空京

校長室

創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

リアクション

 移動式住居内。
「……間に合ってくれよ」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は巨大な鍋を洗いながら呟いた。


インテグラルナイト


 戦場の匂いだった。
 絶えず空気がビリビリと震え、大地が足の下で振動している。
 見渡す限りの荒野と空は、果てまで、ゾォウッと黒く靄かっている。
 アディティラーヤと共に進軍するイレイザー・スポーンの大群とイレイザー達だ。
 前線には、応戦する契約者たちとそれらによる無数の音が溢れていた。
 四方八方から乱雑に迫る音と殺気。その中をクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は駆けていた。
 蹴った大地に砂飛沫が散る。
「ハンスッ!」
 特注のシャンバラ国軍制服を翻し、指揮官の懐銃で行く手を遮るスポーンを撃ち払う。
 同時に、クレアの死角に回り込んでいたスポーンをハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)のレジェンダリーシールドが弾いた。
 弾かれたスポーンが彼のヴァーチャー・スピアに刺し貫かれるだろうことは彼への信頼を元に頭の中から早々に消し去り、空いたスペースへ“この先”へ辿り着くために必要な新たなタスクを追加する。
 “先”。
 このスポーンの群れが、まるで巨大な球型の空間を作り出すように騒いでいる場所。
「……アイリス様」
 ハンスが呟くのが聴こえた。
 アイリスは周囲のイレイザーやイレイザー・スポーンを薙ぎ払いながら、独りでインテグラルナイトと戦っていた。
 彼女とナイトの戦いは凄まじいものだった。
 互い、一撃ごとに大地が抉れ、多くのスポーンが衝撃波に飲み込まれては消える。
 互角では無かった。
 明らかにアイリスの方が圧されている。
『――――――』
 アイリスが金属を捩じ切るような非人間じみた咆哮を挙げ、スポーンの大群を繰り、ナイトへとけしかける。
 既に半分以上インテグラルと化している彼女はスポーンを操る事が出来るのだ。
 周囲を牽制するように飛ぶイレイザーにも、アイリスの操作の影響が出始めているのが見えた。
 ナイトが轟音と共にスポーンを薙ぎ払う。
「インテグラル化が進んでいますね」
「作戦に移る。すぐにだ!」
 クレアとハンスは吹っ飛ばされたアイリスの方へと急いだ。
 チャンスはすぐに訪れた。
 アイリスがナイトに叩き飛ばされ、地面に叩き付けられたのだ。
 一瞬、音が消えたような間が有った後。
 爆風と衝撃波が瓦礫と共に押し寄せ、そちらへ向かうクレアたちを乱暴に叩いた。
 息を吸う事もままならないその瞬間でさえ、彼女たちは、かざした腕で眼を庇いながらアイリスの元を目指した。
「引くぞ! アイリス」
 クレーター型に抉られた地表へと足裏を滑らせながらクレアは言った。
 変質の進んだアイリスが生気の無い眼をクレアたちへと向ける。
「あなたの負けです。あなたでは、ナイトに勝てない」
 ハンスがアイリスの前に立ち、撤退を促す。
 アイリスが、カパリと顎を垂れるように口を開き、
『――せ――れ゛ん゛――』
「作戦だ」
 クレアは、小さく短く告げて、こちらへとゆっくり近づいてくるナイトを見上げた。
 ハンスが、やや緊張した呼吸を落としてから、笑顔でナイトの方へと振り返る。
「さすがですね。
 インテグラルナイト……いえ、本当の名はどういうものなのかは知りませんが。
 シャクティの中でも、格の違いを見せられた気分です」
 ナイトの様子に変化は無い。
 ハンスは構わずに続ける。
「現状、最強の契約者であるアイリス様がシャクティ化してまで、あなたに叶わなかった。
 我々の世界風に言うならば――クイーンはあなたを、まさに『ナイト』だと認めるでしょう」
 ナイトに変化は無い。
 淡々とアイリスと彼らを破壊するために腕を振り上げている。
 ハンスが笑顔をナイトへ向けたまま、小さくクレアへと。
「……作戦は?」
「続行だ。後は、託す」
 クレア達の作戦に変更は無かった。
 最初からそのためだけに、ここへ向かったのだ。
 そして、ここへ向かっていたのは彼女たちだけでは無い。
 多くの契約者たちが集いつつあった。
 インテグラルナイトを……気持ちよくするために。
「“アイリスに勝って『自分は強いと実感する』”――多少は気持ちよくなったか? ナイト」
 そして、クレアとハンスは、ナイトが一撃を放つ前にアイリスを連れ、スポーンの群れを突き抜けてきた仲間たちと入れ替わるように撤退したのだった。
「頼むぞ、皆」


