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リアクション
発見
システム干渉で牢獄塔内部のセキュリティシステムをある程度コントロールできるようになったため、スポーンを部屋から出さないよう隔壁を閉じたままにしたり、トラップの大部分も停止させることに成功していた。しかし通路で行く手を阻むスポーンの排除は、契約者たちの仕事である。
メルヴィアたちも2度ほど、大きな群れにではないがスポーンに遭遇していた。大体のところタマーラがまずウィンドタクトでスポーンの群れを分断し、ギフトのモンキーアヴァターラを持つニキータが直接攻撃と、自分のフラワシ『大熊のミーシャ』――半透明なフラワシで上半身裸のムキムキ執事の格好に頭部はつぶらな瞳のテディベアという、見えるものにはある種の畏怖を起こさせる姿をしている――の、焔と氷像のフラワシの力を使った魔法とを駆使し、シャウラが剣撃とサンダークラップ、ユーシスの魔法攻撃によって大半は消滅した。残ったスポーンを他の契約者たちがかく乱し、その隙にメルヴィアが斬糸で始末という感じで進んできた。戦闘がひと段落し、シャウラが軽口を叩く。
「しかしメルヴィア、元気になってよかったな。水晶のメルヴィアもキレイだったけどさ。
人として生き生きと動いているメルヴィアにはかなわないよな」
シャウラが言うと、メルヴィアは決まり悪そうに顔を赤らめ、叫んだ。
「余計な事を言うんじゃないっ!」
「怒鳴れるのも元気な証拠だ、なあ」
「そうでありますね」
丈二もニカっと笑った。今のところメルヴィアに体調不良の兆候はない。いい傾向だ。
「ところで、水晶化してた時の事って覚えてます?」
シャウラが問うた。丈二とヒルダも思わず聞き耳を立てた。だが、メルヴィアが何か答えようとしたとき、緊急通信が入った。
インテグラル・クイーン/香菜発見の一報である。
メルヴィアの顔が見る見る青ざめ、手は関節が真っ白になるほど硬く握り締められた。
「……それで……香菜はどこにいる?!」
静かな、だが決意と殺意を秘めた声音。
「……わかった」
不意に最上階へ向かうコースとは違う廊下へと早足で進みかけたメルヴィアの前に、忍が立ちふさがる。
「ちょっと待てよ! 倒すのはインテグラルであって、支配されている香菜じゃねえだろ!」
「どきなさい!」
「いいや、どかねえよ。いいか?
香菜を殺したとしても、インテグラルもろとも倒せるかどうかなんかわからねえんだよ。
香菜を殺しても、インテグラルに支配されている香菜が死ぬだけだったらどうするつもりだ?
安易に殺す覚悟なんてするんじゃねえ。現実から逃げるなよ、メルヴィア」
「わ……私は……」
思っても見なかった可能性に、メルヴィアの瞳が大きく見開かれる。
「インテグラルの支配から香菜を死をもって解放するだけかもしれない。その可能性を考えたか?
殺す覚悟があるのなら、それが助ける覚悟であってもいいはずだろ?」
忍が声音を和らげた。ニキータが畳み掛ける。
「あの子には心から心配してくれる頼れる仲間やパートナーがいるんだから、任せてみたらどうかしら?
大尉の第一の任務は、ファーストクイーンの解放でしょう?」
「あ……ああ」
「私情に流されて、任務放棄をするのはよくないぞ」
タマーラが言った。メルヴィアの目線が床に落ち、握り締められていた拳が緩む。シャウラがそんなメルヴィアの向きをそっと変え、声をかける。
「そうそう、落ち着けメルメル。いい女は焦らないもんだぜ」
ユーシスも静かに頷く。
「手遅れだと思われてた貴女も助けられた。彼女もまだ遅くないと思いますよ」
と、メルヴィアがキッと頭を上げた。
「ちょっと待て……そのヘンな呼び方は何だ?」
「あ、いやほら、愛称は親愛の証だと言いますし……」
ユーシスが弁護したが、メルヴィアはシャウラに鉄拳制裁を加えると、そのまま背を向け、上階へ向かう通路に足を向けた。そしていったん立ち止まり、皆に背を向けたままつぶやく。
「皆、ありがとうな……」
それから背筋をしゃんと伸ばし、上階へ通ずる通路へと足を踏み出した。
「さあ、行くぞ……ファーストクイーンが待っている」
『インテグラル・クイーンが見つかった!』
その連絡を受け、ばらばらに探索していたキロスとルシアはおのおの同行していた契約者たちともども合流した。インテグラル・クイーンがいるという階へ至る階段までは到達したものの、そこには50数十余体のスポーンの群れが哨戒に当たっていた。さすがに高度が取れないので飛行型はいないが、ルシア、キロスらと行動をともにしていた契約者たちの間に緊張が走る。
「香菜がいるところまであと少し……だが、その前に大掃除の必要があるな」
