空京

校長室

創世の絆 第二回

リアクション公開中!

創世の絆 第二回

リアクション


西の遺跡にて・7

「この先ですな。四人、さっき撤退した二人と合流したのでしょうな」
「了解した、かき回します」
 甲賀 三郎(こうが・さぶろう)は駆ける足を止めず、加速して曲がり角へと駆け込んでいく。壁に追突するような出現は相手も予想外だったらしく、ブラッディ・ディバインのレーザーは発光しただけで実害はなかった。
「無茶しますな、と、追加で一、反対側」
「そっちは僕に任せて」
 本山 梅慶(もとやま・ばいけい)に、間髪いれずにトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が返して飛び出す。
「やっぱりアレが主力部隊か、これなら突破するぐらいなら!」
 黒いパワードスーツが一人、パワードスーツは脅威であっても中身の人間の強さはまちまちだ。この場に居るという事は、そこまで強くないと邪推もできる。
 レーザーを掻い潜って近づくと、相手は慌ててレーザーブレードを起動させるが対応が遅い。龍金棒で胸を一度突き、バランスを崩したところで額を殴打。いくら装甲があつくても、衝撃を完全に殺せはしない。
「道はこっちでいいんだよな?」
 振り返ると、三郎の方も片付いていた。
「どっちからでも繋がってるけど、そっちの方が近道だねぇ」
 ワーンズワイス・エルク(わーんずわいす・えるく)はこの部隊、龍雷連隊で地図を作るなどの調査を担当していた。未だに他のほとんどの隊員は地図が無ければ迷う遺跡を、暗記できているのは彼ぐらいなものだ。
「よし、急ごう」
「……あ」
 駆け出そうとしたトマスを、コールリッジ・ネリィ(こーるりっじ・ねりぃ)が呼び止める。
「何か気になることでもあるの?」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が尋ねる。
「そちらから一人だけ来たのが気になりますね。向こうも地図ぐらいあるはずでしょう。遅れて一人、何かあるかも」
 コールリッジの言いたい事を、ワーンズワイスが代弁する。
「何か細工がしてあるかもしれないってことね」
「回り道をしたら、どれぐらいのロスになる?」
 トマスは一瞬考え、そう尋ねた。
「この速度で行くなら、三分から五分でしょうねぇ。何もなければ」
「よし、回り道をしよう。こっちのルートはたぶん、何かある」
「捕虜はどうします?」
 と、三郎。
「そっちは、先輩に任せるよ。情報を聞き出すのに、大勢は必要ないだろ」

「ちょっと−! いつになったら戦闘が終わるのでありますか! お家に帰りたいであります! あぎゃー!」
 叫ぶ声の主は、シュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)だ。ただいま絶賛戦闘中である。
「やられたら修理の時に敵のデータを解析してあげますぅ」
「それ、なんの慰めにも応援にもなってないでありますよー! やられろって事でありますか!」
「原因追求のために調査は必要ですぅ。飛行機事故の調査と一緒ですぅ♪」
「なんで嬉しそうなんでありますか!」
 イルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)は身を隠しながら、戦闘の記録を継続中。まともな戦闘になったのは久しぶりだ。できる限り情報を集めておけば、今後の役にも立つというもの。その為の人身御供も必要ならば立てるのが勤めである。積極的にではないが、事故というものはいつだってすぐ近くにあるものだ。
 二人が冗談みたいなやりとりができるのは、実際にはいくらかの余裕があるからだ。この場には、二人の他に松平 岩造(まつだいら・がんぞう)の指揮する二十の歩兵部隊があり、それらは岩造の指揮によって十全の働きを見せている。
「しぶといな、何人か横を抜けさせたのは正解だったか」
 ブラッディ・ディバインは岩造らを進軍させないように壁を作っている。その隙間を、トマスらに縫わせて進ませたが、それは背後をつくためではなく救援に対応するためだ。背後をとっての挟撃による誘惑もあったが、救援をしている仲間を目の前の手柄のために無視はできない。それに、現状でも十分こちらに軍配がある。
 空間が狭いために、若干戦い辛いところはあるものの、敵陣を食い破るのは時間の問題だった。
「時間の問題とはいえ、早く済むなら早い方がよいでござろう」
「そう思うか。俺もそう思う」
 武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)と視線で次の動きを確認すると、二人はそのまま前へと躍り出る。後ろで指揮するのもいいが、やはり体を動かさなければ物足りない。
 
 

