない。恐竜の姿を見たならまだしも、糞の匂いが対策に効果あるのだろうか。せいぜい、ハエかそれに類する生き物の心をときめかせるぐらいじゃないだろうか。
 共に歩きながら、そんな事を考えるのはまず間違いなく不快なにおいのせいだ。いっそ、何者かに襲われた方が、公然と文句を言えていい。さぁこい、何か襲い掛かってこい。
 そんな願いはむなしく、相変わらず洞窟の中は小さな虫の姿しかなく、気配もない。ただ時折、女のうめき声のようなものが鼓膜をくすぐっていくだけだ。
「あー、はいはい。悪かったな、臭くて!」
 口にださなくても、二人のどちらかかもしくはどちらともの表情にでていたらしい。簡単な照明しか無かったが、グンツはダークビジョンの効果によってその仔細をちゃんと見ていたらしい。暗闇だからと、気を抜いていたのかもしれない。
 気分を害したブルタはづかづかと歩いていくと、そこにあった壁を思いっきり蹴飛ばした。
「あん?」
「……どうやら、空洞があるみたいだね」
 壁の向こうで、何かが落ちる音がしたのが決定的だった。今蹴ったその場所の向こうに、少なくとも空洞があるのは間違いなかった。そして幸運な事に、その先を目で確認するのに人員も機材も必要なかった。
 グンツの蹴りは、見事に弱点を突いていたのだ。
「ぇ……!!」
 それらしい悲鳴をあげることができなかったのは、大した高さが無かったからだ。周囲の壁と床を巻き込みながら崩れ落ちて、もちろんその中心にいたグンツも巻き込んだ。
「これなら、すぐに調査にいけるね」
 新しい道を覗き込んでブルタは頷いた。降りるのにロープも必要ない高さだ。上るのも同じく。
「どう致しましょう? このまま進みますか?」
 プルクシュタール・ハイブリット(ぷるくしゅたーる・はいぶりっと)も新しい道の様子を見る。上手い具合に、瓦礫しか見えない。その瓦礫のしたにグンツがいるのは明らかだった。新しい道自体は、一本の道となっていてこの場所から見たら二手に分かれている。
「いえ、一度戻って知らるべきですわ。遺跡の調査といっても、ほとんど哨戒任務みたいになってしまって、不満が溜まっていますもの」
「道が変なところで途切れてるとかってのは、やっぱり崩れて塞がれてたってことだったんだね。ってことは、単純肉体労働は必要になるってことか。やだなぁ」
 古い遺跡だから、崩落などが過去にあっても不思議ではないだろう。それらしい場所はあったが、みんな進んで土砂をどかそうなどとはしなかったが、今後はその必要も出てくるだろう。
「では、一度分校に戻りましょうか。土砂の撤去については、この先を調べてからでも遅くはないですな」
「そうだね。これが裏道か近道であるといいと祈っておくよ。何かあれば、だけど」
「それでは、夜目が利く私が先導しましょう」
 こうして彼らは無事拠点であるパラ実分校に戻り、遺跡の新たな道について報告した。その時、彼らは調査にでかけた人数が最初から三人であったかのように報告を行ったが、不思議とその点について問題になることはなかった。それには若干の理由がある。この遠方の地にやってきた疲労とストレスによって、ある人物は心の平静が保てなくなってしまったのだという噂が彼らの調査中に流れていたからだ。
 そうでなくては、一体誰が嬉々として自分の体にあんなものを塗りたくるというのだろうか。



「ご苦労様よ。こっちの分はこれで全部かしら?」
「はい。そうです。何か……?」
「ああ、うん。いいのよ、ちょっと勘違いしちゃったかしら? それじゃ、別件なんだけどね―――」
 マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)の二人がそうして話し込むのを、カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)は少し離れたところでその様子を眺めていた。
「あなた達も大変ね、特命だって?」
「うーん、そんなに大変じゃない……わけじゃないかも」
「なによ、それ。何かあるの?」
「シャワーがね、ないんだよ。水は貴重品だからって、だから布で体をごしごし拭いておしまい」
「うっ、それは大変かも。そっか、そっちは頼めばなんでもくるってわけじゃないものね」
 任務のためパラ実分校に身を置くマリーとカナリーに、物資を輸送するのはこれが始めてではなく、三回目となる。パラ実が勝手に作った分校まで運ぶのではなく、その途中、探検隊が安全確保している地域内で物資を引き渡していた。運ぶのは食料に水、あとは若干の衣類や医薬品なんかもある。彼らにとってはまさに命綱だろう。
