空京

校長室

創世の絆 第三回

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創世の絆 第三回
創世の絆 第三回 創世の絆 第三回

リアクション



ドーム内部に突入する・7


「やった!」
 思わず、マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)はそう口にした。
 ずっとずっと、気配を殺して伏せ続け、最高のタイミングを彼女は待ち続けていた。たった一回、引き金を引く瞬間の為に彼女は人知れずずっと戦っていたのである。
 その戦いの火蓋と幕は同時に下ろされる。
 二発や三発の弾丸を放つ暇を、ドージェは与えてくれないだろう。それは最初、漠然とした考えだったが、じっと息を殺しながら戦闘の推移を見守っていた現在のマルティナには、それが大袈裟なことではないと実感できていた。
「……」
 思わず声を出したマルティナとは対照的に、ティリーシア・ハイドレンジア(てぃりーしあ・はいどれんじあ)は険しい表情で対象を見つめていた。
 ティリーシアは狙撃手のサポートをするスポッターとして同行していた。狙撃とはデリケートなもので、風向きなどの環境に弾丸の行方は左右されてしまう。そういった諸々の計測をすることと、罠師としての分析力で最高のタイミングを見極めるのも、彼女の役割だった。
 射撃のタイミングは、最高のものだった。そうティリーシアは胸を張って言える。まるでドージェの視線の動きさえ見えてしまいそうなほど、じっと観察して出した結論だった。それに、マルティナは最高の技量をもって示した。
 ロングレンジのスナイパーライフル型の光条兵器の光は、ドージェの頭部に直撃したのである。
「っ!」
 ドージェは少しのけぞった姿勢のまま、目だけをほんの僅かに動かした。
 距離を取り、身を隠している二人を見つけることは困難だ。そのはずなのに、二人にはぞっとするような感覚が走った。
 見つかった。
 ドージェは体勢を戻しながら、指を弾いた。先ほどの爆発で舞った小石の一つ、それを弾いて飛ばしたのだ。
「危ない!」
 ティリーシアは咄嗟にマルティナの前に飛び出した。何をしたのか見えなかったが、何かをしたことはわかったからだ。
「あぐっ!」
 肩に鋭い痛みが走り、血が流れ出る。そのまま、覆いかぶさるようにして二人は遮蔽物に身を隠した。
「あいたたた。ふぅ、危なかった」
 先ほどの石は、マルティナの顔に向かって真っ直ぐに飛んできていた。命に関わるかは当たり所次第だが、傷は残っただろう。
「次がこないうちに移動するべきだね」
 美しいコースを飛んできた小石は、しかしドージェの立場からすれば咄嗟の一撃に他ならない。次はもっと精度と威力を高めたものがくるだろう。
 マルティナはその提案を受け入れ、移動を開始した。思ったよりは傷は浅いようだが、ティリーシアの傷の手当ての必要もある。

