空京

校長室

創世の絆 第二回

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創世の絆 第二回

リアクション


湖底探索 2

 徐々に調査領域を広げていく探索チームは、気を紛らす意味も含めて会話の量も多くなる。
「もう、エマ、なにやってるの〜」
「べ、別に好きでやってるわけでは……」
 泳ぎが得意ではないのか、水中でジタバタともがくエマ・ルビィ(えま・るびぃ)を見ながら、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)たちは明るく笑った。
「な、なかなか大変ですわね……」
 苦しげに言いながらも変なポーズで泳いでしまうエマの姿は、たしかにおかしく、笑えるものだ。
 薄暗い水中の静寂につられるまま無言になりかねない空気にあって、それは良い緩和剤だった。
 次第に仲間たちは、口々に会話を始めた。特に、クジラ型ギフトについての推測や憶測がその主たるものを占めていた。
 ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)の傍にいた火村 加夜(ひむら・かや)が彼女に訊いたのも、そんな話題だった。
「ルシアちゃんは、あのギフトについて何か知ってることはないんですか?」
「私?」
 ルシアは小首をかしげ、しばらく考えた。
 なにせ、彼女はギフトを見つけて真っ先に湖に飛び込んだのだ。もしかしたら、何か思い当たることでもあったのかもしれない。加夜はそんな細い糸のような希望を抱いたのだが――
「うーん…………全然」
 出てきたのはそんな答えで、加夜は思わずがくっと拍子抜けした。
 マイペースとは聞いていたが、ここまでとは。特に申し訳なさそうな風もなく、彼女は加夜の苦笑にきょとんとするばかりだった。
 が、彼女なりに多少は考えたのだろう。
「そういうことは、もしかしたらリファニーのほうが知ってるかも」
 と、思いついたことを口にした。
「ああ……そっか」
 加夜がなるほどといったように呟くと同時に、仲間たちの視線がリファニー・ウィンポリア(りふぁにー・うぃんぽりあ)へと集中した。
 しかし――リファニーは静かに首を振る。
「リファニーも分からない、か」
 加夜は少しばかり残念そうにそう呟く。ルシアと一緒に、二人は悩ましげに首をかしげた。
「だとしたら、リファニーとは関係ないのかなー?」
 リファニーの代わりに、続けて言ったのは授受だった。
 天真爛漫な彼女の真っ直ぐな瞳を見返して、それから遠い場所を見るようにそれを逸らしたリファニーは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「どう……でしょうか。私は何かに導かれるようにこのニルヴァーナに来ました。なにが私と拘わりのあることで、なにがそうでないのか。私には、分かりません」
 その声音は、どこか物哀しい。
 仲間たちも、そんな彼女にどう声をかけていいのか分からずにいるようだった。
 と――
「そんなこと、気にしたって仕方ないでしょ」
 そこに強気な口調で言い切ったのは、香菜だった。
「誰だって分からないことの一つや二つはあるわよ。それが多いか少ないかの違いだけだわ」
 彼女はそう言って、どこかつまらなさそうにルシアとリファニーを見やる。見返してきたルシアに気づき、彼女はすぐにフンと顔を背けた。
 彼女の胸中を計り知ることは出来ないが、少なくとも、彼女が不機嫌になっているのではないかということは、皆が思うところだった。
「それは夏來。君がイレイザーに狙われたような気がすることと同じでか?」
 そこ声を差し込んだのは、学年としては先輩に当たり、なにかと香菜のことを気にかけている早川 呼雪(はやかわ・こゆき)である。柔らかな表情だが、他人をよく観察するような静かで力強い瞳が、香菜を真っ直ぐに見る。
「……ま、ね」
 図星を突かれたようで、少し口を尖らせるように答える香菜。
 呼雪は、そんな彼女にひとつ提案を持ちかけた。
「もしまだ気になるのなら、対イレイザーの隊に同行してみるのはどうだ? もしかしたら、何か分かるかもしれない」
 それは、ずっと呼雪が考えていた提案である。考え過ぎもいけないかと自重はしていたが、万が一ということもあるのだ。何かあってはいけないと、多少過剰かとは思いながらも彼は香菜を心配していた。
 だが――
「別に、気にしてはいないわよ。あれだって、ただ大勢いた部隊の中で、なぜか私を狙ってきたような気がしたっていうだけ。記憶だってあやふやだし……単なる、気のせいかもしれないんだから」
 香菜はひらひらと手を振りながらそう言った。
 実際、彼女はその通りだと思っている。リファニーに言った言葉は自分にも言い聞かすようなものなのだ。
「そうか……しかし、これでイレイザーに狙われなければ、真に気のせいだったと安心出来るだろう? 一つの手だとは思うのだが」
「それなら心配しないで。なんだか、ローザマリアさんが、私に変装してみるとかなんとか言ってたから、似たようなことをするんでしょう? その時にでも分かるんじゃない? …………言っとくけど、別に私はそれを許可したわけじゃないからね。あの人が勝手にやってるだけよ」
 呼雪はそれでも納得がいかず、どこか心配そうに香菜を見ていた。
 だが、彼もこの探索チームで過ごした時間で香菜のことは少しは理解しているつもりだった。こういうときの彼女は、なにを言ったって聞きはしない。
「……ならいいが。いずれにしても、一人でやれることは少ない。周囲を頼ることを――」
「分かってます。周囲を頼ることを、でしょ」
 呼雪の先の言葉を遮って、香菜は笑った。
「それでも、私は私なりに、精一杯やるわ。そして、頼るときにはちゃんと頼る。だからその時には改めて……よろしくお願いします」
「……ああ」
 呼雪は薄くほほ笑み、その話は終わった。
 しかし――ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が香菜にこそっと声をかけたのはすぐ後のことだった。
「香菜ちゃん」
「ん?」
「香菜ちゃんは、ルシアちゃんの事嫌いなの?」
「へっ? い、いや、どうしていきなりそんな話になるのよ!」
 顔を真っ赤に染めて香菜は言い返した。
「いや、だってすごい顔で睨みつけてたからさ」
「……私、そんな顔してた?」
 ヘルは素直に頷いてみせる。
 香菜は憮然として、押し出すように言った。
「別に……嫌いとか、そういうんじゃないわよ。ただ、私はああいう娘が苦手なだけ。なんていうか、ふざけてるみたいに見えるし、考えてることもよく分からないし……」
「そっか……」
 ヘルは何かを考え込むようにそう呟いた。すると、彼は唐突に語り始めた。
「実はさ……呼雪も始めの頃はすっごい冷たくてねー。もう『俺に関わるな』って感じで……」
 横にいる呼雪からは『余計なことを喋るな』という視線が突き刺さっていたが、彼は構わず話す。少しでも気持ちが和らげば……と、もしかしたらそんなことを思っていたのかもしれなかった。むろん、真実はどうかは分からないが。
「……そっか」
 二人の過去を聞いて、香菜が答えたのはそんな素っ気ない一言だった。しかしどこか、その表情は晴れやかに見える。
 同じ人がいる。同じものを持っている人がいる。それだけで、何かが変わって見えるような、そんな気がしたのかもしれなかった。