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創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

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空中要塞アディティラーヤ攻略戦.8

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)がその場にうずくまったのを見て、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は彼の元へと駆け寄った。
「エンド……」
 彼の視線の先には、巨大な盾を持った大型の機晶ロボが立ちふさがっていた。見上げるほどの大きさを持つ巨躯もさることながら、手にした大きな盾が曲者で、ほとんどの攻撃をその盾一つで防ぎきってしまう。もはや、移動装甲とも言うべき厄介な存在だ。
 それらが現れだしたのは、塔へと至る道の中腹を超えた辺りで、数は他の機晶姫や機晶ロボに比べると圧倒的に少ないものの、一体現れるだけで攻め込む部隊の勢いを完全に殺してくる。
「キース、止めないでくれ……」
 肩を貸しながら立ち上せると、それをグラキエスは弱々しく振り払った。
「今魔力を抑制すれば、暫く行動不能になる。俺は戦いたい」
 力の無い足取りで、グラキエスは盾持ちに向かって前進していく。
 盾持ちも、向かってくるグラキエスを敵と判断しその巨躯で大地を振動させながら向かってきた。手にした盾を大きく振り上げる。一方、グラキエスはそれに対応する動きを見せない。あんな大きな鈍器で叩き潰されてしまえば、ひとたまりも無いだろう。
 大きく振り上げられた盾は振り下ろされるのではなく、不自然に肩を越して背後の地面に落ちた。
「これだけ獲物が大きければ、曲芸のようなものもできるのだよ」
 振り上げられた盾の勢いを殺さずに、奈落の鎖で落としたレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)は、ふらりと二人の前に現れた。
「……時間は余りないぞ」
「上等っ!」
 三人を飛び越して、ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)がその腕に飛び掛った。
 その姿は超感覚によって、大きくねじれた羊の角を持ち、瞳孔は縦に割れ、牙や両手の爪が鋭く大きく伸び、まるで悪魔のようである。
「うおおおおお」
 機晶姫も機晶ロボも、その材質はほとんど同じだ。その為、威力の低い打撃や魔法では全くダメージを与えられない。だが、完璧というわけではなく弱点もある。目にあたる部分や、間接などは守られてはいるが、他の部分よりも攻撃が通りやすい。
 機晶姫のサイズだとわかりにくいが、この大型のものには腕や足の間接部分に、ゴムのような伸び縮みする素材が露出していた。それを目掛けて、ロアは飛びつき、食いちぎった。
「くそ不味いな、これ」
 引きちぎった部位を吐き捨てると、そこから先の部分がだらんと力なくたれ落ちる。
 機晶ロボは、盾を持たないもう一つの腕で、破壊された腕を掴むと、そのまま引き違った。ロアは腕から離れると、そこに向かって振り上げた自分の腕をたたきつける。
 粉塵が舞って、一時的に視界がさえぎられる。
 だが、人間の目では見えなくとも、機晶ロボのセンサーはどこに誰が居るのか一目瞭然だった。その中で、一番動きの鈍い獲物、グラキエス目掛けて二度目の振り下ろし攻撃をしかけた。
 砂埃を掻き分けて、グラキエスの視界に腕が見えた瞬間、そこにもう一つ別の人影を確認した。レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)だ。
 声をかける暇もなく、レリウスは強烈な一撃をその身をもって受け止めた。龍鱗化を行ってたとはいえ、決して軽い一撃ではなく、レリウスはその場に膝をついた。
「無茶をしているって、聞きましたよ?」
 レリウスは立ち上がろうとするが、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。それを支えたのは、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)だった。
「ったく、無茶するぜ」
 ヒールをかけながら、愚痴をこぼすハイラルの表情は、怒っているのではなくどこか満足気なものだった。無茶ではあったが、レリウスの行動は悪いものではなかったと思っているのだろう。
 三度、巨躯の機晶ロボは腕を振り上げる。
 ハイラルはその場から逃げようとはせずに、ただ視線をグラキエスに向けた。
 そうだ、自分は守ってもらう為にここに居るのではない。戦うために、自らの意思でここに居るのだ。
「この力……狂った魔力を、この戦いに使いたい。この力の先が破滅だけではないと、信じるために……」
 言う事を聞かない体に、魔力で火をつけてグラキエスは飛び込んだ。イコンの装甲すら切り裂くアクティースが一筋の線を描きだし、強靭な機晶ロボのボディを切り裂いた。露になった内蔵器官が、グレイシャルハザードによって吹き込む冷気によって機能を停止する。
 大きくのけぞった機晶ロボは、まだ残っていたバランサーの機能によって二歩、後ろに下がり、そこで機能を停止して壁にその巨体を突っ込ませた。勢いの乗った転倒を支える強靭さは壁にはなく、がらがらと崩れ落ちて、道を開いた。
「エンド、まだ終わってはいませんよ」
 呼吸を荒くし、またしてもその場に蹲るグラキエスを、キースが肩を貸して立ち上がらせる。
「ああ、すまない」