「……時間ですね」
 パラ実分校の、食堂かっこ仮は閑散としていた。調査と調査の合間の休憩や準備のために、僅かばかりの人の姿がある程度である。
 そんな中に、桃幻水で女生徒に化けた高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)の姿があった。
「時間?」
 即席の椅子とテーブルを挟んだ斜め向かい側に座る硯 爽麻(すずり・そうま)が、独り言を耳にして尋ねた。爽麻はつい先ほど探索から戻ってきたばかりで、同じ調査チームの弁天屋 菊(べんてんや・きく)とお菓子をつまみながら、次の調査の打ち合わせの最中だった。打ち合わせといっても、次は西にいこうか東にいこうか、といった簡単なもので、綿密に行動を考えるものではない。休憩の方便みたいなものだ。
「ええ、そろそろ予定だなって思いまして……」
 玄秀は少し身を乗り出して、爽麻の瞳を覗き込む。
 そんな二人の様子を、菊は横目で見ていた。あれ、と思ったのは玄秀が化けた女生徒に全く見覚えが無かったことだ。菊らが戻ってきた時には、彼女の姿はあっただろうか。食道かっこ仮には席は多くある。食事時ではないから、空いている席はたくさんあるのに何で彼女はわざわざこんな近くに座っているのだろうか。
「おい、離れろ!」
 違和感が、本格的にヤバイ気配になる少し前に菊はとっさに声をあげた。
「残念、遅かったですね」
 よっと、と玄秀はテーブルの上に座ると、片手を爽麻の額にあてる。倒れこみそうな彼女を片手で支えているようだ。爽麻は、空ろな目で意識がはっきりしていないように見える。
「てめぇ、なにしやがった!」
 菊が問いただす前に、カガリ グラニテス(かがり・ぐらにてす)が吠えて飛び掛ろうとする。
「おいっ……!」
 止めようとする前に、カガリの足が止まった。
 どこかに潜んでいたらしいティアン・メイ(てぃあん・めい)が、爽麻を盾にするように抱き上げ、獲物を首筋に当てている。
「爽麻を放しやがれ、さもないと―――」
「さもないと、どうするんですか? 血気盛んなのはいいけど、要求も聞かないってのはせっかち過ぎますよ。っと、そうそうその前に」
 玄秀は術を解いて本来の姿を見せる。女生徒の姿も悪くはないが、名前も顔も知れ渡っている本来の姿の法が、これから行う交渉には便利なのだ。
「ちっ、要求があるんなら言ってみな」
「いいの、要求なんて聞いて」
「要求を呑むとは言ってないだろ。さ、自分から胃袋の中に飛び込んできた理由を聞かせてもらおうか?」
 ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)に、カガリが無謀な事をしないよう見張るようにこっそりと耳打ちしながら、菊は玄秀に相対する。
「いい心がけですね。さて要求なんですが、とりあえずもう少し下がってください。飛びかかれる距離にいられると、心臓に悪いので。ええ、壁際にでも立ってくれれば、出ていけとは言いませんよ。それだと話しができませんからね」
「ふざけんな、てめぇ!」
 吠えるカガリをなだめつつ、要求に従って壁際まで移動する。
「それでは、改めまして。これから、この通信機にある方から連絡が入ります。その人はきっとあなた方に質問しますから、それに答えてあげてください。要求はそれだけです」
 ぽいっと投げてよこされた通信機を、菊は受け取った。
「何も連絡はないが?」
「んー、向こうが手間取ってるんだと思いますよ」
 テーブルの上に座る玄秀は隙だらけだが、人質の爽麻を抑えているティアンには隙がない。妙な動きをみせたら、躊躇しないだろう。それを感じ取っているから、カガリも不承不承今の状況を飲んでいる。
 何か手はないかと考えている最中に、突然通信機が反応した。
「どうぞ、気にせず出てあげてください」
 誰だかわからぬ通信相手に不安はあったが、これに出るのが要求だという。菊はこの通信機が爆発するんじゃないか、なんて考えながらも耳に当てた。
「おい、聞こえているか? 聞こえているなら名前を言ってくれ」
 通信機から聞こえてきたのは、長曽禰少佐の声だった。



