空京

校長室

創世の絆 第三回

リアクション公開中!

創世の絆 第三回
創世の絆 第三回 創世の絆 第三回

リアクション



ドーム内部に突入する・10


 隔壁が開いていくのを確認し、ルバートはサンダラ・ヴィマーナに向かっていた。
 外にある制御室でできる作業は以上だ。残りは、サンダラ・ヴィマーナの乗り込み、そこから操作しなければならない。
 格納庫の中では、追ってきた契約者との戦闘が繰り広げられている。どうやら、どちらか一方が圧倒的できてはいないようだ。構わない、時間さえ稼げれば今は十分である。
「ルバート!」
 志方 綾乃(しかた・あやの)の声がルバートの足を止めた。共にいた二人が声のしたほうに立ち、盾になろうとする。
「構わん。お前達はサンダラ・ヴィマーナの射出準備を進めろ」
 そう言って、二人を送りだすと、綾乃を見据えた。
 ルバートに向かって振り下ろされた綾乃の一撃を、ルバートはその腕を取って放り投げた。
 地面に叩きつけるような投げではなく、勢い殺さずに放り投げるような形だ。綾乃はダメージらしいダメージもなく、ただ間合いを一度仕切りなおされた。
「ふむ、いい目だ。そういう目を持つ若者は好きだな、つい遊んでしまいたくなる」
 言いながら、ルバートは一度後ろを振り返った。サンダラ・ヴィマーナの位置を確認したのである。
 十分な余裕があると判断したルバートは、左腕を少し掲げた。そこには金色の腕輪があった。デザインは、他のブラッディ・ディヴァインの装着しているものと一緒である。
 微かな光を発して、次の瞬間には目の前に機械の巨人の姿が権限する。ただ、他のものと違うのは腕輪と同じく金色をしており、機械の翼は全部で六枚あることだった。
「さぁ、来るがいい」
 黄金のセイラフィム・ギフトが構えると、その手にランスが握られる。
 他の銀色のギフトもそうだが、彼らはそれぞれに武器を持つことができるようだ。それらは剣、槍、弓などで、機械仕掛けであるのに銃やミサイルのような武器は使わない。それぞれの刃渡りや形状には、持ち主の趣向が反映してか差異があるが、実質的にそれによる攻撃力の変化といったものはないようである。
「あれだけ長い槍なら、間合いに入れば対応できないはず」
 ルバートのセラフィム・ギフトが持つランスは、騎兵が馬に乗って使うもので、本来は地面に立って使うものではない。歩兵用の槍とは形状の違うそれは、馬の突進力を持って相手を鎧ごと串刺しにするものである。
 ギフトであれば、突進力は補えるのだろう。だが、長さのせいでどうしても接近戦が不利なのは明白だった。付け入る隙があるとすれば、そこしかない。
 綾乃はルバートに向かって全速力で駆け出した、まずは最初の槍の一撃を掻い潜る。

