空京

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創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

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学校を守る戦い2


 イレイザー・スポーンを押しとどめようと、各部隊は奮戦に当たっているものの、視界を埋め尽くす勢いで殺到する集団の全てを受け止めるのは難しかった。
 人と人の隙間を抜けて、彼らは学校にへと向かう。途中、防衛ラインを構築するために置かれた部隊が彼らを待ち受けて潰していくが、それでもまたぽつぽつと、そのラインを突破するものが現れる。
「こっちだ、こっちに来い!」
 アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)の挑発に反応した固体が、六匹殺到する。
 彼らのすぐ後ろには学校を守るシールドがあった。その区切りの近くには、潰れて飛び散ったイレイザー・スポーンの肉片が散らばっている。ここまで到達してきたイレイザー・スポーンは小型のものか、あるいは空を飛ぶ機動力のあるごく一部であり、それらはシールドに対して有効な攻撃手段を持たないらしく、集団自殺を行うレミングがごとく自らシールドに体当たりしては散っていっていた。
 一撃一撃は確かに些細なものだろうが、その自らの命をかけた体当たりは確実にシールドの力を削いでいるのは間違いなかった。
「ちょっと人気が出すぎたな。頼むぜ」
 聖騎士の駿馬で、スポーンから逃げるように全力疾走する。それでも、ここまで到達しきったスポーンの速度の方が速い。彼らは確実にアインと駿馬を仕留めようと大きく広がり、そこを空から飛来したMB・アヴァターラ・ダーツによって次々と破壊されていく。
「よおし、イレイザー・スポーンども、こっちだ!」
 彼の頭上には、空飛ぶ箒スパロウに跨る蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が待ち構えている。二人はそれぞれ、敵に合わせて互いの役割を交換しながら、攻め寄せるイレイザー・スポーンの迎撃を行っていた。
 アインはここまでの戦闘で、若干高揚していた。詰め寄る敵の数は多いが、小型や飛行型は脆く破壊するのにさして苦労はしない。どちらも速度は速いが、囮を出して敵の動きを誘導すれば上空や、他の仲間の援護を当てやすくなり容易に粉砕できる。
 一方、朱里はアインとは正反対にどんどん冷静になっていっていた。
 上空から、ここに詰めるほかの仲間よりも高いところから戦場を見渡せる彼女の目には、はっきりと映っていたからだ。
 前線で敵の主力を抑えている味方が、少しずつ防衛ラインを後退させていっている。どこかの戦線が崩壊するような事態には陥っていないが、あの地平線すらも埋め尽くそうという集団は、確実に学校に近づいているのだ。
「みんな、がんばってよ」
 防衛ラインをすり抜けてくる敵は看過できない。ここではここの戦いがあり、その役割を放棄することはできない。ぐっと唇を噛んで、朱里は視線を遠くから近くに切り替えた。



 前線の戦場を見渡すと、あちこちに土嚢が積まれた地点や、長さは短い塹壕が散見された。これらは、黒豹大隊によってここが戦場になると予測されてから準備されたものだ。
 それらは兵士の一時的な防衛拠点となったり、弾薬の補給地点になったりと大きく貢献をしていた。しかし用意されたそれらの半分は、敵の波の中に飲み込まれてしまっていた。特に塹壕などは酷いもので、彼らはそれに落とし穴のようにはまって、その上にイレイザー・スポーンが積み重なり、後続がそれを踏み潰すものだから黒いスープ状になって埋め立てられていた。
「酷いね、仲間を仲間と思ってないなんてもんじゃない」
 黒乃 音子(くろの・ねこ)は自分の立場を忘れて、地獄絵図を前にそう零した。
 イレイザー・スポーンの行進は、最初は規律の取れた行軍のように見えた。だが、戦闘が続いていくほどに、最初に感じたものは勘違いだったと思い直した。
 彼らは損害を気にしないし、仲間の死にも動じない、そして自らの命を顧みない。もはやそれはゾンビの行進であり、救いがあるとすれば彼らが共食いをしない事だろうか。だが、負傷し動きの取れない仲間を踏み潰して地面に塗り固める行為のおぞましさは、まだ共食いの方がマシであるかもしれない。
 音子の元へ、前のめりに倒れそうな勢いで駆け寄る人影が一つ、金 麦子(きん・むぎこ)だ。
 目の前で立ち止まった麦子は何かを言おうとして、咳き込んだ。その息が整うのを待って、音子は「終わった?」と声をかける。
「うん、部隊の後退と合流は終わったよ」
 イレイザー・スポーンを押しとどめるため、黒豹大隊はそれぞれの小隊が戦闘行為を継続しながらじりじりと後退をしていた。だが、その結果戦線はガタツキを見せ始め、それを整えるために一度全部隊に後退の指示を飛ばしたのだ。
 伝令として駆け回った麦子からは、それ以上の報告は無かった。それはつまり、音子の頭の中の状況と、実際の戦場の状況は合致していること他ならない。黒豹大隊は牙も爪も十全に振るうことができるということだ。
 麦子と共に合流地点に向かう。そこでは命令を待たずに部隊が整えられていた。実戦部隊としての経験と規律あってこそだろう。
「これより先は敗北と心得て! 兵の本分は弱き者、愛しき人、私たちの故郷を護るために死ねる勇気!! みんな、今一度ボクに命を預けてね……」
 音子の言葉に、部隊は声をあげて応えた。
 黒豹大隊に限らず、余裕を持って待ち構えていた部隊は時間と共に後退し、もはや自分達の立ち居地は最終防衛ラインの上になっていた。ここから後ろは、もう学校は目と鼻の先だ。
「真っ黒だね、音子」
 ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)が部隊の陣頭に立とうという彼女に声をかける。
「そっちこそ」
 二人の体には、イレイザー・スポーンの返り血であちこちが真っ黒に染まっていた。二人とも、前線でイレイザー・スポーンと戦いながらここまできた証拠である。
 二人は視線を合わせて、小さく笑みを浮かべた。そこにどんな意味があるかは、それぞれ違うかもしれないし、同じかもしれない。敢えて詮索する必要も、言葉にして伝える必要もないと、それだけで二人はそれぞれ自分が居るべき場所に向かって歩き出した。
「どこ行ってたんですかぁ」
 塹壕の一つに戻ると、ルノー ビーワンビス(るのー・びーわんびす)が少し震えた声を投げかけてきた。
「心配したんですよぅ」
「悪い悪い、ちょっとな」
 もしもこの戦場で果てれば、死体は踏み砕かれて骨も残らないだろう。姿が見えなくなったら、二度と出会うことも骨を拾うこともできないかもしれない。
「震えが止まらない、でも何故かワクワクしてくる――」
 ルノーの車体に顔をうずめ、ジャンヌは小さく呟いた。その声は部下には届かなかったが、ルノーにはしっかりと届いていた。
 果たしてその言葉に返事が必要かわからず、ルノーは心中で言葉をもぐもぐと紡ごうとして、諦めた。
「慣れないものですよねこういうのは」
 代わりに、不安と焦燥感のない交ぜになった自分の心境を、それこそ誰に言うわけでもなく呟いて、苦笑した。