 チャンスが来た、とラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は思った。
 ドージェが何故かそっぽを向いて、その意識もまたそちらに向いているのである。これほどまでに、隙を見せたのはこの瞬間がはじめてだった。
 今しかないと、おもむろにメルアドを書いた紙を握り締め、ラルクは飛び掛った。
「俺とメルアド交換しやがれえええええ!!!」
 流石はドージェ、声を出す前にこちらに気付いて迎撃の姿勢を取る。
 できれば顔面を殴りつけたいところだったが、遠すぎる。あえてドージェの手の平を狙い、拳を掴ませた。そこで、メルアドを書いた紙だけ手に押し付けて、握りつぶされる前に手を引く。
 手の中に違和感を感じたからだろう、ほんの僅かな反応が間合いを仕切りなおす時間を稼いでくれた。
 ドージェは手に残された紙に目を向ける。
「メールか、以前携帯を壊されてそのままだったな」
「!?」
 ラルクは二重の意味でびっくりした。ここまで、ドージェはまともに言葉らしい言葉を口にしてはいなかった。「ふん」とかそんな息を吐くようなものは何度かあったが、意味のあるものはこれが初めてだった。あと、携帯を持っていないというのも衝撃の事実だった。
「メル友になるには、まずは携帯を持たせる必要があるってことか……」
 朗報もある。以前持っていたという事は、ドージェは携帯電話を利用できるのである。
 とはいえ、携帯ショップに行って携帯を買うドージェの姿は想像を絶するものがある。たぶん、自分では行かないだろう。誰かが、携帯を渡してやる必要がある。どのような携帯だったら、彼に似合うだろうか。多少丈夫なものでないとちょっとした手違いで壊してしまいそうである。機種選びは慎重を要するだろう。
 そんな事をラルクが考えたかは別にして、ドージェの動きが止まった事に機会を得たと見たのがもう一人、姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ。
「ドージェ、聞いてくれ。パラミタを救うために力を貸して欲しいんだ」
 その言葉に、ドージェはメモ用紙から顔をあげた。
「マレーナも今は夜露死苦荘で皆と仲良くやってる。彼女のためにも、パラミタを守るために力を貸してくれ」
「マレー……ナ?」
「……? どうしたんだ、ドージェ」
 マレーナという名前を聞いた途端、ドージェは頭を抱えてその場に膝をついた。
 近寄ろうとしたが、強い敵意のようなものを感じて和希の足は止まってしまった。
 ただ見守ることしかできない和希の背中越しに、ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)の声がかかる。
「今、中の調査をしいる仲間からの連絡がきたのだがな、データボックスと思われるところで膨大な量の東京の資料を見つけたとのことだ」
「東京の?」
「恐らく、東京を再現するのに必要だったのであろうな。それでな、その中にあったそうだ」
「あったって、何がだよ」
「ドージェ・カイラスのものと思われる映像なのだよ」
「つまりそれって……あのドージェも、偽者……?」
「えーー! 嘘だろ、アレ! どー見たってドージェじゃん」
 近くで偶々話しを聞いていた泉 椿(いずみ・つばき)が驚きの声をあげる。
 もうすぐ、ミナ・エロマの作っているカレーのできる頃合でもある。そしたら、それを食べさせてドージェを仲間にしようと画策していたのに!
「確かに、こうして戦ってみてもアレが偽者であると誰も確信を得ることはできなかったのは事実なのだがな」
 あのドージェが偽者か、本物か。誰も今まで答えを出せないでいた。偽者かもしれない、という疑念を抱きつつも、そうだと言い切れる材料が無かったのである。
 それになにより、歴戦の契約者であっても軽々と撃退していくその強さは、その見た目や仕草以上に、簡単に再現できるようなものではない。
「東京のこともあるから、ありうるだろうっては思ってたけどさ……」
「ちょっと待てよ、ドージェ作れるとかズルだろ。ってことは、今度はこれからどんどんドージェが攻めてくるかもしれないってことか?」
 椿の言葉に、和希は戦慄した。量産型ドージェによる制圧進行、ダメだ、それ止める方法が存在しない。
「断言はできぬが、それは無理だろうな」
「どうしてそう言い切れるんだよ」
「あのドージェは、あの場所からほとんど動かないのだ。距離のある相手には、物を投げたりして対処している……恐らく、あそこから動けないのだよ」
「動けない、か」
 言われてみれば、ドージェの立っている場所は最初の地点からほとんど変わっていない。もし、彼が防衛用に配置されたのであれば、中枢に向かった仲間を追っただろう。そうしないのは、できなからであると言われれば納得もできる。
「ふむ、しかし今後の改良によってはそれも可能になるかもしれないだろうな。今ここでこの月を止めることは、未来のドージェ軍団の誕生を阻止することにも繋がるのであろうな」
「な、なんとしてもみんなに頑張ってもらわないとだな」
 おぞましい未来について三人の会話が行われている中、スタスタとラルクはドージェに歩み寄っていった。気合を入れても足がすくみそうな敵意の中を、平然した様子で歩かせているのは、この上ないほどの憤怒だった。
 ドージェとメル友になるという夢を、汚した怒りである。
 膝ついていたドージェはまだ動かない。
「………っ!」
 黙ったまま、怒りの鉄建を振るう。頭を抱えていたドージェは、避けることも防ぐ事もせずに殴られて、少しバランスを崩しながら三歩よろめいた。
 陶器が割れるような音が響く。
「なんだ?」
 拳を当てたラルクも、その音に驚いた。音が鳴ったのは、ドージェがよろめいたあとで、殴った瞬間ではない。見ると、ドージェの顔に、縦の亀裂のようなものが入っている。その亀裂から、ドージェの顔の一部が剥がれ落ちた。
 覗いた内面は、肉でも血でもなく、知識がある者が見れば、それがイレイザー・スポーンを構成している物質と酷似している事がわかっただろう。
「化けの皮がついに剥がれたな!」