 ナイトの一撃がアイリスたちへと放たれることは無かった。
 何故なら――
「さあ、ご奉仕しちゃうよ〜ん!」
 尾瀬 皆無(おせ・かいむ)が小型飛空艇でナイトの前へと現れていたからだった。
 ナイトの一撃は、アロマオイルを噴霧した皆無へと放たれていた。
 皆無の前へと飛び出したキノコマンが残像を残して吹っ飛んでいく。
 ハラリ、と風圧で髪先を数センチ持ってかれた皆無は……へらりとした表情を変えずに小型飛空艇を駆り、更にイモリの黒焼きの粉末を振りまいた。
「ふ――ナイトさん。“ナイト”と書いて“夜”のインテグラルさん」
 ぴ、と前髪を指先で跳ねて、皆無は軽やかな笑みを浮かべた。
 片手にはグラスに注いだワインを持っている。
「これも皆のためだ。俺様の悪魔敵超絶テクな快楽奉仕で気持よくなっちゃいなよ、ゆー!」
 媚薬催淫効果と今まで培って培って培い過ぎてきたテクニックで、ナイトを気持ちよくさせようというのだ。
「……あー、駄目っぽいなー」
 彼のパートナーの狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は少し離れたところでスポーンを牽制しながら、彼の様子を見ていた。
 彼が、とんでもなく凶悪な敵を前に余裕をぶっこいているのには三つの理由があった。
 一つは馬鹿だからで、二つめは馬鹿だからで、三つめは、いざという時は乱世が『召喚』して緊急回避を行わせてやる約束になっているためだ。
 遠くからは良く分からないが、皆無は、ひゅいひゅいとナイトの前を飛び回りながら、何か妖しい仕草を振り撒いているようだった。
 よくナイトが攻撃しないなぁ、と思っていた矢先。
 ナイトが動きを見せた。
 にやけていた皆無の眼がシリアスにナイトを見据える。
 次の瞬間、皆無は脱いでいた。メンタルアサルトだ。自慢のセクシー肉体美を見せている間に召喚で緊急回避しようというのだ。
 だが。
「あ、やべ」
 乱世が『召喚』を忘れていたので、皆無はナイトに殴り飛ばされて吹っ飛んだ。
 脱ぎかけ半裸の皆無が、何か知らんが営業スマイルのままキラキラと光を散らしつつ彼方へと消えていった。
「わりー」
 乱世は軽く両手を合わせてから、自身の役目へと戻っていったのだった。
「ま、“あれ”までの時間稼ぎにはなっただろ」


 皆無をあっさりとふっ飛ばしたナイトの元には、早々に更なる刺客が現れていた。
 完璧に整えられたテーブルだ。
 清潔なテーブルクロス、指紋一つ無いカップとソーサー、姿の良い花瓶には目立ち過ぎない花が飾られている。
 その傍らに居た本郷 翔(ほんごう・かける)は、ナイトを見上げる事なく頭を下げた。
 片手にはピタリと水平を保たれた盆と、その上のポット。
 ナイトは翔の行動に対して答えを持たない様子だった。
 一瞬の空白が生まれる。
 戦場でいきなり茶会を始める者などデータに無いのだろう。
 翔が繰り出すであろう攻撃、あるいは、仕掛け。そういったものに対処するためか、ナイトの動きには隙の無い空白が生まれていた。
 翔が定められた所作で身体を起こす。
「申し訳ございません。少々、“準備”に手間取っております。今しばらく、おくつろぎ頂きながらお待ちください」
 翔は事も無げに言って、ポットの中のお茶をカップへと注いだ。
 ナイトでなくとも困惑しただろう。
 翔のやっている事も言っている事も、何一つ理解出来ない。戦場では。戦場に立つ者には。
 更に状況は、畳み掛けるように加速する。
 ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)がナイトに清浄化と命のうねりを用いたのだ。
 この回復行動の裏に考えられる数奥通りの策を計算するように、ナイトの空白時間は延長された。
 ソールが笑む。
「まあ、もう少しで“始まる”からさ。それまで――」
 と彼が言いかけた時、ナイトの斧が風景を薙いだ。
 地形ごと虚空へと投げ出されながら、翔は反転した景色に居るナイトを見やった。
「お待たせしました、インテグラルナイト様。
 あなたを気持ちよくする為の用意は整っております」
 そして、『宴会』が始まる。