 これについては色々と激しい調整が行われているらしい。エリーズはその辺りに首を突っ込んでいないし、またレジーヌがこうして報告を受けている内容に耳をそばだてたりもしない。気になる部分があるとすれば、奇妙なアフロ姿のマリーがレジーヌに妙なちょっかいを出さないかどうか、ぐらいだ。
「体を洗う水よりも、飲み水の方が大事だもんね」
「それはわかるけど、でもやっぱりそんな生活は嫌よ」
「でも、面白い部分もいっぱいあるんだよ。えっとね」
「探してまで報告してくれなくていいって。あ、話し合いも終わったみたい。それじゃ、任務頑張ってね」
「あ、うん。そっちもね」
「ええ、もちろんよ」
 ひらひらと手を振ってみせて、エリーズはレジーヌの方へと駆け寄っていく。その先には、今まで見たこともない大量の物資がある。もちろん、あれはこちらが引き取るものではない。あれだけあれば、体を洗うのにちょっと水を拝借しても誰も怒らないだろう。
「待たせたわね。それにても、本隊はいいわねぇ」
 冗談っぽくマリーが言いつつ、彼らが立ち去るのを見送った。あの大量の物資は、新たに遺跡を調査するのに必要な資材と食料だという。なんでも、新たなギフトがある場所がわかったとかわからなかったとか。
「もう隠れるのこれぐらいでいいっすか?」
 ひょこっと草むらから、泉 椿(いずみ・つばき)が顔を出す。
「あら、こらえ性が無いんじゃないの?」
「つーか、別に隠れる意味ないよ。これで三回目だけど、誰も襲ってこないし」
「油断したところを狙うのは、常套手段じゃないの」
 同じく身を隠していた緋月・西園(ひづき・にしぞの)が姿を現す。
「けど、ブラッディ・ディバインだっけ。あいつら、あたし達よりも恵まれた生活でもしてんのかな? せっかく、引渡しの日程とかそれっぽく流してるのに全然食いつかないし」
「案外、ニルヴァーナ人の遺跡を見つけて、そこでまだ食べれる缶詰とか大量に見つけたのかもしれないわね。地下遺跡って、結構そのまま残っているところもあるって話じゃない」
「うーん、あたしら給食委員が食料の輸送と配給に苦労してるってのにけしからん!」
 給食委員とは、マリーがパラ実分校内で作った委員会だ。食料の輸送と配給を一手に引き受けている。現在稼動しているたった一つの学校らしい組織である。
「ただの冗談よ。どんな生活してるかは、あとで本人にでも聞いてみましょ。最近、私達のところで目撃もあるみたいだし、うまくすれば捕虜にできるかもしれないわよ」
「人の学校の周りをうろうろするとは、何かあるのかな?」
「ギフトがあるかもしれない、って話よ。色々面白い噂も聞けたし、早く戻ってみんなに教えてあげないとね。ただし、大事な物資はないがしろにしないように」
「あいあいさー。荷物を飛空艇に積み込んでくるので、警戒よろしく」
 


 マリーらが見た輸送部隊が過剰なまでに大量の物資を運んでいたのには、調査だけが目的でない理由があった。インテグラルがパラ実分校が建設された遺跡に向かっているのが確認されており、それをなんとかしなければならないからだ。
 途中までは目的地が一緒ということで、調査隊と対インテグラル部隊は移動を共にしていた。大量に持ち込まれる医薬品や、持ち込むにはかさばる医療器具があるのは、そのインテグラルがそれだけ危険な相手として認識されているからだろう。物資全般の責任者になっている少佐こと長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)自身が一度、その身をもってインテグラルと対面したのも、徹底した準備の理由の一つであることは否定できなかった。
「空気を循環させる機能があるんですか」
「宇宙で使う事を前提にしましたからね。激しい運動をしても、この装置だけで三日は呼吸には困りませんよ」
 移動部隊の車両から四番目、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)とアルベリッヒは一枚の大きな紙を一緒に眺めながら、話し込んでいた。アルベリッヒが着ていたパワードスーツの分析結果資料のうちの一つである。睡蓮の提案で行っているパワードスーツの調査結果だ。それを持って、指揮を行う車両に同乗しアルベリッヒから説明を受けながらおかしな部分を探しているのだが、今のところパワードスーツからは異常な何かは見つかってはいない。むしろ、技術者としての興味心から、色々と細かい部分についての話しばかりになってしまっている。