「すみません」
「いや、十分だ。こちらはもうすぐ終わります、いえ、終わらせます。撤退の準備を進めてください。こちらの支援も、可能な範囲で構いません」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は決意を込めて、『旅人の書』 シルスール(たびびとのしょ・しるすーる)にそう返事をした。シルスールは、あふれ出しているスポーンの処理に奮闘している。最初はドージェとの戦闘の邪魔にならないようスポーンの乱入を防いでいたが、今では押し寄せるスポーンの対処に奮戦していた。
「それでは私は撤退の準備に勤めます」
 離れる前に、シルスールはパワーブレスでウィングを強化していった。
 振り返ったウィングは、シルスールの背中越しに、蠢く雲のようなものを見る。大量に押し寄せているスポーンの群れだった。
「時期は来た、ここであの亡霊を葬りさります」
 顔の一部が剥がれ、その正体の一端をさらしたドージェの偽者だったが、だからといって急激に弱体化したというわけでもない。
 相変わらず圧倒的なパワーの前に、契約者は翻弄されるばかり―――ではなかった。戦闘そのものが、大きく変容していた。今までは、誰かがルールを決めたわけではないのに、一対一に近い戦いが繰り広げられていた。今では易々とまみえる事の無くなった相手と手合わせできるとなれば、納得のいく形にしたいという思いがあったのだろう。
 だが今では、あれが偽者であるとはっきりと判明した。最強無敵の神が、倒すべき強靭な敵になったのである。負傷し下がっていた仲間も、治療を終えて戻ってきて、力を合わせて敵を倒そうとしていた。
「はぁぁぁっ!」
 ウィングが振り下ろした剣戟は、ドージェの腕によって防がれた。素手であるのに、刃が通らない肉体にはもはや舌を巻くしかない。
「どっかーん!」
 ドージェの背後から、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の強烈なビーストタックルが打ち込まれた。また、何かが割れるような音がして、今度はドージェの左わき腹の部分が剥がれ落ちた。
 背後に振り返りながら、ドージェはサクラコに向かって裏拳で迎撃する。回避するのが間に合わず、サクラコは攻撃を受けた。数メートル吹っ飛ばされたところで、白砂 司(しらすな・つかさ)がサクラコを受け止める。
「怪我は、ないようだな」
「うん。思ったよりは、痛くなかったです」
 今の一撃であれば、もっと豪快にサクラコが吹き飛ばされてもおかしくなかった。そうならなかった原因があるとすれば、
「ドージェの殻が剥がれ落ちてるからか?」

