|
|
リアクション
学校を守る戦い3
イレイザーはその巨大な体は、大軍の行軍に伴うには少々かさばっていた。
足を踏み出すだけで、哀れなイレイザー・スポーンは地面に黒い染みとなって広がるのだ。彼らは仲間を思いやるような行動は一切示さないが、それでも無意味に仲間を踏み潰して歩くのは損失と考えているのか、イレイザーの進軍は最後尾をゆっくりとついていくといった様子だった。
最も危険と思われる敵が最後尾に居るのは、行幸のように思えて、まさしくその反対であった。イレイザーは最後尾から、いくつもの触手を砲身として学校に向けて火球を次々と放っていたからである。
その火力支援の破壊力は、陸上戦艦と呼んではばからないものだった。幸いなのは、イレイザーには高度な弾道計算ソフトなど積まれておらず、火球は目測で放たれており命中率は高く無いことだろう。それでも、既に学校のシールドは何発かの火球の着弾を確認されている。
砲身となった触手の一つが、突然奇妙な声をあげて大きくうねった。
「凄い効き目だな、これなら!」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)の放ったMB・アヴァターラ・ダーツは、イレイザーの触手の甲殻の無い部分を抉りとっていた。ダーツとは思えない破壊力である。だが、それで触手は息絶えたかといえばそうではなく、砲撃への参加を取りやめて周囲を見渡した。
そうして、自分に攻撃を仕掛けたケイを発見する。触手の先を大きく持ち上げると、しならせながら振り下ろした。
怒りに任せた一撃は、ケイの周囲にいたイレイザー・スポーンを巻き込んで地面を大きく陥没させた。だが、本命のケイは既にそこに姿はない。
「今だ、抉れば部分を狙え」
「わかっておる。ブリザード」
悠久ノ カナタ(とわの・かなた)の魔法が地面から鎌首を持ち上げた触手を襲う。甲殻の部分でなくとも、しなやかで弾力性のある触手に魔法で打撃を与えるのは難しい。だが、MB・アヴァターラ・ダーツで抉れた部分はそうはいかなかった。
カナタが選択したブリザードという魔法も、効果的な選択となった。抉られた部位から伝わる冷気は、触手の動きを大きく制限する。縮こまったイレイザーの筋繊維は本来の柔軟さを失い、ぎこちない動きを強制する。
「これでも、食らえ」
触手に向かって、ケイは残りのMB・アヴァターラ・ダーツを放った。ガラスが砕けるように触手は破壊され、触手は地面にだらりと落ちて動かなくなった。
イレイザーの触手は、一本でも凶悪なモンスターと同等だ。だが、この状況を大戦果と喜ぶ余裕は二人にはない。すぐに二人はその場を離れる。間もなく、大量の火球が朽ちた触手と、ケイとカナタを仕留めようと集まったイレイザー・スポーンをまとめて吹き飛ばす。
「今の爆発……俺達が仕掛けた爆弾よりも多くのイレイザー・スポーンを片付けてくれたようだな」
無量光の光で作った空間に次々と飛び込みながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は呟いた。
「道が開くのだったら、どういう形でも構わないわ」
ダリルの言葉に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の返答は無感動なものだった。たくさん敵を吹き飛ばしてくれてイレイザーさんありがとう、なんてダリルも思う気にはならない。
イレイザーが鎮座する一体は、部隊がぶつかっているところとは大きく距離がある。危険因子を取り除くためとはいえ、ここまで無闇に部隊を前に出せば、防衛という本来の目的が疎かになる。
ごくごく少数の、危険を了承できる人間のみでイレイザーに当たらなければならない。しかも、イレイザーに対しているからといって、周囲のイレイザー・スポーンが見逃してくれるわけではない。
ダリルが無量光の光で、イレイザー・スポーンのひしめく一帯を焼く。それで燃え尽きるのは、小型のもので中型大型のイレイザー・スポーンは少し怯む程度だ。そこを、ルカルカが道幅の分だけ切り裂いて進む。
神を降ろしたその身のこなしは、神がかり的なものだった。美しさや妙技はなく、ただただ敵を食い散らかすような、鬼神の如き様相を呈していた。
どす黒い返り血を頭から爪先まで浴びた彼女の姿は、何も知らぬ者がその姿を見たらイレイザー・スポーンと間違うかもしれない。
「ここに集う戦力は僅かだ……無理はするな」
ダリルが離れる。援護に回るためだ。
「せめて、砲撃は止めて見せるわ!」
覆いかぶさるように襲い掛かってきた大型のイレイザー・スポーンを一撃で胴体を切り離し、その切断面に足をかけてルカルカは飛び上がった。
狙いはイレイザーの頭部だ、胴体をちまちま攻撃している時間も戦力も、自分達には許されてはいない。
「はぁぁぁぁぁっ!」
高い飛翔はイレイザーの頭のほんの僅か上を取る。そこから、龍飛翔突を繰り出した。
