空京

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創世の絆 第四回

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創世の絆 第四回

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空中要塞アディティラーヤ攻略戦.11

「ルバート、ようやく見つけたぜ。あの時はよくもやってくれやがったな」
 セラフィムギフトを見つつにやりとして、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)に言い放った。
「その声……ああ、あの時のか。懲りない奴め、また一人で来たか」
 ルバートは背中を向けたまま、ゆっくりとヘルメットをかぶって振り返った。
「はん。お前だって一人じゃねーか。こんなところで高みの見物か?」
「若くないのでな。休める時には休むのだよ」
「ずいぶんと余裕だが。だが、俺も仲間もお前の好き勝手させるほど、お人よしじゃねーんだ。そのギフトの力、乗り越えさせてこっちのモノにさせてもらうぜ!」
 強く踏み込んで震天駭地を起こしつつ牽制の自在を放ちながら接近。向かってくるかと思ったルバートは、一歩二歩と下がって、ラルクとの間合いを調節を行った。
「なんだその動きは!」
 敵を目の前にしての動きとは思えない気の抜けた動きに、ラルクは一息に間合い詰めて顔面を殴った。
 吹っ飛ばされたルバートは、空中で受身を取って落ち着いて着地する。
「かってーな」
 殴りつけた拳を振りながら、ラルクは再度ルバートをにらみつけた。
「あまり、ダメージを受けたようには見えませんね」
「ああ、芯を外された」
 ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)に、ラルクはそう答える。
「今回はサポート役に徹しやすぜ。思う存分暴れてくだせぇ!」
 ラルクが前に出て、ガイと僅かに距離が離れた瞬間に、上から人影が飛び出してきた。モードレッドだ。飛び出すと同時にセラフィム・アヴァラータを展開し、二人の間に割って入る。
「こっちの獲物は俺がもらうぜ」
 モードレットに、ルバートは「好きにしろ」とだけ答えた。
「おっと、厄介なもんが相手になっちまいましたねぇ」
 伏せて居た敵は彼だけだろうか。他に何かでてくる気配が無いかと警戒する。しかし、その兆候は感じられない。
「さぁ、かかってこいよ」
「仕方ありませんね。こっちはこっちで頑張らせていただきますか」

 ラルクとルバートの戦いは、正真正銘の殴り合いだった。
 彼のパワードスーツには、各種兵装が内臓されているのだが、それらを使う様子はなく、その手足でもって戦闘を繰り広げている。
「なんだよ、喧嘩もできんじゃねーか」
「あまりこういった、野蛮な真似は好きではないがな」
 蹴りを受け止め、拳を返し、密着しながら互いに引かずに拳を合わせる。パワードスーツのおかげでもあって、ルバートの打撃は重く、また装甲がラルクの打撃を受け止めてしまう。
 だが、それでも互角だった。近接格闘の技量と経験は、ラルクの方が上回っているのは明白だった。攻め入る隙は十分にある、ラルクはそう判断し、ここで勝負を決めようと七曜拳を放った。
 高速連打の七連撃、四つの拳と三つの蹴りが炸裂し、ルバートを吹き飛ばした。
 今度はしっかりとした手ごたえがあった。あの速度の連続攻撃に、人の身で対応するなど不可能だ。
「やっと距離感が掴めてきたな」
 一度倒れたルバートは、むっくりと起き上がって左右に頭を振った。「どれ」と声をあげて立ち上がる様子に、ダメージが通っているのが伺える。
「案外、タフだな」
 だが、先ほどの一撃を受けてダメージを蓄えたルバートに先ほどの動きはできないだろう。多少しぶとい程度で、状況はひっくりかえらない。
「なっ」
 一瞬、ラルクは目を疑った。立ち上がるのにさえ苦労していたルバートが、突然懐に飛び込んできたからだ。その動きは、まさに目にもとまらないというものだった。
 突き上げられる拳に、咄嗟にガードしてやり過ごす。畳み掛けられる前にガードを外し、ラルクはルバートの居た場所に拳を振るが、その時にはルバートは先ほど立ち上がった場所に立っていた。
「幻覚……いや、違げぇな」
 手には攻撃を受けた感触がはっきりと残っている。自分の見たものは確かだとラルクは判断した。何かトリックがあるかはわからないが、ルバートはここまで近づいて攻撃を繰り出したのちに、元の位置まで下がったのだろう。
「何か考え事でもあるのかな? こういう時にぼんやりとするのは、あまりいい事ではないように思うのだが」
 ルバートが向かってくる。今度はちゃんと見えていた。ラルクは雷霆の拳で迎撃を試みるが、拳はかすりもしなかった。
「先ほどのは、こういったのでよかったかな」
 言いながら、ルバートは七曜拳を繰り出した。拳四つ、蹴り三つ、奇しくもラルクの放ったものと全く同じ型だ。
「ふざけろっ」
 自分の技の事は、自分が一番よくわかっている。拳のうち二発を片腕で防ぎ、蹴りは体裁きともう片方の腕で防いでみせた。二つほどは体で受けるしなかったが、全てが相手に直撃してこその七曜拳である。この程度ではラルクは倒れない。
「所詮猿真似は猿真似か」
 思いのほかダメージを与えられなかった技に、ルバートはそう零した。
 そう、猿真似だった。ルバートは拳聖として拳を繰り出したのではなく、先ほど見せられたわざを、ただ真似してみせただけだ。だから、体重の移動であるような、目に見えない動きを完全に真似することはできず、本来の威力には遠く及ばない。
 もしもルバートが達人であったならば、そういった見えない動きも完全にトレースしてみせただろう。そうではないのに、拳聖の技を真似してみせたルバートの行動は、不気味な不可解さがあった。
「どういうつもりだ」
 拳を自身の手のひらに打ちつけながら、ラルクはルバートを睨みつけた。
「なに、ただの気まぐれだ。気を悪くしたのなら謝ろう……ゴホッ、ゴホッ」
 突然、ルバートは激しく咳き込んだ。咳き込む音に、何か混じって、恐らくヘルメットの裏で血を吐いているのだと伺える。
「……すまないな、さて続きをしようか」
「手加減はしねぇぜ」

