校長室
創世の絆 第三回
リアクション公開中!
ドーム内部に突入する・5 「仲間ともはぐれちまうし、あいつらが追いかけてくるし! もう上の奴らは突破されちまったのかよ!」 走りながら、国頭 武尊(くにがみ・たける)が喚き散らす。その後ろからは、彼らを押しつぶさんとでもいうような勢いで、スポーンの群れが迫ってきていた。 「いや、それにしては対応が早すぎる。もともと中に居た奴らだ」 そう断言するエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)に、確証となるようなものは無かった。そうあって欲しいという願望半分といったところだろう。その予測は正解しており、この施設の中にはスポーンがあちこちに待機していた。 彼らそのものの知能指数はどの程度かは想像するしかないが、外では大軍をある程度統率していた。それは、地球で言えばライオンやハイエナの群れのようなものと似ているもので、軍隊の統率とは少し違うが仲間での同士討ちのような醜い姿はさらしていない。この逃走劇の最中には判断はつかなかったが、最前線に出ていない待機スポーンは、そのどれもが未熟な、あるいはどこか歪な部分が散見された。 詰まるところ、彼らはその大兵力をもって外で迎撃できると考えていたのである。ここに残るスポーンの群れは、もともと戦力に数えるには物足りないものなのだ。 そんなものでも、数が集まれば厄介だし危険だ。そのため、今は逃げる他の選択ができない。 「おい、分かれ道になってんぞ」 「とにかく真っ直ぐだ!」 見通す限り、直進の道はまだまだ続いている。先の見えない左右よりは若干安全である。 真っ直ぐ進むと、途中から突然道が細くなった。そして、そのずっと先に扉のようなものが見える。扉は片方が何らかの理由で外され、その奥に部屋があるようだ。 道が細くなったところに入ると、エールヴァントはそこで一度立ち止まって振り返った。 「ここなら、なんとかなるかも」 「おい、どうした?」 「ここだったら、あの大軍も自由に動き回れないはずだ。ここで迎撃する」 「あいつらと戦うってのか?」 横に人が三人並ぶとぎりぎりの通路だ。ここでは数を活かして戦うなんてできないだろう。エールヴァントの言い分は正しいように見える。 「確かに戦いやすいかもしれねぇが、そうだとしてもあの数は相手になんてできねぇぞ」 「いや、全部倒すつもりなんてない。あの扉、随分立派で厳重だと思わないか?」 片方が無くなった扉は、かなり分厚い金属でできていた。ただの扉なら、あそこまでの厚さは必要ないだろう。何か、大事なものがその先にあると想像するのは、難しい事ではない。 「あくまで、時間を稼ぐだけだ。アルフ……アルフ?」 返事の無いアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)に、エールヴァントが振り返ってみると、アルフは姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)を捕まえて話しかけていた。 「食事ですか?」 「そ、今度俺と一緒に食事しない?」 お食事という言葉に対する雪の反応を見て、アルフは押せばいける、という長年の経験から培った直感を得ていた。無論、その視線は雪に向いているので、その様子を眺めながら「あーあ」という顔をしている坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)には気付かない。 腹ペコ雪を満足させる食事である。大変な事になるだろうと、鹿次郎にはほぼ外れない未来予測が成り立った。小難しい技術やスキルなんていらない、経験談から来る直感である。 「アルフ、この状況下でもナンパを忘れない君って全くブレないねっ」 こめかみをピクピクさせながら、満面の笑みでアルフの肩を掴むエールヴァルト。その笑顔が危険物であることは、アルフにもよくわかった。 「……とにかく、ここで奴らを足止めする。援護してくれ」 謝罪や説教をしている暇なんて無いので、小さなため息でアルフの行動を見逃した。とはいえ、別に許したわけでもない。 「みんなはあの部屋に何があるか確認してくれ。時間稼ぎっていっても、そう長くは持たないだろうから」 エールヴァルトとアルフの時間稼ぎの間に、奥の部屋に駆け込んだエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が最初に口にしたのは、「真っ暗だな」の一言だった。 ここまでの通路は、かなり暗くはあったが、ところどころ照明がついていた。