「ぐおおっ!」
 クロスボウ型の光条兵器リンクスアイが、ドージェの殻の無い部分を撃ち抜いた時、苦痛の声を漏らした。
「今だ!」
 麗華・リンクス(れいか・りんくす)の声に頷き、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は共にドージェの偽者へと肉薄した。
 麗華が勇士の剣技をもって切りかかる。一撃目、まだ殻のある腕によって防がれる。二撃目は体捌きで空を切った。最後の三撃目に合わせて、優希の渾身の力を込めてライトブリンガーを繰り出した。
 万全の状態でなくなったドージェの偽者に、二人の技を完全に防ぐことはできなかった。リズムがあった麗華の剣は受け止められても、ライトブリンガーには対処できずに、胸にできたひび割れに直撃した。
 一撃を打ち込むたびに、どんどん殻が剥がれ落ちていく。殻が剥がれ落ちていくにつれて、そのパフォーマンスも低下していった。
「ぐあああっ」
 それはもはや、声すらもドージェのものとは異なっていた。
 だがまだ止まらない。まだ殻の残っている太い腕が、二人を打ち払う。
 もう自身が繰り出す攻撃の衝撃にも、殻は耐えられないのだろう。さらに殻は崩れ落ちて、苦痛なのか怒りなのか、もはや感情を読み取ることもできない雄叫びをあげた。
「オオオオオッ!」
 もはやそれは、人の姿を模したよくわからない塊となっていた。
 残っているのは、太く逞しい片腕と、顔の半分しかない。それ以外の部分は、何と呼べばいいのかわからない物質によって構成されていた。
「滅び行く過程というものは、何であれ物悲しいものですね」
「ああ、もう終わらせてやろう」
 サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)の言葉に、氷室 カイ(ひむろ・かい)は頷いた。
 一度、このドージェの偽者に詰め寄った時は、二人はただの突きでさえ対処しきれなかった。だが、今はどのような攻撃を仕掛けてくるのか、はっきりと見える。
 偽者の拳は空を突き、カイの剣はその体を切り裂いた。
 その衝撃で、最後に残った殻も剥がれ落ちる。膝をつき、カイを見上げたそこには、人の顔を構成するパーツは口しか残っていなかった。
「俺は―――」
 何かを言おうとした偽者は、ベディヴィアの一撃で最後まで語ることなくその活動を停止した。
 そこから先を口にしていいのは、後にも先にも、たった一人だけである。



「やっとか、随分と待たせてくれたものだな」
 ドージェの偽者が倒れる姿を見届けて、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は一人頷いた。
「かっこつけちゃって。東京みてうろたえたり、ドージェ見つけた時はあたふたしてたりしてくせに」
「少し驚いただけだ。うろたえてもあたふたもしていない!」
 語気を強めて、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)に言い返した。
「あそこが通れれば、一直線に穴に向かうことができますね」
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)がそう言うと、エヴァルトもロートラウトもエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)も頷いた。
 ドームの内側には、イレイザー・スポーンが大量に侵入しており、残った戦力でそれらを押し留めるのはもはや不可能だった。入り口はもう奴らに占拠されてしまっており、逃げ場は中央の穴しか残っていない。
「あそこから、外に出る道が続いていることを祈るしかないというわけか」
「きっとあるよ。そうじゃなかったら、もう絶対みんな中枢にたどり着いてるもん」
 もし狭い施設だったら、調査もすぐ終わって月もとっくに停止しているだろう。そうならないという事は、短時間で走破できない巨大な施設が穴の向こうに広がっているのだとロートラウトは考えたのである。
「そうですね、あそこまで不便な入り口が一つだけというのは変だと思います」
 よほど強靭な足腰があれば別だが、穴に飛び込むなんて危険な入り口しかないのは確かにおかしい。
「おっと、おしゃべりが過ぎてしまったな」
 エヴァルトは、二人に背を向けて向かってくるスポーンの群れに向き直った。
「うわ、今度はさすがに止めきれないかも」
「まぁ、時間を稼ぐぐらいはできるさ。二人はそのまま、自力で動けない奴をその箒で運んでくれ。あと何人ぐらい残ってるんだ?」
「あと一往復すれば」
「よし、それぐらいの時間なら稼げる。適当に遊んでやって、俺達も……」
 ロートラウトが居たはずの場所に姿がなく、少し前に出ていた。彼女の前方、投げつけたフルムーンシールドが敵をなぎ払っている。戻ってきたフルムーンシールドと入れ替わるようにして、マシーナリーソードを振るいスポーンを切り裂いていく。
「なっ! 一人で大活躍などさせんぞ!」
 エヴァルトも慌ててスポーンの群れに飛び込んだ。