空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

リアクション


湖底探索 1

 貸し出された湖底探査用スーツを身につけて、探索チームは繊月の湖の中、深い深い水中へと潜水していた。
 深い水の底――闇に閉ざされつつある世界に光を灯すのは、スウェル・アルト(すうぇる・あると)の光術である。そして、その光術の光を手がかりに、探索チームは各自が方々(ほうぼう)の場所を細かく散策するのだった。
 むろん、その目的はただ一つ。
 あのインテグラルを一撃のもとに退けた、クジラ型ギフトを見つけることだった。
 と――
「うわぁ……」
 そんな探索チームの中から、端守 秋穂(はなもり・あいお)の感嘆の声が漏れた。
 それも致し方あるまい。なにせ、水中の風景は幻想と言って過言ではないものばかりである。光術の光に照らされていることも相まって、透き通る水とその中で群れを作って及ぶ名も知らぬ魚たちの様子が、ありありと分かるのだった。
 むろん、危険も多い。
 ただ、それを一瞬とはいえ忘れてしまうほどに、数々の海草と水中生物たちは、繊月の湖の中に美しき情景を生み出していた。
「すごい……きれい……」
「ほんとなのだ……」
 秋穂のため息混じりの感動に、同じように言葉を添えたのは天禰 薫(あまね・かおる)だった。
「クジラさん……見つかるといいですよね」
「うむ! クジラさんに会って、我はお友達になりたいのだ!」
 秋穂の穏やかなほほ笑みに、力強く頷いて答える薫。
 と――その湖底探査用スーツのヘルメットから、もぞもぞっと顔を覗かせた存在がいた。
「ぴきゅっ」
「お、ピカもそう思うか?」
「ぴきゅぴきゅ!」
 わたげ姿のそれは薫のパートナーの天禰 ピカ(あまね・ぴか)である。
 わたげうさぎの獣人である彼女は、人型になれば薫に似た姿になるのだが……今は薫のヘルメットの中で、少し窮屈そうにしながらも嬉しげに声を発す、一匹のうさぎだった。
「ぴっ」
 もぞもぞと動き始めると、薫の顔を覆う形になってしまう。
「ピカ、見えないのだ」
「ぴきゅう」
 視界を遮られた薫に言われて、のそそっと彼女は喉元近くに移動した。身体がほぼ真っ白な毛で覆われているため、そうしているとまるでマフラーのようである。
 一人と一匹は、一緒にクジラ型ギフトの探索を続けた。
 そんな彼女たちをほほ笑ましそうに見ながら、秋穂は自分もクジラ型ギフトに思いを馳せる。
「きっと、すごく大きいんでしょうね」
 想像を形作る彼(顔立ちほぼ女の子なのであるが)に、パートナーのユメミ・ブラッドストーン(ゆめみ・ぶらっどすとーん)は同調した。
「うんうん! そうだと思う!」
「図鑑で見たときも、クジラって他のお魚の何倍も大きかったですし……」
「きっと近くで見たら、もっともっと大きいよー!」
 ユメミは秋穂の言葉に相槌を打ちながら、楽しそうに言った。
 と――そんな彼女たちに、他からも声がかかる。
「そうだと、思う」
 ぼそっと漏らしたのは、光術を操るスウェルであった。
「スウェルさんも……クジラさん、お好きなんですか?」
 こくっと頷くスウェル。
「……クジラは、好き。大きくて、背中に乗ると、とても楽しそう」
 途切れ途切れに語るその声音は、穏やかでとても優しい。
 きっと、白磁のような白い肌と繊細な表情が関わってだろうが、まるでクジラのことも思いやるような――そんな彼女の姿は、幻想的な水の中ではとても綺麗に見えた。
「アンちゃんもクジラ大好きですよっ」
 スウェルのパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)も、嬉しそうに言う。
「シュパーッ! っと潮を吹いて、ゴゴゴゴー! って水中を泳ぐその姿! ロマンがありますよね!」
 と――
「まるで戦艦みたいな言い方ね」
 アンドロマリウスの横で、半ば呆れるようにグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)が言った。空飛ぶ箒エンテに乗りながら、彼女は付け加える。
「ま、ギフトならそれもあながち間違いじゃなさそうだけど……」
 グラルダは、優秀な魔術師だった。
 その性格は利己的でかなりの自信家で、しかも根拠が行方不明ときているが、才能だけならば他者を寄せ付けないものがある。貪欲に知識と技術を探求し続ける彼女にとっては、クジラ型ギフトもまたその内の一つに過ぎなかった。
(それにしても……)
 グラルダは眉間にしわを寄せ、必死で何かをこらえようとしていた。
 仲間たちには聞こえないように、ぶつぶつと独り言を漏らす。
「大丈夫……これはスキューバダイビングであって、アタシが泳げ……泳がない事とは別……別なのよ……」
 どうやら泳げないようだが、それを周りには知られなくないらしい。
 ハッキリ言えばバレバレなのだが、グラルダはバレていないと思っているのか、気丈に振るまってみせていた。
「どうどう」
 そんな物凄い形相の彼女の頭部を、箒の柄を握っていたパートナーのシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)が、ペチペチと叩く。
 彼女としてはグラルダをなだめようと思ったようだが、ギギギッと、油の切れた機械のように振り返ったグラルダは、ギンとシィシャを睨みつけた。私は馬じゃない、とでも言いたげな目である。きょとんとしているシィシャがなんとも憎たらしかった。