それらは点滅していたり、弱々しくなっていたりしていた。メンテナンスがされない故に、あちこちの照明の寿命がきているのだろう。 分厚い扉の向こうが真っ暗なのは、そういった照明の寿命といった問題ではなく、照明そのものが設置されていなかった。手持ちの明りで照らしてみても、照明らしきものは無く、それどころか天井から壁に至るまで黒で塗装されている。 「あれは、なんだ?」 時間はなくとも、慌てて動き回れない暗闇の中で、それはすぐに見つかった。 「台座ではないでしょうか?」 部屋の中央に、機械部品をむき出しにした何かが立っている。丁度、エースの腰ぐらいの高さだ。その天辺、中央に宝石が一つ、どこにも接しないで浮かんでいる。 「……どこかで見たことあるような?」 宝石そのものは、手の平におさまりそうな小さなものだ。それが、随分と偉そうに設置されている。浮かんでいるのは、この台座の力か宝石の力か、何が起こるかわからないが、恐る恐るその宝石に手を伸ばしてみた。 パチっと、小さな静電気のような衝撃が返ってきて、慌てて手を引っ込めた。 「これは……」「なんでござるか?」「眩しい」 突然、部屋全体が発光した。眩しさに、誰もが手をかざし目を細める。実際には、この光はそんな強いものではなく、ただ暗闇に目が慣れていたから強く感じたに過ぎない。すぐに、誰しもがこの光に―――映像に目が慣れた。 「なんでしょう……子供?」 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が呟く。随分と荒く、色も薄い映像が、部屋全体をスクリーンとして映し出されていた。その映像には、二人の少年がカメラを覗き込む様子が映し出されている。 「なぁ、あれってもしかしてさ」 驚きと疑問が混じった声で、猫井 又吉(ねこい・またきち)がその少年の片方を指差した。 「ドージェだよな……目元とか、似てるなんてレベルじゃねーぞ」 その言葉がいけなかったのか、又吉がそう口にした途端映像は大きく乱れて掻き消えた。 思い沈黙が、暗闇の部屋を包む。又吉の言葉に、誰も反論はしなかった。できなかったと言った方がしっくりくる。初見では気付かなかったエースも、言われてみればドージェの面影がはっきりと見てとれたのだ。つい先ほど、ここに来る途中で見かけた相手である、気のせいという事はないはずだ。 「……なんで、ドージェの映像がここにあるんだよ」 その疑問は最もで、そもそもあんな映像は一体どうやって撮られたものなのか。ドージェが最強と呼ばれるようになる以前の、ただの子供であった頃の記録なんてそもそもあるとは思えない。 「さっき、これに触れたのでござるな?」 「あ、ああ」 鹿次郎がいつの間にか、台座のすぐ近くに立っていた。そして、躊躇うことなくその宝石に手を触れる。ちょっと待て、という言葉をかけるのが間に合わなかった。 また、部屋が光に溢れる。今度は、先ほどの乱れた映像とは違い、しっかりとしたもので色もついていた。 「おお、巫女さんでござる。やはりこれは、データボックスでござったか!」 興奮した様子の鹿次郎に引っ張られて、みんなはその映像を見た。十代の女の子が、巫女の姿をしてニコニコしている映像が映されている。しかしよく見ると、それはどこかの喫茶店の店内の様子で、さらに付け加えればテロップとワイプに見知らぬ誰かの顔がある。ニュースか何かの映像のようだ。 鹿次郎はそれがコスプレでもいいのか、その映像をじっと見ていたが、他の面々はそれぞれ三百六十度全面に映し出される映像を見渡した。 何か高い建造物から、東京を見渡した映像。ニュースを読む男性の映像。自衛隊の演習の様子。どれもこれも、音声は無かったが見知らぬ文字で注釈か解説のようなものが付け加えられていた。 「確かに、こいつはデータボックスで間違い無さそうですね」 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、手で映像に触れてみる。スクリーンに照射しているのではなく、映像が映し出されている。そのため、手で隠したりしない限り、影が乗って見えなくなるなんて事はない。 「自衛隊の演習はともかく、他のは全部東京の映像です。ニルヴァーナになんで、こんなに大量の東京の情報があるんでしょうね?」 口調こそ疑問系だが、それはそのまま答えのようなものだった。月にあった東京を作る為に、必要なデータだとしか思えない。ニュースのようなテレビで放映していた映像がほとんどだが、中には個人撮影したらしい車載カメラの映像もある。 