キロスが剣を抜いて低く構え、ルシアも真剣な表情を浮かべて保護魔法を作動させた。
鈴蘭のミニ・バードマン・アヴァターラ・ダーツが、鳥形態のまま飛び回って、スポーンをついばんでは幻惑し、鈴蘭の怒りの歌が、皆の攻撃力を底上げする。
「ここまできて、怖いなんて言ってられない。クジラのギフトも僕を認めてくれたんだ! それに応えなきゃ……」
沙霧がホエールアヴァターラ・バズーカを撃ち込みながら、合間を縫って、火術と雷術を放つ。
「ルシアさん、キロスさん、この場はわれわれに任せて、少しでも隙ができたら先へ!」
尋人が叫んで、ディフェンスシフト、オートバリアでその場の皆を守護し、さらに自らには龍鱗化を作動させた。鈴蘭のダーツの動きに苛立ち、先陣を切って襲ってきたスポーンの脚部や間接を狙って尋人が攻撃すると、呀がスナイプで頭部を狙う。某が真空波を放って、戦うキロスらの援護をしながら言った。
「香菜さんをすぐに連れ帰るためにも今やることをメいっぱいやるっ……。せっかくここまできたんだ。
きっちり目的果たして帰ろう!」
某はウルフアヴァターラ・ソードを狼形態に変形し、スポーンに突っ込ませ、ダッシュローラーで素早く敵の間を潜り抜け、スポーンを幻惑する。康之は龍騎士のコピスを両手で握り締め、強烈な斬撃をスポーンの伸ばされた触手に見舞い、根元からまとめて切り落とした。そしてすぐさまその巨大な剣を軽々と返し、本体の頭部を狙って叩きつけながらキロスに言う。
「インテグラル・クイーンにとって香菜がどういう存在かは知らねぇが、どうあっても俺達の大事な後輩は返してもらわなきゃな」
菊が群れるスポーンを目にしてわめく。、
「いきなりこんな最終決戦の地みてーな場かよ畜生ー! さっさと終わらせて全員で帰るぞ!」
おもむろに弾幕援護でスポーンをけん制すると、即座に呼応した時雨が氷術で次々と大きな氷塊を作り出し、スポーンのひとむらめがけて高い天井から勢いをつけて降り注がせはじめる。冷気だけでなく鈍器としての威力をも得た氷の塊が何体かのスポーンに致命傷を与えた。
「群がりやがって……てめーら、氷塊の中に溺れなァ!!」
菊はサイコキネシスで落下した氷塊をスポーンに向かって滑らせ足元を掬った。スポーンが少し後退した隙に破壊工作をつかって爆弾を仕掛け、サイコキネシスを使い仕掛けた爆弾の周辺だけに小麦粉の微粒粉を漂わせる。押し寄せてきた十数体のスポーンがトラップと漂う小麦粉エリアに入り込む。菊がやろうとしていることを素早く察した呀が、ユキヒョウの姿で駆けてきて、爆弾の傍に機晶爆弾を放り出して飛び退った。氷と共に一気に起こった粉塵爆発と爆弾の相乗効果で、1群れがそっくり消滅する。
「てめーら学校に何度も来たよな……もう来ねえようにしてやる!」
啖呵を切る菊を見つめ、迷うように多数のスポーンを見つめるルシアに鈴蘭が呼びかける。
「ここは大丈夫! 早く行って! 香菜ちゃんだって不安な筈よ!」
「僕達の分も、香菜ちゃんに伝えて。帰りを待ってる、って」
沙霧が畳み掛けると、ルシアが決意の色を浮かべ、キロスの方へと向き直った。唯斗はルシアを守るために彼女のそばに付き添い、ナックルを構え、行く手をふさぐスポーンに燕返しを放った。よろけながらも炎を吹きかけようと伸ばされた首に、金剛力をくわえた零距離白虎が放たれた。首を打ち砕かれたスポーンは影のように揺らめいて溶け崩れる。
「スポーンだろうが何だろうが、ルシアの邪魔はさせないっ!」
叫んでもう一体のスポーンへと向かって突っ込んでゆく。アイゼンシルトはを全ての力を駆使して唯斗を守護しながら、ひとり想った。
(アイゼンシルトの名に懸けて、全ての攻撃を耐え切ってみせます。マスターの成したき事……それこそ真に私の望み。
故に知りなさい、滅びの使徒よ。私達は負けないと……滅びに抗い、乗り越える者達がいる事を)
キロスとルシアは戦いの場に背を向けて、香菜/インテグラル・クイーンの待つ階段方向へと向かった。セイルがその背後を唯斗とともに守ろうと躍り出る。スウェーで飛んでくる触手や爪をかわし、見るも恐ろしいような棘と刃に覆われた金剛嘴烏・殺戮乃宴を軽々と振り回し、ソニックブレードでジャマするものを全て切り刻む。
「どけどけぇ!暴れん坊龍騎士様のお通りだぁ!邪魔する奴ぁ、私の剣の錆になりやがれ!!
クククッ、アハハハハハッ!」
戦闘モードで性格の豹変したセイルの哄笑の背後から、大吾がキロスの背中に向かって叫ぶ。
「キロスくん、香菜さんを救う上で一言……。最後まで決して諦めるな!
絆を信じて、ひたすら前に向かって進め! それが、奇跡を起こすための鍵となるっ! 行っけぇぇえ!!」
キロスは背を向けたまま片手を軽く挙げて見せると、ルシアとともに階段の奥へと消えた。