 戦闘を行っていはいはずの区域に、突然セラフィム・アラヴァータが現れたことを不審に思い、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)志方 綾乃(しかた・あやの)はそれぞれその地点に向かった。
 場所に到着すると、そこでは既に激しい戦闘が行われていた。ガイとモードレッドの戦闘の方が派手さは上だったが、視線を奪われたのはルバートとラルクのものだ。
「すごいもんだな」
 思わず、麗華・リンクス(れいか・りんくす)はそう口にしていた。
 ものすごい速さで行われる格闘戦だ。よく目を凝らさないと、どちらが攻撃をしていて、どちらが対応しているのかもわからない。ド素人が見たら、何が起こっているかもわからないかもしれない。
「このままではいけませんね」
 思わず足を止めていた綾乃が、そう自分で言ったのを聞いてはっとなった。
 リオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)に視線を送り、
「あちらの、ギフトの方をお願いします」
「わたくしの炎で、何もかも燃やし尽くしてさしあげますわ」
 綾乃はルバートにへと向かった。
「あたしらも行くぞ」
「え、ええ」
 優希と麗華も、綾乃に続く。
「オーッホッホッホッ! 食らいなさいっ!」
 高笑いと共に、リオの天の炎が繰り出された。狙いはセラフィム・アヴァラータだ。
 この時まで、ルバートもギフトの使い手、モードレットも新しい顔ぶれに気づいていなかったようで、弾かれるようにしてそれぞれ間合いを取った。
「援軍か……」
 ラルクも、この時になって彼女達の存在気づいた。一瞬気が抜けそうになったのを気合で絶えて、大地を踏みしめる。
「新しい客か」
「お久しぶりですね」
「その声は、ふむ、聞き覚えがあるな」
「……?」
 優希はルバートの物言いに、違和感を感じた。
「ルバートさん。戦う前に、一つお尋ねしたいことがあるのですが、何故ブラッディ・ディヴァインに与しているのですか、与する切っ掛けになった出来事があるのでしょうか」
 優希の問いかけに、ルバートはほうと顎をさすった。
「ずいぶんと勇敢なお嬢さんのようだ。では、こちらからも一つ。何故そのような事を知りたがる?」
「真実を知ろうとすることに、意味があるからです」
 その言葉に満足したのか、ルバートはくぐもった声で笑った。
「くっくっく、なるほどな。だがまぁ、お嬢さんにとっては残念な話かもしれないが、大した事情があるわけではないのだよ。少なくとも私個人としてはな。古い友との約束を果たす、ただそれだけだ」
「古い友って、それは―――」
「何ごちゃごちゃと敵とお喋りしてやがる! 話がしたいんだったら、ぶっ飛ばしてからで十分だ!」
 神速で飛び出した鬼道 真姫(きどう・まき)は、彼女達を飛び越えてそのままルバートにへと肉薄した。