「……だめだな、どうやったら接続できるかもわかりゃしない」 「宝石とこの台座のどっちが本体かも判断つかねぇ」 台座を調べていた強盗 ヘル(ごうとう・へる)と又吉がそれぞれそう口にする。データボックスと聴かされていたので、てっきり箱のような、コンピューターの塊を想像していただけに、この宝石と台座はどう扱えばいいのかもわからない。 「運び出せるかも、わからないか?」 「その宝石が本体なのか、それとも宝石はただの操作用の端末なのかもわかんないな。ただ、宝石自体はそんなに強い力で固定されてるわけじゃないようだ。一か八か、宝石だけ持ってくか?」 宝石がデータボックスの全てなら、それでもいいが、そうでなくこの台座の下に、巨大なサーバーのようなものがあった場合、宝石だけ回収しても無意味だ。 「……っ、おい! 時間はもうねぇぞ!」 外の様子を見張っていた武尊が、こちらに向かって走るエールヴァルトとアルフの姿を確認した。無論、その後ろには厄介な集団も居る。 「くそ、どうする。せっかくデータボックスを見つけたんだ」 この戦力で、スポーンを迎撃するのはほぼ不可能だ。だから、なんとしてもデータボックスは回収しなければならない。 せめて、先ほど映し出されたのが東京の映像ではなく、パラミタを救う方法であったなら、最悪回収を諦めることもできただろう。データボックスを手に入れる最大の目的は、そこにあるのだから。 「そうだ、何か見えたか?」 エースの言葉に、すまなそうにメシエは首を振った。 台座と宝石に、それぞれサイコメトリをメシエは行ったが、パラミタを救う手段のようなものを読み取ることはできなかった。だが見えたものもある。人間の手の平らしきものだ。ドラゴニュートでも、獣人のものでもない、人間やパラミタ人のような手の平である。ただ、それが誰のものかとか、何か意味があるのか、と問われてもただ見えただけのメシエには説明できるものではない。 「貴方の中にパラミタを救う情報があるのなら……応えて下さい!」 ザカコのその行為は、時間が無く、無理に迎撃するか諦めるか、それしか選択肢が無いと考えていた中では奇妙なものだった。先ほどと同じように、宝石に手を触れながら、そう声をかけたのだ。いや、宝石に向かって祈った。 誰もその様子を馬鹿にはしないが、しかしそんな事に意味があるとも思えなかった。映像が突然途切れたのは、また触れて切り替わるだけだと誰もが思った。しかし実際には、その祈りは確かに届いていた。 真っ黒になった部屋の一角に、大きな文字で言葉が綴られた。一カ国の言語ではなく、いくつかの、地球で主要に使われる言語が並ぶ。英語、中国語、ロシア語、日本語、他にもたくさん。それぞれの文字は、どれも同じ内容だ。 『私を連れていって』 その文字をなんとなく口にした、ザカコの目の前で乾いた音がなる。見ると、宙に浮いていた宝石が、台座の上に落ちていた。 「急げ!」 武尊の言葉に押され、ザカコは宝石を掴んだ。それと同時に、部屋の一角から光が差し込んでくる。奥にはもう一つの扉があり、それが開かれたようだ。 「向こうから出るぞ」 私とは誰なのかもわからないが、敵意はない。そう信じて、エースはその扉に向かった。アルフ達も、とにかくそちらに逃げればいいと部屋を通り抜ける。それぞれ、その扉に向かっていく中、武尊だけは途中で振り返った。 その手には、機晶爆弾があった。 それを部屋の中央、天井近くに投げつけて部屋を出る。まるで連携したかのように、爆発の寸前に扉が閉まって、部屋からは天井が崩れる音が聞こえてきた。確認はできなかったが、音から恐らく部屋は崩落してスポーンどもが追ってこれなくなったはずだ。 「……随分と準備がいいですね?」 「まぁな、爆発は浪漫だろ?」 ザカコの問いに、武尊はおどけて返した。本当は、こんな使い方をするために持っていた爆弾ではない。みんなを出し抜いて、データボックスを独り占めしたあとに、爆破して情報の優位を取るための用意だ。それもこれも、分校のためだ。 今も、ザカコの手から宝石をひったくる事を考えてしまっている。だがそれは、言い訳のしようがない妨害行為であり、引いては分校の立場を悪くすることである。それでは、意味がない。 「……オレは焦ってるんだろうか?」 「なんか言ったか、武尊」 思わずこぼれた独り言を、又吉が耳ざとく拾って武尊を見上げた。 「いや、なんでもない」 データボックスの回収に貢献した。功績としては、それも十分価値がある。そう自分の中で、納得させる。それに回収しただけでは半分だ、それを届けてはじめて意味がある。今だって、一時の危機を切り抜けたに過ぎないのだ。