空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

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■戦う者・月

 彼の目的は、非常に単純なものだった。
 
「……居やがった」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は強く口元を吊り上げながら呟いた。
 体の芯から滲み出し続ける脂汗。
 本能が拒んでいる。
 視線の先に立つ、インテグラルへ近づく事を。
 彼は蹂躙飛空艇を駆り、恐怖を辿り、インテグラルを探していた。

「ニルヴァーナ校に向かっているようだねぇ」
 隣を飛ぶ松岡 徹雄(まつおか・てつお)が言う。
「どうでもいいな」
 吐き捨て、高度を高く取ってから、竜造は一気にインテグラルへ向かって下降した。
 インテグラルがこちらを見上げる。
「良い眼をしてやがる。何もねぇ、カラカラの。気に食わねぇもんを全て破壊する事しか知らねぇ、そういう眼だ」
 飛空艇をそのままインテグラルに突っ込ませながら、自身は飛んでヴァルザドーンを抜き放った。
 インテグラルが飛空艇を避けるでもなく受け、飛空艇が吹っ飛ぶ。
 竜造はヴァルザドーンを真っ直ぐに構えて、レーザーキャノンを撃ち放っていた。
 放出された光が爆風を突き抜けてインテグラルに直撃する。
 徹雄の奈落の鉄鎖による僅かな重力緩和を受けながら、竜造は地面に軟着陸し、すぐにヴァルザドーンの切っ先を地に擦り付けながらインテグラルへと駆けた。
 吼え、重い風を轟かせ、巨大な剣を振り回す。
 その一撃は周囲の大地を爆ぜながら、インテグラルへと叩き込まれていく。
 だが、次の瞬間、竜造の身体は呆気無く宙を舞っていた。
(この――)
 毒づくつもりが、声が出ない。肺がピクリとも震えない。指先一つに至るまで身体を動かせない。
 一時的にそれらの機能を失うほどの衝撃を受けたのだと、自覚するには時間が掛かった。
 痛みが遅れている。
 痙攣しながら青い空へと転じていた眼に、フ、と影が掛かる。
 インテグラルの太い拳が見えた。
 徹雄がインテグラルへしびれ粉を放つが効いた様子は無い。
 拳が迫る。
 体はまだ機能を取り戻していない。
 竜造は、せめて、ひたすら剥いた眼玉でキリキリとその拳を睨んでいた。
 クン、と首元を引っ張られる感覚があって――視界が高速で巡った。
 真空による無音が耳の奥を打ち、その一瞬の後、少し離れた場所で大地が派手に抉られた気配。
 
「ッ……てめぇ」
 地面に転がされ、数度咳き込んでいる内に、今更になって身体中に激しい痛みが走り始める。
 そんな事はどうでも良く、竜造は自身を助けたものの方を見やった。
『無謀な。一人で勝てるとでも思ったのか』
 ウルフ型ギフトが、やや呆れたように言う。
 その横では箒から猫へと変形したキャット型ギフトが居た。
 竜造は無言で口の中の血と欠けた歯を吐き捨てた。
『理解出来ないな』
「機械には少しばか難解な人間様の機微ってヤツだ」
『……僅かな間でいい。ヤツの動きをこちらへ引き付ける。協力しろ』
 言って、ウルフ型ギフトは大剣に変形した。
 竜造は舌打ちを落としてから、
「気に食わねぇ」
 恨むように呟き、ウルフ型ギフトの大剣を手にした。
 キャット型ギフトが再び箒へと変形し、インテグラルを撹乱するように飛び回っている。
(嗚呼、気に食わねぇ)
 心中で再び呟く。
 再び、大地を破壊しながらインテグラルへ斬撃を放っていく。
 北の彼方からは、太い光が迫ってくるのが見えた。
「俺はただ、静かなこの場所で誰の邪魔も無く殺り合いたかっただけなんだよ」
 竜造たちに一撃を放とうとしていたインテグラルは、光に気づくのが一拍遅れた。
 光がインテグラルの半身を飲み込み、空気と大地を削り震わせていく。
 例のクジラ型ギフトとやらの砲撃だろう。
 左腕を失ったインテグラルは、それでも尚、動きを止める事は無かった。
 右腕一つで竜造と徹雄を吹き飛ばし、そして、彼らが目覚めた時――その姿を何処かへと消していた。

「……クソッたれが」
 荒野に横たわったまま、竜造は呻いた。




 ニルヴァーナ校近くの小さな丘の上。

「今日も綺麗だね、君は」

 そう言ったシルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)が天体望遠鏡から目を離し、手に持ったボードにペンを走らせる。
「まるで、女性に聞かせるようですね」
 アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)はシルヴィオの月観測を手伝いながら、小さくため息を漏らした。
 シルヴィオが、ん? とアイシスを悪戯げな視線で見やり。
「知ってるかい? 地球だと西洋東洋問わず、月は女性や女神の象徴として描かれることが多い」
「まあ、いいですけど」
 シルヴィオが急に『月を眺めるのも乙なもんだぜ』などと言い出したから何かと思ったら――
 黒い月と白い月を観測し、可能な限り調査する、といったような意味だった。
 ここのところ毎晩月を観測している。
 確かに、前々から二つの月を気にしている風ではあった。
 加えて……黒い月から放たれた敵性生物。
 こと、黒い月については悠長に構えていられるものでは無い、というのは明白だった。
 パラミタより取り寄せた天体望遠鏡で覗いた黒い月は、全ての光を飲み込むようにただ黒く、そこに何が存在しているかは分からなかった。
 そして、もう一方の月は、その大地が見えたものの、それは彼らが良く知る月と余り変わり無いように見えた。
 ただ、そう見えているだけなのかも知れないが。
「ニルヴァーナの月は昔から2つだったのかな?」
「ラクシュミは、あの2つの月については『分からない』と」
「彼女がニルヴァーナに居たのは小さな時だったからね。
 覚えていなくても仕方無いさ。
 でも、やはり気になるな……」
 と――
「二人とも、聞いてくれ」
 丘へ上がって来た斎賀 昌毅(さいが・まさき)が苦い顔で言った。
「マズい事になっているかもしれない」
 彼とカスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)もまた、月の観測と調査を行なっていた。
 それは、コーヒーを飲みながらののんびりしたものの筈だったが……。
「マズい事?」
 シルヴィオが小さく首を傾げて問いかける。
 昌毅に続いていたカスケードが顎に手を掛けながら。
「ここのところ、わしは、あの月までの距離を測ろうと試みていた。
 それで気づいたんじゃが、あの黒い月……徐々に近づいてきておるのではないかと」
「軌道によるものという可能性は?」
「それにしては違和感があってな。確かめておきたい」

 4人はすぐに今までの観測記録を照らし合わせながら、カスケードの仮説を検証した。
 その結果――
 黒い月は、やはり徐々にニルヴァーナの大地に近づいて来ているという事に加え、
 その速度を上げてきている、というのではないかという結論に至る。
 専門家に情報を渡した後……返ってきた答えは、4人の出した結論と同様のものだった。

「……しかも、このニルヴァーナ校へ向かっている計算になるらしいのぅ」
 月の観測を行っていた丘の上。
 カスケードがコーヒーを片手に言った。
 夜の景色の向こう、ニルヴァーナ校の施設建設現場にはポツポツと明かりが灯っている。
 昌毅は喉を鳴らし、星空の中に浮かぶ黒い月を見上げた。
「今度は……月が落ちてくるってのか?」