校長室
創世の絆 第三回
リアクション公開中!
ドーム内部に突入する・6 ドージェを倒すために、それぞれが必殺の技を持って立ち向かった。それを受けるドージェもまた、豪腕を持って応える。すなわち、必殺技のバーゲンセールである。 ドーム内部の荒野は、多少の穴や岩石の隆起のようなものはあったが、全体を見るととフラットだった。それが、飛び交うミサイルや必殺剣やら、投げつけられる岩やら爆発やらで穴があくは大地が退けられるはで、気が付いたら地形が変わっていた。まるで、ミサイルを撃ち合ったかのような地形変動が、たった一個人との戦闘によるものだと誰も信じたりはしないだろう。 その産物である切り立った崖の上から、その戦闘を見下ろす影があった。ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)である。 「げげっー、ドージェっ!」 ひょっこり頭を出したバーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)は、咄嗟に身を屈めた。 「なんでこんなところにドージェがいるんだよぅ」 ぶつぶつと、士気の低い言葉を口にする。一方、ゲーブは、眉をピクピクと動かすと、「ヒャッハー!」なんて威勢のいい声をあげて、崖から飛び降りた。 「兄貴ぃー!」 後ろ髪を引くような声を無視して、ゲブーはドージェに向かう。ある程度近づくと、ドージェがこちらに気付いた。 「がはは、ドージェめ、ここであったがたくさん年ぶりだぜっ」 返事は無い。というより、ちらりとゲブーを見て、すぐに興味を失ったようだ。 こんな扱いをされれば、誰だってカチンとくる。 「こ、この野郎。ちょっと腕が太いぐれぇでいい気になりがって! 俺だっててめぇの事が気に食わねぇんだ。今度こそ死なすぜーっ!」 「兄貴!」 ゲブーは愚直にドージェに向かって突っ込んだ。 興味は無いが、近づくなら殴る。そんなぞんざいな攻撃を、ゲブーは掻い潜る。 「一億発パンチを食らいやがれぇ!」 振るわれた腕には、『いちおくはつ』と書かれていた。そう、この拳には一億の拳の力が宿っているのである。いくらドージェと言えど、一億なんていう数え始めたらいつ終わるかわからない途方も無い数のパンチを受ければ、くたばる。 ゲブーの拳は綺麗にドージェの顎を打ち上げた。まるでスーパーボールのように、ドージェの体は高く吹き飛ぶ、天井を突き破り、大気圏を突破し、そしてドージェの体は太陽にへと吸い込まれていった。 「兄貴! しっかりしてくれよぉ、兄貴!」 「てめぇもモヒカンなら俺様の友にしてやったのによ……バカめぇ〜がははーっ!」 「兄貴! 兄貴ってばぁ!」 バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店が一生懸命揺さぶっても、ゲブーはにやにやした表情をしているだけで、目を覚ます気配は無かった。 「どうしたの?」 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がその背中に声をかける。 「兄貴が、兄貴があそこから足を踏み外して、それで……」 見てみると、ゲブーの頭には綺麗なたんこぶができている。頭を打って気を失ってしまったようだ。だが、何故だかその表情はとても満足げである。長年の仇でも討ち取ったような、そんな表情だ。 「頭を打ったなら冷やさないと、あっちに怪我している人が集まってるので」 歩に手伝ってもらい、自爆したゲブーを運ぶ。戦闘の余波でできた大岩の影に、負傷者が集められていた。だが、野戦病院のように鬱々した空気は無く、むしろなんだかよくわからない熱気に包まれている。 「なんで邪魔したのよ、いいとこだったのに」 例えば、伏見 明子(ふしみ・めいこ)は九條 静佳(くじょう・しずか)を捕まえて、ずっと文句を言っているし、葛葉 翔(くずのは・しょう)は何故だか柄しかない剣を見つめている。他にもたくさん、それぞれになんだか盛り上がっているようだった。 バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店はゲブーを適当な場所に寝かせると、氷をもらって幹部を冷やし始めた。なんだかよくわからないが、バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店にはここの居心地はとても悪かった。 ドージェにぶっ飛ばされると、本当に文字通り人が飛んでいく。 歩はそれを目で追って、そこまで向かって拾って、この臨時の治療所に運んでいた。簡単な手当てもできるので、もはや人間救急車である。幸い、今のところ運んだ中に死者はいない。 「あんなに強いんだから、誰かが化けてるなんてのは無いと思うんだけど……でも、ドージェさんがここにいるのはどうして……?」 負傷者の回収をしている間も、ずっとこの疑問が頭に浮かんでいた。 歩の気持ちとしては、直接ドージェに話しかけて疑問や、あるのだったら誤解を解きたい。だが、次々に打ち出される人を助けに行くのに忙しく、近づけば問答無用で戦闘になってしまう。 話しをするにも、とりあえず一発いれて落ち着いてもらってから、らしい。そんな事をさも当然のように言い出したり、納得されてしまっているのは凄い事だ。この戦いも、決して試合なんてものではなく、下手すれば死ぬという殺し合いのレベルに達しているのに、悪意や殺意のようなものがなく、スポーツのような雰囲気になっている。 それはやっぱり、相手がドージェだからだろうか。不思議な、本当に不思議な現象だ。 「うーん、すぐに思いつくのは場所も地球のコピーだったし、このドージェさんもコ―――」 「おっと、それ以上は思ってても言っちゃダメってもんですぜ」 ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)が人差し指を唇に当ててみせる。 「せっかく、みんな楽しんでるんですから、夢を壊すのは野暮ってなもんでしょう?」 ガイが笑いながら、視線で周囲を見るように伝える。 ここに運ばれてきている人は、はっきり言って重傷者がほとんどだ。それでも、ここには敗戦ムードは無い。それもこれも、ドージェのおかげなのだ。怪我はドージェのせいだというのに、である。 ガイの意図するところを汲み取って、歩は「そうだね」と頷いた。 「ところで、ここいらの人をまとめてるのは誰かわかりますかね?」 ガイはぐるりと周囲を見渡しながら尋ねた。 「治療の指示を出してる人のこと?」 「ええ、たぶん今はここがうちらの司令部みたいなもんですからね。ちょっと、これからの準備について話しておきたい事があるんですよ」 「これから……?」 何かあったのだろうか。疑問を口にする前に、七瀬 巡(ななせ・めぐる)が急いだ様子でこちらにやってきた。 「やっぱり、このままじゃ無理みたいだよ。入り口もいっぱいだし、こうなったらみんなで真ん中の穴を目指すしかないって」 今でもドームの中にいるスポーンは増え続けている。各自それに対抗して頑張っているが、圧倒的な数で迫るスポーンに押されているのが現状だった。入り口も完全に埋め尽くされており、ドームに突入した部隊は退路を断たれてしまっているのだ。 ドージェの近くにいると、その派手さに目を奪われてしまうが、危険としてはスポーンの群れの方が深刻だった。 「そういうわけでして、準備を……なんだか、やけにいい匂いがしませんか?」 漂ってきた香辛料のいい香りに、真剣な表情が崩れる。 おいしそうな、カレーの香りだ。 香りに誘われるように、みんなの視線がその出発点に集まっていく。 「パラ実生御用達の乙カレーですわ。きっとこれなら、ドージェ様も喜んでくださりますわ。もう少し煮込めば完成ですので、みなさんも是非どうぞ」 ミナ・エロマ(みな・えろま)は満面の笑みで、カレーを煮込んでいる。 誰かのおなかが、くぅと鳴った。 あんなのに、近づけるわけがない。 禁書 『フォークナー文書』(きんしょ・ふぉーくなーぶんしょ)の個人的な感想である。ちなみに、そう思ったり思わなかったりしつつ近づいていった諸兄らは、見事にぶっとい腕で返り討ちにあっていた。 