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リアクション
学校を守る戦い1
赤城 静(あかぎ・しずか)は大地を埋め尽くさんという、イレイザー・スポーンの群れを眺めながら、ほんの僅かに前の事を思い出していた。
敵の進撃ルートを予測して、ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)と清 時尭(せい・ときあき)と共に、機昌爆弾による地雷原の設置を行っていた。爆弾の数は、向かってくるであろう敵の数に対して、十分とは言えない量だった。足りない分は、時尭のトラップの技術で補ったため、設置作業は想定以上に労力を必要とするものになった。設置に関しては、静も意見を出してさまざまな工夫が凝らされた。
「なんとか時間に間に合ったわね」
まだ敵の姿は見えない中で、ひとまず作業が終了する。あとは用意したリモコンが爆弾をちゃんと起動させてくれれば、この地雷地帯はその役割を十全に果たすだろう。
「用意周到上等ですなぁ」
「地雷の本来の利用方法とは違うからな」
「足止めじゃなくて、殲滅のためだもんね」
「リモコンで起爆させんのは、戦闘後のことも考えてるんでしょう?」
「いや、最適なタイミングで起爆するためだ。奴らは、仲間が倒れた程度では足を止めたりはしないだろうからな」
地雷は、敵を殺すよりも足止めをするのが主目的である。だが今回は、純粋に敵に打撃を与えるために爆弾が設置されている。この地雷地帯が想定通りの破壊力を発揮できれば、大きな損害が与えられる事は間違いないと誰もが確信していた。
それだけ、凶悪なトラップだったのである。
「……信じられないわ」
爆発を踏み越えて、イレイザー・スポーンは前進を続けていた。
その様子は、さながら砂浜に打寄せる波のようだ。黒く淀んだ波が、さざ波のように静かに、確かにこちらへ向かって侵食してくる。本物の波との違いは、彼らは決して自発的には引かないという事だろう。
「効果はあったよ。間違いなく」
桜花 舞(おうか・まい)がそう言うのは、確かな理由があるというよりは、そうあって欲しいという願いが込められていた。彼女の言うように、静達が事前に準備した地雷達は、最適なタイミングで爆発し、想定される最大限の打撃を敵の群れに与えたのである。
ただ、その打撃は視覚的に確認が取れなかっただけだ。五十や六十のイレイザー・スポーンが爆炎の露となったとしても、四桁を超える規模の軍勢にとっては僅かな損害だ。
ましてや彼らが、爆発に恐れる様子もなく、倒れ崩れ落ちた仲間を当たり前のように踏み潰しながら前進しようものなら、効果に対し疑いを持つのも仕方ないだろう。
「乗って、早く」
舞の言葉が耳に入っているのか否か、呆然と静はイレイザー・スポーンの大軍を見つめて動かない。
「早く!」
その時、二人の目の前を勢いよく飛び出す影があった。
ウォーレンと時尭を乗せた、軍用バイクだ。サイドカーをつけてるバイクが、地面の僅かなデコボコを利用して、高いジャンプを披露していた。
その姿は、あまりの敵の大群に呆然と見つめるしかなかった多くの将兵達の視線を遮った。
「俺達のバイクの軌跡を負う形での援護・支援攻撃だ!」
バイクは綺麗に着地すると、二人は後ろを振り返らずに敵に向かって走っていく。
まるで何かに弾かれたように、誰もが動き出した。その中にはもちろん、静の姿もあった。
「準備はいい?」
軍用バイクのサイドカーに飛び乗った静に、舞が尋ねる。
「ええ、問題ないわ」
二人の乗った軍用バイクが走り出す。迷いなく速度をあげて、風を切って進む。
「人は一人じゃないから戦えるの!」
「ほんと、その通りね」
「ウォウォかっこいいなぁ、ずるいなぁ」
軍用バイクを運転しながら、城 紅月(じょう・こうげつ)は呆れ半分関心半分といった様子でそう口にした。
ウォーレンが飛び出してすぐ、獅子の牙隊は本来の秩序と行動力を取り戻した。一瞬の空白は、恐怖の金縛りというよりも、あまりの敵の数に誰もが思わず手を止めてしまったという意味合いが強かったのだろう。