「ぜひー、ぜひー」
 肩で息をしながら、むっくりとゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は立ち上がった。
 彼の足元には、黒い肉の塊が転がっている。イレイザー・スポーンの成れの果てである。
「がはは、げほっ、げほっ、これでプリン一ダースだぜ」
「兄貴、兄貴! 俺にもわけてくれるよな」
 バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)が自分を指差しながら、声を投げかける。
「おうよ! プリンってプルプルするところがおっぱいみたいだよなーっ!」
 モヒカンとおっぱいをこよなく愛するゲブーは、同じモヒカン同志であるバーバーモヒカンにケチな姿は見せないのである。
「さっすが兄貴だぜ!」
 ひゃっほう、とバーバーモヒカンは飛び上がって喜んだ。
 彼らが居る場所は、学校にほど近くしかも防衛戦線が展開していない地区となっていた。
 モヒカン同志では徒党を組むが、それ以外の集団である今回の防衛部隊にゲブーはあまり乗り気で参加することはできなかった。陽気と無鉄砲であるモヒカンにとって、どこか悲壮感すら漂う行軍活動に参加するのは性に合わなかったという方が正しいかもしれない。
 そんな彼を戦場に送り出したのは、食堂のおばちゃんだ。頑張ってくれたらプリンをあげるよ、という約束を背中に背負ってゲブーは戦場に立ったのである。
「おい、水くれ水、なんか暑いぜ」
 バーバーモヒカンを呼び寄せながら、ゲブーは手で顔を仰いだ。
 防衛部隊が展開していないこの周囲は、敵の影はほぼ無いと言っていい。それでも時折、はぐれたスポーンが向かってくる事がある。そういった雑魚を一つ一つ丁寧に、ゲブーは叩いて潰していた。
 受け取った水を、ごくごくと勢いよく飲み干す。
「がーっはっはっは、よっしゃ! 俺様がこの学校を守ってやるぜ!」
 水を飲んで少し回復したゲブーは、高笑いと共に威勢のよい言葉を吐き、爆発四散した。
「ピンクモヒカン兄貴ぃぃぃぃぃ!」
 熱風から顔を守りながら、バーバーモヒカンが叫ぶ。
 なんという事か。ゲブーを襲ったのは、人間大はあろうかという巨大な火球だった。火球は二人のあずかり知らぬ場所から飛来し、何故か見事にゲブーにストライクした。
 周囲に燃えやすいものが特に無かったため、熱風が過ぎ去った場所には小さなクレーターの用な穴が一つと、そしてその中心で黒こげになって倒れるゲブーが残された。
「なんて酷いことを。ピンクモヒカン兄貴、すぐに治してあげるよ!」
 クレーターを滑っておりながら、バーバーモヒカンはその手にハサミと櫛を構えた。神速とも言える手さばきで、真っ黒になってしまったゲブーのモヒカンは元の美しくそそりたったピンクのモヒカンの姿を取り戻す。
「よかった、毛根は死んじゃいない」
 ほっとした様子で、バーバーモヒカンは息を吐いた。モヒカンとは男の命そのものであり、こうして雄々しい姿を取り戻したゲブーのモヒカンは、ゲブーの命がまだまだ輝きを失っていない証明でもあった。
 息をつく間もなく、今度は頭上で爆発が起こった。先ほどと同じ火球が、今度は学校のシールドに直撃したのだ。
「は、早く兄貴を治療できる人のところに連れてかないと!」
 バーバーモヒカンはモヒカンを元通りにすることはできるが、けが人を治療することはできない。爆発によって発生した、舞い散る炎の欠片を掻い潜りながら、ゲブーを肩にかかえて駆け出した。