空京

校長室

創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

リアクション


インテグラル・クイーン1

 インテグラル・クイーンに支配された香菜のもとへ、香菜を何とかしたいという思いを抱えた者たちが次々と集まってきた。大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は強い決意を秘め、真っ先に彼女の元へとやってきた。周囲にいる護衛と思しきイレイザー・スポーンを片付けねばならない。
「まずはざわざわうざったいイレイザー・スポーンどもをを片付けていこか。攻撃こそは最大の防御ッ!」
爬虫類に似た頭部から猛毒を持つ炎を吹きかけてくるのを素早く避ける。レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)がサイコキネシスで狙いをそらすと、泰輔が光条兵器で止めを刺す。いっせいに数体がこちらに向かってくるのを、レイチェルが火術を駆使してたたき伏せる。
「夏菜はんの姿形をしたお前! あんさんの相手は、僕がさせてもらうでぇ」
油断なく泰輔は身構えたまま、香菜との間合いをつめる。
「泰輔さん……」
レイチェルが背後からそっと声をかける。泰輔はじっとイレイザー・クイーンを見つめた。
(イレイザー・スポーンを従えた夏菜ちゃんを破壊するンは僕や、メルヴィアはんには、させん!)
もしかしたら保護されていた香菜同様、偽者である可能性もある。泰輔は『神の目』で正体を見透かそうとした。纏う気配は異質なものだが、その肉体は正真正銘香菜のものだった。微かな軋るような声で、香菜が嗤う。
「……香菜ちゃん……一度命かけて守った相手を、メルヴィアはんの手を煩わすンは気の毒や。
 僕が今、開放したる……」
香菜に向かって、一撃を加えようとした瞬間、泰輔は何か強い力でたたき伏せられるのを感じた。レイチェルが駆け寄ってきて、抱きかかえるようにして彼を助け起こす。なおも突進しようとする泰輔の腕を誰かが掴んだ。
「待って! イレイザー・クイーン、貴女も!」
制止の声とともに飛び出してきたのマリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)だった。さらにローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)が泰輔の腕に自分の腕を絡ませ、腕が上げられないように関節を取った。泰輔らがスポーンを斃している間に、他の契約者たちも続々と到着してきていたのだ。後方にキロスとルシアの姿も見える。度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が澄んだ声で、インテグラル・クイーン/香菜に声をかける。
「今、わたしたちにあなたと戦う意思はありません。あなたと少しお話がしたいのです」
わずかな間があった。
イレイザー・クイーン/香菜が、護衛と思しきスポーン数十体に何か身振りをした。とたんにスポーンたちは攻撃態勢を解き、香菜の後方に退ると蹲り、ガーゴイルのように動かなくなった。
(ファーストクイーンの姉が第三者に分断され、うち片方が呪われてクイーンになってるってオチだったり……?)
口には出さなかったが、ローリーはひっそりとそんなことを考えていた。
 ファースト・クイーンの姉が黒い月の実験機能の核として利用されていた。千代田区を覆っていた殻も、『黒い種子』そっくりの物質。インテグラル・クイーンとファーストクイーンの姉、あるいはファーストクイーンとは、なにか密接な関係があるのではないか。マリーとローリーはその可能性を鑑み、ただインテグラル・クイーンを倒すのは得策ではないと考えたのだ。マリーがじっとイレーザー・クイーンを見つめながら呟くように言った。
「ローリーは香菜とクイーンが混ざり合っているのではと申していました。
 巨大イレイザーの胸の水晶のようなものが香菜さんに埋め込まれていてはいないでしょうか?
 核となる部分を除けば支配から逃れられるかもと思ったのですが……?」
「いや……そんなものは外見上認められない。あれは香菜だ。異質なものを同時に全身に纏っているが……」
キロスが首を振った。
「どうしたらいいのかしら……」
マリーが戸惑った表情を浮かべる。
「とにかく、攻撃はダメよ。香菜ちゃんが死んじゃう……」
