校長室
リアクション
● 「どう? 動きそう?」 「回路そのものは生きているようですが、どうやら強制休眠モードに入っているようです。このギフト自体がある種の生物と同じ意思を有しています。それを目覚めさせないことには……」 夏來香菜の投げかけた言葉に答えたのは、技術者としてチームに参加していた久我 浩一(くが・こういち)だった。彼はなにやら複雑そうなコードやモニタを青い球体が鎮座されている台座の制御卓に繋ぎ、キーボードを叩いている。モニタに映る様々な情報画像は香菜にはとうてい理解できないものだったが、浩一はそれを分かりやすくかみ砕いて教えてくれた。 「つまり、ギフトの意思そのものに呼びかけないといけないということですね?」 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が確認を込めて問いかける。 浩一は深く頷いてみせた。 「つっても、話しかけることなんて出来るのかよ? 眠ってんだろ?」 疑わしげに聞いたのはザカコのパートナーである強盗 ヘル(ごうとう・へる)だった。彼は獣人と見紛うような狼のきぐるみを着たゆる族だ。その鋭い目つきが浩一をじっと見つめるが、浩一は柔和にほほ笑んでみせた。 「アクセスは可能ですよ。あとはこちらの意思にどう応えてくれるか次第です。では――」 浩一はそう言って、再び制御卓に複雑な操作を施した。 すると、青き球体が次第に輝きを増す。やがてそれは甲高い音を立て、脈動する心臓のような鼓動の光を発し始めた。 無言で仲間たちを振り返る浩一。その表情は、アクセスに成功したことを伝えていた。あとはこちらがどう対話を試みるか。それ次第である。 「聞こえますか?」 前に進み出たザカコが、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「突然やってきて、あなたの眠りを邪魔してしまってすみません」 それを邪魔する者はいない。ザカコは皆の意思を代弁しているのだ。むろん、自分の意思さえも。それを真摯に言葉にすることが、彼がいま抱く自分の役目だった。 「今の自分たちには仲間を守る力が必要です……どうか貴方の力を貸していただきたい」 しかし―― 「…………ダメです。反応がありません」 「…………」 そもそもギフトは耳を貸すほどの状態にないようだった。深い眠りに入っている彼(彼女)を呼び起こすのは至難の業だ。 どうすれば? と、ザカコたちは目を伏せるようにして頭を悩ませた。 すると―― 「ねえ、これって何かしら?」 制御卓の台座にしゃがみこんで、ふと声をあげたのはエルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)だった。 「なにか文字が書いてあるわよ?」 「文字……?」 「あ、あぶないよ−、エル。知らないものに触れたら……」 訝しげなザカコたちの後ろに隠れるようにして、彼女のパートナーのペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)が言う。怖がりな白モモンガのゆる族は、ぷるぷると震えていた。 「何が恐いものなんてあるもんですか。もしかしたらヒントになることかもしれないでしょ。ギフトさんに呼びかけるための」 そう言って彼女は気丈にも恐れることなくその台座の文字に触れ、読み上げた。 「――クジラ……船長……?」 一瞬、仲間たちは何のことか分からなかった。 しかし、エルサーラの友人であり、ともに探索チームへと参加していた雪 汐月(すすぎ・しづく)が、ふと声を漏らした。 「クジラ船長……さん……?」 感情の起伏に乏しい、どこか儚げな少女の静かな言葉。 それが紡がれたとき――青き球体はわずかに光を増したような気がした。そう、まるで、彼女の言葉に応えるように。 「汐月、もしかしてこれは……」 彼女の隣にいたパートナーのカレヴィ・キウル(かれぶぃ・きうる)が、驚いたように言う。 それは、決してカレヴィだけが気づいたことではなかった。彼が周囲を見ると、仲間たちも同じような表情を浮かべ、彼と顔を見合わせる。 『もしもこのギフトに船長がいたら、どんな人だろうか?』 探索中にそんな話をしていたのをカルヴィは思い出した。汐月とエルサーラの冗談だと思っていたが、まさか本当に? 汐月がゆっくりと球体に近づいていく。 「クジラ船長さん……」 その名を呼びかけると、やはり球体は鼓動の音を鳴らした。 「浩一……」 それを見つめてから、浩一のパートナー、希龍 千里(きりゅう・ちさと)が彼に呆然とするような声で呼びかけた。 浩一はしかと頷く。球体は応えているのだ。こちらの声に。こちらの呼びかけに。 千里は前に進み出て、球体はこれまでのことを話した。いま、何が起こっているのか、何が始まろうとしているのか。ニルヴァーナ人たちのこと、自分たちの世界の危機。そして外の脅威。イレイザー、インテグラルのことも。 その上で、彼女は懇願する。 「彼らの献身に、私は報いたい。パラミタやこの地、友がいる地を守る為にも」 彼女は、必死で願い、伝えた。 「だから、力を貸して欲しい!」 球体は呼応する。人語を理解しているのかは分からない。しかし、確かに反応はある。 千里たちはそれによって同時に、彼が涙を流しているような、そんな気もした。それはなぜだろう? ふと――仲間たちは周りの様子を見つめた。そこにはなにもない。何も存在していない。かつては存在していたであろうものが、なにも……。 「自分……寂しかったんか……?」 球体をじっと見つめながら、そう呼びかけたのは七刀 切(しちとう・きり)だった。何もない司令室の光景を見た時、彼は思ったのだ。もしも自分がここでただ一人、ずっと眠りについていたならば、それはきっと――すごく哀しいことだと。 「切……」 仲間たちの声。切は静かに、思いを素直に口にしていた。 「このクジラ型ギフトが……何を目的とされていたのか、何のために存在していたのか……そんなこと、ワイにはまったく分からへん。でも……」 ぎゅっと、唇を噛みしめる。 「こいつは、黒い月の種子からワイらを守ってくれた。それだけは、分かってることや。ワイにとっては……それだけで十分や」 切は俯けるようにしていた顔を持ち上げる。黒曜石の瞳に、青い球体の鼓動が映った。 「だから、ワイはこいつと友達になりたい! ワイらと友達になろうぜ! ……クジラ船長! そして全部そこから始めよう! また、ここから……!」 「そうだ。そろそろ、眠りから覚めても良い頃だろう?」 切の横に並んで、パートナーの黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が呼びかけた。 「貴様が何に価値を見出すか我は分からない……だが、我は貴様との絆に価値を見出したい。我だけではない。ここにいる全員が、そう願っている」 定められたものだけではない、意思。それを願い、それを求めて、自分たちはここに来たのかもしれないと、音穏は思った。ともに進むのであれば、絆はまた生まれるはずだ。ここにあったはずの……心に形を生むものが。 「力を貸してくれ『友』よ……!」 瞬間。 青き球体は輝く光を放った。脈動が激しくなる。そして同時に、雄叫びか、あるいは泣き声か。ただ、誰かが口にする音があった。 そしてギフトは眠りから覚める。薄暗かった司令室に明かりが戻り、各部モニタと制御卓が稼働を始めた。 ● |
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