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リアクション
湖底探索 3
「あれって……!?」
「見つけた……!」
探索を続けていくうちに、見つけたのは巨大なクジラの影だった。
近くにいくと、よりその巨大さが圧倒的な存在感として伝わる。クジラ型ギフトは鳴き声のような声を囁くように発しながら、静かに、ゆっくりと水中をただよっていた。
「あれが入口じゃないかしら?」
クジラ型ギフトを見ていると、その巨大な口の隙間に人が入れるぐらいの空間が出来ているのが見えた。
「あそこからなら、中に入れるか?」
さっそく、探索チームはクジラの口に入ろうと近づいていく。
と――そのとき、
「待って、アレは!?」
加夜が真っ先に何かに気づき、鬼気迫る声をあげた。皆の視線が動いたその先にいたのは、無数の危険生物たち。
そして、その中央で危険生物たちを率いるようにして泳いでいるのは、この湖に潜む凶悪かつ災厄たる存在――イレイザーだった。
「なんてこった……奴ら、俺たちをここで潰すつもりだ!」
近づいてくる敵の意図を察し、代弁したのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だった。気丈かつ強い戦意に満ちた瞳で構えを取る。
「ルシア、気をつけろよ!」
「わ、わかった!」
背後にいるルシアに注意を呼びかけて、彼は先行して突撃してきた敵に刃を振るった。スピードを生かして突撃してきたそいつは、クラゲのような姿をした危険生物である。先行してきただけあって、数とスピードを生かしているが、耐久力は大したものではない。
だが、それに気を緩めては隙を生むことは必至だった。
『マスター、油断するな』
魔鎧化して唯斗に装着され、彼の身を守るプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が冷静に告げる。
「分かってる!」
答える語気を強める気合いと同時に、唯斗は敵を斬り裂いた。
唯斗を初めとして、探索チームの一部の契約者たちは、襲いかかってくる敵と交戦を開始する。背後にいる仲間たちはその間にクジラ型ギフトの入口を開く構えだった。
しかしそれを邪魔しようというのか、イレイザーが生み出した渦巻が、轟然たる勢いで探索チームを襲った。同時に、引き裂かれる湖底と海草、そしてイレイザーにとっては仲間である危険生物の一角。奴にとって、危険生物はあくまで自分の駒と手先でしかない証拠だった。
「イレイザー……なんて奴だ。本当になんでもありだな」
その非情さと強さを前にして、唯斗が呆然とつぶやく。
とにかく、今は探索チーム――特にルシアやリファニーたちをギフトの中に無事潜入させて、敵から守るのが最優先だ。
護衛と戦闘を主たる任務とする契約者たちが一斉に敵を引きつけるべく動き出した。
そして、彼らが敵を引きつけている間に、杜守 柚(ともり・ゆず)たちが香菜たちをギフトのもとへと送り届ける。
「香菜ちゃん、こっち!」
柚は香菜の手を取って、パートナーの杜守 三月(ともり・みつき)と一緒に彼女をサポートした。
「べ、別に私は一人でも平気……」
「こんな時まで意地張ってるんじゃないよ! ほら、僕も後ろについてるから!」
頬を紅く染めながら気丈に言い張る香菜に、三月は半ば叱りつけるように言う。後ろで自分を守ってくれる彼を見て、その真剣さが伝わったのだろう。彼女も、さすがにそれ以上は口をつぐみ、素直に二人に従った。
三月や仲間たちを襲う、イレイザーと危険生物の猛攻は、香菜の目の前にまでその余波を引き起こす。敵の放った衝撃波の一撃が、ギフトの装甲を叩いた。
「……震えてるの?」
柚が香菜の手のかすかな変化に気づいて、心配そうに問いかける。
「そんなこと……な、ないわよ! 早く、ギフトの中に入るわよ!」
「それだけ元気なら大丈夫だ。よし、いくよ!」
香菜の自分を奮い立たせる言葉に頼もしい笑みを重ねる三月。彼は、さらに柚が握っているのとは反対側の彼女の左手を握り締め、一気にクジラの口へと潜入していった。
続けて、リファニーを連れてクジラの口に向かって泳いだのは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だった。彼の魔鎧として装着されるパートナーの龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、リファニーに心配の言葉をかけた。
『リファニー様、ご無理はなさらぬように。クジラ型ギフトまで取り付けるように、私たちが全力でお守りします』
「しかし……」
「しかしもかかしもないさ。……来るぞ!」
リファニーの声を遮って、牙竜はとっさに振り返る。迫ってきた危険生物の電撃の槍を、彼は巨大なアクスをふるってたたき落とした。
だが――敵の猛攻は続く。他の仲間たちも一緒になってリファニーを守るが、そのすさまじい攻撃の連続に、徐々に牙竜は押し込まれていった。
「牙竜……!」
防ぎきれない攻撃が徐々に増えて、彼の身体に傷を作っていく。その痛々しい姿を見て、リファニーが悲痛そうな声を発した。
それでも、彼は諦めはしない。己が身に鞭を打つがごとく、牙竜は叫んだ。
「俺は忘れちゃいない……! お前の父親を看取った時に感じた、自分が何も出来なかったという、無力感……。そして、後悔を……!」
彼の脳裏によみがえるのは、長年の使命をまっとうして亡くなっていったリファニーの父の亡骸だった。
「だから俺たちは、それに報いるためにも――お前を守りぬく!」
疲労する身体に鞭を打って、彼はアクスを振るった。
が――危険生物の触手の先端が、槍のように尖る。それがぶつかり合う攻防の合間を縫ってリファニーを狙っていると分かったその瞬間。
「リファニーッ!!」
叫びとともに、牙竜は必死でリファニーの前に飛び出した。
そして――
「牙竜ッ!?」
触手の槍が彼の身体を貫いた。これまでとは比べものにならない大量の血が、彼の胸から溢れ出る。しかも、触手の数は一本ではない。リファニーの目に映ったのは背中だけだったが、触手は牙竜の右目も無残にえぐり抜いていた。
声が出ない。呆然として、まるで時間がゆっくりと過ぎ去っていくような気がする。
「みんな、早く中に入るんだ!」
しかし、危険生物の相手を引き受けた仲間たちの声を聞いて、ようやくハッとなり、探索チームは動き出した。仲間の一人――救援隊員として参加していた鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、牙竜の身体を抱える。
「牙竜はオレが連れていく! とにかく急ぐんだ!」
彼は牙竜を抱えたまま、仲間たちに叫んだ。
「敵は俺たちに任せて! 早く!」
敵を引き受けた仲間たちを残して、探索チームは、ついに全員がクジラの中へと潜り込んでいった。