かくいう紅月も、周囲ほどでは無いが一瞬手が止まってしまった。その間に、何か有用な思考をしたかといえば否だ。
「近づくと、まるで壁のようですね」
サイドカーに乗ったレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)が言う通り、近づけば近づくほど、イレイザー・スポーンの群れは一つの壁のように見えた。大小さまざまな大きさのイレイザー・スポーンが、その体格の差で隙間を埋めるように配置されているのである。
これを遠くからみれば、地面そのものが僅かに揺らめきながら動いているようにも見えるだろう。
「これから、あそこに突っ込むのですか」
レオンはあまり乗り気ではなさそうだ。確かにあの中に突っ込むには、勇気が必要だろう。だが、ウォーレンスと共に前衛兼遊撃を行う二人が、ここで臆病風に吹かれれば部隊全体の士気に関わる。
紅月は、自分用の夜明けのルービーを一個取り出し、半分かじった。心すらも癒す甘さが、僅かに肩張っていた紅月の心をほぐす。
「ほら」
残った半分を、紅月はレオンに差し出した。
突然のことに、レオンは困惑した視線を向ける。
「夜のごほうび……甘くしてあげる♪」
レオンは金魚のように、口をパクパクと開けたり閉めたりした。彼の美貌は台無しだ。
「こ、紅月……初夜ですか!」
なんとか酸素を取り入れたレオンが、噛み付くような勢いで恥ずかしげもなく口にする。
それに対し、紅月は曖昧な笑みを返しただけで、はっきりとは名言しなかった。いつもだったら、殴られる場面のはずだ。だが、今日に限ってそれは無かった。
「ふ、ふふふ……」
レオンはギラギラと輝いた目で、イレイザー・スポンの群れをにらみつけた。その目は、まるで猛禽類が獲物を見つけた時のように残酷で、愉悦に満ちていた。
「私と紅月の新たな一歩を刻む記念日―――それを邪魔しようという不届き者はその細胞の一片までも残さず殲滅してさしあげます」
獅子の牙隊右翼、舞は飛び掛ってきたスポーンの攻撃を、スウェーで避け交差の際に首をソニックブレードで跳ね飛ばした。致命的な一撃を受けたスポーンは空中でその体を制御できずに、黒い水溜りとなって地面に広がる。
「っ!」
手に残る生き物を切った感触を忘れる暇もなく、さらに二匹目三匹目のイレイザー・スポーンが飛び掛る。先に出てきたのを咄嗟にコンバットシールドで叩き落とすが、次のにまで対応しきれずに、肩に爪あとを残された。
「数が多すぎるわね」
見渡す限りの敵しかない。そんな状況で足を止めれば、あっという間に圧殺されるだろう。軍用バイクの機動力が彼女達の命を繋いでいるともいっても間違いなかった。
「防衛ラインを下げるって」
「早いわね、了解って答えておいて」
獅子の牙隊左翼、セレス・クロフォード(せれす・くろふぉーど)はサイドカーから機関銃の弾を雨あられのように吐き出していた。
「銃の腕がいいとか悪いとか、そんなの関係ないわね!」
見渡す限り、どこまでも、敵がわらわらといるのだ。大した遮蔽物もなく、またそういったものを利用して銃撃を避けようとしないイレイザー・スポーンの体に、面白いように機関銃の弾は吸い込まれていった。
真上の空から、真下の地面でも狙わない限り、弾丸が無駄になることは無いだろう。
「旋回して下がるわ。仲間撃たないでね」
「了解」
軍用バイクを運転するシェザーレ・ブラウン(しぇざーれ・ぶらうん)に、すぐさま返事を返した。
その場のドリフトでぐるりと向きを変えた軍用バイクに合わせて、機関銃の向きを変えてさらに銃撃を浴びせる。銃弾は次々とイレイザー・スポーンの体を砕いて貫いていく。銃弾を受けたイレイザー・スポーンは、他の死んだ個体のように体がぐずぐずと崩れていくものもいれば、足などの移動器官を失ってその場に倒れ、あとからやってきた仲間によって踏み伸ばされて肉塊へと変貌するものもいる。
「後退これで何度目だっけ」
「四回目ね」
「そっか」