 時間は少し巻き戻り―――。
 ギフト捜索のために臨時で作られた本部は、突如として各地点で攻勢を仕掛けてきたブラッディ・ディバインと、調査隊の状況確認によって慌しく怒号が飛び交っていた。
「到着して早速任務でありますか」
 追加の物資と人員を連れてきたジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)は、目下の喧騒に流されるようにして緊急の任務を受諾した。遺跡内部、それもかなり奥にまで進んだいくつかの部隊が救援を要請しているという。
「調査隊から地図を恵んでもらってきたぜ」
 ひらひらと、印刷された紙切れを見せびらかしながらパプディスト・クレベール(ぱぷでぃすと・くれべーる)が戻ってくる。まるで蟻の巣のように張り巡らされた通路ばかりの遺跡に、プーマ1号・クラウスマッファイ(ぷーまいちごう・くらうすまっふぁい)が、
「まるで蟻の巣のようであります」
 と見たまんまの感想を述べる。
「こりゃ、てこずるわけだ」
 パプディストの目からこの地図を見れば、調査が難航していると想像するのは難しくない。聞いた話では、今までも何度もブラッディ・ディバインのささやかな襲撃を受けていたという。
「昨日までの話は今いい。任務だ、これより戦闘状態に入った部隊の救援に向かう。恐らく敵の手によるものだが、無線は何らかの影響で使えない」
「片手おちですねぇ、妨害できるのなら前もってしておけば救援なんて呼ばれないで済んだはずですぅ」
 まだ原因が特定されていないので、何らかの影響と説明したがルノー ビーワンビス(るのー・びーわんびす)が言うように、ブラッディ・ディバインが妨害をしているのは明らかだ。
「大方、タイミングがずれたんだろ」
「その辺りはおいおい聞いてみればいい。作戦を説明する、この地点―――」
 すっとジャンヌが地図の一点を指差す。他の場所に比べて天井が高く、ドーム状となっている地点だ。調査隊にとっては、一旦ここで休憩してさらに奥へと進むポイントして利用されている。体育館とか、運動場とか呼び方に統一性は無い。
「分散している味方を、一旦ここまで下がらせます。追ってくるのなら、ここで迎撃、敵が追ってこないのならこの地点で部隊を再編し再度進行する予定になるであります」
「随分消極的でありますね」
「遺跡の地質や構造を研究している人もいるので、そういった人を保護するのが第一となります。先ほども言いましたが、通信機は使えない、テレパシーで交信できない部隊が四つあります。それら全てにこの作戦の趣旨を伝達、かつバラバラに動いて味方が取り残されるなんて事のないように行動の一致を促す。以上、何か質問は?」
「敵と遭遇した場合はどうするでありますか?」
「相手次第だけど、素通りはさせてくれないと推測されます。うちの隊ではルノーを中心した迎撃部隊で対処します。よろしいですか。ルノー隊はあくまで時間稼ぎ、伝令が伝わり次第撤退するものと考えて無理はしないよう勤めてください」
「了解ですぅ」
「他に質問は無いですね。各自二分以内に支度を整えなさい」