「どうやら間に合ったようね」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ) は大量の料理と共に、ナイトの前に立っていた。
 シャキシャキのレタスにシーチキンを加え、マヨネーズと麺つゆで味付けしたサラダうどん。
 粗塩のみで豪快に味付けした肉の串焼き。
 キンピラゴボウの歯ごたえが光るトロトロのピザ。
 大量に炊き上げられた、白飯。
 などなど、まさに見た目も味も匂いも食い応えも男の料理と言えるものばかり。
 全てレン・オズワルド(れん・おずわるど)が作り、ノアが運んできたものだった。
 そして、スポーンの大群をくぐり抜けて次々に届けられるビールケース。
 しぽんっ、とビールの蓋を開け、巨大な盆に料理を乗せ――
 ノアはナイトの元へと赴いた。
 幸せの歌を不穏な騒音だらけの戦場に響かせながら。
「お待たせしました、ナイトさん。宴会を始めましょう!!」
 といった矢先にノアの運んだ料理はナイトに吹っ飛ばされた。
「――……」
 しかし、こんなものは想定の内。
 ノアはすかさず、隠し持っていたものを素早く掲げた。
「イナテミスファームで収穫された『大地の恵み』を手頃なサイズにカットしたものです!
 ガムシロップだけではなく、隠し味にミントを少々!
 見てください! それを氷入りのグラスに入れてあります!
 私の一押しデザートです! とっても冷たくて美味し――」
 ノアは吹っ飛んだ。


「ああっ、ノアさんが!
 くっ、それでも怯んどる暇は私らには無いんどすな」
 清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は着崩した着物を翻しながら、インテグラルナイトへと立ち向かっていた。
「当然ですわ! インテグラルナイトを気持ちよくしない限り、あたしたちに未来はないのですもの!」
 ティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)は教育に余念が無かった。
「いいですの? エリス。
 インテグラルナイトを気持ちよくするために絶対必要なのは飲酒ですわ。
 お酒は女の子がお酌をするのが三千世界古来よりの基本。
 そして、お酌をする際に数々の“隙”を生むことのできる、着崩した着物こそ、この作戦において最も重要なキーと言わざるを得ませんわ!」
「はぁ……。
 しかし、着物はびしっと着るものどすえ?」
 言ったエリスに、ティアが走りながら顔面を思いっきり寄せた。
「座った時に覗くふともも! 注ぐ時に無防備になる肌蹴た胸元! その後の展開への妄想!
 そういったものへの期待が、男性のアルコール摂取量を増加させるのですわ!」
「そういうものやろか?」
 ともあれ、エリスは完璧にやり切るつもりだった。
 持てる対賓技術の全てを投入し、インテグラルを気持ちよくする。
 覚悟は完了している。
 ティアが「お触りOK、交渉次第でお持ち帰りOKなスーパーコンパニオン!」などと、よく分からないが何やら不穏な空気だけはビンビンに感じさせてくれる事を言っているが、しかし、構わない。
 行儀が悪い気もするが、ティアの言う通り、胸元を開け、ビールの蓋を開け、インテグラルナイトの前へと飛び出る。
 ティアがナイトへ叫ぶ。
「あー、この子、好きにしちゃってくださいな。テイクアウト歓迎、OK?」
 二人は吹っ飛ばされた。