 長曽禰少佐はパワードスーツに記録していたマップを呼び出し、作戦の進行状況を確認していた。
「予定よりも進行速度が速いな」
 呟きながら、その理由を考える。数の上では向こうが有利であるし、戦いなれたイレイザー・スポーンではなく、機晶姫の部隊は獣の群れといったスポーンと違ってその動きはいくらか理性的だ。
 敵が弱いのではなく、こちらの士気が高いのだ。シャンバラを救いたい、その思いが力となって、阻むものを寄せ付けない。そう考えて、あまりにも稚拙な精神論だと考え直した。だが、こちらの士気が高いのは事実であり、その士気の根拠の一つではあるだろう。
「よし、前方の敵は撤退した。このまま前進を」
「少佐っ!」
 その声は、長曽禰を呼ぶ声とは少し違っていた。声の主、アウグスト・ロストプーチン(あうぐすと・ろすとぷーちん)は声を出すなり、身を乗り出して少佐の前に飛び出した。
 鮮血が飛んで、長曽禰のパワードスーツのヘルメットの頬に小さな赤い点をつくる。
「なっ……」
 驚きの声が漏れた事に、自分で驚いて長曽禰は口に手を当てた。パワードスーツに手は阻まれる。
 その体制のまま、パワードスーツのセンサーに先ほどまで無かった大量の敵影に目がいった。突入部隊と側面に、大量の敵が突如として沸いてでてきていた。
「回り込まれただと、いや……大丈夫かっ」
 考え込みそうになる意識を、無理やり引き剥がして倒れたアウグストの容態を確かめるためにかがみこんだ。幸い、弾丸は肩に当たっていて致命傷ではない。
「あー、その胸板は私のものですー」
 冗談も言えるらしい、問題は無さそうだ。
「衛生兵は手当てを」
 アウグストは衛生兵に連れられて治療に向かった。いや、向かわされた。「いやー、そばにいるのー」という悲鳴のような声が聞こえる。
「少佐、ここは危険です。お下がりください」
 レバーアクションライフルで、リズムよく射撃をしながらソフィー・ベールクト(そふぃー・べーるくと)が前に出ていった。けん制の射撃に、いつの間にか現れた機晶姫の群れは特別動じることなく淡々と攻め込む姿勢を見せている。
「一体どこから沸いてきやがったんだ」
 マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)が愚痴をこぼす。彼のディエクトエビルの感覚にも、ぽっと敵が沸いたのを突然感知したため、驚きを隠せないでいた。
「恐らく、地下からだろう。これだけ大きい要塞だ、地下にも通路が張り巡らされていても不思議ではない」
 長曽禰が答える。地下に通路などがあるのは想定済みだが、塔を目指すには目標から離れていく地下の鎮圧に兵を使う余裕は無かった。こういった不意打ちはありうるだろうとは思ったが、もっと小規模な部隊だと考えていた。
「これほどの大群を動かせるという事は、巨大なエレベーターがありそうですね」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)は、空を見上げる。上空にも、イレイザー・スポーンが集まりだしていた。耳に優しくない鳴き声をあげて、こちらに向かってくる。
「そう何度も自由にさせるかよ」
 マーリンが神の目で強烈な光を浴びせ、イレイザー・スポーンの群れの動きを鈍らせた。そこへ、真言がスパロウアヴァターラ・ガンでイレイザー・スポーンを迎撃した。小型の銃から発射されたとは思えない威力で、次々イレイザー・スポーンを撃墜していく。
「イレイザーには効果覿面ですね」
 イレイザー・スポーンの群れに、機晶姫の部隊に囲まれて、突入部隊の足並みは乱れていた。自分達が攻める側だと思っていたところでの不意打ちだ、大なり小なり効果はあったろう。
 だが、一歩でも多く一秒でも早く塔に向かうのが彼らの役割である。見かねた渋井 誠治(しぶい・せいじ)は隊列から飛び出した。
「ここはオレに任せて先に行け!」
 彼の勇敢な行動に、部隊は自分達の役割を思い出した。敵と戦って倒すのは目的ではなく、前へ進んで塔にたどり着くことが自分達の役割なのだと。
 どんな大量の敵であろうとも、それが前に居るのではく後ろにいるのであれば、眼中に入れる意味はないのだ。
 突入部隊は本来の目的を思い出し、前進を始めた。残されたのは、渋井をはじめとする、全体からしてみれば僅かな数だった。
「私たちがここで敵を惹きつけていれば仲間は奥に進んでいけるわよね」
「ヒルデ姉さん」
 傍らに立ったヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)が、そう言って微笑んだ。気合を入れて飛び出してみたが、改めてこの状況を鑑みるに、戦力の差は絶望的である。ヒルデガルトの微笑みは、弱気の風に吹かれそうになった誠治の心に気合を注入する。
「オレはラーメンを広めるために生まれた男だ。麺屋渋井ニルヴァーナ店を作るために頑張るぜ!」
 自分でも、気合を振り絞るために誠治は叫んだ。
 声を出すなんて簡単なことで、不思議と気分は盛り上がるものだ。
「援護するわ」
 殿部隊は押し寄せる機晶姫の大群を押しとどめるため、激しい戦いにへと向かうのだった。