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リアクション
空中要塞アディティラーヤ攻略戦.13
銀色の機械仕掛けの天使が振り下ろした拳を、裏椿 理王(うらつばき・りおう)は大きく後ろに跳んで避けた。
「ギフトが相手となると、火力が足りないか」
先ほどから、何度か近づいてパンチやキックなどで攻撃を仕掛けているが、セラフィム・アヴァラータに効果があったようには見えなかった。新型のパワードスーツといえど、質量の差からくる威力不足はどうしようもないだろう。仮に、それを補うだけの出力を持たせてイコンの装甲を貫いたとして、中身がミックスジュースになってしまっては意味がない。
「だが、機動力は概ねカタログスペック通り、反応も悪く無い。いい使い手に使ってもらえれば、もっと活躍できるはずだ」
現地で改修したこのパワードスーツのため、大量生産するにはまだ時間がかかるだろう。いずれこれが誰にも行き届くほど量産が進めば、ブラッディ・ディヴァインとの戦闘でアドヴァンテージを取られていた個人兵装の格差は大きく埋まると確信できた。中身の資質によるが、まず正面戦闘では引けを取らない。
「概ね、チェック項目は完了したみたいだね。あと一つ残ってるけど」
桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が直通通信で呼びかける。
理王がパワードスーツで身を固めているのは、単に新しい装備品だからというわけではなく、その実践テストも兼ねている。テストなのだから、埋めなければいけない空欄というものがある。機動性や反応速度がスペック通りに出ているか、各筋力強化がちゃんと機能しているか、そういった部分のチェックをしているのである。
「耐久性の実践テストか」
幸いにも、目の前には丁度いい相手が居た。ブラッディ・ディヴァインの操るセラフィム・ギフトだ。今後のことを考えれば、セラフィム・アヴァラータの一撃を受けても壊れない、というキャッチコピーは魅力的にも思える。
「『キーボードを抱えて死ねたら本望だ』だよね?」
出撃前に理王が言った言葉である。その言葉に嘘偽りは無い、無いが、だからといってアレに自ら無防備に殴られることを良しとするかといえば、ありえない。
「いや、それはいいだろう。それより―――」
ここで地震が発生した。だが、この場に居た人々、それはクジラ型ギフトを守ろうとしている人たちも、ここに展開していたブラッディ・ディヴァインのそのどちらも、注目したのは空だった。
ほぼ全員が、打ち上げられた信号弾に目を奪われていた。クジラ型ギフトの防衛を行っている契約者は、通信設備が整っている。わざわざ信号弾をあげる理由はない。あれは、ブラッディ・ディヴァインに向けての連絡で間違いなかった。
「前回はよくもレプリカなんぞ掴ませてくれたな!」
この一瞬の隙を、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は見逃さなかった。信じられない速度で迫る大佐に、ブラッディ・ディヴァインの黒いパワードスーツは、咄嗟にセラフィム・アヴァラータで道を塞ごうとした。
そのギフトに向かって、さらに飛び掛る影、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が無謀とも言えるセラフィム・アヴァラータに対する突撃を行った。本来の状態であれば、軽く振り払うだけでプリムローズは迎撃されていただろうが、この時の操縦者は突然の地震と撤退の信号、それに急襲によって軽いパニック状態になっていた。
「とりゃあああ!」
全力全壊の攻撃は、セラフィム・アヴァラータをよろめかせる。ダメージとしての効果は、あまり期待できそうになかった。だが、足止めの効果としては満点を超えていただろう。
セラフィム・アヴァラータの足元をすり抜けて、大佐はブラッディ・ディヴァインの黒いパワードスーツに肉薄すると、魔障覆滅を放った。咄嗟にパワードスーツは防御をしようとするが、
「遅いな」
身を守ろうと思った時には、黒いパワードスーツはその場に倒れていた。
「さーて、戦利品のチェックチェック」
周囲では、既にブラッディ・ディヴァインは撤退をしていた。安心してお宝を探ることができる状態だ。お宝とは、もちろんこいつらが使う鬱陶しいセラフィム・アヴァラータのことである。
「あ……」
本体が腕輪という事は知っているので、さっそくはずしてみた。そうすると、いつしか見たように、腕輪はボロボロと崩れて消えてしまった。