「……あれ?」
 目が覚めた綾乃は、何故かアルベリッヒの腕の中にいた。
 すぐ近くには、リオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)の顔もある。
「目が覚めたようですね。立てますか?」
 頷くと、地面に下ろされた。体の節々が痛いのは、セラフィム・ギフトに何度も吹き飛ばされたからだ。そのたびに、リオに叩き起こしてもらって戦闘を継続していた。
「驚きましたよ、いきなり目の前に飛んでくるんですから。あやうく事故になるところでした」
 どうやら、吹き飛ばされたところにアルベリッヒが居たらしい。それで、咄嗟にキャッチしてくれたようだ。
「動きが雑になってますわよ。死にたいの?」
 目が合うなり、リオがいきなり説教をしてきた。そんなつもりは綾乃に無かったが、知らず知らずのうちにそうなっていたのだろうか。
「どうです、何か攻略法は見えましたか?」
 金色のギフトは、未だ健在で立ちふさがっている。
「まるでイコンのようですけど、そのつもりで相手すると怪我しますね」
「怪我の塊みたいになってよくいいますわ」
「まぁまぁ、それはどういう事でしょうか?」
「あの中に、人は乗っていないんです」
 人が登場して運用するイコンは、当然パイロットの安全を考慮されている。だが、セラフィムギフトは、外から操るものであるため、そういった安全のための装置が無い。急激なGを防ぐためのシステムや、イコンでは本来しないような動きを可能とするのである。バク転や、側転をしたり、フットワークでリズムを刻んだり、イコンでも可能ではあるが無意味だったり、パイロットに負担がかかる小刻みな動きを、セラフィム・ギフトであれば可能であるという事だ。
 イコンによる戦闘を知っていれば知っているほど、その奇妙な動きに虚を突かれてしまう。機械の姿に騙されず、巨大な生身の人間を相手にしていると頭を切り替えないと、簡単に不意打ちをもらってしまうだろう。
「なるほど、戦闘に駆け引きを持ち込むレベルにもなれば、厄介極まりないことですね……なら、やはり狙うべきは持ち主本人ですね」
 どこからか四本の矢がルバートを狙って飛来する。
 その弓はどれもルバートを貫きはしなかったが、床に突き刺ささるといくつもの亀裂を生じさせた。
「むっ」
 攻撃の弾道を読み取って、避けなかったルバートはこれには少し驚いた。
「妖精パワー、どっかーん!」
 ルーナ・リェーナ(るーな・りぇーな)がホエールアヴァターラ・バズーカでルバートを狙った。避け切れない、と判断したルバートは防御姿勢を取る。ルバートを爆風が飲み込んだ。
「やったか?」
 ルーナが目を凝らして、爆発の中心に目を向ける。
 その爆風が収まる前に、煙の中から人影が飛び出した。
 セラフィム・ギフトが飛び出してきた人影を受け止める。手の上に立ったルバートのパワードスーツには、破損が見られた。
「やれやれ、遊びすぎたか……これはまずいな」
 ルバートを狙って、さらに矢が放たれるが、今度はそれをギフトが全て叩き落した。
「そこかっ!」
 パワードスーツのレーザーで、矢を放ったディアーナ・フォルモーント(でぃあーな・ふぉるもーんと)に攻撃を仕掛けた。損傷によるものだろうか、狙いは正確ではなく、ディアーナのすぐ近くにレーザーは着弾した。
 ディアーナが次の弓を構えるのと、ルバートがレーザーの軌道を修正して銃口を向けるタイミングが重なり、自然とにらみ合いの形になった。
「あなたとアルベリッヒさんは……今、どう繋がってるんですか」
「質問の意図が読めんな。元同僚というのでは、不服かな?」
「アルベリッヒさんの記憶喪失にあなたたちが何か関わっているのでしょう?」
「なんだ、それは……記憶、喪失だと?」
 見るからに、ルバートは動揺をしていた。
 向けられていた銃口が外され、眩暈でもしたのか額を抑えてうつむく。
 弓を撃つなら絶好の機会だったが、代わりにギフトが強い睨みを利かせて周囲を威圧していた。
「そうか、道理で……っ!」
 突然、金色のギフトは武器を手放し、拳で床を殴りつけた。
 拳は床を貫通し、大きな振動が発生して狙いを定めていた弓も下ろすしかなかった。
「興ざめだ。アルベリッヒよ、貴様の憎しみはいとも容易く手放せるような、そんな軽い代物であったか。期待した私が馬鹿だったようだな、もういい。てっきり貴様は、組織なんてものよりも自分の憎しみのために勝手に行動していると思っていたのだがな、なるほど、記憶を失って正義に目覚めたとかそんなくだらぬ理由でそこに居るのか」
「………」
 アルベリッヒは、何も言い返せなかった。
「もうよい、つまらぬ。今日はこれで失礼させてもらおう―――」
 そう言った途端、格納庫の照明が突然全て落ちた。
 間もなく、照明は非常灯に切り替わり、先ほどよりは薄暗いものの視界が戻ってきた。その時には、ルバートはロケットらしき物体、サンダラ・ヴィマーナの上に移動していた。
「ああ、一つだけ礼を言っておこう。この黒い月を止めてくれて助かったよ。ただの荒地では奪いあって殺しあう理由には弱いものだからな。この土地の商品価値を保ってくれた事に感謝しよう」