「くそっ、エリスとティアまでも!」
 パラ実分校作りに励む泉 椿(いずみ・つばき)には、学校作りの大変さを身にしみて良く分かる。
 だからこそ、今、皆が作ったニルヴァーナ校を護るために、椿は死力を尽くし、ナイトを気持ちよくするために挑む者たちを守っていた。
 一方。
「ささ、皆さん、こちらのお召し物を。ふふ、とってもお似合いですわ」
 ミナ・エロマ(みな・えろま)は完全に楽しんでいるようだった。
 自前で持ってきた衣装をインテグラルに向かう仲間たちに渡している。
 その向こうでは、既に自前で衣装を持ってきていたらしい芦原 郁乃(あはら・いくの)が居た。
「敵と融和をはかり、争いを避け、お互いの主張をぶつけて協議するチャンス――といった雰囲気でも無い気はするけれど。ナイトの様子を見る限り。でも、大体概ね三賢者の意図はそういうことよね」
 郁乃が静かに決意を固めなおすように言って、続けた。
「こちらに害意が無いことを証明し、かつ接待するために用意したのが……これだっ!」
 どやぁ、と胸を張った郁乃は網タイツにウサミミカチューシャ付きのバニースーツ姿で、その傍らの荀 灌(じゅん・かん)はメイド服を着て、何かを諦めたように嘆息しいていた。
「……あぅ、こんな姿で人前に。というか、戦場に……ハァ」
 彼女が着ていたのは、ただのメイド服ではなかった。
 ネコミミカチューシャ、ネコの手グローブ、しっぽ付きである。
「さあ、平和的解決にむけてがんばろぉ〜!」
「……言えなかった。言えなかったです。これは無いですって、言えなかったです」
 ぶつぶつ呟く灌、ノリノリな郁乃、そして、同じくバニースーツ姿ながら鞭持参という別方向でマニアックな格好のミナらが、様々なコスプレ衣装に身を包んだ者たちと共にインテグラルへと向かう。
 ちなみにミナは同人誌を小脇に挟んで、乙カレーと特製すっぽんスープの入ったポットを下げていた。
 あわよくば、お見舞いするつもりなのだろう。
「皆様とってもよくお似合いですわ」
 とても楽しそうなミナが鞭を振るう。
 その片手にはいつの間にかビデオカメラがあった。
「レッツ、ダンシング!」
 わぁ、とナイトの周囲へと展開したコスプレ娘たちの中で――
 郁乃はナイトへと、じりじり近づいていた。
「あのぉ〜、争いは何も生み出さないと思うんですよぉ〜」
 じりじり。
「だからぁ一緒にお酒を酌み交わして、分かり合いましょう?」
 言って、彼女はナイトの足にハグをした。
 親愛を示したのだ。
「お、お姉ちゃん、それは……」
「ほら、荀灌も恥ずかしがんないの」
「ううん、恥ずかしがってるんじゃなくてですね……」
「わたし達の未来のために勇気を出して。ね?」
「だから、あの、危ないですよ?」
 と言った時には、郁乃はペイッと空へ放り上げられていた。
 次いで、コスプレ組が吹っ飛ばされていく。


「彼女たちまで……!」
 酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)が歯噛みする。
「ふぅん。でも、少しは効いているのかしら」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、ゆったりとした動作で目を細め、唇の端に指先を置いた。
 真衣兎が亜璃珠の方へ振り返る。
「本当にこんな作戦に効果が!?」
「アイリスと戦っていた時より、インテグラルの進行速度は明らかに下がっているわ。少なくとも足止めにはなっているみたい」
 インテグラルが情報を共有する存在である事は分かっている。
 だから、こんな方法がこれほどの効果を持つのは今回限りと考えて良いだろうが。
「それにしても――」
 真衣兎は、くぅっと目を傾けながらインテグラルナイトと、それからビールを見やった。
「アルコールを注ぎ込んで気持よくさせるなんて、邪道よ!」
「ウフフ、そんなことでご機嫌斜めでしたのねぇ? 真衣兎」
 レオカディア・グリース(れおかでぃあ・ぐりーす)が緩い調子で問いかける。
「バーテンとしては譲れない事があるのよ!
 お客を気持ちよくするのって、こう、ただただアルコールの科学反応に任せるんじゃなくて、雰囲気とか、味とか、そういう……!」
「なら、あなたの腕を見せてごらんにいれたら?」
「え、腕って……」
「カクテル。あなたの腕なら、その味で気持よくさせる事も出来るのではなくて?
 あら……それとも自分の腕に自信がないのかしら?」
「…………」
 ぴき、と真衣兎のこめかみに薄く血管が浮かぶ。
「いいわよ、やってやろうじゃない……! 私のカクテルであいつを気持よくさせてやるわ!」
「ふぅん、面白い」
 と言ったのは、亜璃珠だった。
「せっかくだから、一緒にやらない? 『倶楽部“ニルヴァーナ”』」

