空京

校長室

創世の絆 第三回

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創世の絆 第三回
創世の絆 第三回 創世の絆 第三回

リアクション



ドーム内部に突入する・2

 スポーンの壁を切り抜けて、前進を続けていた彼らは一同揃って足を止めた。
 口々に「嘘だろ」とか「え?」とか「まさか……」なんて言葉が漏れる。しかし、一刻も早く進まなければならない彼らの足を止める原因について、その誰もが知る名前は、誰の口からも中々出てこなかった。
 その某は、中央の穴に向かう道の最中、ただ一人そこに立っていた。腕を組み、少し俯き加減で、遠目ではその顔を確認するのは難しかったはずだったが、それでもその某が誰であるかはそれぞれすぐに見極める事ができていたようだ。
「まさか、彼はナカラで修行をしているんだろ?」
 誰の言葉だったかはわからないが、それが事実のはずだ。
 ここに、ドージェ・カイラス(どーじぇ・かいらす)が居るというのは、ありえない。
 ありえないはずなのだが、「いや、でもドージェだったら……」なんて言葉が聞こえてくるように、ありえないなんて言葉が通じる相手でもないのである。
 彼に特別な思いを持つ者は少なくない。憧れであったり、目標であったり、あるいは憎しみや妬みであったり、そういった諸々の感情を引き寄せるだけの強烈な何かがあるのは確かだった。その最たるものは、彼が神として崇められている事実がある。
 その姿を一目見ただけで、動きが止まってしまった一向に対し、ドージェはただ俯いているまま動かない。こちらに興味も関心もないのか、彼に限って全く気付いていないなんて事はないだろう。
「進むべきだ」
 そう声を出したのは、瓜生 コウ(うりゅう・こう)だった。今はほんの僅かな時間だって惜しい、ここでみんなして案山子のようになってドージェを眺めている暇など本当は一秒だって無いのだ。
 まるで白昼夢でも見ていたのか、コウの言葉に皆がはっとなったような表情をする。
 ざわめきやどよめきも止み、動き出そうとしたところで、今度は先ほどとは違った理由で動けなくなった。ドージェが顔を上げて、こちらを見つめていたからだ。
「行こう。いや、行ってくれ、みんな」
 もしもドージェがこちらを無視してくれるなら、それで良かった。残念がる人も多いだろうが、今は余計な事に構っている時間はないのである。だから、避けて通って、やるべき事を片付けてきてから戻ってくればいい。
 だが、向こうがこちらに用事があるのなら話しは別だ。それがどんな用事であるにせよ、対応しなければならない。そしてこれはコウの勘でもあるし、この場にいるほぼ全員の考えでもあるが、その用事が穏便なもので話し合って終わるようなものではないだろう。
「相手はドージェだ。こっちから喧嘩をふっかければ、必ず乗ってくる。だろ? オレは生きて帰れないかもしれないが時間は稼げる、お前たちは先に行け!」
 まともに提案したら、必ず誰かが止めたろう。言いきったコウは、そのまま飛び出した。

 マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)の怒りの歌が、コウの背中を押すように響く。
 空飛ぶ箒ファルケのエネルギー弾による煙幕に、ドージェは一度立ち止まって向かってくるコウの顔を見た。それだけで、弾幕を避けようとも受けようともせずに棒立ちだ。
「なんだよ、それ!」
 ばら撒かれたエネルギー弾は、正確に狙いを定めたものではないから、ほとんど当らないというのは予想の範囲内だ。とりあえず足を止めさせればいい、そう思って放ったものだ。そういう意図であったとしても、目の前のそれは十分に異常事態だった。
 一歩も動かないドージェに直撃コースに入ったエネルギー弾が、自らそれていったのだ。
 高度な魔法かあるいは特殊な防御か何かか、間合いを詰めながらコウは考える。
「違う、あれは濃密に圧縮してる闘気だ」
 コウの後ろ、その背中を追うように走る桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の声だ。
「嘘だろ、それってつまりドージェは本当に何もしてないって事だろ」
「嘘も何も、ドージェがちまちました事するわけないだろ?」
 強すぎるせいで、弾丸がそれていく。極限まで鍛え上げられた肉体と精神は、やわな攻撃では自らその資格無しと道を譲ってしまうとでも言うのだろうか。だが、さきほどの光景は事実である。
「だったら、直接当てればいいんだよね!」
 二人を追い抜いて、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)が突撃する。
「一番はもらっちゃうよ!」
 間合いに入った瞬間、スカージによって視界を奪う。
「カーディナルブレイド最大出力! 道を開けて!」
 出し惜しみゼロの、ランスバレストがドージェに向かって放たれる。
 その切っ先をドージェは事もなげに掴んで止めてしまった。
「え? 動かない?」
 押しても引いてもびくともしない。ドージェはといえば、綱引きの相手をしているとは思えないほど悠然と立っている。やがて興味を無くしたように、エリスごと正面に投げ捨てた。
「この距離なら外さない」
 わき目もふらず、コウが狙いを一点に定める。狙いは左足の小指、そこに巨獣狩りライフルの至近射撃を撃ちこむ。
 銃声が耳に届いた時には、もう銃弾は着弾している。反応するなら引き金を引く動作を見極める必要があるだろうが、その姿をコウは投げられたエリスの影に隠して見せなかった。
「これなら、ダメージはなくたって痛みぐらいは―――」

 エリスと入れ替わるようにして、煉はドージェの間合いに飛び込んだ。剣と拳の間合いだ。
「この一撃、貫き通してみせる!」
 ドージェの前に出ると決めた瞬間から、彼の作戦はその一言に尽きた。小技や小手先の技術でどうにかなる相手なら、ドージェといううず高い壁は無かっただろう。
「奥義、真・雲耀之太刀」
 ただ一撃に、文字通り全てをかけた必殺剣だ。
 ドージェはこの剣戟を、左手をあげ手の平で受け取った。

「嘘だろ……」
 その声はコウのもので、足元、ドージェの足先の地面に小さくない穴が空いていた。丁度、それは銃弾一発分の穴で、その穴の触れるか触れないかのところに、ドージェの足があった。
 銃弾がそれたのか、それにしては着弾地点が近すぎる。きっかり銃弾一発分、ドージェは足を下げて対処したのだ、足の小指にはさすがに攻撃を受けたくなかったのだろう。それにしたって、神業が過ぎる。
 図ったわけではないが、煉の一撃とほぼ同時に銃弾が放たれたのだ。それが、片方は銃弾一発分の範囲を見極めて避けられ、片方はそれが子供の振るう竹刀を受けるかのように、手で取って止めたのである。
「うおおおぉぉぉ!」
 煉が吠える。まだ彼の剣は完全には死んでいない。このまま、手の平ごと押し切ろうとしていた。
 ドージェは涼しい顔、なのだろうか、とりあえず力んだ様子は全く無かった。そのまま、たった今空いた穴に、左足の親指を入れ、そのまま蹴り上げた。
 地面が、裏返る。
 ごっそりと、地面が何十メートルもの岩石となって地面から剥がれて、そのまま蹴り飛ばされた。
「……っ!」
 声を出したり、逃げようとする余裕は無かった。二人は自分たちがどうなっているのか理解する前に、その岩石と一緒に地面に叩きつけられた。地面に落ちた一枚岩は、まるで砂糖菓子のようにボロボロ崩れて、新たな名前の無い山をそこに形成する。
「コウ!」「煉!」
 マリザの歌が止み、エリスが山に向かって駆け出す。
「ふん」
 ドージェはできあがった山を見ることもなく、鼻をならして腕を組むと俯いた。

