空京

校長室

創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

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インテグラル・クイーン2

 インテグラル・クイーンからもたらされた情報により、事態はさらにのっぴきならないものとなった。ともかく何とかして香菜をインテグラル・クイーンから引き離さねばならない。杜守 柚(ともり・ゆず)が香菜の元へとゆっくりと進み出た。杜守 三月(ともり・みつき)が万が一香菜の後方に控えるスポーンと戦闘になった場合のことを考えて狼の姿のまま、キロスの元に行きそっと問いかける。
「キロスさん、なにか異変は感じない? 香菜の身体が精神が蝕まれてるなら分かるのじゃ?」
「今感じ取れるのは、苦痛と……大きな混乱だけだ……」
「そっかぁ……」
キロスのもとから、そっと柚の傍に戻る。スポーンに動きがあったら即座に対応できるよう、その瞳は香菜の後方にじっと据えられている。柚は静かに両手を広げ、敵意も武器もないことを示しながら、笑顔で香菜に近づいていった。そして思考が停止したかのような香菜の体をそっと腕に抱きしめ、優しく声をかける。
「香菜ちゃんは失いたくない大切な友達です。利用されたって思ってないですよ。
 一緒に遊んだり戦ったり悩んだり。一つ一つが大切な思い出だから……」
「ハなせ!」
香菜がその体を振り払い、柚の体は2メートルほど吹っ飛んで叩きつけられた。
「うっ……」
かなりの衝撃だ。それでも柚はもう一度立ち上がって、香菜のほうへよろよろと向かう。三月が目はスポーンから離さないまま、気遣わしげに柚の傍に駆け寄る。インテグラル・クイーンは激しい混乱を覚えていた。香菜の意識が眠っているはずの片隅がざわめき始めた。
(……私は……ここ……に)
インテグラル・クイーンは頭を振った。
月詠 司(つくよみ・つかさ)シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は、そっとルシアと話していた。
「いい? こういう場合は説得だけじゃ足りないし、武力なんて論外! こういう時は、肌の温もりに限るの。
 今のインテグラル・クイーンの反応を見たでしょう?」
シオンがルシアに熱心に話しかける。
「……う、うん」
「と、いうわけで、ツカサとルシアはワタシの合図で突撃して、香菜を抱きしめるのよっ!」
「私が先に抱きつく事で香奈くんの動きを物理的に封じつつ、まずは背中に浄化の札を張ります。
 シオンくんが魔法的な動きをスキル封じで止めるそうですから、ルシアくんは私ごと香菜くんを抱きしめてあげてください」
「それと一番大事なことは、ルシア、あなたのその胸に香菜の顔を埋めるように抱きしめること。いいわねっ!」
「……は、はい」
ルシアは勢いに飲まれ、こくこくと頷いた。柚がまた抱きしめ、クイーンに振り払われる。だが、先ほどの叩きつけるような勢いはない。行動予測でタイミングを見計らっていたシオンが叫ぶ。
「今よっ!!!」
ほぼ体当たりといっていい勢いで、司が香菜を抱きしめ、その背中に札を張る。ルシアが真剣な表情でその後ろから司もろとも香菜の頭をその豊かな胸に抱きしめる。すかわずシオンが蒼き水晶の杖でスキル封じを試みる。
「私の胸に……って、こんな感じでいいのかしら……? 息はできるのかな……?」ルシアが香菜の顔を、胸の谷間にうずめる。
(ちょっと……なにこの胸……これは……私に対するイヤミなのっ!?)
クイーンの混乱した思念を、香菜の凄まじい怒りの意識が突き破り、ガンガンと脳裏に響く。
(ルーシーアー……離しなさいようっ! なにこのクッションの良さはっ!!!)
ルシアと香菜に挟まれた司の顔に、香菜の控えめなバストが当たる。
(あ、香菜くんの胸……ルシアくんよりだいぶ小さいですね……ってコレ……どう何見ても私の死亡フラグ……)
司の思考は、ダイレクトに香菜に届いた。
(うるさあああああいっ!!!! ほっといてぇっ!! バカーーーーッ!)
香菜の怒りの思念が爆発し、インテグラル・クイーンの支配を突き破って凄まじい平手打ちが司に炸裂した。