ウルフアヴァターラ・ソードは、目の前のイレイザーの皮膚はやわな刃物であれば弾き返すほどのものであることを知らぬかのように、ずるりと肉を切り裂いていく。
「嘘、浅い」
なんという事か、ルカルカはその手の感触が恐ろしい事実を伝えてくる。
何か丸く硬いものによって、刃先がそれていったのだ。間違いない、骨だ。
「飛翔が、足りなかった……っ!」
イレイザーは大きすぎたのだ。まるで鷹のように空に舞い上がったとしても、ほんの僅かに上を取るのがせいぜいである。本来の技が持つ破壊力が発揮されなかったのである。
ルカルカの一撃は、大きく顔を切り裂いたものの、致命傷にはならなかった。その場でイレイザーの頭を蹴り、剣を引き抜いてルカルカは距離をとる選択をする。例え頭の上に陣取って剣を振り下ろしたとして、イレイザーの肉は抉れても骨を砕くには至らない。先ほどの手に残る感触が、それを物語っている。
一方イレイザーも、顔を大きく切り裂かれて黙ってなどいない。そもそも、竜としての頭部は砲撃に参加することもなく暇をもてあましていたのだ。手痛い打撃ではあったが、むしろ活きのいい獲物に、イレイザーは舌なめずりをする。
大きく口を開け、離れたルカルカを噛み砕こうと迫る。
その時、一陣の風が吹く。
「え?」
風は、必殺の一撃を運んだ。
風に乗ってイレイザーへと飛来したセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、さきほどルカルカが切りつけてできた傷に、黎明槍デイブレイクを疾風の如く突きたてた。
「真人!」
セルファは振り返りながら、叫んだ。それと同時に、素早くその場から飛ぶ。
すると、その杖を避雷針のような役割を果たし、飛来した電撃を吸い込んでいった。だが、地面に電流を逃がす避雷針と違い、電撃はイレイザーを駆け巡る。
「このタイミングを逃せば、先はありません。私の魔力、全てもっていきなさい!」
電撃を放つ御凪 真人(みなぎ・まこと)、最後の一滴になるまで魔力を振り絞った。その手には雷霆ケラウノスが強く強く握られている。
思いつきではなく、脳が焼ききれるような高速思考の中で、熟考に熟考を重ねた上での決断だった。イレイザーと対する自分達が、彼らにまともに打撃を与えられる一瞬はここしかない―――そう、彼は判断したのだ。
電撃は抵抗を受けると熱を発する。そしてその熱は、イレイザーの脆い部分、眼球をふつふつと沸騰させ、白い煙があがり始める。それは、剣の一撃を受けてなお獰猛さを失わなかったイレイザーに悲鳴のような声をあげさせ、大きく暴れさせた。
真人からまるで糸のように繋がっていた電撃の線は、イレイザーが暴れたことによって引きちぎられた。その途端、彼もその場に膝をついて倒れる。まるで先ほどの一本の糸が、彼をつっていた操り人形の糸のようであった。
動かない獲物を仕留めようとイレイザー・スポーンが群がるが、そこにセルファが飛び込んで飛び掛った敵を振り払う。
「ねぇ、死んじゃったりしてないよね!」
片手で無理やり体を引き起こすと、真人は感情の無い瞳でセルファを見た。だが、すっと彼の眼に色が戻ってくる。
「これは……助けられましたね……イレイザーは?」
二人がイレイザーを見上げる。
イレイザーは両目を黒く濁らせ、叫び声をあげながら足踏みを繰り返していた。その足踏みは、足元にいたイレイザー・スポーンを次々と地面に伸ばして固めていく。さらに、触手は出鱈目に自分の周囲の地面に向かって火球を放ち始めた。
「なんとか、砲撃を止めることができたようですね」
ひとまず役割は達したか、周囲三百六十度を敵に囲まれ、正面には暴れる山のような存在居る中で、僅かに真人は頬を持ち上げた。無茶をした甲斐があった。
だがしかし、なんということか、怒り狂ったイレイザーは周囲のイレイザー・スポーンを叩き潰し、焼き払う行為を取りやめじっと動かなくなった。もしも視力に自信があるものが居れば、ぜひイレイザーの顔に注視して欲しい。そう、切りつけられた傷跡も、煮えたぎった眼球さえも、元にもどろうと再生が始まっているのだ。
その速度は、戦場で行うには心もとないのんびりとしたものだった。イレイザーの自己修復能力は、それ自体が武器になるほどのものではない。剣戟によって崩れ、電撃により沸騰した眼球が、元の姿と機能を取り戻すには半日から一日は要するだろう。そして、その間イレイザーは自分の身を守ることに専念した。
触手は砲撃を取りやめ、近づく気配にはそれがイレイザー・スポーンであろうと警戒する。怒り狂って暴れているようにしか見えなかった動作は、周囲を掃除し自分の身を守るための下準備であったのかもしれなかった。
だが―――文字通り契約者はイレイザーを釘付けにすることができた。学校のシールドを幾度も震わせた砲撃は、今は動かない巨大なオブジェに成り果てていた。