ドージェ・カイラスという暴風は、近寄るものを片っ端から吹き飛ばし、その力を示している。これだけの戦果をあげながら、本人はあまり愉快そうではないのは、物足りないからか、あるいはそろそろ疲れてきた。後者であって欲しいものである。 「同年代の男に興味を示さないと思ったら、あーいうのがタイプだったか……」 それに向かって、わざわざ突っ込んでいったセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)の顔といったらない。意外なのだか、そうではないのだか、いまいちフォークナーとしても測りかねる部分はある。 「……あたしは、自分のやるべき事をすればいいか」 近づいて殴りあうのは本文ではないし、遠距離からの魔法ではドージェよりも近くで戦っている仲間に被害が出そうだ。いつでも回復スキルを使えるよう準備して、巻き込まれない距離で戦闘の推移を見守ることにする。 「ドォォォジェ・カイラァァァスッッ!!」 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が警告の叫びをあげながら、ドージェにへと突っ込んでいく。 戦闘の余波でドージェの周りの地面は、砂埃が舞い上がった煙幕が広がっていた。その煙幕を突き破って現れたアルコリアを、ドージェが認識したのはもう手の届く距離に入ってからだ。 「逢いたかったよ、おにーちゃん☆くきゃははっ!! 初めまして、妹らしきアルコリアですよっ」 法と秩序のレイピアから繰り出される、目にも留まらぬ五連撃が繰り出される。 ドージェは奇襲となったこの攻撃を、避けもせず受けもせず、その豪腕を持って迎撃した。押し合いになれば、どちらに優位があるかなど明白であるが、あえてアルコリアは真正面から受けて立った。 拳とレイピアの勝負は、さも当然のように拳が勝った。 「まだ挨拶しただけです、こんなところで終われませんっ!」 回避では間に合わないと踏んだアルコリアは、全身全霊の技術を持って攻撃を受ける。思いっきり吹っ飛ばされたが、なんとか空中で受身を取って、足から地面に着地した。 「これがドージェの一撃ってやつ?」 なんとか耐え切れたのは、アルコリアに纏われている魔鎧のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)功績も大きかった。ラズンの助力がなければ、着地もままらなかっただろう。 「期待はずれ?」 「んー、違うね、どうでもよくなったの」 ドージェの存在に対して、ラズンは疑念を抱いていた。すなわり、あれが偽者なのか本物なのか、という点である。 だが、今のほんの僅かな交差で目が覚めた。 そんなことはどうでもいい、と。シュミレーターの中だけの存在でなく、現実としてこうして手合わせできるのだ。 幾人もの契約者を相手にして、未だ誰一人失望させることなく、二つの足で地面に立って立ちふさがっている。ならば、それが本物か否かなどという小難しい話しは、他所の誰かが勝手に論じて、勝手に決めればいい。 「語る必要なんて無いか、きゃははっ☆」 さぁ、一緒に笑おう。 愉しもう。 「さぁ、死合いましょう、お兄様」 ラズンがヴァンダリズムを開放する。 あとはもう、どちらかが倒れるまで戦うだけだ。 「捕まえた!」 天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)とドージェの間には、覆しがたい体格差がある。その差を活かして間合いに飛び込むというのは、相手が体格だけを武器にしている時に通用するものだ。ドージェのような、超人に無策に飛び込めない。 そこで、鬼羅は脱いだ服でドージェの片方の拳をぐるぐる巻きにして捉えたのである。 拳を捕まえるために脱ぎ捨てた服はただの服だ。だが、ただの布でも羅刹の武術で振るえば立派な武器になる。そして、服を脱ぎ捨てることで不壊不動により集中力を増した。 問題は、ここからだ。 ドージェが布の巻きついた腕を引くのか、それとも空いた手で鬼羅を攻撃するか。どちらがくるのかを、見抜かなければこちらの拳の届く範囲には入れない。