 この間に、中枢を目指す多くはドージェをすり抜けて―――正確には、大きく彼を迂回する形でドージェの壁を抜けていった。
 だが、まだ油断はできない。追おうと思えば、ドージェは一瞬で彼らに追いつくだろう。いや、追いつくまでもなく、この辺りの岩か何かを投げて、穴を埋め立てるかもしれない。
 無視するわけにはいかないが、しかし構えばどうなるかは簡単に推測ができる。ドージェが自ら動かないでいてくれるから、今は静けさがこの場にはあった。
「あっちは大丈夫かな?」
 アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)はここから少し離れた山を眺めてながら言う。ここからだと、ドージェにどいてもらわないと山にいけないのだ。生き埋めにされてしまった仲間の安否が気になるのだが、近くの人による救出活動に期待するしかない。
「よし、決めた。行って来る」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)は、戦闘の最中じっとドージェを見つめていた。あれが本物であるか偽者であるか、翔はずっと見極めていたのだ。
 その結果、本物の確証は無いが偽者だと決め付ける材料も無い、という結論に落ち着いた。今見せた強さの片鱗は、簡単に作ったまがい物で出せるようなものではないのは確かだ。
「翔クン頑張れ!」
 ドージェに向かっていく翔を、マリアは応援しながら送り出した。

「西シャンバラ・ロイヤルガード、葛葉翔だ! ドージェ・カイラス、お前が本物かどうかしらないが俺達の邪魔をするというのならお前を倒して先に進ませてもらう!」
 名乗りをあげた翔に、ドージェは一度は伏せた顔を上げた。
 この名乗りは、ドージェの気を引くこともあるが、それよりも他に誰かが乱入してこないようにという意味もある。真剣勝負がしたいのだ。
 ドージェは口を開きはしなかったが、来いと言っているような気がした。
 西部劇のように、これといった合図は無かった。ドージェはじっと待っていてくれていたので、意識しなければ浅くなる呼吸を整え、最高の状態で翔は駆け出した。
 バーストダッシュで一息に加速し、瞬きする間もなく間合いを詰める。
「こいつを喰らいやがれ!」
 そこから繰り出されるのは、疾風突きだ。
 手が届く間合いにまで入り込んだ瞬間、ドージェも動く。
 突き出されたグレートソードの切っ先に合わせるように、拳を突き出してきた。
 ドージェの拳と正面から衝突したグレートソードは、その切っ先から粉々に砕けていった。飛び散る破片は、それが元は剣であったことがわからないほどに細かい粒子状になってしまっている。
「剣が折れても俺の心はまだ折れちゃいねぇ!」
 グレートソードから手を話し、翔は握り締めた拳を突き出した。
 外からその様子を眺めていたマリアも驚くほど、無駄の無い動きだった。まるで、剣は折れるものであるとわかっていたかのようだ。
 鈍く重い打撃音が響く。
「翔クン!」
 マリアは、空を見上げた。
 見上げた先、黒いドームの天井に触れるか触れないか、そんなとろこに翔の姿があった。
「……おっかしいな、当たってた、はずだぜ?」
 翔は自分が打ち上げられている事もいまいち理解しないまま、確かに感じた拳の当る手ごたえに疑問を口にした。
 彼の拳は、確かにドージェに届いた。その拳に乗った、打撃力を伝えるよりも早く、ドージェが振り上げた拳が翔の体を天高く打ち上げたのだ。結果として、最高のカウンターが決まった形になっていた。
 翔は天井には触れることなく、そのまま真っ直ぐに落下を始めた。風らしい風も吹かないドームの中では、彼が落ちてくる場所を見分けるのは容易だ。その場所でドージェは、大きく足を開いて、一度肩をぐるりと回した。
 そして、一回素振りをする。
 ドージェの手にバットは無かったが、それは確かに野球のスイングだった。
 真上に打ち上げられた翔を、ボールに見立てて打ち抜こうというらしい。
「……へ? って、まずいよ!」
 ドージェの奇抜な行動に、ぽかんとしてしまったマリアだったが、すぐに正気を取り戻した。先ほどの一撃で、十分なほどに必殺の一撃だったはずだ。そのうえ、今の豪快なスイングで翔をかっ飛ばしたら、場外ホームランは間違いないだろう。
 対して翔はといえば、奇跡的にも意識こそあるものの、状況の判断と対応ができるほどはっきりしたものではなかった。半分起きていて半分夢を見ているような状態だ。そのおかげで、先ほどのダメージを自覚していないというのもあったが、自力でこの状況に対応できないのは間違いない。
 マリアは飛び出そうとして、一瞬躊躇した。名乗りをあげて行った男と男の勝負に、割り込んでもいいのだろうか、と考えたのだ。だが、その考えはすぐに振り払う。勝負自体はもう決している。それであとで文句を言われたとしても、言われる方がずっとマシなのだ。
 その決断が果たして、翔にとって良しとするか否とするかはわからない。が、そのほんの僅かな思考の時間によって、マリアが全力で向かったとしてももはや間に合う状況ではなくなってしまっていた。
 それでも一抹の希望と、あとは意地を持ってマリアはドージェに向かって走る。
 このまま、翔がどこか遠くへ、恐らく宇宙の彼方にまで飛ばされるという最悪の事態は、そのすんでのところで起こった人為的な地震によって防がれた。
 いきなりの事で、マリアはバランスを崩して派手に転んでしまった。慌てて見上げた先に、九條 静佳(くじょう・しずか)が差し出した手が映る。
「大丈夫かい?」
 そう言う静佳の肩には、翔が担がれていた。
 ドージェが翔をかっ飛ばす前に、空中で捕まえたのだ。
「あ、はい」
 手を伸ばして、静佳の手を取って立ち上がる。
「それじゃ、返すね」
「わ、わ」
 よっと、と差し出された翔をなんとか受け取るマリア。落下の途中で翔は気を失ってしまっていたらしく、力の抜けた人の体というのは本来の体重よりもちょっと重く感じるものだった。
「あの、ありがとう」
「いやいや、こちらこそ勝負の最中に割り込んじゃってるわけだからね。お相子って事で」
 そう言いながら振り返った静佳の視線を追うと、伏見 明子(ふしみ・めいこ)がドージェとにらみ合っていた。先ほどの、人為的な地震、震天駭地でドージェの気をそらした張本人である。
「活き活きしてるなぁ」
 静佳は苦笑しながら、その様子を楽しそうに眺めている。
 翔とマリアがそうであったように、明子とドージェの真剣勝負に自ら割り込むつもりは無いようだ。

