空京

校長室

創世の絆 第二回

リアクション公開中!

創世の絆 第二回

リアクション


西の遺跡にて・2

 インテグラルが向かっているのは、パラ実分校と称される一団が集まっている地区である。名前の通り、そこに集まっているのはパラ実の関係者が多かったが、それ一色というわけでもなかった。なんでも受け入れるという体質なのか体制なのか、ともあれ今回のインテグラル討伐戦において、彼らもまた無視できない立場となっていた。そのインテグラルが、どうやらここに向かっているらしいというのである。
 最初に噂があって、そのうちに探検隊から連絡が入って確認のとれた事実になって、今はその対策のために探検隊の人間を受けれいれてと、ただでさえてんやわんやな一団は、今日に至ってはお祭りのような状態になっていた。お祭りにはなっても、暴動も混乱もないのは誰かの流した噂のおかげなのだが、それについて深く言及する必要もないだろう。
「……というわけで、待ち伏せするならこの地点が一番だな。というか、ここが最終防衛ラインだろ、これ以上進まれたら大人数を運用できるような広さが無いからな」
 分校から、国頭 武尊(くにがみ・たける)は今日まで集めた遺跡と、その周辺の情報をあっさり提示した。隠し立てするほどのものが見つかってないのもあるが、なによりせっかくつくった分校を破壊されたくないという思い故である。
「そうですね、できれば最初の一撃で決めてしまいたいところですが……」
 手製の地図を眺めながら、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が難しい顔で言う。
「インテグラルには未知の部分が多い。戦ってみないとわからないのだよ」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は表情に何かを見せずに言う。インテグラルの脅威については、先日戦闘した契約者でも意見が一致しなかったりする部分が少なくない。インテグラルの撒き散らす何かによって、精神状態がまともなままであった人間の方が少ないのだ。人によっては、その容姿すらまともに見えていなかったという。
 そんな状況でも撤退がなんとかなったのは、その場にいた全員が訓練なりなんなりで危険への対処方を知ったり体験していたりしたからだろう。これがもし、普通の人が暮らす町にでも現れたら、恐らくインテグラルそのものの被害よりも恐慌によって起こる暴動によって多くの犠牲者が出るだろう。
「危険な相手とは言っても、相手は一人です。さすがに、全員でかかるわけにはいかないでしょうね」
「仲間同士が邪魔になって、むしろ無双されるだろうな。誤射の危険も十分にある」
「百対一だとしても、実際には百のパワーを叩きつけるわけにはいかねぇもんな。はぁ、合体でもできりゃ楽なんだろうな」
 実際には、教導団の下士官を含めると動員兵力は百を超えるのだが、実際にその全員が一度に攻撃などはできるわけもない。
「実践レベルで連携がとれ、かつ死兵を出さないよう部隊を分散配置する……か、あまり時間がない状況では、難問だろうな」
「とはいえ、やるしかないですね」
 部隊の編成については、探検隊はある程度は用意してあり、パラ実側も前もって通達はされている。それを地形や状況に嵌めていく作業はこれから行うことになる。
 部隊の編纂を指示しつつ、議題は撤退のタイミングについてに移って行った。
 これは、どの程度でパラ実を放棄するか、という話でもあるため、武尊はかなり食い下がった。最終的には、パラ実分校を放棄せざるえない場合、一時的に探検隊で身元を保護するという形でなんとか撤退についての方針が固まった。
「え、殿をアイリスおねえちゃんがするの?」
 このときまで、アイリスの傍らでじっとしていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が驚きの声をあげる。
「他に、適任者がいない」
「でも、殿って一番危なくって、それにインテグラルってすごく強くて危険なんですよね。それじゃあ」
 ヴァーナーが不安がるのも当然な話だろう。この会議では、ことさらインテグラルの危険について入念な説明がなされていた。パラ実側に戦闘経験者がいない為である。それを聞いて、さらに自分たちが負けたあとにアイリスが最後に残すというのだ。
「そうだね、僕が残るのが妥当だと思うよ」
 ヴァーナーの言葉をさえぎって、アイリスが頷く。
「でも、でも―――」
 まだ続けようとするヴァーナーの服を、くいっとセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が引っ張った。ヴァーナーの視線がセツカに向くのを見計らって立ち上がる。
「その殿に、私も参加してもよろしいですわよね?」
「ああ、だが撤退するまで待機できるわけでもないとは思うが」
「構いませんわ」
 呆気に取られているヴァーナーを座らせると、セツカは小声で話しかける。
「これで、ずっとアイリスさんのそばにいられますわね」
 朗らかな笑みをみせる。
「え、うん、そうだね」
 呆気にとられたヴァーナーはそう答えるしかできなかった。
(心配なさらずとも、この私の覚悟をもってすればインテグラルなど恐れるほどでもありません。きっと土下座させてみせましょう)
 そんな二人の様子を見ていたのか、二人にそんなテレパシーを送ってくるのはセリヌンティウスその人である。そういえば、口は無いから声がでないのは理解できるが、耳も目も無い状態でどうやって会議の状況を把握しているのだろうか。
 その後の会議は淡々と進み、各自必要な準備や伝達に足早に行動を始めた。そのうちの一人が猫井 又吉(ねこい・またきち)で、走ってこの日の為にかき集めた舎弟に向かう。
「よーし、てめぇら! わかってねぇと思うが、説明している時間もねぇ! とにかく穴掘るぞ、穴だ。でっけぇ落とし穴掘ってやるぜ!」
 又吉の言葉に、うおおと応え、インテグラルに洗礼を与える一団が出立した。