 ―――マスターがモードレット卿達を止めたいとおっしゃった。妨害する者達ではなく彼ら「個人」を。
 沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)を支えていたのは、マスターである沢渡 真言(さわたり・まこと)の願いだった。
「手も足もでねぇか」
 セラフィム・アヴァターラの強力な力に、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は笑いを堪えきれない様子だった。
「さて、もうちょっかい出せないようにトドメを刺してやるか」
 動くのは、二枚の翼の銀色の巨人だ。もったいつけるように、ゆっくりとした動きで隆寛に近づいてくる。
 その時、突然全ての照明が、何の前触れもなく落ちた。
「なんだ?」
 突然の暗闇にモードレットは、巨人を足を止めた。
 なぜ突然照明が消えたのか。その原因はこの施設を管理している中枢が、過負荷によってシャットダウンしたからである。その暗闇はほんの数秒で、中枢の機能の停止を確認してすぐ、各ブロックの予備システムが非常灯を点灯させる。
 この僅かな時間に、隆寛はランスバレストを繰り出した。
 その気配を、モードレットも察知する。
 後だしになったモードレットの一撃は、何も捕らえられない。
「やって……くれるじゃねぇか!」
 隆寛のランスバレストは、セラフィム・ギフトをすり抜けて、モードレットを突いていた。左わき腹に、ウルフアヴァターラ・ソードが深く食らいついている。
「あなた方を、止めると、かはっ」
 二人の足元には、大きな血の水溜りができていた。どちらか一人のものではなく、二人のものだ。
 隆寛の背中には、ルーンの槍が突き刺さっていた。
「隆寛さん」
 真言の声を、隆寛はすごく遠くからのもののように聞こえた。
「おっと、余所見は危ないですよ?」
「うわっ」
 どこか遠くで、マスターが危険な目にあっている。
 早く助けにいかなければ。
 足を動かそうとして、そのまま生暖かい血の水溜りにうつ伏せに倒れた。

「調子に乗るからですよ」
「うるせぇ、俺はまだ戦える。こいつだって、俺を見放しちゃいねぇ」
 モードレッドは自分の腕にまだ銀色の腕輪がついているのを、久我内 椋(くがうち・りょう)に見せ付けた。
「見放すですか。確かに、その通りですね。力が無いと判断されれば、一方的に契約を切られる身というのは、あまり面白くない立場です」
 二人は、銀色の巨人の手の平の上に立っていた。それは、モードレットが操っていたものではなく、別のブラッディ・ディヴァインの操るものである。
「いいのかよ、あいつら放っておいて」
「それはむしろ俺が聞きたい事ですが―――まぁ、いいでしょう」
 彼らが見下ろした先で、大怪我をした隆寛を助けようとしているところだった。
「急所にはいれらなかったんですよね」
 モードレットは答えず、ただ顔を背けた。ちゃんと治療ができる人が一人でもいれば、彼は助かるだろう。
「時間を稼ぐという役割は果たしましたし、ヴィマーナを手に入れるという目標も達した以上、長いする理由はありません。これは撤退ではなく、任務完了です」
「余計な事言ってると、ぶっ飛ばすぞ」
 そう言い返すと、それっきり椋は何も言わなかった。
 思わぬ一撃を受けて、頭の天辺まで血が上ったモードレットが彼らに利害無視で突っ込んでいくかどうかを測っていたようだ。それが無いと判断した以上、喋る理由は何も無い。
 先導するパワードスーツと共に、二人はサンダラ・ヴィマーナに乗り込んだ。

