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リアクション
空中要塞アディティラーヤ攻略戦.10
塔を守る砦は、いくつもの城壁で区分けされている。その内部は、広間であったり、かつての町並みであったりと場所によって様々だ。だが、共通していることもいくつかる。石畳が敷かれて地面が綺麗にならされていることと、囲う壁には小さな窓がいくつもあり、そこから狙撃して突入部隊の足を乱そうとしてくることである。
当然、その中には大量の機晶姫が潜んでいる。機械による自動にしなかったのは、機晶姫達の方が柔軟に任務にあたれるからか、あるいは、古い要塞であることに対する拘りかもしれない。ここまで敵が潜入することを、この要塞はあまり想定していなかったのかもしれないし、これだけの大きな建造物を空中に浮かせられるのだ、戦闘機のような防空設備がかつてはあって、それに信頼を置いていたのかもしれない。ただ、それらは今は影も形も見ることができない。おかげで、自分達の足はこの要塞を踏みしめていられるのである。
そして、これこそが本当に問題ではあるのだが、城壁にいる機晶姫達に自由に行動させれば、突入部隊の被害は免れない。彼らに対しては、眼前の敵を突破するのとは別に対策が必要だった。城攻めをするのなら、城壁ごと吹き飛ばせる砲弾でもあればいいのだが、それに相当するクジラ型ギフトの主砲は現在眠りについており、こちらも手足を持って制圧する必要がある。
狭い通路の中で戦いを強いられるこの戦闘は、一瞬の油断が致命的なものとなる。その中を、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は駆け抜けていた。
「対応される前に、制圧します」
ほとんどの機晶姫は、狙撃にも使えるライフル銃を窓の外に突き出している。狙撃銃としないのは、スコープのような狙撃銃にあって当然のものがないからだ。機晶姫自身の目にそういった機能が内臓されているに違いない。
だからこそ、疾風のように駆け抜けていくシャーロットの戦術は、間違いが無い。武器を取り回すには狭い通路で、先手を取り続ける。
「無茶をしてるように見えて、案外考えているんだな」
呂布 奉先(りょふ・ほうせん)は共に同じ場所を駆けながら、機晶姫の大群が軍として機能する前に撃退していく。つるんとした銀色の機晶姫のボディは、やすやすと攻撃を通させてはくれないため、必然的に弱点となる間接や目を狙う必要がある。
二人の進撃に問題があるとすれば、その手間であった。最初は突風のような勢いも、一つまた一つと敵を破壊していくたびに、勢いを失っていく。やがて、機晶姫は危険な侵入者に十分に狙いを定める時間を手に入れた。
避けるにも場所が狭く、隠れるような場所も無い。奉先はとっさに倒れた機晶姫を持って盾としたが、シャーロットの足は止まらなかった。
「おい、馬鹿!」
彼女らの銃は、火薬が爆ぜる音などしない。空気を切り裂く小さな音だけだ、発射されるのは彼女達の機晶石から送り込まれるエネルギーそのもの、その為彼女達の使う銃を奪い取っても利用することはできない。
「シャーロット、無事か」
奉先は盾にした機晶姫を投げ捨てて、シャーロットの無事を確かめた。
シャーロットは、この戦いに何かを賭けていた。その心中をあまり彼女は口にはしなかったが、奉先はその理由をよく知っていた。この戦いで、より危険な遊撃にまわったのはその為だろう。
それは危険な兆候だったが、パートナーとして奉先はシャーロットを信頼していた。無茶はするかもしれないが、無謀なことはしないだろう、と。その読みの甘さに、奉先の内心は怒りが沸いていた。どこに向けていいかわからない怒りだ。
シャーロットは倒れていた。奉先が近づく前に、立ち上がろうとする。だが、どうやら足に攻撃が当たってしまったようで、立ち上がるのに時間がかかっていた。その時間は、機晶姫が狙いを定めるには余りあるものだ。