「ぬああああああ、指を食われましたぁぁぁっ!」
 なんだかよくわからない怒号と共に、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が洞窟の奥から飛び出してきた。
「透玻様、下がってください」
 状況が読み込めないまま、璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)がとっさに透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)の前に出て構えた。
 ちゃんと前を見ていないのか、ルイは止まらない。「あ、そっちは」そう零した透玻が何かする暇もなく、ルイは全身で壁に突撃した。それなりの振動はあったが、遺跡が崩壊するまでにはならなかった。
 壁に激突して止まってくれたおかげで、謎の黒い影であったのがルイであった事が周囲の探索チームに周知される。呆れたようなため息と共に、一瞬の緊張感はどこかへ消え去った。
「指を食べられたとか言っておったな」
 あの場にて、ルイの声をはっきと聞いていた人間は稀だ。透玻はその稀な一人で、そろりそろりと壁にめり込んだままのルイに近づく。
「なんだ、指はあるではないか……。ん? なんだこの、妙なものは、生きておるようだな」
 ルイの指はしっかりと繋がっていたが、さらにその先にも何かが繋がっていた。というより、ひっかかっていた。暗がりでぼんやりと光る突起物を持った、えびのような生き物だ。細い手から伸びたハサミはとても鋭利で、ルイの指先を挟んで出血させている。体は蛇のように長いが、ちゃんと甲殻らしきもので覆われている。
「暗闇でね、何かひかってるって近づいてみたら、穴から飛び出してきたんだよ」
 あとから追いついて、少し息を弾ませているシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)に事情を聞くと、そう説明した。
「頭の光る突起物で、獲物をおびき寄せてるんでしょうね。虫などを餌にしていたのでしょうか?」
「私はこんなわきゃわきゃしたものより、もっとモフモフした生き物の方が好みだな」
「好みと申されましても……しかし、生き物がいるという事は、注意しつつ探索を進めないといけませんね」
 ルイの指先すらも鍛えられた体だからこそ、この生物の鋭利なハサミは途中で止まっているが、透玻の細い指では切り落とされてしまうかもしれない。自ら光っているので、この生き物そのものは危険性は低いだろうが、この遺跡は肉食の生物が生きていける程度には多様性があるのだろう。
「よくみると、うっすらと光ってる部分って結構あるじゃん」
 トゥーカァ・ルースラント(とぅーかぁ・るーすらんと)は、手持ちのライトを切ってみせると、確かにぼんやりとした光を放っている部分がちらほらとある。
「この遺跡の本来の姿は、暗闇なのだな」
 クドラク・ヴォルフ(くどらく・うぉるふ)は注意深く周囲に視線をめぐらしていく。
 パラ実分校が作られた遺跡は、最初とても狭く小さいものだと思われていた。それが、一部の崩落と共に、かなりの広さを持っていると再認識され、周囲の調査の結果いくつもの入り口が発見された。
 もともと、ブラッディ・ディバインの目撃情報があり、アルベリッヒの発言もあって注意はされていたが、本当に何かがあるという確信は無かった。それは現在も確信とまではいってないが、何かを隠しておくには十分な広さと迷路を備えている。
「どうする? この辺りのを全部駆除しておくべきかな?」
「そんなに危なくないし、ほっとけばいいじゃん? それよりトゥーカァはギフトが見たいじゃん。さっきから行き止まりばっかりだし、どんどん進むべきっしょ」
 ルイはすぐさま叩き起こされ、探索は再開された。
 これから少しして、彼らの見つけた生物が縦横無尽に巣穴を掘っているせいで、この遺跡が非常に脆いものになっていることが判明する。そこかしこでの崩落などの原因の一端は、その生き物にあるのである。その代償なのかどうかはわからないが、食べるとエビのような食感と味がおいしいことも判明した。