 さて、探索も佳境に入ろうとしている。
「ふっふっふ……長年磨きをかけたダウジングであっという間に見つけたるで〜!」
「ダ、ダウジングって……あなたねぇ……」
 楽しげに笑いながら、二つの90度に曲がった棒を両手に1本ずつ持つ日下部 社(くさかべ・やしろ)に、夏來 香菜(なつき・かな)は呆れた様子だった。
 本来の社の保護者としてはパートナーの響 未来(ひびき・みらい)がつくところであるが、彼女はただいまペンギンに夢中である。
(……こ、これは可愛いわっ!!)
 喋ることはないが、ペンギン形態できょとんとしたように首をかしげるペンギンアヴァターラ・ヘルムを前にして、未来はもだえていた。
「ったく、未来のやつはペンギンばっかり見てなにしとんのや。俺みたいにしっかり探索せんといかんで、まったく……」
「あなたのは『しっかり』って言わないのよ、普通は……」
「そんな冷たいこと言わんといてや、香菜ちゃん。なあ、なすみんもそう思うやろ?」
「え!」
 突然話を振られた高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は、どうしていいものか困った表情を浮かべた。
 もちろん、突然すぎて大したことが言えるわけはない。
「そ、そうですね……ま、まあ、探し方は人それぞれだから」
 引きつった笑い方で、そうごまかすしか方法はなかった。
「ほら、なすみんもそう言ってるやん。ダウジングを甘く見たらいかんで〜」
「もう……あなた、雫澄さんが困ってるのが見えないの?」
「はは……」
 言い合う二人を見ながら、苦笑いを浮かべる雫澄。
 まあ、なんにしても賑やかなのは良いことだ。暗いムードのままで探すよりかははるかにマシである。
 雫澄も、社に習うように探索を続けた。
 そうしてしばらくしたとき――
「……湖底ってのは、少しもの哀しさもあるんだね」
 ふと、雫澄は水中の底を見下ろしながら静かに言葉を漏らした。
「急にどったの、なす兄」
 そんな彼に、隣にいたパートナーの水ノ瀬 ナギ(みずのせ・なぎ)が首をかしげながら訊く。
「いや……ほら、あの辺とかさ」
 雫澄は、湖底のある一箇所を指さした。
 そこには、いくつかの残骸が落ちている。水中の薄暗さもあって、ぱっと見は単なる影の集合体にしか見えなかったが、よく目を凝らすと、皆はそれが建物の一部なのだということに気づいた。
「ニルヴァーナは滅んだって言うけど、ああいうのを見てると、それが現実だってことが突きつけられてなんだか、ね」
 雫澄は苦笑を浮かべながらそう言った。
 確かに――あまり気分が良いものではないかもしれない。特にニルヴァーナ人の生き残りとされているラクシュミなどのことを思えば、余計にそれは重みを増していくような気がした。
 と――ナギが、探査用スーツを脱いで、人魚のように両足をイルカの尾に変身させると、その建物の瓦礫へと近づいていった。彼女はハンドウイルカの獣人だ。もともと窮屈だったこともあったのだろう。勢いよく潜っていって、すぐに彼女はその残骸へと触れることに成功した。
「ねーねー、壁画があるよ!」
「壁画?」
 イルカの獣人ということもあって、水の中ではより元気が増すのか、ナギは意気揚々と皆を呼ぶ。
 そこに描かれていたのは、たくさんの動物たちと戯れる人々の姿だった。その中には、クジラの絵もある。それがギフトのことを指しているのかどうかは分からないが、なぜか、ナギたちは少し胸を締め付けられるような思いに駆られた。
「クジラのギフトは……ここでニルヴァーナ人と一緒にいたのかな……」
 その思いが自然と、皆と一緒に探索を続けていた香菜の口からそんな言葉を形にさせる。
 それを見ていたが、社が陽気な声をあげた。
「なーに、建物があるっちゅーことは、生き残りかているかもしれんっちゅーことや! 諦めたらそこで試合しゅぶべぁ!」
「それ以上は言ったらダメですってば!」
 色々と問題発言が口にされる前に、ギリギリのところで響が社の顔を殴る。ヘルメット越しとはいえ激しい衝撃に、社はガツンと弾き飛ばされた。
 でまあ、そんな彼は放っておいて――
「せやなぁ……」
 探索チームの中でも、まだ比較的真面目に探索をしていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、同じく壁画を調べながら口を開いた。
「ま、社の言うこともあながち間違いではなさそうやで。それに、クジラ型ギフトかて、ニルヴァーナの残してくれた財産、ひいては生き残りとも考えられるやろ。ずっと水の底にひとりぼっちでいたんや」
 そう言いながら、彼は壁画を撫でた。
「それを見つけることは、きっとニルヴァーナ人の人たちも喜んでくれることやと……僕は思うで」
 泰輔が言うことは、別に彼だけがそう思っていることに限らなかった。
 だからこそ――契約者たちは、香菜たちは、ギフトを見つけ出そうとしているのだった。
 むろん、パラミタを救うという目的もあるけれど。
 それだけではない思いもまた、そこにはあるのだ。
「それをなさにゃならん、っちゅうことは、やらんとしゃーないっちゅうこっちゃ」
 泰輔は自分に言い聞かすようにつぶやく。
「そうですね」
 彼のパートナーのレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)も、それに頷きを返した。
「そのためにも、ギフトを早く見つけないと」
 そう言いながら武器を構えるレイチェルの瞳には、危険から皆を守ろうとする強い意志が感じ取れる。
「――せやな」
 泰輔はその意志に応えるように小さく声を紡いだ。
 そして、残骸を後にして、探索チームはさらに別の領域へと調査の粋を広げた。