バッチーーーン

「……」
司は無言で、頬にキレイな手形をつけたまま、抱擁を解いた。ルシアとシオンも香菜から退く。インテグラル・クイーンは無言で自らの意思を無視して司に平手打ちをかませた手のひらを見つめていた。
(サイッテー!!! もう! 信じられないっ!! なによ胸胸胸ってーーーっ!!)
さらに凄まじい香菜の悪態がクイーンの意識を蹂躙する。
(ウルサイ! ダマれ!)
インテグラル・クイーンはなんとかうるさい香菜の意識を締め出そうと精神を集中しようとした。そこにブラッディ・ディヴァインの協力者であるアウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)アプトム・ネルドリック(あぷとむ・ねるどりっく)が姿を現した。並み居る面々がいっせいにざわめく。
アウリノーンは彼らを皮肉っぽく見やった。
「案ずることはない。戦うために来たわけではない」
アウリノーンはそもそもニルヴァーナとは生物兵器同士を戦わせる壮大な実験場だったのではないかと考えていた。
アプトムが皮肉っぽい笑みを浮かべ、契約者たちのほうを向いて、芝居がかったしぐさで両手を広げた。
「ファーストクイーンは眠れる森の美女か? いや違う。あれはそんな生易しいもんじゃない。
 君達は騙されている。
 実験というのはポータラカ人の十八番ではないか。自らの仲間すら騙す事もやりかねない輩だ。
 待っているだけのお姫様と思いきや、実は根は性悪で謀が趣味の性質の悪い毒婦という例は多々あるだろうが。
 毒婦に騙されるな! 目を覚ませ」
キロスとルシア、香菜を開放しようと集まった契約者たちは、無表情に彼の顔を見返した。アウリノーンはインテグラル・クイーンに向き直り、問いを発した。
「契約者らにギフトを持たせ、インテグラル達と戦わせることでデータを収集しているのではないか?
 それにより強力な兵器を産み出すつもりなのではないのか?
 ファーストクイーンこそがこの全ての真の黒幕なのではないか? ファーストクイーンはお前の女王ではないのか?」
「今やアレは我々ト同じ道具のヒトツに過ギない」
「彼女の真の名は?」
「名……?」
「生まれながらにファーストクイーンという名だったのか? 彼女に付けられた固有の名だ」
アウリノーンはここが引き時だと悟った。アプトムを引き連れ、素早く姿を消した。
「名……トハ?」
名前について考えたとたん、押し込められていた香菜の意識が再びうごめき始め、インテグラルクイーンは苦痛を覚えた。早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)を従えて進み出た。
「夏來を返して貰いに来た」
「ナンの為ニ?」
「彼女はあの時助けてと言った。以前俺が伝えていたように周りの者を頼ってくれたのだから、応えてやりたい」
ラージャがクイーンを見据え、話しかける。
「香菜ちゃんを覗き込んで、何か見えた? 僕自身、人の心を知ったことで強さだけが全てじゃないってわかった。
 君もそれだけじゃないって気付いてるんじゃないのか?」
早川がドージェの故郷、チベットの子守唄をギターで爪弾き歌いはじめた。
例え記憶になくても奥底に刻み込まれている筈……。貧しくも兄弟と過ごした幸せな時を、離別の悲哀を、おのおの『幸せの歌』『悲しみの歌』に乗せて。
「彼らのように俺達も置いていくのか? 香菜……目を覚ませ、戻ってきてくれ……」
歌の合間に、ギターで旋律を奏でながらインテグラル・クイーン/香菜の瞳を見据え、語りかける。
(この唄、聴いた事がある……何処で? ドージェ……?)
香菜の体の中で、何かが蠢いた。湧き上がるような何か……。
「おお……チカラだ。モラッテゆくゾ」
次の瞬間、二つに裂かれるような激痛が香菜の体を襲い、彼女の意識を押さえ込んでいたインテグラル・クイーンの意識とともに、香菜の中の何かが流れ出した。
「ッ!!! う……!」
香菜の体から湧き出るように香菜と同じ姿の黒い影のようなものが染み出し、分裂する。離脱したクイーンは香菜のスポーンバージョンといった風貌だった。香菜がその場にくず折れると、黒い影のような女が、さっと彫像のようなスポーンの方へ後退った。
「香菜ッ!!!」
キロスが叫んで、倒れた香菜の体に手を回す。ルシアもその傍らに駆け寄った。
「クイーンが逃げるっ!」
誰かが叫び、一斉に契約者たちはクイーンのほうへと走った。彫像のようだったスポーンが生気を取り戻し、クイーンを守ろうと契約者たちの前に立ち塞がる。不意に超霊の面で顔を覆った音無 終(おとなし・しゅう)がスポーンたちの背後から現れ、クイーンに囁きかけた。
「共に逃げましょう。クイーンの行く末を見届けたい、その為にできる事なら何でもしますよ?
 命だって賭けましょう」
インテグラル・クイーンはいぶかしげに終を見た。
同じく超霊の面で顔を覆う銀 静(しろがね・しずか)は何も言わず、追っ手のほうにサバイバルナイフを抜いて構えた。終もシャープシューターで契約者たちを威嚇攻撃する。
「どういうことだ!」
誰かが叫んだが、終は黙ってその場を退いた。先ほど仕掛けておいたトラップを飛び越す。
「多少の時間稼ぎにはなるでしょう。インテグラル・クイーン、さあ」
「解っタ。いいダロウ……しばし共ニユコウ」
人の心の兆候が出ているインテグラル・クイーン。それがいったいそういう可能性を秘めているかわからない状況である今、ここで彼女の命を落とさせるわけには行かない。終と静は、追ってくる契約者たちをけん制しつつ、インテグラル・クイーンを連れて下の階へと逃げた。クイーンが何か手を打ったのだろう。下階の階段には多数のスポーンたちが待ち構えていた。
 インテグラル・クイーンが片手を上げると、さっとスポーンの群れは道をあけ、彼らを通した。これだけの数がいれば、突破するのに相当な時間がかかるはずだ。終と静は、インテグラル・クイーンともども姿を消した。