「取り外し不可というわけなのだな……そうか!」
「どうしました?」
いつの間にか傍にきていたプリムローズが大佐の顔を覗き込む。ちょっと驚いた。
「今回の襲撃部隊でギフトを使うのは少なかったな?」
「そーだね」
そう答えながら、うーんと唸る。まぁ、戦闘中に周囲を見渡して敵の数を数えろ、というのは大変だろう。大体、部隊単位で戦闘する場合、そういった役割の人がきちんといるものだ。
「このギフトのアヴァラータは、何らかの条件で一方的に契約を破棄されるんだろうな。前回戦った時よりも、ギフトの数が少ないのはそのためだ。そして、一度契約を破棄されると、二度と利用することはできないというわけだ」
セラフィム・アヴァラータは、倒せば倒すほどその数を減らしていく。
「うわ、腕輪しながらお風呂入ったりしないといけないの。うーん、大変だなー」
「それは、どうだろうな?」
「で、どうやってルバートを呼び出すおつもりですの?」
クジラ型ギフト周辺の敵が撤退していき、防衛戦が一段落したところでアルベリッヒは戦場を抜け出した。その様子を見かけた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)と、山田 太郎もこっそりとそれに同行していた。
「このパワードスーツには、仲間の位置を知らせる機能がついています。個体の識別番号と一緒に送信することで、距離が離れていても連携が取ることができるようにするためのものです」
「それで、ルバートの位置がわかると?」
「いえ、現在彼らはその機能をオフにしているみたいです。通信をすれば、例えそれが暗号化されて解読不可能であっても、通信をしている事はばれてしまいますからね。隠密行動をしたい彼らとしては、勝手に通信する機能なんて危険を増やすだけです」
「でしたら、いかがなさるおつもりで?」
「簡単ですよ、こちらがその機能をオンにして位置を知らせてあげるんです」
「それであちらが馬鹿正直に出てくると仰りたいのですか」
「うまくいくように、ちょっと小細工はしてありますよ。ああ、覚悟してください、最悪彼らに囲まれてしまいますからね」
アルベリッヒは、さっそく自分達の居場所を知らせた。
この位置の特定方法は、複数のパワードスーツが別々の場所に存在し、それぞれの距離の差から居場所を絞り込む、という方法を用いている。その為、ルバート一人に絞って通信することはできないし、これを連絡用に使う事なんて想定もしていない。
個人間での通信ができればもっと早いのだろうが、どうやら個体の識別番号を全員入れ替えているようで、先日鹵獲したパワードスーツの設定の変更具合を確認して諦めた。設定次第でいくらでも長くできる識別番号を特定するぐらいだったら、拡声器でも使って大声で語りかけた方がずっとマシだろう。
とはいえ、何も準備をせずに位置を教えるだけでは無視されるのは間違いない。
「小細工ってのはなんだ?」
「発信にある規則性をつけて送信しています。気づくかどうかはあちら次第ですが」
「規則性?」
太郎は少し考えて、自力で解決した。
「モールス信号か」
「ええ、原始的ですがこちらの意思を伝える手段として、他に思い浮かびませんでした」
位置特定の方法が改良されていなければ、こちらの位置が明滅して表示されているはずだ。そこに、意味を託す方法はこれぐらいだろう。
「さぁ、あとは彼らが答えてくれるかどうか、待ちましょう」
耳に張り付くほど聞こえていた銃声や戦闘の音、誰かの雄たけびがなくなると要塞の上は風の音しか聞こえてこない。静寂とは無縁の世界だったが、それでも静かに思えるのは戦いの最中の音というのは、鼓膜をうんざりさせるには十分な騒音なのだろう。
それが、足音によって破られたのはアルベリッヒ達が待ってから十分程度経過していた。
顔を完全に隠す個人用のマスクをした、黒いパワードスーツが一人堂々と正面から歩いて現れた。
「一人……?」
漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)のカモフラージュで身を隠していた綾瀬は誰にも聞こえないよう、口の中だけで呟いた。
「お待ちしておりましたよ」
「話をしたい、だったな。いまさら、戻りたいとでも言うつもりか?」
声はルバートのもので間違いなかった。
「聞きたい事は山ほどあるんですがね。きっとあなたの事だ、何を聞いてもそれらしい嘘を教えてこちらを混乱させようとしてくるだけです」