 息を殺し、気配を殺して次百 姫星(つぐもも・きらら)は発見したルバートの背後に回りこんだ。
 彼女がルバートを発見した時、既にラルクとの戦闘の真っ最中で、さらにそれを見ている観衆の姿があった。綾乃らはそれからすぐに動き出して、戦いに割って入り、そうして戦闘は一時中断になった。
 その時はまだ、ルバートは周囲の警戒を怠っていなかったが、優希との会話に気をとられたのか、ルバート自身から発せられていたピリピリとした空気は薄らいだ。
 その瞬間を、真姫は好機として飛び出したのだ。彼女は、姫星と正反対の場所から仕掛けた。そして、それに合わせて姫星も動き出す。
「はぁぁぁ……っ!」
 桃姫は飛び出して、驚いた。
 ルバートは、桃姫の方に向き直っており、その背後にはセラフィム・ギフトがその姿を現していた。
「気配は殺せても、体温までは消せないものだな」
 読まれていた、なんで?
 疑問はしかし、彼女の動きを殺したりはしない。
「チェストォォォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!!」
 飛び出した勢いを乗せ、荒ぶる力の篭ったダブルインペイルの巧みな槍捌きで突きまくる。
 繰り出される突きを、ルバートはひらりと避け、続けざまの二撃目をルバートは掴んで止めた。
「ふむ、いい槍をつかっているな。武器に負けぬよう、精進したまえ」
 ルバートは手を離すと、そのまま間合いを詰めて桃姫を蹴り飛ばした。パワードスーツで強化された蹴りに、桃姫の体は宙に浮かぶ。
 それを追って飛ぼうとしたルバートは、不意に聞こえた声に動きを止めた。
「やっと、ギフトを使ってくれましたね」
 綾乃はセラフィム・ギフトをすり抜け、いつの間にかルバートに肉薄していた。
 振り返らせる時間も与えず、強烈な一撃を繰り出す。さらに逃げる暇を与えず、猛攻を続けた。ヴァンダリズムだ。
 次々と繰り出される攻撃に、ルバートは成す統べなく防御を固めるしかなかった。
 セラフィム・ギフトはそれ単体では恐ろしい力を持っている。翼を持つ機械仕掛けの巨人は、その危険度はイコンと同等だろう。真正面から戦えば、まず勝ち目は無い。
 だが、決してそれは万能ではない。今までの戦闘を見る限り、展開できるのは使用者のごく近くで、ギフトを遠距離で活動させることはできない。また、自動で動くのではなく操るという関係で、使用者にはどうしても隙ができる。
 先ほどのラルクとの戦いで見せていた動きをルバートにされれば、綾乃としてもどこまでついていけるかわからない。だが、ギフトを展開し、自分の体とギフトの二つに意識を割り振っていなければならない状況であれば、話は別だ。
 破壊の限りをつくさんという、個人を狙うには恐ろしい猛攻によって、そのまま勝負が決するかと思ったその時、事件が起こった。
「なんだ?」
 慌てた声を出したのは、麗華だけではなかった。
「地震、ですか?」
「この要塞は浮かんでいるのですわよ。そんなこと……」
 これらの声は綾乃の耳には届いていなかったし、手を止める理由にもならなかった。だが、ルバートと綾乃の立つ地面に亀裂が走り、ばっくりと割れてしまったとなると話は別だ。
「え?」
 崩れる足場に巻き込まれそうになって、綾乃は慌てて大きく跳んで安全地帯まで下がった。向こう側では、膝をついたルバートがこちらを見ている。ヘルメットに隠れて表情は見えない。
 ふらついた様子でルバートは立ち上がる。
「逃がしません」
 ここで逃がすわけにはいかないと、綾乃はできた亀裂を飛び越えようとしたが、そこにモードレットを肩に乗せたセラフィム・アヴァラータが割り込んで邪魔をする。大きな腕で、飛んだ綾乃を振り払うと、ゆっくりと後退し、ルバートを物のように掴むと大きく跳躍して離れていってしまう。
 セラフィム・アヴァラータの跳躍は、一回で百メートル以上を軽々と超えていた。大きな翼によって、空中でむしろ加速する。どうやっても追いつけないと判断し、追撃は諦めるしかなかった。
「……今のは、何だったんですか?」
 優希が首を振って答える。
「おい、あれを見てくだせぇ」
 ガイが指さす方向にみんな視線を向ける。その先で、要塞の決して小さくない一角が、剥がれ落ちていく様子がその場にいる全員の目にありありと映し出された。
 落ちていった要塞の一部は、重く鈍い音を立てて、ニルヴァーナの大地に突き刺さる。
「断面が綺麗ですね、もともと外すこともできるように見えます」
「何があったかはわからねぇが、クジラ型ギフトが心配だ。一度戻ろう」
 その提案に、誰も反対するものはいなかった。
 この時、彼らはみんな落ちていった要塞の一部を見つめていた。その背後で、信号弾が打ち上げられていた。