ルシアが真剣な表情を浮かべ、両手を祈るように握り締めた。
「やっぱり、溶け合ってる、と考えるのがスジですよね……。今香菜さんの意識は封じ込まれているんでしょう?」
ローリーが言った。
「香菜ちゃんの意識が寝ているんなら、起こしたらどうかしら……?」
ルシアが言った。
「クイーンの注意を香菜から引き離したほうがいいかも知れませんね。
 他者の体を乗っ取っているのなら、宿主の意識を押さえ込むのって集中力がいると思うんですよ」
マリーが思案げに提案した。キロスが頷いた。
「いいかも知れんな。今のところ、ヤツもすぐ襲ってくるつもりはないようだ」
インテグラル・クイーンは、彫像のように動かなくなった護衛のスポーンを背後に、襲ってくる様子はない。興味深げにこちらを黙って見つめている。
鈴鹿がキロスに話しかけた。
「クイーンが香菜さんを生かしたまま手許に留めるのは、単に利用価値があるだけではないような気がするのです」
周囲にモンキーアヴァターラを従えた織部 イル(おりべ・いる)が、かわいらしい少女の外見に合わぬ古風な口調で言う。
「自律的に強者の情報を取り込み、弱きと判断したものを滅ぼす……。
 インテグラルとは非常に高い技術により生まれた兵器という訳かの」
鈴鹿がインテグラル・クイーンに訊ねた。
「あなたは、香菜さんに憑依なさっているのですか? 
 香菜さんの精神は、端末と共に失われた訳ではないでしょう? そこで眠っておられるのですか?」
「ナくなってハ、イナイ。まだ、アル」
イルが考え込むような表情を浮かべた。
「そなたらを作ったのは、一体どのような存在なのであろうな。
 過去に干渉してまでパラミタを滅ぼそうとするのは、そなたらの王……インテグラル・キングの為なのかえ?」
「キング……」
香菜は少し考え込むような表情になったのち、ゆっくりと口を開く。
「お前タチの概念に沿ウ、そうイった存在は……イる……」
「じゃあ、あなたがボスじゃあないのね……」
ルシアがつぶやいた。大柄で幾分小太り、いかにも陽気そうな外見の鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)が、真剣な口調でインテグラル・クイーンに語りかける。
「何故、異質な存在――われわれと戦うんだ? 何故分かり合おうとしないのか。歩み寄る事をしないのか。
 このままだと両者に多大な犠牲が出るかもしれないのになぜ戦い続けるのか、その理由は何故なんだ?」
ピンクの髪をかわいらしく結ったホミカ・ペルセナキア(ほみか・ぺるせなきあ)もそっと声をかける。
「戦うだけでは、相手のことは何もわかりませんよ。ただ自分たちと違うからって、それだけで戦うなんて……」
神崎 優(かんざき・ゆう)が、その通りだ、といった感じで大きく頷いた。
「ザワメキが構築シたシスてむノまマに我々ハ機能を果タス」
クイーンが応える。
「貴女は俺達の検証をし、殲滅すると言った。確かに俺達は未熟だ。未だに同じ種族同士で争いを繰り返し続けている。
残念ながら、まだまだ私欲だけで行動している者が大半だろう……。
だが、その中にも相手の事を想い、互いに絆を繋げて行動してた者達も居た筈だ!」
優のパートナーで、守護天使の神崎 零(かんざき・れい)が、そっと優の手を取って優しく言った。
「私と優も異種族だよ。
 でもね、優と出会い彼を受け入れた時に私は、違う種族の者同士でも絆を繋げる事が出来ると理解した。
 彼のように相手を想い遣り、己と相手の闇も受け入れ、互いに手を取り合い絆を繋げて前に進むこと……。
 それが未来を切り開くカギになると、私も信じている」
優が力強くインテグラル・クイーンに畳み掛けた。
「俺は全ての人達が互いを想い遣り、絆を繋げる為に俺の戦いをしている。
 そしてその中には貴女達も含まれている。俺は未来を切り開く為にここに来ているんだ!!」
インテグラル・クイーン/夏菜の表情が曇った。
「キズナ……? 受けイれる……?」
彼女は首をかしげ、一心不乱に考え込んでいる。無表情に近い顔には僅かな困惑が覗いている。
「貴女は香菜を未だに支配して行動している。それはまだ貴女が理解できていない事があるからじゃないのか?」
「ソレハ、コレにはまだ非常に大きな利用価値がアルからダ。
 特別な力……ドージェと同様ノ……まだ覚醒してハいないガ」
「どういう事だ……?」
「コレは、ドージェの妹ダ」
 もしそれが真実であるなら、香菜は恐るべきパワーをその身のうちに秘めているということになる。