「こんのおおお」
足元にいた機晶姫を蹴飛ばして、狙いを定めようとする一体にぶつける。だが、横のもう一体は仰向けに倒れていく仲間に視線を向けることなく、ライフル銃をシャーロットに向けた。
走って前に出て盾になろうと思っても、奉先の位置からではどうやっても間に合わない。
しっかりと狙いを定められたライフル銃は、突然あらぬ方向に銃口を向け、天井の一部を黒く焦がした。
続いて、頭を大きく仰け反らせて、狙いを定めていたはずの機晶姫は仰向けに倒れていく。
「ご主人様、命中しました」
小尾田 真奈(おびた・まな)は淡々と報告する。彼女の手には、ハウンドドックRが握られていた。
さらに、足音がもう一つ。七枷 陣(ななかせ・じん)だ。
「セット!」
彼は走りながらも、至極落ち着いた表情で気を集中していた。が、すぐにかっと両目を開くと、
「いてまえ、アグニ!」
そう叫ぶ。すると、青い炎のフェニックスが飛び立って、機晶姫の部隊に突っ込んでいった。
「大丈夫か?」
振り返った陣の目に、どう見たって大丈夫ではない怪我をしたシャーロットが、立ち上がっているのが映る。
「大丈夫です、このぐらい、なんともありませんっ!」
その剣幕に、何故か怒られている気分になった。何か悪いことをしただろうか。
「……いや、せめて少し手当ては必要やろ」
「このぐらい、なんとも無いって言っているじゃないですか! 私は、私はこの命を失っても、セイニィにっ」
「むぅ」
陣は完全回復のスキルを使う事ができる。シャーロットの怪我も、この場で回復させることができるだろう。だが、大人しく治療を受けてくれるとは思わなかった。戦場で気分がハイになってるのかとも思ったが、陣自身のように窮地でテンションがあがっているというよりは、なんか必死だ。
そして、すごい剣幕だ。噛み付かれるのではないか、なんて考えてしまう。そんな危惧は、しかしすぐに収まった。奉先が当身でシャーロットの意識を一撃でかりとったからだ。
「ちょっと頭に血が上っちまってね。悪いな」
気絶したシャーロットを運び出そうとする奉先に、「ちょっち、待ってくれ」と声をかけて、傷を回復させた。
「そんじゃ、またな」
それだけ言って、陣は先に行ってしまった真奈を追いかけた。
「オレの獲物を全部取ったら怒るで、マジで!」
この要塞攻略において、空にあがるのは危険な行為だった。部隊と部隊が衝突しているところ以外にも、あちこちに機晶姫と機晶ロボがおり、上空の警戒も怠らない。そして、彼女達の対空攻撃は嫌になるほど的確だ。
「無理だと思うなら、拒否をしてもいいんだぞ?」
ハウンド隊のクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)の言葉に、瓜生 コウ(うりゅう・こう)は首を振って答えた。
「最悪、ココとココさえ守ればいいんだ」
頭と胸をそれぞれ指で示しながら言う。
「それに、悪運は強い方だぜ」
根拠は全く無いが、コウは僅かに笑ってみせた。
彼らが進もうとしているのは、狭くて長い一本道だ。その狭い道の左右に立つ城壁の上に、大量の機晶姫が待ち構えている。ここを通ろうとした敵を、上から蜂の巣にしてやろうと言うのだろう。
遊撃部隊は城壁の内部に手一杯であり、城壁を地道に攻略するには時間がかかり過ぎる。
飛行手段を持つコウが、彼女達よりもさらに高いところにあがって、陽動を仕掛けて部隊を進ませよう、というのだ。
「そうか、わかった」
クローラは頷いて、突撃の準備を整えに離れていった。
「いくか」
「ええ」
レイヴン・ラプンツェル(れいぶん・らぷんつぇる)は静かに答えた。声からは緊張や不安は感じ取れない。
カモフラージュをしてゆっくりと上昇したコウは、塔までの道のりを見下ろした。
「あと少しか」