「やっぱこういうのって、名乗り出た者勝ちよね」
 ドージェからのものとは別に、自身の背中に向けられる視線に、明子は少し自慢げな笑みを浮かべた。その視線のほとんどは、黒い月の中枢に向かうという使命を忘れてしまっているだろう。
 ドージェと遣り合える、この心躍るシチュエーションは他の何物にだってかえられはしないのだ。
 舞台に一歩上れば、ここにある視線と意識の全てがこちらに向く。このショーの主役になれるのだ。その為に必要なのは、命のチップを豪快に賭ける事ができる決断力と、その上で勝つという相応の自信である。
 とはいえ、明子に湧き上がる高揚感は、注目を集めているからなんて野暮でちゃっちぃ理由ではない。その原因は、わざわざ言葉を重ねて説明する必要がないのは明らかだ。
「怪我しないようにって言われても、無理だっての。動けなくなるまで、誰にも譲ってやらないんだから」
 見据えるは、パラミタ最強。
 例えこれが夢幻の類であったとしても、その頂までの距離を測るチャンスなんてそうそう訪れはしないだろう。使えるものは何でも使って、あがけるだけ足掻ききる覚悟は決めてある。
「勝負よ、ドージェ!」
 返事は無く、ただ微かに頷いたように明子には見えた。