「……! いけない、みなさんあのロケットから離れてください」
 危険を感じ取ったのは、アルベリッヒだけではなく、あちこちで同じような言葉が飛び交っていた。
 火が入ったロケットは熱と振動を撒き散らしながら、開かれた空に向かって動き出した。
 ゆっくりと、ではない。地面がスライドし、ロケットの発進を補佐する。この馬鹿でかいロケットを射出するための、馬鹿でかいカタパルトが設置されていたのだ。
 瞬く間に最高速度に達したロケットが、空中に射出されるその瞬間、そのボディの一部が爆発した。
「全然足りない」
 その爆発を見ていた、夜愚 素十素(よぐ・そとうす)はぼんやりとした口調で、言った。
 足りないというのは、火力のことであった。
 絶対外に逃げるだろうと、隔壁近くで待ち構えて飛び出す瞬間に天貴 彩羽(あまむち・あやは)がホエールアヴァターラ・バズーカで狙い撃ったのである。
その爆発はかなり大きなもののように見えたが、爆風を突き破って、ロケットは空に消えていく。
 目に見えた限り、ロケットは健在だった。
「足りないって、じゃああとどれだけ用意すればよかったのよ」
 個人携帯でできる火力の中では、ホエールアヴァターラ・バズーカは最上位になる。他の武器との威力の差は、状況や対象によって異なる誤差で立場は入れ替わり立ち換わる。
「一個連隊?」
「そんな数用意できるわけないでしょ!」
「そだねー。でも、無傷ってわけでもなかったみたい」

「どういう事だ?」
 ルバートは険しい顔で、報告してきた部下を睨みつけた。
「先ほどの攻撃が、戦闘の最中にできた亀裂に当ったらしく、内部の主砲制御システムに被害がでております」
「……修理は可能か?」
「それはまず調査してみなければわかりません。なにぶん、未知のテクノロジーでして……」
「不愉快なことは続くものだな。一刻も早く調査を行い、可能なら修理を行え。不可能ならば、私がなんとかしよう」



 ロケットが射出されると、先ほどまで激しい戦闘が行われていたのが嘘のように、格納庫の中は静まり返っていた。
 残されたのは、契約者達と見捨てられたブラッディ・ディヴァインの構成員だけである。
(アルベリッヒさん、聞こえますか?)
 ロケットが消えていった空を見つめていた、アルベリッヒの声が届く。それがテレパシーによるものだと気付いて、返事を返す。
(聞こえてますよ、水無月さん、でしたか)
 以前、パワードスーツについて話しをした水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が会話の相手だった。その近くには、全く口を開かない鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)も一緒に居るはずだ。
(やっと通信できたみたいですね。ずっと呼びかけていたんですけど、まさか無視なんかしてませんでしたよね?)
(してませんよ。声が聞こえたのはたった今です)
(でしたら構いません。そちらは今どこで、何をしているんですか? 途中ではぐれてから、長曽禰さんが気にしてましたよ)
 そうだろう。彼が気にしないわけがない。
(ええ、簡単に説明しますと)
 かくかくしかじか、簡単にアルベリッヒは状況を説明した。
(そうですか……。でしたら、そちらから外に繋がる穴があるというわけですね)
(ええ、そうなりますね)
(それは朗報ですね。今、外でドージェと戦っていた……あ、あれはやっぱり偽者だったようですよ。ええと、そう、外のイレイザー・スポーンの数が多すぎて対処できずに、こちらに撤退してまして、先ほど合流したところです)
 こちらがブラッディ・ディヴァインと戦っている間に、状況はどんどんと進んでいたらしい。悪い方向に。
(長曽禰さんから、その場所を確保し続けるように、とのことです。私達に残された退路は、もうそこしかありません)
(人間万事塞翁が馬というわけですか)
(何か?)
(いえ、では皆さんをお待ちしていると、そうお伝えください)
 テレパシーはそこで終了した。
 連中が開けた穴が無ければ、月が止まったとしても逃げ場を失いスポーンに押しつぶされていたかもしれない。月と心中というのも、今になってみればありえた話しだろう。
 見渡すと、通信を行っている契約者の姿が何人か見える。恐らくは、同じような話しを聞いているはずだ。
「月が止まったのかどうか、聞いておけばよかったですね」
 直接聞かなくても、あちこちから聞こえる歓喜の声に、結果を察するのは難しい事ではなかった。ただ一人、祭りに取り残されたようなそんな気がしてしまっただけである。
 もっともアルベリッヒは自分の立場を思えば、それはむしろ当然であった。