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リアクション
ファーストクイーン
扉の先は、その壮麗な扉からは想像もつかないようなメカニックな部屋であった。
「よーし、目標地点に到達でござる。思えば長い道のりでござった……」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)はここに至るまでのコトを思い返していた。塔に入ってすぐ、彼はパートナーである姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)に言ったのだった。
「無茶すぎる敵にトラップの数々……こういうものはギフトを沢山集めた方々のために存在しているのでござる。
その邪魔をしては無粋というもの。というわけで基本戦術は『全ての敵はスルー!』でござる!」
「……なんかものすごーーーーーーく、ナナメなこと考えておえられませんこと?」
「いや、そんなことは談じてない、ないともっ!
それに戦っていて消耗してしまっては、肝心要のファーストクイーンを開放できないかもしれぬ」
「……なんだか違うような気もするのですけど……ファーストクイーン解放については賛成です。
……ではその方針で参りましょう」
かくして彼らは、他の契約者たちが戦っている脇をすり抜け、一戦も交えずしてここまでやってきたのであった。
そして、鹿次郎にはもうひとつの思惑があった。重症の巫女フェチである彼は、巫女服を持参してきていた。そう、ファーストクイーンを解放したらお礼として巫女さんの格好ぐらいしてくれるに違いない、という思惑である。
(万が一ファーストクイーンが全裸だったら大変だから服を持っていくのでござる。
大抵うすっぺらいお色気ドレスとか何かを着用しているものと相場は決まっているものの、ですが!!!
もし違ったら大変だから! 武士道的にその可能性は考慮せねばならないのでござるっ!)
だいぶ方向性は違っているように思われるのだが……。
雪は雪で、全く違う期待感もあって、クイーン解放に参加していた。彼女は食べることに異常なこだわりを持っているのだ。ファーストクイーンの所に古代ニルヴァーナの食べ物があるかもしれない。何しろ女王である。その食事は一体どのようなものであったのか。壮大な、しかし激しく方向違いなロマンを胸に、二人はこの女王の間にやってきたのである。
部屋の中には数々の目的も使用法も不明な巨大な機械類が立ち並び、その部屋の真ん中にはその部屋にはそぐわない、装飾を施した台座があった。周囲の機械類から延びたチューブは全てその台座に向かっており、その中心部にはラクシュミの額にあるものと良く似た、紅い水晶がひとつ、台座の少し上に浮かび、輝いている。デジャビュのように、黒い月の中枢で見たのと同じ光景がそこにはあった。
台座の真ん中に浮いている、小さな紅い水晶を見つめ、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)がつぶやいた。
「これが……ファーストクイーン」
パラミタの為にも、そして先だって自分が触れたデータボックスの想い――自我すら失うほど酷使されて尚、妹の事を案ずる意識が微かに残っていた姉の為にも、クイーンを助け出したい。その想いから、彼はここまでやってきたのだ。
「貴女のお姉さんはは想像すらできない辛さの中で自分達を助けてくれました。今度はこちらがその想いに応える番です」
強盗 ヘル(ごうとう・へる)はそんなザカコの横顔を見つめ、思索にふけっていた。
(インテグラルクイーンが中にいるまま塔を壊すなりなんなりすれば良いとも思ったが、夏來香菜を乗っ取っていた。
実はファーストクイーンの体はインテグラルクイーンの物となっているのかとも思ったが……。
そういうわけでもなかったらしいしな……)
瀬蓮が辺りを見回しながら、台座に近づいてきた。ザカコがそっと呼びかける
「貴女のお姉さんは貴女の事を助ける為にずっと1人で戦っていました。
どうか、目覚めて下さい! ファーストクイーン!」
そっとザカコが手を触れると、軽い感電に似たショックが腕を襲う。紅い水晶が微かに明滅した。黒い月の中枢部で見たときと同じだ。壁際のモニターに各種の言語がいっせいに浮かび上がる。
『台座から外してください』
そっと台座から水晶を外し、手のひらの上の輝く宝石を見る。瀬蓮と美羽がそれを覗き込む。
「お姉さんみたいに、意識みたいのはもうないのかな……」
美羽がつぶやく。
「ファーストクイーンさん、聞こえますか?」
瀬蓮が水晶に向かって呼びかけると、水晶から光の矢が放たれた。台座から少し離れたあたりに、等身大の半透明の女性の姿が浮かび上がる。長衣を纏い、翼をかたどったティアラと、長いヴェールがゆるくカールした淡い赤毛を覆っている。ホログラムだ。鹿次郎が手にした巫女服を所在なげに見下ろした。
(……大抵うすっぺらいお色気ドレスとか最悪全裸だと思ったから巫女服を持ってきたのに……)
「巫女服……着られますか?」
『……私は映像ですから』
寸の間をおいて、怯んだようにファーストクイーンの映像が応えた。
「会話できるんですわね? あの、ニルヴァーナの食べ物とか、残っていませんでございましょうか?」
息せき切って、尋ねる雪に、クイーンは困惑を隠せない。
『遥か昔のことですから、そういったものはここには……』
「妙なことばかり聞くんじゃねえ」
ヘルはがっくりとうなだれた鹿次郎と雪を追いやった。美羽が瀬蓮の肩を抱いて、クイーンのホログラムに向かって問いかけた。
「あの……瀬蓮ちゃんのパートナーのアイリスが、特殊能力を持っていたためイレイザー化……。
――シャクティ化が進行してしまっているのですが、それを止める方法はあるのでしょうか?」
『瀬蓮さんというのは、どなたですか?』
瀬蓮が前に進み出ると、クイーンの映像がじっと彼女を見つめ、連動するように水晶がきらりと光る。
ファーストクイーンは、瀬蓮を確認した際に
『……貴女は『特別な剣の花嫁』血を引くものですね……。ならば貴女にはシャクティを御する力があるはずです。
それを使うことでご友人ののインテグラル化を止めることが出来るかもしれません』
瀬蓮は目を見張った。
「……もしかして……ゲルバッキーさんは、その事を知っていたの?」
『ゲルバッキー……ああ』
ファーストクイーンはゲルバッキーの名を聞くと、過去を遠く見やり懐かしむような表情を浮かべ、言葉を切った。
『おそらくは』
「じゃあ、なぜ! なぜ、ゲルバッキーさんは黙っていたの!?」
『貴女の大切な人をインテグラル化から救うためには、貴女のその力を全て使い果たす必要があります。
ですが、それは、おそらく彼が永き刻をかけて準備してきた“最後の戦い”にとっては望ましくないことでもあります。
彼はインテグラルと、その先に存在するものの脅威を知っていて、そして、誰よりもそれらを憎んでいる』
沈黙が落ちた。しばし後、瀬蓮が口を開いた。
「瀬蓮の力を使えば、アイリスは助けられるのね?」
ファーストクイーンはゆっくりと頷いた。
かくして牢獄塔の探索は無事終わった。香菜も多少衰弱はあるものの、無事インテグラル・クイーンから開放された。友好的になったドラゴン型ギフトの協力を得られることとなり、ファーストクイーンも保護され、アイリス治癒のめどもたった。塔探索の目的は達成できたといえるだろう。
だが、個を持たぬインテグラルにおいて、香菜に憑依していたがためにか自我の芽のようなものを持ったインテグラルクイーンの行方は、杳として知れなかった。