危険もあって空中にあがる機会がなく、地上からではいくつもの城壁に囲まれて見渡すことができない。この時になって思ったよりも塔の近くまで自分達が進軍している事を認識した。
「さて―ーー」
擲弾銃バルバロスを準備する。今は機晶姫も気づいていないが、一回でも攻撃を仕掛けたらさすがにこちらの位置はばれるだろう。それからは、その場の判断で攻撃を避けながら、できる限り長く留まって敵を本隊ではなく、空中の自分に引き付けなければならない。
「ちょっとぐらい怪我しても、あたしが直してさしあげますわ」
魔鎧となっているレイヴンは、あっさりと言う。
「慰めにもなってねーよ。よし、行くぜ」
「ここで決めたら、最高にかっこいいよな」
「なんだよ、いきなり
アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の突然の言葉に、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は眉をひそめた。
「いや、ここで格好よく俺が立ち回れば、その後ろ姿に女の子も惚れちゃうかもよって」
「……よくもまぁ、この状況でそんな事考えられるな。いつも通りだなって、僕は君を褒めればいいのか?」
ハウンド隊は、ここで最前線を受け持つ部隊だ。この危険地帯を一秒でも早く、確実に切り抜けるために、地上に出てくるであろう部隊を噛み砕くのがその役目である。
「おいおい、俺は真面目に聞いてるんだぜ?」
「むしろ答えにくい。そんな事ばっか考えて、失敗でもしたら凄く怒るからな」
睨みつけようと振り返ったら、アルフは可愛らしい女の子を見つけてそちらにふらふらと歩き出しているところだった。首根っこを捕まえて、元の位置まで引きずってくる。
「ナンパは後にしてくれないかな」
「一期一会って言葉があるんだぜ?」
「……なんで、そこで勝ち誇った顔をするんだ」
呆れていると、クローラが険しい顔で戻ってきた。間もなく、突入するということだった。
その言葉を受けてさすがにアルフも、ふらふらと行動しなくなった。合図を待つ緊張した空気が流れて、そして合図がなった。コウの攻撃で、城壁の上の一部が爆発したのだ。
「突撃開始! 何が出てきても立ち止まるな! ここを抜ければ塔はすぐそこだ!」
コウの援護がどれだけ続くかわからない中、部隊は通路の突破にかかった。
「来るぞ! 右からだ」
走りながら、城壁に手をつけていたアルフが声を荒げる。殺気を読み取っての言葉だ。
すぐにアルフの言葉通りに、右側にあった城壁からぞろぞろと武器をもった機晶姫が姿を現す。
「隊列を組ませるな」
「おうよっ!」
ここぞとばかりの息のあったアルフとエールヴァントの息のあった射撃に、機晶姫の部隊に亀裂が入る。
「このまま、突破させてもらうよ」
ここでは、敵を残すことより立ち止まる方が危険だ。亀裂に割り込むようにして、部隊は突撃を敢行する。
「ここからは俺の仕事。さあ行こうか、子犬ちゃんたち」
亀裂の入った機晶姫部隊を突破したのち、ラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)はくるりと振り返って足を止めた。敵だってただ呆然と突破されたりはしない、追撃を防ぐために弾幕を張る必要がある。
「よくもまあこんなに数を揃えたんもんだね」
ここまでの連戦を繰り返し、それでも一向に敵の数が減らない。恐らく、倒しきれていない機晶姫や機晶ロボが起き上がり、部隊と合流してまた立ちはだかっているのだろう。
「でも悪いけど、ここから先へ行かせる訳にはいかないんだよ」
追いかけようとする機晶姫に向かって、弾幕援護。彼女達の足を鈍らせる。
「ワタシだって、やるときはやるんだからねっ!」
足が止まって密集した機晶姫の部隊は、格好の的だった。
イータ・エヴィ(いーた・えびぃ)のサンダーブラストが炸裂し、機晶姫の部隊をまとめて感電させる。