 暗闇の支配する遺跡の中に、一瞬の閃光が走る。これがカメラのフラッシュであれば眩しいと一言で済むのだが、パワードスーツから放たれたレーザーである。そのほとんどは、岩壁を削るか抉るかして消えていく。
「ごめんなさい、私がもっと早く気付ければ」
「そんな事ないさ。先手を撃たれなかったんだ。警戒担当としての役割はちゃんとこなしてる」
 及川 翠(おいかわ・みどり)が敵意を感知したのは、今よりほんの少し前。目視するよりも前に敵を見つけられれば、それだけ安全は確保される。察知は正確で、暗闇に溶け込んではいるものの、特徴的な黒いパワードスーツは、ブラッディ・ディバインが好んで利用するものと外見的特長が一致している。
「先制攻撃しないって決めたのは俺だ。もしも怒られるんなら、俺ですな。それより、回り込んでくる奴がいないか警戒を続けてくれ」
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)に視線を向ける。しっかりと頷いて返された。ミリアは、遭遇と同時に攻撃された状況でもしっかりしているようだ。彼女の事は任せてもいいだろうとアルクラントは判断する。
「伏せるのじゃ!」
 神凪 深月(かんなぎ・みづき)の声とほぼ同時に、強い閃光が洞窟を満たす。インフィニティ印の信号弾が炸裂したのだ。瞳孔が開いている暗闇の洞窟の中では、文字通りに視界を焼く凶器だ。
「よし、聞いておるぞ」
 強い光そのものは、パワードスーツの機能で遮断される。しかし、僅かな光を拾えるようにしていたメインカメラは真っ白あるいは真っ赤にでもなったか、見るからに相手の動きが悪くなった。
「このまま一気に仕留めるか?」
「いや、撤退するべきですな。足止めしつつさがろう、このまま下がれば道がいくつも交差してるから、逃げ切るのは難しくない」
 平 将門(たいらの・まさかど)の提案を、アルクラントは受け入れなかった。
 敵はパワードスーツで武装した四人組だ。出会い頭の攻防から、向こうの方が統率が取れているのをひしひしと感じている。それに、防御力のあるパワードスーツを叩くには、遠距離からの攻撃は不向きだった。下手に威力のある魔法や武器を使えば、遺跡が崩れて自分たちもまとめて下敷きになる可能性が高い。
「生身で来てくれたらもう少し楽だったんだけどな」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)が命令される前に、最後尾に立つ。もとより殿を務めるのは予定のうちなのだ。
「暗視機能だけでなく、他にも調査に便利な機能があって、さらに戦闘力もある。パワードスーツを着る利点ばかりですから仕方ありませんね。一番最後尾は私にお任せください」
 和深の一歩前に、さっと上守 流(かみもり・ながれ)が回り込む。
「おい、殿は俺がやるって」
「いえいえ、部隊の最後尾が殿ですから和深は殿をしております。私はさらに最後尾をもらいたいと申しているのです」
「だから、俺が殿だって言ってんだろ!」
「どっちが一番後ろでもいいから、取りあえず頭さげてよ」
 シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は二人をぐいっと引っ張って、物陰に隠れさせる。
「っち、わかったよ。一番後ろがそんなに欲しいなら譲ってやる」