獅子の牙隊の指揮官、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の手際は見事なものだった。左右中央と三つある部隊を、全て一緒ではなく個々に位置を調節しながら戦闘を継続させていた。それはまさに綱渡りといっていい。
一言にイレイザー・スポーンといっても、小型のものから比較的大型のもの、そして飛行するものなど多種多様に存在している。そして、軍隊のように目的意識を持って整列しているわけではない彼らの行進は、それらの個体が混ざり合っており、そのうえ部位によって個体の偏りがある。それらを飛び交う情報から的確にそれぞれの戦場の状況を読み取り、把握して部隊を動かしているのである。とはいえ、動く方向は後ろ一辺倒であり、一度たりとも前進の指示はこない。
だが戦場で敵を前に奮闘している最中に、下がる最適なタイミングを見分けるのは困難だ。もしも囲まれれば、どんなに勇猛果敢な部隊であってもその機能のほとんどを殺され、壊滅―――いや、この戦場に限って言えばあの波に飲み込まれた文字通り全滅は免れないだろう。
「早いのが追撃してくる!」
機関銃の耳を裂くような音に負けないように、セレスが声を張り上げる。
「なんとかならないの!」
シェザーレも負けじと大声で返す。
「無理、多すぎる!」
機関銃の弾丸を掻い潜った何匹かが、二人のバイクに飛び掛ってくる。
「捕まって!」
後ろ振り返り武器を振るうのは危険が多いと判断したシュザーレは、ミラーに映る敵の動きを見ながらハンドルを操作した。バイクの運転としては、はっきりいって危険極まりない行為だ。サイドカーの車体が一瞬浮き上がったが、なんとか転倒を免れつつ敵の攻撃を切り抜ける。飛び掛ったイレイザー・スポーンは間抜けにも地面に激突し、そこを機関銃によって粉々に吹き飛ばされた。
「っ、敵が抜けました。頼みますレーゼマン中尉!」
バイクに飛び掛ってきたのは、ほんの僅かな数だった。そのほとんどはバイクに目もくれず、その横を通り抜けて学校に向かって突き進んでいく。その数はあまりにも多く、一瞬で数を見抜くことはできなかった。
「早い……だが!」
レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)は向かってきた小型のイレイザー・スポーンに向かって、落ち着いて引き金を引いた。対物ライフルの大口径の弾丸は、向かってきていたスポーンを地面ごと抉って吹き飛ばした。
すばやく次弾を装填し狙いを定める。射撃、イレイザー・スポーンは跡形も残さずに吹き飛んだ。
「大型のものなら、こうは簡単にいかないのだろうな。だがこのサイズなら支給品の銃でも十分というわけか」
次弾を装填し発射、イレイザー・スポーンの存在の跡すら残さない。
だが、その後ろにはまだまだ大量の小型イレイザー・スポーンの姿がある。その数を数えるのに、両手足の指では足りないだろう。あれが敵の主力ではなく、機動力を活かしてすり抜けてきたもので、全体からすればほんの僅かだというのだ。
「ここが正念場だ。全力で守りぬけ!」
レーゼマンの声を背中に受けながら、イライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)はグレートソードを強く握り締めた。
ここは最終防衛ラインだ。ここに並ぶ兵の数は僅か二十と少し、向かってくる敵の半分以下である。
イライザは一度深く息を吐いて、自分の意識を嚥下した。
飲み込んだ感情は、恐怖ではなく焦りだ。素早く数の多い敵の群れに、こちらが合わせる必要はないのだ。早いと言っても、目に映るしこれといったトリックがあるわけでもない。人は、時速三百キロの羽だって打ち返せるのだ、それに比べれば目の前の敵はせいぜい八十キロにいくかいかないか―――チーターよりはちょっと早いかもといった程度でしかない。
「レーゼ、あなたは私が守ります」
戦場の中でのその囁きは、誰の耳にも届かない。
だが、確かにその声は発せられて、存在していた。
不要な力が抜けて、イライザはいつもと同じように剣を握る。向かってくる敵の群れにも、なんら感情を動かすことなく、淡々と立ち向かっていった。