 そんな二人の様子に、少佐は呆れたような、あるいは疲れたような視線を時折向ける。その視線が外れると、じっと静かに佇む鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が少佐の視界に入り込む。護衛の役割もかねて一緒に乗っているわけだが、そのおかげで車内がとても狭くなっていた。
「改めて調べてみると、随分とピーキーな調整のパワードスーツですね。まともに扱えるようになるまで、かなり訓練する必要があるでしょう?」
「設計思想の根本が違いますからね。性能をセーブして誰でも使えるものが喜ばれるのは、大軍を扱える側です。少数であると自覚しているのであれば、汎用性を犠牲にしても尖ったものにしなければなりませんから」
「その考えはわかりますけど、それだとただでさえ少ない戦力がさらに絞り込まれて、数えるぐらいなりませんか?」
「そこは裏技というか、なんというか。個人のスペックを鑑みて、それぞれ個別に調整していくんですよ。ですので、上手い事誰かを捕虜にできれば、その違いを確認することもできるでしょうね。道具に合わせるのではなく、道具を合わせればそういった部分は欠点にんはなりませんよ。手間は、かまってしまいますけどね。その辺りは、トレードオフな部分でしょう」
「となると、全部が全部専用機扱いというわけですか」
「そこまで調整されているのはほんの僅かでしょうね。元々の母体が母体なので、個人個人で調節になっていまして、細かいところまではなんとも」
「ブラッディ・ディバインはもともとは、兵器開発を行っていたんだったな」
 話しを黙って聞いていた少佐が、静かに会話に入ってくる。
「ええ、ですので或いは、私が知らない間に革新的な技術が産まれてしまっているかもしれませんね。可能性はかなり低いでしょうけれども」
「革新的な技術ですか。口でいうのは容易いですけど、実際そういう発見というものはあとどれぐらい残っているんでしょうね」
 技術の発展は日進月歩だ。だが、基本は既存の技術の改良発展が主である。研究者だけではなく誰もが度肝を抜くような新説や新発見というのは、それこそ時代が変わるのと同じぐらいの大変化だ。このニルヴァーナへの遠征が、そのきっかけになるだろうか。
 しばらく進んだところで、車が停止した。外から窓を叩く音がして、少佐が窓をあける。
 外に立っていたのは、アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)であった。
 車から降りようとした少佐を手で制止する。
「ここからは別行動になりますね。お気をつけて」
「そちらこそ、十分に注意してくれ」
 挨拶はそれだけで、すぐにアイリスはその場から離れた。少佐達の乗る車もすぐに走り出す。
「わざわざ挨拶するっていうから、何か話すことがあるかと思ったんだけどな」
 走り去る車を少し離れた場所から見送っていた、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)がアイリスに声をかけた。
「長話をしたら、スケジュールが狂っちゃうよ。過保護なぐらいに色々用意してもらったから、何か言おうとは思ってたんだけど、思ったよりも今回は危険なのかもって思いなおしたよ」
 インテグラルの危険性については、ブリーフィングでアイリスは情報としては理解している。それは、クリストファーも同じ程度には理解しているだろう。ただ、前回は調査を行っている最中の遭遇戦であり、一部の部隊が出会い頭に攻撃を受けて混乱していたし、戦闘を担当する部隊は調査の兼ね合いもあって広く分散していたという側面もある。
 対して今回は、相手を補足した状態で準備を整えての迎撃だ。その中には非戦闘員はいないし、覚悟も最初から決まっている。状況だけを見ると、どちらに分があるかは明らかだ。だが、少佐の目はそれをわかった上でなお、真剣なものであった。
「もしかしたら負けるかもしれない、そんな風に思っちゃったよ」
「らしくない発言だね」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の言葉に、アイリスは苦笑を返した。この段階での漠然とした不安は、迎撃予定地点に到達した時にインテグラルの気配を感じたときによりはっきりとしたものになるのだが、今はまだただの予感にもならないようなものでしかなかった。
「それより、瀬蓮は元気なんだよね?」
「うん」
 そう返すアイリスに、これといって気になるような部分は無い。
「そっか、だったら帰ったら瀬蓮も交えてお茶しよう、欧州での暮らしの事も聞きたいしね」
「いいね。楽しみだよ」
「だったら、必ず帰らないといけないね」
「もちろんだよ」
 かくして、彼らはそれぞれの決戦の地へと向かう。