 流の目を見て、何を言っても無駄と理解した和深は渋々承諾した。
「話は決まったね」
 二人の返事を聞き、アルクラントに視線で合図を送る。比較的経験の浅い契約者で結成された探索チーム【桜探検団】は、この場面でその真価を問われる形になったのである。
「こっちだ。間違えたら未探索地点で迷子になるぜ…」
 銃型HCによるマッピングを行っていた村雲 庚(むらくも・かのえ)が撤退路を決め進んでいく。普段通りというか、落ち着いた様子だ。
「うん、大丈夫。敵の姿は見えないよ」
 暗視できる壬 ハル(みずのえ・はる)の報告。幸いなことに、回り込んだり包囲されたりはしていないようだった。
「真っ暗闇ってのも困り者だね」
 敵意を感知して、策敵を行い敵の接近を前もってわかっていても、相手の確認ができるまでは攻撃はできない。探検隊が部隊単位で探索を行っているため味方に攻撃してしまう危険があるのだ。敵意は必ずしも方向性を持っているとは限らず、近づく音や気配を感じたら誰だって警戒態勢を取るのが常なのだから。
 その為今回は、お互いに相手の姿を確認したのちに銃撃戦になった。向こうもこちらも事情は一緒である。
「きゃぁっ!」
 背後から聞こえた悲鳴に、二人は振り返る。
 パワードスーツの機動性にかけて、無理に殿の三人を突破した敵が、こちらの中央に食い込んできていた。
「よっと!」
 そこに、割って入る影。
「やれやれ、できれば僕は出番がない方が良かったんだけれどねぇ」
 永井 託(ながい・たく)は不意打ちで、敵を下がらせることに成功した。とはいえ、殿部隊を挟み撃ちにできる位置だ。押し返さないと邪魔で仕方ない。
「大丈夫? 怪我してない?」
 アイリス・レイ(あいりす・れい)が襲われた翠に声をかける。かすり傷の一つも受けてなかった。
「ここは僕に任せてみんなは脱出して欲しいなぁ……と言いたいところなんだけれど、ちょっと厳しいなぁ」
 パワードスーツはやはり厄介で、レーザーブレードを打ち返した託の手は少し痺れていた。誰かの言ではないが、生身であったならば全然状況は違っていただろう。これが四体、さすがに手におえないか。
「せめてもう少し広ければねぇ、足を使う余裕もあるんだけどなぁ」
 愚痴りつつも、自ら進んで前に出る。ひとまず押し込んで、そのうえで一気に離脱を図りたい。こいつを押し返せれば、足が止まっている殿部隊だけが問題になる。
「リーダー、とりあえずうまくやってみせるからさ、任せてくれるかなぁ?」
 了解は取らずに無理やりおして、殿の方へと向かう。
 アルクラントらが安全圏にまで撤退するのを確認し、殿の四人は先ほどよりかは僅かに余裕を持って敵と戦う事ができた。あとは自分たちが撤退できれば完璧なのだが、これが中々難しい問題となっていた。相手と同数だから一人で一人を相手にといきたいところだが、相手のコンビネーションの方がうまく中々懐には入り込めない。
 決定打に欠く戦闘は、それほど長くは続かなかった。アルクラントが呼んだにしては早すぎる救援がやってきたからだ。たまたま近くで戦闘音を聞き、駆けつけたのだという。増援が来たのを察したブラッディ・ディバインは、即座に撤退していった。救援部隊が追撃をかけるも、どうやら地理は向こうが上らしく深入りを避けるためにすぐに追撃は打ち切られた。
 ブラッディ・ディバインとの最初の遭遇戦は、桜探検団によってもたらされたのである。