「こちら、か。もう戻るつもりは無いようだな。もっとも、一人でなく伏兵を用意している時点で、そんなつもりは無いとはわかっていたがな。そこと、そこのお前、隠れてないでさっさと出てくるがいい」
ルバートは正確に綾瀬と太郎の居る場所を示した。
「……でてきてあげてください」
知らぬ振りは通用しないと判断したアルベリッヒに言われて、太郎と綾瀬は姿を現した。
二人が身構えるのを、アルベリッヒは手で制した。
「彼らは私の監視ですよ。何かと不都合が多い身分なもので。聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」
ルバートは特に身構えたりする様子はない。自分の力に自信があるのか、纏われている漆黒のドレスはルバートには判断できないだろうから、三人を前にしても悠然としている。
「私の記憶喪失の件、あまりお気に召さなかったようですが、理由があれば教えていただけませんかね」
アルベリッヒが知る限り、ルバートがあんなに感情を露にして激昂したことは無い。一体何が彼の逆鱗に触れることになったのか、アルベリッヒは知っておきたいと考えていた。
もしかしたら、自分しか知らされていない重要な情報があり、それが伝達できていないのかもしれない。もしそうであれば、他の誰にも無いアドバンテージを握る事ができる。
「……つまらん人間なったな。お前に私は期待していたのだよ、だが、それはもう過去の話だ。今私の目の前にいるのは、ただの凡庸な秀才だ。人を見る目には自信があったのだがな、どうやらこの目は腐ってしまったようだ」
明らかに狙って、アルベリッヒの痛いとこを突いてきている。自他共に天才と信じて疑わなかった時代があり、それが崩れた経緯を知っている男が凡庸だの秀才だの口にしているのである。
だが、とりあえず一つの疑念は解消された。今のところ、アルベリッヒという人間には特別な付加価値はないらしい。もしも、そういったものがあるのならばルバートは探りをいれてくるだろう、敵側からの記憶喪失という申告をこうも素直に受け取ったりはしない。
「あなたに期待されているとは、全く気付きませんでしたよ」
「そのような事に気を回すような輩に、私は期待などしないさ」
「左様で。では、もう一つ。なぜ、サーモグラフィーを起動させているんですか?」
この質問に、ルバートは答えなかった。
パワードスーツの暗視機能の一つとして、熱探知機能が搭載されている。身を隠していた二人が簡単に発見されたのは、そのせいだろう。だが、知られている通りサーモグラフィーで表示される画像は、青と赤の二色の世界で、距離感などを把握するのが難しくなる。
暗闇を見通すならNVDもあるし、そちらの方が実用的である。こちらは、狙撃のようなごく限られた用途に使う以外、正直使い道が無い。
「時間だな、これで私は失礼させてもらおう」
「貴重な時間を割いて頂いて感謝します。短い時間でしたが、有意義なものでした」
「私にとっても、いい機会だった。どうやら貴様に組織を預けたのは、私の判断ミスであったようだ。それを確認できただけで、十分だ。自分が特別だなどと思い上がるのもこのぐらいにしておけ、次はないぞ」
ルバートは踵を返し、少し歩いて離れて一度立ち止まった。
「ああ、そこの男の連れは置いていく。大した使い道もないのでな」
それだけ言うと、ルバートは大きく跳躍して、三人の視界から消えた。
あの男の連れというのは、太郎のパートナーであるロサ・アエテルヌムのことだろう。探検隊にブラッディ・ディヴァインの協力者として見られている彼女には、人質としての価値は無い。殺したあとの後片付けを考えれば、手を下すより捨てる方が楽だ。
それをわざわざ口にしたのは、この会見への土産のつもりだろうか。
「行かせてしまってよろしいのですか、今が仕留める好機でしたでしょう?」
「言ったはずですよ、彼らに囲まれる、とね」
アルベリッヒのパワードスーツのモニターには、配置された彼らの戦力が一瞬だが表示されていた。こちらが下手な行動をしないように、わざと見せ付けてきたのである。
「舞台の広さは限られているのですから、早く彼らに場所を開けていただきたいのですが」
綾瀬は全てを聞かなくても、自分達がどんな状況に置かれていたか理解した。その上で、彼らは舞台に上る役者足り得ないと口にする。
「さて、俺は迎えに行く必要があるのか」
「同行しましょうか?」
「いや、ロサは顔を知られているからな。簡単に合流させるわけにもいかない、少し考える必要がある。そっちにも迷惑はかけられないしな、こっちでなんとかするさ」