校長室
創世の絆 第三回
リアクション公開中!
ドーム内部に突入する・4 「燃え盛れッ!!」 高塚 陽介(たかつか・ようすけ)はスポーンの群れに飛び込み、その手でスポーンの体に触れながら叫んだ。 オレンジの炎が弾けて、スポーンは驚いたように一度足を止めた。一撃で殺しきれないのは、火術の火力よりも、先ほどから魔法を連発して陽介の精神力が消耗しきっているのが主な原因だった。 スポーンの驚きによる硬直は一瞬で、すぐに体当たりで陽介を突き飛ばした。 「ぐあっ」 体が浮き上がる体当たりに、陽介はその場にしりもちをつく。精神力だけでなく、戦い続けた彼の体も疲労を蓄積していた。ダメージがほとんどないのは、日々磨かれた回避力の成せるものである。 追撃をしかけようとさらに突進していくるスポーンに、咄嗟の対処ができずせめてと防御姿勢を取ったが、大きな音はすれど衝撃は来ない。なんだ、と様子を見ると向かってきていたスポーンの体にトマホークが突き刺さっていた。 「陽ちゃんに攻撃しようとする奴は、あたしが…割断するです」 手の届く距離ではなかったから、トマホークを投擲した九断 九九(くだん・くく)は、スポーンに近づくと刺さったトマホークを抜いて、弱ったスポーンにトドメを刺した。 睨みを利かせながら、周囲のスポーンにけん制しつつ陽介のもとまで行き、黙って手を差し出す。陽介はそれを握って、立ち上がった。 「怪我があったら言ってくださいですぅ」 「ちょっと尻餅をついただけだ、平気だっての」 「嘘はいけませんよぅ? 本当ですねぇ?」 九九は背中を向けたままだ。 「本当だ。ぶつかる瞬間に咄嗟に後ろに飛んだから、見た目ほどじゃない」 衝撃を殺してダメージはほとんどないのは、強がりなんかではなく事実だ。 「いくら切ってもどんどん沸いてきやがるですぅ。これじゃあ、いつまで経っても終わんないですよぅ」 九九の血塗れのトマホークは、激戦で刃が欠けてしまっている。これも長くは持たないだろう。 あとどれぐらいの距離だろうと、蠢くスポーンの群れを見据える。その先には、目指した中央の穴があるはずだが、その姿はスポーンの影になって見ることが叶わない。 それぞれに武器を取って、この最後の壁を突破しようと奮戦するものの、敵も敵で決して通さないと文字通りにその体を盾に壁にして防ごうとしていた。 その数は、こちらの何倍といったものではなく、何十倍というものだった。倒しても倒しても、その数が減ったように見えない程である。 「……くそ、あと少し。あと少しなんだ! 俺に、もっと力があれば」 普段、自分には秘められた力があると豪語する彼の、そんな言葉に九九はちょっと驚いた。普段なら、俺の秘められた力が、とか、この俺の真の力を使えば、とか、そんな事を言っていただろう。 文字通り、空っぽになるまで戦って出たその言葉は、飾りのない本音なのだ。 「中二病じゃない陽ちゃんなんて、調子狂っちゃいますねぇ」 「なんか言ったか?」 「いえいえ、なんでもないですよぅ。ちょっと、こうゆうのもいいかなって思っただけですよぅ」 「うん? どうしたんだ、いきなり?」 絶望的な状況にこそ、血が高ぶる。なんてことなのだろうか、と陽介は解釈した。 うずたかく詰まれたスポーンの壁だったが、契約者はそれを少しずつ確実に切り崩していった。自分たちがこれから踏む地面の分だけ、蹴散らしていったのだ。 そうして、とうとう穴にまでたどり着いた。 綺麗な円の形で掘られた穴は、人工物であることに間違いなかった。岩石や細かい砂の地面が中に入り込まないように内壁はコーティングが施されている。そのコーティングは、見せるためのようなものではなく、かなり無骨な機能性だけを求めたようなものだ。 恐らく最初は穴ではなく、この穴を利用したエレベーターか何かがあったのだろう。それが、何故か跡形も無くなり、穴だけで残っているのである。 正規の手段が無い以上、これに飛び込むしかない。大きく口を開けた穴は、覗き込んでも奥の様子は伺えなかったが、覚悟を決めて次々に飛び込んでいった。 覚悟を決めて飛び込んだ者もいれば、覚悟を決めて地上に残った者もいる。 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)と璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)は後者だった。 この膨大な数のイレイザー・スポーンが穴の中になだれ込めば、もはや調査や探索どこではない。穴が埋まってしまうかもしれない。誰かが残って、大量のスポーンを足止めをする必要があった。 「パラミタは…私の古き故郷であり、透玻様と私に希望を与えた場所でもあり、楽しい日々を過ごしてきた大切な場所です。……崩壊阻止の為、私も微力ながら協力いたします!」 「パラミタがあったからこそ、私は璃央と出会えた。そのおかげで、ずっと過ごさざるを得なかった孤独な場所から抜け出せて、シャンバラで、明倫館で、楽しく過ごせていたんだ……そのパラミタを、大切な場所を、崩壊させてなるものか!」 数があまりにも多すぎて、スポーンの群れは巨大な生命体にも見える。 戦って勝てというには、絶望的な戦力差だ。だからこそ、負けられない理由を心に刻んで彼女達は、立ち向かう。 悲鳴と断末魔と、それと赤いレーザー。 起こった事を、順番にわかるように説明できる時には、仲間は別れ別れになり、状況は混乱を極めていた。 「他の仲間は、部下はどうなった?」 ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)の言葉に、橘 カオル(たちばな・かおる)は言葉を選ぶのに少し時間を要した。状況への理解度は、ウォーレンとカオルの間に大差は無い。 穴に飛び込んだ彼らを迎えた大量のレーザーに、仲間は統率を失って散り散りに退避したのだ。特に、隊の防衛のためにと左右に布陣していた二人の部下は、最初に受ける形になった。 襲い掛かってきたのは、赤いレーザーだ。音もなく、気配や敵意を感じなかったそれは、施設の防衛システムだったのだろう。かなり出力の高いレーザーは、人体を貫いてさらに床にも綺麗な穴を開けていた。 「わからない。ここから見る限り、倒れているのは、三人ぐらいに見えるけど、暗くて判別はできない」 咄嗟にこの物陰に隠れたのは、二人とその部下のうち四人、それと{SFL0000423#マリーア・プフィルズィヒ}の七人だ。部下の二名は、レーザーを受けてどちらも負傷しており、一人はわき腹からの出血が中々止まらずに、マリーアが手間取っている。 「そうか」 ウォーレンが強く床を殴った。 「ちょ、怪我人を増やすような事はしないでくれよ」 「……すまん。だが、不甲斐なくてな」 「不甲斐ないって、あんなの誰が指揮しても、対応できないだろ。攻撃は着地と同時だし、俺達は安全確認をしながらここまで来れたわけじゃないんだ」 「それはわかっているんだがな」 理屈ではわかっていても、この損害は大きい。人員の損失もだが、他の仲間がどこに居るのかもわからないのだ。適切な指揮あってこそ、集団というのは生きるものである。せめて連絡は取れないものかと思うが、この中は妨害電波のようなものがあるらしく、通信機からは雑音以外は何も聞こえない。 「あ!」 なんとか止血をしてみせたマリーアが、突然声をあげた。 何事かと振り返った全員の視線に、慌ててある方向を指差した。それを舞っていたかのように、どさっと、何か黒いものが落ちてくる。 「スポーン、抜けてきたか……」 上では、仲間達が足止めをしているはずだ。だが、あの数全てを止められるないだろう。多少こうしてすり抜けてくるのは、仕方ない。 倒しておくべきなのだが、先ほどのレーザーがどこから自分たちを狙っているかわからない以上、受付カウンターらしき遮蔽物から身を乗り出すことができない。 「どういう事だ?」 そうカオルが口にしたのは、落ちてきたスポーンがレーザーによって一瞬で穴だらけにされたからだ。 レーザーの雨を掻い潜り、なんとか飛び込んだ通路で一同はホールらしき場所を振り返った。暗くてよく見えないが、ここは主な入り口と受付として使われていたのではないだろうと見てとることができる。重さを支える為ではなく置かれた柱が、中ほどから折れた様子から、自然に朽ちていったのではなく、何らかの理由で破棄したと見るのがいいだろう。 「あいたた……やっちゃった」 最後尾に居たセレス・クロフォード(せれす・くろふぉーど)が、ちょっと料理の味付けでも失敗しちゃったような気軽な口調で言う。しかし、彼女の足からはどくどくと赤い血が流れ出しており、ちょっと失敗したなんて状況ではなかった。 シェザーレ・ブラウン(しぇざーれ・ぶらうん)がすぐに傷の手当てをする。 「レーザーだったおかげで、そんなに出血は無いみたい」 レーザーの熱で傷口が焼かれて、傷の深さに比べれば出血はかなりマシだった。左足の太ももの端を、切るようにレーザーが通過したようだ。 「うーん、これじゃちょっと走れないわね」 怪我した辺りに手を伸ばす、思ったよりも痛みは酷くない。だが、さすがにこの傷を押して走れはしないだろう。ここまでが限界だ。 「ごめん、みんな。先行ってて」 そう声をかけた相手、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はすぐに頷きも、首を横にも振らなかった。 「必要だと思うものは置いていく」 そう決断したのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)でそれは、セレスの予想通りだった。 ほんの僅かな時間だって惜しい状況だ。怪我人に構ってる暇はない、それでいいのである。 「だったら、弾丸を少し大目に。みんなが帰ってくるまでに、あのレーザー砲台は片付けておくから」 「わかった。みんな行くぞ」 ダリルはすぐに対応して、部隊を進ませた。駆け出す一行から、ルカルカの声で「すぐに戻ってくるから!」と聞こえる。 「頼んだわよ」 返事をしたのは、シェザーレだったが、大きな声なんかではなく独り言のようだった。 足音も聞こえなくなって、セレスは一つ深呼吸をしてから、ホールに向き直った。 「まず確認した砲台から潰していきますよ」 「……あれ? なんでジュノくん残ってるの?」 ノクトビジョンでホールを見つめるジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)は、それを外しながら振り返る。 「ウォーレンと彼の部下が、まだ取り残されているんですよ。ええ。そういうわけなので」 言いながら、じりじりとジュノはセレスから距離を取る。 「……じぃ」 眼力に押されて、さらにジュノは後ろにさがる。セレス個人がどうこうという問題では無いことを先に断っておく。 「勘弁してください……と、とにかく、レーザー砲台を処理しましょう。いくつか場所はわかりますので、そこを狙ってください」