「黒豹大隊、全員出撃しましたわ」
 敬礼をしたアウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)が長曽禰少佐の背中に報告する。
「了解した。全員、出撃したのか?」
 振り返りながら、少佐は怪訝な表情をする。たった今報告をした、アウグストもその一人のはずだ。
「あたしは少佐の護衛ですわ。ですから、ここに居るのが出撃ですの」
「あ、ああ。そうか」
 少佐はそれだけいって、すぐにアウグストに背中を向けた。アウグストに対して、苦手とまではいかないが、どう接していいのかわからない部分があった。遠征隊という今回の任務の特性として、あまり個人個人に対する態度を変えるのはよろしくないと自身でも理解しているつもりだが、だからといって完璧にはなれないものである。
 そんな心情を悟ったのか、アルベリッヒは緊急事態ともいえるべき状況で、人の顔を見てにやにやとしている。ここ数日、監視をしているが子供っぽい部分が随分と目だっているように思う。ため息。
「ご安心くださいですわ。少佐の身も尻も、わたくしが完璧に守ってみせます」
 ため息をどういう風にとったのか、まだぴったり背後にいたアウグストがそう宣言した。
 果たしてこれが本音なのか、それとも緊張感を解こうとした冗談だったのか、少佐には判別がつかない。困る。そんな様子を見てとって、今にもアルベリッヒは噴出しそうだ。
「ひっ」
 今度は小さい悲鳴。お次は何だと、呆れながら少佐は振り返ると、アウグストのさらに背後に、ソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)が立っている。少佐の目からは死角だったが、アウグストの背中に碧血のカーマインが押し付けられており、その為アウグストは小さく両手をあげていた。
「少佐の後頭部をじっと見つめていないで、任務をしてください」
「ち、違うわよ、わたくしが見てたのはうなじで―――」
「どちらでも構いません。救援に隊が出払っているのはご理解してるでしょう、一人だって遊ばせてるわけにはいきません」
「遊びなんて酷い言い草ね。私は本気で」
「任務を放棄するつもりでしたか?」
 ソフィーが上手、というより武器で脅しているので勝敗は決していた。ずるずると引き摺られて、アウグストはどこかへと連れ去られていった。そう遠くは無いだろう、護衛が任務だというのは嘘ではないようだったし。
「何か楽しい事でもあったのか?」
「いえいえ、随分な人気者だと思いまして。いや、羨ましい限りですよ」
 アルベリッヒはそんな感じで、彼から緊迫感や違和感は感じない。ブラッディ・ディバインの攻勢について、何か噛んでいる様子はないが信用しきる材料もないので保留する。
「お飲み物をお持ちしました」
 二人の間に、月摘 怜奈(るとう・れな)が割って入ってそれぞれに紅茶の入ったカップを置いていく。支給の安物で香りも何もあったものではないが、水よりはマシとそんな代物である。
「ああ、助かる」
「大丈夫……でしょうか?」
 怜奈の問いに、少佐は大きく頷いてから、
「この程度の抵抗なら予想の範囲内だ。むしろ今までのこともあってこちらの気が緩んでないか心配したぐらいだが、それも問題無いだろう」
 と答えた。ブラッディ・ディバインが確認されている以上、遅かれ早かれぶつかるのは決まっていた事だ。もしかしたら、このような衝突になる前に彼らが諦めて撤退するかもとの予想はあったが、そうはならかっただけである。
「そうですか」
「ただ、無傷でとはいかないだろうな。負傷者の受け入れ準備を進めておくべきだろう」
 少佐は、一息に受け取った紅茶を飲み干した。味わって飲むようなものでもない。
 空になったカップを回収し、怜奈は杉田 玄白(すぎた・げんぱく)に負傷者の収容の手はずを進めるために声をかける。
 強い閃光と大きな音が突然同時に発生したのは、まさにその時だった。
「今のは、ああ!」
 驚いた声をあげたのは、玄白だけではなくこの場にいた多くがほぼ同時だった。
 先ほどの光と音は、間違いなく閃光弾によるものだった。それは探検隊の中枢を混乱させるために使われたのではなく、遠くにいる彼らの存在を知らせるためのものだった。
「紳士淑女の諸君、ごきげんよう。このような無粋な登場で申し訳なく思っているが、我々には時間があまり無いのでね。この際、礼節は無視して君たちの指揮官と腹を割ってお話したく思い参上した次第」
 黒いパワードスーツがたったの四つ、そのうちの一人が一歩前に出て大きく一礼をすると、ヘルメットを外した。白髪の壮年の男性の顔が現れる。それを見て、アルベリッヒは小さな声で、彼がルバートですよ、と少佐に伝えた。
「おや、もしかして決定権を持つ方はお留守でしたかな?」
「話し合いなら私が応じよう」
 少佐が立ち上がる。そのすぐ横に、怜奈とアウグストが身構えながら周囲の警戒をしていた。
「無駄足にならなくて助かりましたよ。ではまずお願いなのですが、そちらの若い方に無茶は思いとどまるようお伝えください。さもないと」
 ルバートは振り返って、部下の一人を前に出させる。その部下は、大きな袋を背負っており、それをいくらか丁寧に地面に置いた。その袋の口を皆に見えるように開くと、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)の姿が確認できた。
 探検隊の一同にざわめきが起こる。
「ご安心ください。ちょっと薬で眠ってもらっているだけです。なにせ、彼には随分と手を焼かされましたからね。貴重な人員を三人も再起不能していただきました。その場で殺してしまってもよかったのですが、彼ほどの腕が立つ人を失うのはそちらとて損失だと思いましてね。お返ししようかと、無論タダでとは言いませんが」
 ルバートは悠長にのんびりと話している。
「眠っているというのは、本当だと思います。呼吸をしているのは確認できますし、治療を施したと思われる箇所があります」
 少佐に玄白が小声で進言する。死体を持ち出して、茶番をしているわけではないようだ。
 強く握った手の平に爪が食い込み、少佐の手に血がにじむ。アルベリッヒが言ってたはずだ、ブラッディ・ディバインは正面で戦えるほど戦力は残っていない、と。ならば何かしら策を弄してくるのは自明の理だったはずだ。
「落ち着きなさい。まだ生きてるのなら、取り返せばいいだけですよ」
 冷静に、あるいは他人事のように、アルベリッヒは冷めた目でルバートを眺めていた。