「多少電撃の通り具合に差が出るみたいだね」
全部が全部破壊できたわけではないが、まとまっていた機晶姫の大半はその場に倒れこんだ。これ以上追撃する能力無し、と判断するとラックとイータの二人はすぐに本隊を追う。この先でもまた、新たな部隊が既に展開し、そしてそれをハウンドの部隊は食い破っていた。
「早いなぁ」
「ワタシ達が本気を出せば、こんなもんです!」
得意げに言い切るイータに、「そうだね」とラックは答えた。
それはもはや、暴風のようなもので、立ちふさがる全てのものを吹き飛ばすように部隊は前進していった。だが、同時に部隊自身も切り裂いていくようなものでもあった。
損害ゼロで突破できるなんて、甘い考えは持っていなかった。むしろ怖かったのは、途中で足が止まってしまうことだろう。だがその不安は、ついに現実になることなく最後まで契約者達は駆け抜けた。
そうしてたどり着いたのは、まるでアリーナのような広い円形の空間だった。その広さは、向こう側が霞んで見えるほどで、中央には目指していた塔が仰々しい威圧感を持って立っていた。
「ここまできて、これですか」
思わずゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)はそう零した。
ずらりと綺麗にならぶ、大量の、いやもはや大量という言葉では足りないだろう。まるで砂浜の砂のように、ぎっしりと機晶姫の部隊がずらりと並んで待ち構えていた。
「ここが彼らの最終防衛ライン、持てる戦力を全て投入するのも頷ける話ですじゃ」
枝島 幻舟(えだしま・げんしゅう)はじっと並ぶ敵の布陣を観察する。
並ぶ機晶姫を詳しく観察すると、彼女達の全てが新品というわけではなく、傷や凹みなどの、人間で言えば負傷を抱えた状態であるものも少なくないのがわかる。
ここに来るまでに出会い、刃を交えた敵は立ち上がりまたしても道を塞ごうというのである。
「その執念には、尊敬の念すら感じますね」
果たして彼女達には痛覚があるのだろうか。自分達と同じような思考をするのだろうか。傷を負いながらも、何度も立ち上がるのはただの機械的な命令なのかもしれない。だが、それでもその行為は、どこか尊いものがあるようにも思えた。
「ここが、あの子達との決着の場なのでございますね」
新星の協力者、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)はその目で見たモノに対し、何を思ったのだろうか。それを言葉にさせるのは野暮かもしれない。
「よかろう、ここで決着をつけるでおじゃる」
藤原 時平(ふじわらの・ときひら)はずらりと並ぶ機晶姫を前に、一歩も引かない姿勢を見せた。死に物狂いの突撃を乗り越えた先で、立ち振る舞いに優雅さのある彼の動きには勇気付けられるものがある。
「そうですね。ここで決着をつけましょう」
数で圧倒され、負傷者も抱えている契約者達ではあったが、しかしここまでたどり着いて後ろを見る者は皆無であった。
「ここに陣地を作成します」
サオリが傭兵部隊に指示を出し、急ピッチで陣地を作成する。ここまでは機動戦だったが、ここは腰を据えて敵と正面からぶつからなければならない。勢いや奇策だけで、圧倒的な数の差はひっくり返らない。足元を固める必要がある。
「さあ、働くでおじゃるよ」
陣地作成の動きが始まるのに合わせて、新星は広く部隊を展開させた。陣地が完成するまで、まずは時間を稼がなくてはならない。
「ここからは今までの戦闘とは少し違います。落ち着いて確実に、勝利をこの手に掴み取りましょう」
ゴットリープが己の部下に叱咤し、激励し、士気を保たせる。
「確かに数では劣っています。しかし、ここまで何度も剣を交え、突破してきた相手です。不可能ではありません。私達の力、忘れたというのならはっきりと思い出させてあげましょう!」