見抜けなければ、手痛い一撃を食らうことになるだろう。 「―――っ、読み通り!」 ドージェは、空いた手で殴りかかってきた。 これを捌きながら間合いを詰め、拳を叩き込む。 予想通りの完璧な流れだと思った瞬間、そのあまりの拳の大きさに戸惑った。 「でかっ」 ドージェの拳はもともと大きいが、それにしたってこちらに向かってくる拳の大きさは、そのまますっぽりと鬼羅を隠してしまえるほどに見えた。 見えた、だけである。その壮絶な闘気によって、鬼羅の認識が必要以上に相手を大きく見せているのだ。 「これが、最強ってやつか」 実際の背丈よりも人が大きく見えるなんてのはよく聞くが、拳だけでここまでの威圧感を出せるのはドージェをおいて他にはいないだろう。 「これだけ大きく見えるってことは、まだまだ俺も遠いってわけか。でもなっ!」 本物のドージェの拳は、せいぜい鬼羅の顔程度だ。 布から手を放し、鬼羅は巨大な拳に立ち向かった。その瞬間、本来の大きさの拳が見える。 「ぐああっ!」 いける、と思った瞬間強烈なソニックブームが鬼羅の体の自由を奪い、ほんの僅かに拳が鬼羅をかすっていった。それだけなのに、体は軽々と浮き上がり、吹き飛ばされる。ほんの五メートルほど飛ばされたところで、鬼羅は地面に落ちた。受身は取ったので、ダメージは少ない。 五メートル吹っ飛んだのを、「ほんの」と表現する辺り状況がどれだけ狂っているかを察して欲しいところである。 ともあれ、病院送りにされるこなく済んだ鬼羅は当然もう一度ドージェに向かう。最低でも拳をぶつけてやらなければ、ここに残った意味がない。 それは、鬼羅だけではなく、セシルもアルコリアもみなが同じ気持ちだ。 体が動く限りは、下がらずに立ち向かうのである。 「ふむ、いくらなんでもアレを対処するのは難しいだろうな」 バイクを止めて、妖甲 悪路王(ようこう・あくろおう)はドージェと契約者の戦いに視線を向けた。ドージェとの戦いの邪魔になるスポーンの接近を防いでいた彼だったが、ちらりと見えた状況は、眺めるだけの価値があるものだと判断した。 セシアとアルコリアと鬼羅の三人が、ほぼ同時に三方からドージェに仕掛けたのだ。 三人が、作戦を練って同時攻撃をしたのではない。偶然のなせる業で、仕掛けるタイミングが揃ったのだ。恐らく当人達は、ドージェ以外の二人の姿は視界にすら入っていないだろう。 綺麗に対処するなら、腕が三本は欲しい状況で、ドージェはどのように対処するのだろうか。どこか一面を捨てて、一人の攻撃は受けるだろうか。ドージェの鋼の肉体ならば、一発二発の被弾程度では揺るがないだろう。 それが最善の策のように思えた。片腕で二人を処理するなんてのもありえるかもしれないが、そのような強欲こそが身を滅ぼす錆びとなる。 ドージェの回答は意外なものだった。 少し身を屈めると、片方の手の平を地面に添えた。身を小さくして攻撃を避けるには早すぎるタイミングだ。 次の瞬間、地面が破裂した。 まるで高性能な爆弾でも仕掛けてあったかのように、地面が爆発したのだ。 この予想外の攻撃は、三人をいとも容易く吹き飛ばした。見た目以上に、近くにいた彼らは大きなダメージを受けたらしく、まともな受身も取れないで地面に落ちていく。 前もって爆弾を仕掛けておいた、なんてことはありえない。その必要は無いだろうし、ドージェは拳に信念を宿している。罠や爆弾のような手段は用いないはずだ。 では何をしたのか、その答えは地面を押したである。 粘土の一箇所を強く押すと、その部分は圧縮されるがそれと一緒に、そこにあった粘土が横にそれて、もとの高さよりもほんの僅かに周囲は持ち上がる。現象としては、それで説明がついてしまうようなものだ。 それが、あまりの強い力と適切な配分によって行われたのである。それこそ、ドージェの周囲が爆発したかのように見えるほどの、破壊力を発生させたのである。 ドージェは立ち上がると、ついた砂を落とすために手を叩いた。簡単に砂が落ちたところで、振り返る。その瞬間、ドージェの頭は不自然にそらされた。 一拍遅れて、銃声が響く。