 インテグラルナイトが歩を進める。
 周囲のスポーンの動きは、まだ、ややぎこちなかったが。
 ナイトが歩を進めた先、突然、目の前のスポーンの群れが晴れ――そこには、キャバクラ風のセットが仕立てられていた。
「これは、その……突っ込んだら負け、というものです」
 マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)がスポーンたちに、家令の技でお引き取り願いながらナイトへと言った。
 しなり、とドレスを纏った亜璃珠がワインを片手にナイトへと微笑みかける。
「こういうところは……初めてでしょうね」
 蠱惑的な流し目を残してから、亜璃珠はグラスにワインを注いだ。
「“お店”には、ルールがあるのよ。でも、臆することは無いのよ。
 私が優しく教えてあげるわ」
 ワインを揺らすグラスが、ナイトへと差し出される。
「5000年もののワイン……お嫌いかしら?」
 ナイトは動きを見せないままだ。隙なく様子を伺っている。
 つ、と亜璃珠は口元の弧を伸ばし、ワインを自身で飲んだ。
「ワインが好みでないようなら、あちらにカクテルがあるわ。お好きなのを」
 亜璃珠が促した方にはカウンターがあり、そこには――
 シャンディ・ガフ、イエロー・サンセット、バナナ・ビア、ブラック・ベルベット、プレミアム・スマイル、ハルステッド・ストリート・ベルベット……などなど様々な種のカクテルが並べられていた。
 そのカウンターの奥で、真衣兎がゼーハーと肩で息を切っている。
「こ、こんだけ作れば十分でしょ……」
「楽しみましょう? ニルヴァーナの夜は長いわ」
 倶楽部“ニルヴァーナ”は吹っ飛びました。


 と、倶楽部“ニルヴァーナ”が吹っ飛んだ土煙が晴れると、ナイトの前には、一つの風呂桶が置かれていた。
 並々満たされたお湯。
 傍らに置かれたビール瓶は涼し気な水滴を纏っている。
 そして、高柳 陣(たかやなぎ・じん)木曽 義仲(きそ・よしなか)は、風呂桶を挟むように立っていた。
 義仲が言う。
「古今東西どのような生物であろうとも、人類の叡智によって創りだされた癒し……そう、風呂に敵うものはいないのだ」
「まあ、確かに風呂浸かって飲み物なんてのは最高だろうな……人間なら」
 陣は半眼のままボヤいた。
 義仲は、この作戦に偉くノリ気だった。
 ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトに由来する云々と三賢者を誉めちぎり、挙句、この露天風呂の案だ。
 おかげで、色々と駆けずり回ってなんとか風呂桶を調達してきたが……
(でけぇよ……)
 陣はナイトを見上げながら心中で呻いた。
 堂々と胸を張ったままの義仲が続ける。
「湯の加減、酒の加減ともに妙なるよう用意した。
 インテグラルナイトとやら。おぬしが風呂に入った経験があるかは知らぬが、戦場での露天はさざ至福であろう。
 さあ、遠慮はいらん、風呂にいたせ!!」
 と言った義仲の隣で、風呂桶がインテグラルナイトにメシャッと破壊された。
「お?」
「まあ、そうなるわな」
 陣は一つ嘆息してから、すぅっと大きく息を吸って、
「義仲、逃げるぞ!!」
 義仲を抱えてナイトの前から全力で離脱したのだった。


 一方――
 アイリスのインテグラル化は酷く進行しているようだった。
 撤退した時、彼女は既に言語を失いつつあった。
 クイーンを除くインテグラルたちは喋る事は無い。
 戦闘に特化し、完全完璧な兵器となるために、宿主の心が残りそうな場所を喰らい尽くしてしまうのだろう。
 クイーンのような特別な役目でも持たない限り、インテグラルにとっては不要であり、また、邪魔なものだから……。
 アイリスは、かろうじて自身の『目的』を保てるギリギリのところまでインテグラル化を許すつもりのようだった。
(――既に自殺は始まっているということか)
「アイリス、手を」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)はアイリスの手を取り、その平にアスコンドリアを落とした。
「これは、アスコルド大帝の細胞。
 我等には、ただ魔術的な力をもたらすものだが、大帝の娘なら、あるいは……」
「『友情の絆』という名の奇跡は既に成った」
 ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は言った。
 アイリスの手に落ちた細胞が、とくん、と鼓動するように緑色に発光する。
「もう一度、奇跡が起こるというのであれば――」
「それは、父娘の絆という奇跡ではないか」
『……う……あ』
「アイリス、己の死に際してなお他者の為に剣を取る君よ」
 ララは、心なしかかつての色を取り戻したアイリスの手に触れ、続けた。
「私は君に高貴なる魂を見た
 共に行こう!
 私は君の生き様を見届ける。
 そして……」
 彼女は機晶爆弾をアイリスへ渡した。
 機晶爆弾を乗せた手を自身の胸へと抱き込み……
「いよいよとなれば、これを――」